AEDPの創始者ダイアナ・フォーシャと (2010年イタリア・フィレンツェにて)
EFT(感情焦点化療法)の創始者レスリー・グリーンバーグ先生と
2024年
2月
20日
火
1.はじめに
本稿では、統合的心理療法の応用編として、トラウマインフォームドケアの考えに基づく複雑性PTSDの統合的治療について、解説します。
近年、トラウマインフォームドケアと、複雑性PTSDの治療が注目されてきています。
このトラウマインフォームドケア(TIC)とは、支援者たちがトラウマに関する知識や対応を身につけ、対象者の人たちに「トラウマがあるかもしれない」という観点をもって対応する支援の枠組みです。このTICという考え方は、2000年代以降、北米を中心に広がりを見せ、近年日本においても、医療、福祉、司法、教育の領域にも適応されるようになってきています(大阪教育大学,2023)。
この考え方は「トラウマのメガネ」とも呼ばれていて、「この人(子ども)の、一見理不尽な言動や、過剰な反応の裏にはトラウマがあるのかもしれないという目で見てみる」ということの意義が唱えられています。「色眼鏡で見る」と言えば「物事を歪んだ(偏った)見方から見る」という否定的な意味で使われますが、この「トラウマのメガネ」は、これをかけて初めて問題の本質が見え、正しい対応が見えてくるという意味で、大切な発想となっています。
このような考え方が出てきた背景の一つには、1990年代後半から行われるようになった小児期逆境体験(Adverse Child Experiences: ACE)研究の蓄積があります。これらの研究で、関係者が考える以上に多くの人が虐待や家族機能不全といった逆境体験をもっているだけではなく、さらにその後の逆境体験を重ねれば重ねるほど行動面、心理面、健康面のリスクが高まることが明らかにされました。逆境体験がすべてトラウマになるとは限りませんが、トラウマを理解して対応していくことの必要性が認識されるようになりました(大阪教育大学,2023)。
また複雑性PTSD(Complex PTSD:以下CPTSD)は、ハーマン(Herman,1992)によって提唱されて以来、診断概念としては正式に認められないままに今世紀に至っていましたが、ICD-11(世界保健機構国際疾病分類第11版)により、2022年にWHOにおいて2019年採択2022年発効という形で正式に認められました。これはこれまで米国精神医学会の診断基準DSM-5でははっきりと定義されなかった長期反復性のトラウマのサバイバーに関して、複雑性PTED(CPTSD)が、公式診断とされた画期的な出来事と言っていいでしょう。
振り返ってみれば、私たち心理職は、すでに長い間「トラウマ」や「虐待」そして「機能不全家族」などの概念には親しんできたものの、それらに対して系統的で体系的なアセスメントやセラピーの訓練は受けてきていませんでした。けれども、今思うと「あのケースもそうだった」と強く思わされる事例が多く、これは「発達障害」が初めて本格的に紹介された頃の感覚に近いものがあります。
2.複雑性PTSD(ⅭPTSD)とは
ⅭPTSDは、ハーマンによって1992年に提唱されたもので、定義としては以下のようになります。「極度に脅威的ないしは恐怖となる性質の出来事で、最も多くは、逃れることが困難ないしは不可能で、長期間あるいは繰り返された出来事に曝露したあとに生じる障害」(World Health Organization,2018)。そして、このような出来事の例として、拷問、奴隷、虐殺、長期的な家庭内暴力、繰り返される子ども時代の性的もしくは身体的虐待などがあげられています。
そして以下のような症状を伴っているとされました。
①再体験症状:re-experiencing;再体験
鮮明な侵入的記憶で、フラッシュバックや悪夢の形による、トラウマ的な出来事が今起きているように感じる再体験
②回避症状:avoidance of traumatic reminders;回避
出来事に関する思考や記憶の回避、あるいは出来事を想起させるような活動、状況、人物の回避
③脅威の感覚(過度の警戒心):persistent sense of current threat that is manifested by exaggerated startle and hypervigilance;過覚醒
今も脅威が高まっているような持続的で、過度な警戒心ないしは不意の物音などに対する過剰な驚愕反応
④感情制御困難:affective dysregulation;感情の調整不全
情動反応性亢進(気持ちが傷つきやすいなど)、暴力的爆発、無謀なまたは自己破壊的行動、ストレス下での遷延性解離状態、感情麻痺および陽性の感情の体験困難
⑤否定的自己概念:negative self-concept;否定的な自己概念
自己の矮小感、敗北感、無価値観などの持続的な思い込みで、外傷的出来事に関連する深く広範な恥、自責の感覚
⑥対人関係の障害:disturbances in relationships;関係性の障害
他者に親近感を持つことの困難、対人関係や社会参加の回避や関心の乏しさ
以上のうち①~③はPTSD(心的外傷性ストレス後症候群)と同じです。そして④~⑥は自己組織化の障害と呼ばれるものです。この自己組織化の障害とは、一言で言えば「自分を保っていることがとても難しい」状態だと言えます。
けれども臨床的には境界性パーソナリティ障害(BPD)との区別が難しいともされています。BPDは上記④~⑥の自己組織化の障害に加えて、「見捨てられを防ぐための極端なしがみつき」「理想化と脱価値化の間を揺れ動く不安定で激しい対人関係」「とても不安定な自己感覚・自己イメージ」が特徴とされます。また、自殺企図や自殺行為がBPDでは高く(約50%)、CPTSDではPTSDと同様に15%前後とされています。
表10-1.境界性パーソナリティ障害(BPD)とCPTSDとの鑑別(飛鳥井,2021をもとに筆者が作成)
自己組織化の障害(DSO) |
BPDとCPTSD |
主な違い |
自己概念の障害 |
BPD |
アップダウンする不安定な自己感覚 |
CPTSD |
常に否定的な自己感覚を反映 |
|
対人関係の障害
|
BPD |
急に変化しやすい対人交流パターン(ex.理想化とこきおろし) |
CPTSD |
対人関係の持続的回避傾向(親密な関係を避けてしまう) |
|
その他 |
BPD |
操作性、衝動性、見捨てられ不安、自殺企図や自傷行為の反復などの特徴 |
CPTSD |
自殺企図や自傷行為が出現することもあるが、病態の中心ではない。 トラウマ特異的なPTSD症状の存在がある。(ex.様々な身体症状や自律神経の不調)
|
また、岡野(2021)は、CPTSDの治療の際には、従来の精神分析的な治療を、以下のように変更する必要があるとしている。
表10-2.CPTSD治療のための精神分析治療の変更点(岡野,2021をもとに筆者が作成)
主な変更項目 |
内容 |
①治療関係の安全性と癒しの役割
|
治療場面が傷つき体験とならないよう、治療構造の「柔構造」的なあり方が必要 |
②トラウマ体験に対する(加害者側に立つと誤解されない)真の中立性 |
必要に応じてThの態度表明や感情表現をすることが真の中立性を保つうえで重要 |
③愛着トラウマという視点
|
治療者は過去のトラウマの想起やその治療的な扱いを優先的な治療目標とする姿勢から離れる。まずは安全な治療関係を形成することを第一目標とすべき |
④解離の概念の重視
|
解離・転換症状を扱うことを回避せず、症状や主張の背後の意味を読み、受け取っていく |
⑤関係性や逆転移の視点の重視
|
治療者側の救済願望により、治療関係が新たなストレス体験とならないよう、来談者への気持ちに常に適度なブレーキを踏み続けるような治療関係が望ましい |
⑥倫理原則の遵守 |
トラウマ体験により治療者に対しても加害的イメージを投影する可能性が高いため、最大の配慮を払う |
これらは、世界的な趨勢でもあり、主な現代心理療法や20世紀末から21世紀にかけて生まれた新しい心理療法は、全てこの傾向を備えているとも言えます。また、統合的心理療法もこの方向性にあることは疑いようがなく、上記の姿勢に「複数の異なった治療理論や治療技法を駆使する」を加えれば、そのまま統合的心理療法になると言っても過言ではないでしょう。
また、これまでの筆者の経験からも、とくにCPTSDのClには、単一技法はあまり効果的ではなく、「柔構造」の中で、ThがClの味方であるという「態度表明」や「感情表現」を通じて、決して冷たい中立性ではなく、加害者に怒りも感じる道義的な人間としての安心・安全感を持ってもらう必要があります。そしてまずはセルフケアやストレスコーピングの具体策について、時に心理教育もしながら、さらに症状を乗り越えていくためのワークを導入する必要もあります。時には家族に会う必要もあり、場合によっては家族や加害者とその関係者へのメールなどを作成するサポートも必要と考えます。
多数の事例を踏まえて現在筆者は以下の表のような統合的な取り組みが必要だという結論に至っています。
表10-4.CPTSDへの統合的取り組み
セラピーの時期 |
主な内容 |
初期 |
肯定的な雰囲気の中での安全感・安心感の提供 |
中期①
|
現在直面している現実的な問題への無理のない範囲での取り組み(e.g.生活リズム、対人関係、恋愛相談等々)、セルフケアの心理教育と実践。 環境調整(e.g.家族関係調整、経済問題、障害者年金などの社会保障制度利用へのアドバイス) 必要なら家族面接 |
中期② |
無理のないペースでのワーク(e.g.セルフ・コンパッション・ワークやグラウンディング、マインドフルネス・ワーク)(Neff,K.& Germer,C.(2018/2019) ポリヴェーガル理論の心理教育やその紙上ワーク(Dana,D.,2018) Thとの率直なやり取りを通じてのアサーション課題への取り組み |
中期③ |
やや集中した形でのトラウマワーク(Thの習熟度によってEFTやAEDP™、PE等) |
終結期 |
これまでの振り返りと、現実生活へのアドバイス |
表10-4.に示したCPTSD治療のための統合的取り組みは、言葉を変えれば、統合的心理療法の典型とも言えるでしょう。統合的心理療法をめざすThは、すべからくCPTSDの治療のエキスパートをめざしていいのではないかとさえ思います。
以前CPTSDの概念に詳しくなかった筆者は、「トラウマ体験のある境界性パーソナリティ障害」や「非虐待経験のある境界性パーソナリティ障害」として、主に境界性パーソナリティ障害の力動的セラピーを続ける中で、長期間続けても多彩な症状が改善しないケースや、短期間で中断してしまうケースもありました。
しかしながら統合的心理療法に意識的に取り組み、さらにCPTSD概念を少しずつ知ることによって、本章で取り上げたような経過をたどる事例が増えていきました。このこともまさに現代的な技法を取り入れた統合的心理療法を後押しする体験となっています。
文献
飛鳥井望:編(2021).複雑性PTSDの臨床実践ガイド~トラウマ焦点化治療の活用と工夫~ 日本評論社
Dana,D.(2018).The polyvagal theory in therapy: Engaging the Rhythm of Regulation. 花丘ちぐさ訳「セラピーのためのポリヴェーガル理論―調整のリズムと遊ぶ」春秋社.2021
原田誠一:編(2021).複雑性PTSDの臨床 ”心的外傷~トラウマ”の診断力と対応力を高めよう 金剛出版
Neff,K.& Germer,C.(2018). The Mindful Self-Compassion Workbook: A Proven Way to Accept Yourself, Build Inner Strength, and Thrive(富田拓郎監訳 マインドフル・セルフ・コンパッションワークブック 星和書店 2019)
大坂教育大学学校安全推進センターhttp://ncssp.osaka-kyoiku.ac.jp/mental_care 2024年1月閲覧
山﨑和佳子,岩壁茂,福島哲夫,野田亜由美,野村朋子(2023).統合的心理療法におけるクライエントの主観的体験 成功 4 事例の複数事例研究 .臨床心理学Vol.23 No.3 ; 329-338
World Health Organization:WHO(International Classification of Diseases 11th Revision
The global standard for diagnostic health information:ICD-11 https://icd.who.int/en2024年1月21日閲覧
2024年
1月
27日
土
カウンセラー(臨床心理士・公認心理師)江部
今年も新しい年が始まって、1ヶ月が終わろうとしています。
「毎日があっという間に過ぎていくな~」と私は感じています。
(みなさんはどうでしょうか?)
そんな風に毎日を送っている訳ですが、私は定期的に思うことがあります。
「あれ、このままでいいんだっけ?」
目の前のことに追われて、大事な決断を後回しにしていないかな?
淡々と言われたことを受身的にしているだけになっていない?
私のしたいことは、本当にこれでいいの?
元々好奇心旺盛な性格であり、なおかつ飽きっぽい私…
いろんなものに目移りします。
思考もあっちに行ったり、こっちに行ったり。
友人に話すと、「生き急いでいるだけじゃない?」なんて言われます。
そして、いろんなアイディアが浮かんでは、行動が伴わず消えていきます。
考えはするのに、行動には移さない自分、行動に移したとしても継続できない自分に気づき、嫌気がさします。
そういう時は、決まって成功している人、輝いている人が羨ましくもなりますし、足踏みしている自分に猛烈に苛立ちます。
納得がいっていないのに、目の前のことをしなければならない、と感じている時にも
「あれ?このままで本当にいいんだっけ?」と私が、私に質問をします。
もちろん、社会に適応するために、自分を後回しにせざるを得ない状況もあると思っています。
心に生じる違和感にいちいち反応していたら、心がもちません。
そういうときに、私たちは自分の気持ちを意識下に押し込めたり、蔑ろにして大切にしないまま置き去りにしたりすることに慣れてしまっています。
つまり、感情の動きに鈍感になっています。
でも、このような思考が出てきたときは、「セルフ・カウンセリングの出番だ!」と思うようにしています。
最近では、セルフ・ケアがよく話題になりますが、セルフ・ケアと同時に、しっかりと自分を振り返るセルフ・カウンセリングも大切です(似ているようで、ちょっぴり違います)。
このような時は、一度頭の中を空っぽにして、自分に何が起きているのかを感じます。
頭で考えようとするのではなく、今自分の心に何が起きてしまっているのか、そこに留まって感じます。
「なんか窮屈な感じ」「身体に力が入っていて疲れる感じ」など、なんでもいいです。
感じようとしても、感覚に集中できないときもあります。
思考優位になって、頭の中が忙しくなっている状態の時です。
そういう時は、紙に書き出します。
何も考えずに、ひたすら思いのままに、心の声を書きまくります。
セリフでもいいですし、自分への質問でもいいです。
大切なのは、蓋をしていた気持ちに気づくこと、外に出してあげることです。
そんなことをしているうちに、自分のモヤモヤした感覚が何だったのか、だんだん理解できていきます。
(私の場合は、たいてい主導権が自分になく、人から言われて何かを「させられている」と感じたときにこの現象が生じるな、と思います)
日本ではカウンセリングというと、まだまだ「病んでいる人、心が弱い人が受けるもの」というイメージを持たれがちだと感じることが多い一方で、先進国アメリカでは、カウンセリングの敷居が低く、「精神疾患を治すため」というイメージよりも、心の調子を整えるためのメンテナンスとして、受ける人の方が多いです。
「病んだ人が受けるもの」というイメージから、むしろ病まないために受ける予防として位置づけられていると言っていいでしょう。
「今の自分って、こうなのかもしれない」という気づきの積み重ねが、心の栄養になり、自己成長に繋がります。
もし、今日紹介したセルフ・カウンセリングが上手くいかなければ、ぜひ一緒に取り組んでみませんか?
一人でも多くの方の自己実現のお手伝いができたら嬉しいです。
2024年
1月
25日
木
日が過ぎるのは早いもので、新年を迎えたと思っていたら、あっという間にひと月が過ぎそうです。今年は新年早々から悲しいニュースが続き、今なお落ち着かない暮らしをされている方が多くいらっしゃいます。一日も早く被災された方たちの生活が落ち着かれますよう心から願います。
さて、成城カウンセリングオフィスには、色々なお悩みの方がお越しになられますが、子育ての悩みで来室される方も多いです。
お話の中で、必要に応じて私たちが子育てについて自己開示を行うと、「先生でもそんな事あるんですね!」と驚かれ、「自分だけじゃないんだと安心しました」とおっしゃられる事があります。
時と場合にもよりますが、不安な時に「自分だけなんじゃないか」と感じると、より不安になりますよね。
少しでも、どなたかの安心に繋がればと思い、今年の私の目標をシェアさせていただこうと思います。(宣言する事で自戒の念も込めています・・)
私の今年の目標の一つ、それは「自分自身をわざわざ悪者にしない」というものです。
もちろん、常日頃から自分自身を責めながら、悪者にしながら生活しているわけではありませんが、
調子が悪い時、疲れている時、嫌な事があった時、生理前など、コンディションによって少し(時に沢山)ネガティブな気持ちになる事は当然あります。
そんな時、私は自分が褒められた事や、誰かが喜んでくれた事に対して、「でもあの時私は心の底から親切な気持ちだったのか」や、「誰かにいい人と思われようとしたんじゃないか」なんて意地悪な気持ちで、自分の心の中に小さな悪意がありはしないかと、くまなく探してしまう事がありました。
あるかどうかも分からないものを、それこそ砂漠の中から一本の針を探すような気持ちで探そうとしていたのです。
そして、ふと我に返り、「こんなに必死に探して見つかったとして、一体誰が得をするというのだろう」と気付くのです。そこは、心理士としてのトレーニングが活きているのかもしれません。
こうして、常に冷静に自分の心の動きを観察出来ればいいのですが、なかなかそういうわけにはいかない事もあります。
ですが、それでも自分のやっている事、自分の考えている事に対して、どれだけ意味があるのか、どんな意味があるのか考え、少し距離を持って見る事が出来れば、誰にも頼まれていないのに、自分に対して意地悪をするという、なんとも無駄な時間をさっさと切り上げる事が出来ます。
今年は、出来るだけその時間を短縮するというのが、目標にしている事です。皆さんもぜひやってみてください。
クライアントさんの中には、そもそも自分が“わざわざ”意地悪な気持ちで、自分を見ているという事に気付いていらっしゃらない方も多いです。
なんだかよく分からないけど、自分の事が嫌だとか悪く感じるという事でしたら、もしかしたらそういった癖が隠れているのかもしれません。
自分だけでは、それについて発見したり、考えたりする事が難しい時には、ぜひ一緒にその事について考えさせていただければと思います。
2023年
7月
22日
土
前回のブログでは、カップルの喧嘩において悪循環を防ぎ、二次被害を生まないための秘訣をお伝えしました。
では、そのような秘訣を守ったうえで、建設的な対話はどのように進めていけばいいのでしょうか?
この際に参考になるのが「LOVEの会話」とアサーションの中の特に「DESC法」と呼ばれるものです。
1.LOVEの会話とは
まずは、親密な対話の基本として、以下の4つの態度があげられます。
Listen・・・心を込めて相手の話を傾聴する
Open・・・先入観のない心と頭で真摯に向き合う
Validate・・・お互いの話を正当だと認め、受け入れる
Express・・・自分の考えや気持ちを穏やかに、簡潔に、ゆっくりと表現する
これら4つの特徴の頭文字をとって「LOVEの会話」と呼ばれています。
これは『カップルのための感情焦点化療法』(金剛出版、2021)の中で紹介されているものです。
少し説明しましょう。
まずは相手の話を傾聴する(Listen)は必須です。
そして、さらに傾聴して終わりではなく、かといってすぐに反論したり解決策を伝えたりするのでもなく、Openな態度つまり広い心で「なるほど、そういうことなんだね」「そう思っているんだね」などと、まずは受け止めます。
これは単に受け止めるだけではなく「先入観なく新鮮な気持ちで受け入れる」という態度が大事です。
そして、Validateです。
このValidateとは、「(妥当なものとして)承認する」「是認する」という言葉です。砕いていえば「認める」です。
要するに相手の発言を認めるというのが、このValidateです。
ただし、これは形だけの承認ではなく、「たとえ違う意見、違う立場、あるいは腹の立つような発言であっても、まずは心から認める」というものです。
そして、最後がExpress表現するです。
これは「自分の考えや気持ちを穏やかに、簡潔に、ゆっくりと表現する」というものです。
どんなに大切な気持ちでも、あるいは相手を思いやっている気持ちであっても、怒った顔で長々と話したら伝わりません。
穏やかに、そしてできたら簡潔に、さらにゆっくりと言葉にしないと相手には伝わらないものです。
まして、「言わなくてもわかって欲しい」「こんなことくらいわかって当然」というのは、この多様化した現代ではもう通用しません。
これら4つの態度の頭文字を取ったものが「LOVEの会話」です。
親密な関係における対話は、この4つが基本となります。
おそらく、仲良く楽しくできている時には、自然にこれらの4つが満たされているでしょう。
けれども、親密な関係であればこそ、安心してリラックスして本音が出てきます。
雰囲気が少し険悪になったときや、お互いの考えや感じ方の違いが明らかになったときにも、お互いに本音を出し合いながらも、この4つの態度が実践できるかどうかがとても大切な秘訣となります。
2.アサーションとは
親密な関係における自己表現で大切な考え方が、アサーションです。
このアサーションとは「自他を尊重した自己表現」と訳されるもので、「攻撃・感情的な主張」でも、「主張しない」でもなく、自分のことも相手のことも大切にした自己表現のことです。
具体的なスキルとしては、「相手の意見を聞く」「相手に意見を伝える」「双方の意見を検討したのち具体的なアクションを起こす」という3つのステップが基本です。
この中には言語的なアサーションと非言語的なアサーションの両方があります。
◎言語的なアサーションとは?
言語的なアサーションとは、文字通り「意味のある言葉によって相手に働きかける」ことを指します。言語的なコミュニケーションでは、発する言葉の意味以上に重要になるのが、「どういう文脈でその言葉を発するか」です。いわば自己主張するための文脈を整備するスキルだと言えるでしょう。
例えば、相手に対して突然「嫌いだ!」などというと、相手は不快感を抱きます。言われた側からするとそんな風に言われる文脈がないため、一種の不条理的なシチュエーションに引き込まれることになります。この不快感が相手との衝突を深める危険があります。
ですので言語的なアサーションとして重要なのは、感情や主張を言うよりも先に、「今、どういう状況にあるのか」をきちんと相手と共有することです。「今少しいいかな?」「少しお話があるんだけれど」「この前もお話しした◯◯についてなんだけれど」というように、きちんとした前置きで、まずは文脈を整備することで、相手にも心の準備ができて、対話がしやすくなります。
この時に「そんなことをすると急に雰囲気が険しくなる」と心配する人がいます。
けれども、こういった文脈つくりなしに不満をため込むことの方が長期的には悪影響だということを理解すべきでしょう。
◎非言語的なアサーションとは?
非言語的なコミュニケーションには、頷きや表情など視覚に訴えるものと、声色や声量そして相槌やオウム返しなどの聴覚に訴えるものがあります。例えば、謝罪や愛の言葉を伝える時に足を組んでいたり、テーブルをコンコンと叩きながらする人はいないと思います。
そのように、自分の気持ちが誤解されないように配慮するのが、この非言語的なアサーションのエッセンスです。
非言語的なアサーションで注意したいのは、感情のコントロールです。いくら言語的なアサーションが上手であっても、仕草や表情と言葉が一致しなければ、相手に不快感を与える恐れがあります。
例えば何か頼まれごとをされたとき「いいですよ」と答えても、しかめっ面など不機嫌そうな表情をしていると「したくないけれど、仕方がないからやってやる」という風に解釈されてしまいます。
◎アサーションスキルのアップに欠かせないDESC法
アサーションスキルを体系的にまとめた理論として、DESC法というものがあります。これはアサーションのプロセスを以下の4つのステップに分解したものです。
D:Describe(描写する)
客観的に状況・事実を伝える
E:Express(表現する)
自分の意見や感情を表現する
S:Specify(提案する)
相手に求めているものを言葉で伝える
C:Consequences(結果を伝える)
提案したものの実行/不実行による結果を伝える
アサーションとは「自己主張」の能力であり、同時に他者を尊重することが求められるスキルでもあります。他者を尊重するというのは感情的な信頼もそうですが「合理的に話を進める」ことも大切な要素となります。DESC法とは、まさに合理的解決のための道筋を整備する方法だと考えられます。
例えば、友人が最近何度か待ち合わせに遅刻したケースをイメージしてみましょう。続けて遅れてきた友人に対していきなり怒りをぶつけると、お互いの感情同士がぶつかり合って関係性を悪化させるだけになる恐れがあります。ですので、まずは文脈をきちんと作ることが大切です。簡単な会話例をみてみましょう。
「このところ何回か遅刻してるけど(D:描写する)、どうしたの?」
「ごめんごめん、寝坊してしまって」
「遅刻が続くと心配になるし、後ろの予定にも響くからちょっと困る(E:表現する)」
「気をつけるよ」
「ちょっとスケジュールに無理があるかな?もう少し、遅い時間に待ち合わせする?(S:提案する)。そうすれば、私も別の用事してから来ればいいし、前もってわかっていれば後ろの予定もずらせるかもだし(C:結果を伝える)」
「わかった、次からそうするよ」
この会話のポイントは、具体的に何をすればいいかをはっきりさせているところです。「何が起こり」「どう問題が生じ」「どうすれば解消され」「それでどのようになるのか」に具体性を持たせることで、相手に理解や納得を促すことができます。
◎アサーションは理解・納得のプロセスが大事
アサーションスキルを身につけるためには、相手がどういうプロセスで理解・納得するのかを知ることが大切です。
DESC法は、そのプロセスを利用したアサーションの具体的な方法であり、活用することで自然な自己表現を身につけることができます。
コミュニケーションスキルは短期的に身につけられるものではありませんが、日々意識し続けることで習得できます。
アサーションをはじめとするコミュニケーションスキルはビジネスにおいても親密な関係においても、とても大切で生産的なスキル・思想です。とくにビジネス場面ではある程度できている人でも、親密な関係になるとそれができない人も多いようです。
DESC法はビジネスでも、親密な関係でも大切なものですし、LOVEの会話は親密な関係でこそその効力が発揮されるでしょう。
これら二つを心において、日常的に自分の言動を振り返り、少しずつ改善していくことを心がけましょう。
2023年
7月
11日
火
以前、このブログに「カップル円満の秘訣ーあごうたオッケー」を書かせていただきました。
この内容は2022年12月にNHKラジオ「医療ジャーナル」でも、紹介されました。
さて、今回はこの「あごうたオッケー」の続編ともいうべき内容です。
さしづめ「あごうたオッケー」はカップルの平常時の合言葉、今日お伝えする「肘と手守れ」は、カップルの非常時、つまり喧嘩中の合言葉です。(覚えやすさのために、両方とも身体にまつわる言葉にしてみました)
これはずっと以前に相性について書いたブログで、「相性はTalk(会話)、Walk(身体運動)、Battle(喧嘩)の3領域で見極めましょう」という提案の、「喧嘩」について詳しく述べるものにもなります。
(以下のリンクを参照してください)
さて、いつものように、少し長くなるので結論から書きましょう!
以前の「あごうたオッケー!」は
ありがとう
ごめんなさい
うれしい
たすかる
(約束事や頼まれごとは)オッケー!と返事して行動
の頭文字でした。
今回の「肘と手(ひじとて)守れ」は
(喧嘩の時には)
ひとりの時間を持つ(持たせてあげる)
自分を責めない
問い詰めない
敵視しない(相手を敵だと思わない)
を守れ
のそれぞれの頭文字(はじめの一文字)です。
喧嘩の時には最低限これを守れば、さらなる悪循環を避けることができて、二次被害を防ぐことができます。そして、うまくすれば建設的な「対話」に持っていくこともできます。
では、ここから一つずつ解説していきましょう。
「ひ」・・・一人の時間をもつ(持たせてあげる)
カップルが喧嘩になったときに、なかなか一人の時間を確保するのが難しくなり、そのストレスもあって、余計にお互いを傷つけてしまいかねません。
これは「(腹立ちなどの)気持ちが収まらない」とか「気がすまない」という気持ちから来るものですし、場合によっては「相手から離れるのが不安」という場合もあります。
けれども、お互いもう大人です。喧嘩をしたからと言って何かやらかしてしまうとか、どこか遠いところに行ってしまうということはないでしょう。(あるいは、それが繰り返されるようなお相手は、そもそも一緒にいるべきかどうかを考えなくてはいけませんよね)
ここは思い切って、頭を冷やすためにもしばらく一人になりましょう。
その際に、黙って去っていくのではなく「少し頭を冷やしてくるね」とか、「今日はここまでにして、お互い別々に過ごそう」と提案して、一人の時間を確保すべきです。
「じ」・・・自分を責めない
じつは、喧嘩がこじれる多くの場合、相手への怒りや責めたい気持ちの奥に「自分がバカにされている」「自分がないがしろにされた」という被害感とそれによって損なわれた自尊感情が問題となります。
言い換えれば、被害感と自己卑下、屈辱感などがごちゃ混ぜになって自分を責める気持ちも湧いてきて、素直になれなくなっています。相手を責めながら本当は自分を責めている(「こんな自分だから嫌われてるんだ」「こんな自分だからバカにされている」「自分は結局はいいように利用されているだけなんだ」等々)ことがほとんどです。
ここで、自分を責める気持ちにストップをかけて自分を大切にする行動を取れれば、それは結果として相手のことも最低限大切にする行動につながります。
「と」・・・問い詰めない
これはわかりやすいでしょう。
喧嘩の時にはどうしても相手を問い詰めたくなります。けれどもそれは単に攻撃していることになります。さらにその問い詰めに相手がうまく答えてくれないと余計に腹が立つ、かといって反対にうまく答えたら「本当に口ばっかりなんだから」とまた腹が立つと、ダブルバインド的に「どうなっても余計に腹が立つ」、相手からすれば「どうやっても余計に怒られる」ということになります。
これでは成り立つはずの対話も成り立たなくなります。
「て」・・・敵視しない(相手を敵だと思わない)
これは、当然のことではあるのですが、喧嘩の最中には案外難しいことかもしれません。喧嘩の最中には「相手は私を嫌っている」とか「この人は本当は悪い奴だ」と思い込んでいるものです。心理学的にはsplittingと呼ばれる心の中で分裂が起こっている状態とも言えます。
あるいは、最近臨床現場以外でもよく見聞きするようになった「解離」が起こっていてのことかもしれません。
これが起こらないようにするには、かなりの努力が必要ですが、「あ、また相手を敵視しちゃってるな」とその都度意識することが、取り組みの始まりです。
相手を敵視してしまうと、本当には思っていない酷いことや、普段の気持ちとは正反対の「嫌い!」という言葉を吐いてしまいがちです。
そうすると相手もそれに応戦する形で酷いことを言ってくるか、喧嘩が終わって仲直りした後でも、ひどい言葉によって傷ついた部分が残っていたり、ひどい言葉そのものは記憶に残っていて、その後も悪影響を及ぼしてくるということになりかねません。
いかがでしょうか?
上記の秘訣は心理学的に言えば「自分自身と相手との両方に対して適切な心理的な距離を確保する」ということです。つまりは「親密性の課題」「親密な関係の中での適切な距離」の課題です。
この適切な心理的距離は、健全な幼少期~青年期を過ごしてくれば自然に身につくものなのですが、不適切養育やいじめられ経験・被虐待経験などにより、これを学ぶ機会が阻害された場合は、意図的に学ぶ必要があります。
これを読んで「自分たちは、喧嘩の時ももっと健康的で大人な喧嘩をしている」と感じられた方は、素晴らしいです。
けれども、多少でも思い当たるところのある人は、ぜひ頑張ってこの4か条を守れるようにしてみてください。
そうすれば、それまでよりも二人の関係がぐっとよくなり、対話が成立しやすく、建設的な関係になれるはずです。
そして、そのような建設的な喧嘩と対話が経験できたら、ぜひともそれを継続させる努力をしてください。
では、実際の建設的な喧嘩と対話でのコミュニケーションは、どのようにすればいいのでしょうか?
これは、また近いうち続編として書きたいと思います。
以上
※今回の記事は2015年の「臨床心理学特集号-カウンセリング・テクニック」(金剛出版)に掲載されたものの元原稿に加筆修正したものです。
-カウンセリングのベーシックテクニック6
[理解]触れあう=「今ここ」での関係
(大妻女子大学/成城カウンセリングオフィス)福島哲夫
Ⅰ はじめに
カウンセリングでクライエント(以下Cl)とセラピスト(以下Th)が触れあうということについて、わかりやすく説明するのはとても難しい。色々なレベルの触れあいがあり、さらにどのように触れあうと、Clがどのように感じるのかが予測も効果もなかなか分かりにくいことが多いからだ。
ここで、カウンセリングにおける出会いと触れあいを、イヌ(Th)とネコ(Cl)の出会いにたとえてみたい。街角で初めて出会ったイヌとネコを想像してみよう。あるいはもっと正確なたとえにするとしたら「一見、優しそうな表情をしたイヌの所に、元気のなさそうなネコが来て、ちょっと様子をうかがう」とした方がいいかもしれない。ネコは見るからに弱っているかもしれないし、見たところ普通だけれども目だけがおびえていて、逃げ足は速いかもしれない。あるいは意外にも喧嘩っ早いトラブルネコで、簡単には触れあわせてもらえないかもしれない。反対に一度気を許すととんでもない甘えん坊の「かまってちゃん」ネコかもしれない。
一方、イヌの方は例外なく初めは一見優しそうにしているだろう。でも、実はがっちりと飼い主や組織に管理されている、まさに「○○のイヌ」かもしれない。さらには飼い主や師の教えにものすごく忠実な「忠犬」で、全ての活動は「教えを守るため」あるいは「教えの正しさを証明するため」だけにされているかもしれない。そして、ひそかに(名誉や権力)に飢えているかもしれない。反対に飼い主や世の中に強い反感を持っているかもしれない。もっと多いのは「世の中のかわいそうなネコを救うことに全身全霊を尽くしている」という、いわゆるヒロイックなお助け犬かもしれない。
このようなさまざまな個性を秘めたネコに対して、別の意味で様々な個性をもったイヌが、どのようにしたらしっかりと役に立てるのだろうか。一筋縄ではいかないけれど、それでも何らかの形で、触れあって、何らかの形で働きかけないといけないだろう。触れあうことに慎重になることは何よりも大切だけれど、慎重にやりすぎて、ネコが失望して路地裏や野山に去っていっては役に立てない。そのネコが捨てネコなのか迷いネコなのか、あるいはいじめられネコなのかによっても、必要とされる対応が全く違う。
以上、かなり突飛なたとえだったかもしなれいが、カウンセリングにおけるClとThの出会いと触れあいを考えるときに、主訴や相談内容とは別に、様々な要因が絡んでいることをまずは意識しておきたい。そして、このような様々な要因のうちのCl側のそれは、始めから明らかな場合も多いが、Th側のそれは、Th自身にもよくわかっていないまま巧妙に覆い隠されつつ、それでも数回会ううちに、2人の関係に多大な影響をもたらし始めるのである。
Ⅱ 「今ここで」触れあうとは-ロジャース・精神分析・ユング・認知行動療法-
カウンセリングにおいてThとClが心理的に触れあうとは、どういうことだろうか。ロジャース,C.R.による、「治療過程が生じる条件」としてあげられている6条件のうちの第1条件が、まさにこの触れあいに関するものである。それは「二人の人が心理的な接触をもっていること」とされている。そして、第2条件以下は、例の主要3条件とそれがClに伝っていることなどが続く。
しかしその一方で、精神分析においては「Clの欲求を満たしてはいけない」として、Clの触れあい欲求や不安低減欲求をある程度でも満たすような治療法を「支持的療法」として、下に見る傾向がある。でありながら、やや古い研究ではあるが、精神分析的精神療法で顕著な改善を示したのは、全て支持的な精神療法だったとの報告もある(生田、1996)。
ユング派においては、箱庭療法を分析心理学の技法として導入したカルフ,D.の「自由で保護された空間の中での、母子一体感にも似た」という言葉からも、十分に触れあいを重んじていることがうかがえる。ユング自身の著作に当たれば、とくに『分析心理学』や『転移の心理学』の中で、ClとThの無意識的な触れあいである「神秘的関与」による両者の変容が、その危険性への十分な注意喚起とともに述べられている。
認知行動療法(CBT)においては、触れあうことはとくに述べられていないが、「ホットな認知を扱う」として、感情を伴った認知を喚起する場合がある。おそらくこのような認知を取り扱う際には何らかの触れあいが生じているに違いないと思われるが、あまり正面から「触れあい」として取り上げられることはない。
筆者の基本的な姿勢は、統合的心理療法を探るというものである。このような技法も態度もClに合わせてカスタマイズするという考え方から、この項の結論を述べてしまえば『Clに応じて、最適な形で触れあうことをめざす』ということになる。それは単にクラエントの求めに応じるわけでも、Clに同調するわけでもない。あくまでも「その個々のClに最適な」触れあいをめざすのである。
そんなことがいったい可能なのだろうか。不可能である。けれども、不可能と知りつつめざすことが、不可能だからめざさないよりもはるかに質の高いものになると考えている。では、何をよりどころに最適な形を推測するのかは、この項の後半で述べることにする。
Ⅲ 各学派での「触れあい」方
来談者中心療法における「触れあい」は、Thの「うなずき」「相づち」から始まって、Thの共感と「無条件の肯定的関心」によって、すでにある程度成立する。さらにThの純粋性に由来する「Thの自己開示」によってなされることが多い。
また、精神分析技法における「今ここhere and now」では、主にClがこれまでの人生で繰り返してきたパターンをThとの間でも繰り返していることを、Thへの転移を指摘することも含めて、まさにその瞬間に指摘する技法である。その意味では直面化などの解釈技法の中心となるものであるので、詳しくはこの特集の「解釈」の項に譲りたい。この解釈技法であっても、自我心理学的な精神分析における「解釈の投与」から、サリバン,H. に代表される対人関係学派やウィニコットやビオンに代表される対象関係論、さらにはKohutの自己心理学派のかなりソフトな「言葉による触れあい」と言ってもよさそうな解釈の伝え方まで、かなり幅があると言える。
さらに近年確立されつつある、統合的な心理療法のいくつかの中でも、触れあいは様々な言葉で重視されている。感情焦点化療法(EFT: Greenberg)では、まさに感情に焦点化していくために、「空の椅子」や「二つの椅子」の技法を使いながら、ThがリードしつつClのこれまで封印されてきた感情にまで触れていく。この際にThが共感的に肯定すること(empathic affirmations)や共感的に探索すること(empathic exploration)が重要視されている。また、精神力動的なアプローチから発展した短期力動療法の一つである加速化体験療法(AEDP: Fosha, 2000)では,面接の場の安全性を確保するために,Clを積極的に肯定すること(affirmation)を重視しながら、トラウマティックな感情に対して「そこに私(Th)といっしょに留まって!」と伝えて、十分に触れていくことで変容を促進する。さらに弁証法的行動療法(DBT: Linehan,1993)では、Validation(承認)やCheerleading(はげまし)によってClの問題行動を「これまでの経緯からすれば妥当なもの」と認めつつ、新しい行動を応援するという形で触れあっていく。
おそらくシステムズアプローチやその他のブリーフセラピーにおけるリフレーミングやエンパワメント(どちらも本特集の別項を参照)も、結局は触れあいながら行っているという点では触れあい技法でもある。
Ⅳ verbalな触れあいとnon-verbalな触れあい
-「アイコンタクト」「うなずき」「相づち」「沈黙」「声のトーン」「笑い」-
これまで論じた理論や概念を抜きにしても、ThとClが会った瞬間から、すでに視線で触れあいが始まり、Clが話し始めれば「うなずき」「相づち」の形で触れあいが進んでいく。さらに沈黙にどう対応するか、声の大きさや話すスピードによっても、触れあっているかどうかの差は截然とする。そしてそれらがうまく進んでいった後に自然な「微笑み」や「笑い」にまで到達できれば、かなり触れあえているかもしれない。これらは全て基本的にはClのスタイルに合わせるべきである。アイコンタクトは「じっと見つめてくるClには、こちらもじっと見つめて」いく。反対に目を逸らしがちなClには、Thも見つめすぎないように」することが大切である。そして「ヒソヒソ話」には「ヒソヒソ話」で応じることで、静かだが劇的な触れあいが生じることもある。
もちろん、描画や箱庭による触れあいや、時によっては筆談も、例外的には動作療法のような身体的な触れあいもある。いずれにしてもnon-verbalな触れあいは、とてもインパクトも影響力も大きいのにThの側は、定型化して慣れっこになっていたり無神経になっていたりする場合がある。時々、自分の面接を録音・録画して、自己チェックや仲間同士のチェックを受けるとこのような歪みが修正できる可能性があるので、お勧めする。
Ⅴ 添った触れあいとズラした触れあい
とくにnon-verbalな触れあいは、触れあっていればいいというものではないし、「Clにぴったり添った触れあいができていればいい」ということでもない。例えば、いつもとても明るく元気よく話すClにこちらも合わせて、明るく元気よく話し続けて「先生、能天気なんですね」と言われたことがある。反対に、Clに合わせて暗く沈黙がちに対応していて「そんな暗い顔しないでください」と言われてしまったこともある。どちらの例も、このように言われること自体は悪くないし、こう言い合える関係があるということは、関係作りに成功していると言える。しかし、このように言えずに不満を募らせていって、関係が修復不能にまでなる場合もある。
声のトーン、話す速度、目線、沈黙、笑い等々のすべてに関して、Clのそれに合わせつつも「合わせ過ぎない」という「意図的なずらし」も必要なのである。速くて大きなしゃべり方には、それとかけ離れない程度のゆっくりめの中くらいの声で応じる。表面的な語りには、それよりもやや深めた内容で返すなどの意図的なズラシである。同様に、あまりにも沈んだ沈黙がちのClには、それよりもやや明るめの声で、少しThの方が言葉を多めにする場合も必要だと思う。笑いに関しては、ここで短く論じるのはとても難しいが、基本的にはClの笑いについていくべきであるが、「ごまかし」でない笑いが自然に起こるようなセッションは、これこそまさに触れあいの極意と言えるだろう。
Ⅵ 触れあうこと、それはパンドラの箱を開けるのに似たリスクを含む
ここまで述べてきたが、「触れあい」がリスクをはらんだものだということを強調しておかなくてはいけない。自己開示も「今ここで」の解釈・直面化も、non-verbalなものも、すべて下手にやったらClを傷つけたり、セラピー関係を修復不能なまでに損なうことがありうる。
けれども、この「触れあうこと」なしには本当の変化が生じることが難しいケースが多いのも事実である。ある女性専門職のClは、30回近いセッションを経た後にThの対応のズレに対して、Thの促しに応じてかなり厳しいTh批判を繰り広げ、その後に初めてThへの信頼感がもて、自己愛人格傾向が弱まって行った。これも、通常ならば「何もしない」はずの所で、Thがあえて触れあっていったからこそ起こった怒りであり、厳しい批判であった。
このように、触れあうことはそれまでClが固く閉ざしていた心の中の「パンドラの箱」を開けることにつながり、そこには激しい怒りや深い悲しみ、雪女のような触れるものすべてを凍てつかせる恨みが秘められているかもしれない。しかし、これを開けなければ変容が訪れないなら、慎重に意図的に開いていくしかないのである。
Ⅶ どのようなClにどのように触れあって行くのか
では、本項の本題ともいうべき「どのようなClにどのように触れあっていけばいいのか」について、簡単に解説したい。福島(2006、2011)においては、Clの内省力と変化への動機づけを簡単な質問でアセスメントして、それに応じて大まかに4種類の態度と技法を調整すべきであるとした。
ここにごく簡単にまとめれば、内省力と動機づけのともに高いClには、受身的中立的な態度で、まさにこれまでの教科書にあるような来談者中心的あるいは精神分析的な触れあいから、洞察を促すような態度がよい。しかし、動機づけが高くとも内省力の乏しいClには、Thがリードしつつ触れあいつつ、心理教育を中心とした関わりが必要である。さらに内省力が高くとも変化への動機づけが低い場合には、Thは積極的に感情面に触れたり、Th自身の感情をある程度開示したり、「肯定的介入」でClと触れあったりしないと変化が生じない。最後に動機づけと内省力のともに低い場合には、触れあい自体が難しいが、Thの肯定的な触れあいや、時にはTh自身の失敗談や挫折体験をすら含んだ「体験の自己開示」が有効な場合もある。本特集の別項「ミラクルクエスチョン」や「リフレーミング」が特に有効なのも、この領域のClである。(図2.参照)
福島の統合モデルでは、これら以外にClのスピリチュアルな次元にも、響きあう領域で深めていくということも含まれている(図3.参照)が、詳しくは上記の論文や著書を参照していただきたい。
Ⅷ 今後の展開
筆者は、ここ数年、これまで述べてきたような「触れあい」に関して、シンプルに「ClとThの心理的距離」という視点からとらえられないかを試みている。2つのスケールを、カウンセリング・ロールプレイや試行カウンセリング、さらにはカウンセリング実験の評定軸として用いて、ある程度の有効性が確認できている(樽澤・福島2015)。少なくともTh側がこのようなスケールを頭に入れて、「今ここで」の関係性への感覚を研ぎ澄ますことが何より重要と思われる。
さらにMallinckrodt,B. et al.(2014)によって試みられているような、理想的な「治療的距離」とClのアタッチメント・スタイルとの関連を探ることによって、Clごとに異なる理想的な触れあいを提供する際の指標となるのではないかと考えている。Mallinckrodt,B. et al.によれば、治療前に回避的なアタッチメント・スタイルを示したClはThの関わりを「近すぎる」ものとして知覚し、反対に治療前に不安を感じていたClはThの関わりを「遠すぎる」と知覚していたという。さらに、治療の進展によって回避的だったClはThに対して関わりをもつようになり、反対に治療前に不安の高かったClは、期待に反して治療後も自律性が高まっていなかったとしている。
この研究はまだまだ試論の段階であり、Clのアタッチメント・スタイルや治療的距離をどのように測定するかという方法上の問題もあるが、「個々のClに最適な触れあいを探る」という点では、可能性に満ちた研究だと言える。
いずれにしても、触れあい方に唯一正しい定式化された解はない。何らかの指標を持ちながら、その瞬間瞬間に最適なものを選び取っていくしかない。その意味で、「探究する姿勢」が欠かせないということを強調して、この項を終わりたい。
文献
Bion,W.R.(1970). Attention and Interpretation. Tavistock, London. Maresfield Reprints, London, 1984
Fosha, D. (2000). Transforming power of affect: A model of accelerated change. New York: Basic Books.
福島哲夫(2006)心理臨床学の基礎としての折衷・統合的心理療法-基本的態度の微調整と技法選択に関する試論-.大妻女子大学人間関係学部紀要,8,49‐61.
福島哲夫(2011) 心理療法の3次元統合モデルの提唱−より少ない抵抗と、より大きな効果を求めて−日
本サイコセラピー学会雑誌 第12巻第1号 51-59
Greenberg LS, Rice LN, & Elliott R(1993):Facilitating Emotional Change : The Moment-by-Moment Process. New York: The Guilford Press. 岩壁茂(訳)(2006):感情に働きかける面接技法-心理療法の統合的アプローチ- 誠信書房
生田憲正(1996)精神分析および精神分析的精神療法の実証研究(その1)-メニンガー財団精神療法研究プロジェクト-精神分析研究 第40巻、1-9.
カルフ,D.(1999)カルフ箱庭療法[新版](山中康裕監訳) 誠信書房
Mallinckrodt,B. ,Choi,G.,& Daly,K.D.(2014) Pilot test of measure to assess therapeutic distance and association with client attachment and corrective experience in therapy. Psychotherapy Research,
Linehan MM(1993):Skills training manual for treating borderlines personality disorder. New York: Guilford Press.
樽澤百合・福島哲夫(2015)カウンセリング場面における聴き手の頷き量が話し手に与える影響に関する実験研究-知覚された共感性、快感情、心理的距離に注目して-.日本心理臨床学会第34回秋季大会発表論文集.
2024年
2月
20日
火
1.はじめに
本稿では、統合的心理療法の応用編として、トラウマインフォームドケアの考えに基づく複雑性PTSDの統合的治療について、解説します。
近年、トラウマインフォームドケアと、複雑性PTSDの治療が注目されてきています。
このトラウマインフォームドケア(TIC)とは、支援者たちがトラウマに関する知識や対応を身につけ、対象者の人たちに「トラウマがあるかもしれない」という観点をもって対応する支援の枠組みです。このTICという考え方は、2000年代以降、北米を中心に広がりを見せ、近年日本においても、医療、福祉、司法、教育の領域にも適応されるようになってきています(大阪教育大学,2023)。
この考え方は「トラウマのメガネ」とも呼ばれていて、「この人(子ども)の、一見理不尽な言動や、過剰な反応の裏にはトラウマがあるのかもしれないという目で見てみる」ということの意義が唱えられています。「色眼鏡で見る」と言えば「物事を歪んだ(偏った)見方から見る」という否定的な意味で使われますが、この「トラウマのメガネ」は、これをかけて初めて問題の本質が見え、正しい対応が見えてくるという意味で、大切な発想となっています。
このような考え方が出てきた背景の一つには、1990年代後半から行われるようになった小児期逆境体験(Adverse Child Experiences: ACE)研究の蓄積があります。これらの研究で、関係者が考える以上に多くの人が虐待や家族機能不全といった逆境体験をもっているだけではなく、さらにその後の逆境体験を重ねれば重ねるほど行動面、心理面、健康面のリスクが高まることが明らかにされました。逆境体験がすべてトラウマになるとは限りませんが、トラウマを理解して対応していくことの必要性が認識されるようになりました(大阪教育大学,2023)。
また複雑性PTSD(Complex PTSD:以下CPTSD)は、ハーマン(Herman,1992)によって提唱されて以来、診断概念としては正式に認められないままに今世紀に至っていましたが、ICD-11(世界保健機構国際疾病分類第11版)により、2022年にWHOにおいて2019年採択2022年発効という形で正式に認められました。これはこれまで米国精神医学会の診断基準DSM-5でははっきりと定義されなかった長期反復性のトラウマのサバイバーに関して、複雑性PTED(CPTSD)が、公式診断とされた画期的な出来事と言っていいでしょう。
振り返ってみれば、私たち心理職は、すでに長い間「トラウマ」や「虐待」そして「機能不全家族」などの概念には親しんできたものの、それらに対して系統的で体系的なアセスメントやセラピーの訓練は受けてきていませんでした。けれども、今思うと「あのケースもそうだった」と強く思わされる事例が多く、これは「発達障害」が初めて本格的に紹介された頃の感覚に近いものがあります。
2.複雑性PTSD(ⅭPTSD)とは
ⅭPTSDは、ハーマンによって1992年に提唱されたもので、定義としては以下のようになります。「極度に脅威的ないしは恐怖となる性質の出来事で、最も多くは、逃れることが困難ないしは不可能で、長期間あるいは繰り返された出来事に曝露したあとに生じる障害」(World Health Organization,2018)。そして、このような出来事の例として、拷問、奴隷、虐殺、長期的な家庭内暴力、繰り返される子ども時代の性的もしくは身体的虐待などがあげられています。
そして以下のような症状を伴っているとされました。
①再体験症状:re-experiencing;再体験
鮮明な侵入的記憶で、フラッシュバックや悪夢の形による、トラウマ的な出来事が今起きているように感じる再体験
②回避症状:avoidance of traumatic reminders;回避
出来事に関する思考や記憶の回避、あるいは出来事を想起させるような活動、状況、人物の回避
③脅威の感覚(過度の警戒心):persistent sense of current threat that is manifested by exaggerated startle and hypervigilance;過覚醒
今も脅威が高まっているような持続的で、過度な警戒心ないしは不意の物音などに対する過剰な驚愕反応
④感情制御困難:affective dysregulation;感情の調整不全
情動反応性亢進(気持ちが傷つきやすいなど)、暴力的爆発、無謀なまたは自己破壊的行動、ストレス下での遷延性解離状態、感情麻痺および陽性の感情の体験困難
⑤否定的自己概念:negative self-concept;否定的な自己概念
自己の矮小感、敗北感、無価値観などの持続的な思い込みで、外傷的出来事に関連する深く広範な恥、自責の感覚
⑥対人関係の障害:disturbances in relationships;関係性の障害
他者に親近感を持つことの困難、対人関係や社会参加の回避や関心の乏しさ
以上のうち①~③はPTSD(心的外傷性ストレス後症候群)と同じです。そして④~⑥は自己組織化の障害と呼ばれるものです。この自己組織化の障害とは、一言で言えば「自分を保っていることがとても難しい」状態だと言えます。
けれども臨床的には境界性パーソナリティ障害(BPD)との区別が難しいともされています。BPDは上記④~⑥の自己組織化の障害に加えて、「見捨てられを防ぐための極端なしがみつき」「理想化と脱価値化の間を揺れ動く不安定で激しい対人関係」「とても不安定な自己感覚・自己イメージ」が特徴とされます。また、自殺企図や自殺行為がBPDでは高く(約50%)、CPTSDではPTSDと同様に15%前後とされています。
表10-1.境界性パーソナリティ障害(BPD)とCPTSDとの鑑別(飛鳥井,2021をもとに筆者が作成)
自己組織化の障害(DSO) |
BPDとCPTSD |
主な違い |
自己概念の障害 |
BPD |
アップダウンする不安定な自己感覚 |
CPTSD |
常に否定的な自己感覚を反映 |
|
対人関係の障害
|
BPD |
急に変化しやすい対人交流パターン(ex.理想化とこきおろし) |
CPTSD |
対人関係の持続的回避傾向(親密な関係を避けてしまう) |
|
その他 |
BPD |
操作性、衝動性、見捨てられ不安、自殺企図や自傷行為の反復などの特徴 |
CPTSD |
自殺企図や自傷行為が出現することもあるが、病態の中心ではない。 トラウマ特異的なPTSD症状の存在がある。(ex.様々な身体症状や自律神経の不調)
|
また、岡野(2021)は、CPTSDの治療の際には、従来の精神分析的な治療を、以下のように変更する必要があるとしている。
表10-2.CPTSD治療のための精神分析治療の変更点(岡野,2021をもとに筆者が作成)
主な変更項目 |
内容 |
①治療関係の安全性と癒しの役割
|
治療場面が傷つき体験とならないよう、治療構造の「柔構造」的なあり方が必要 |
②トラウマ体験に対する(加害者側に立つと誤解されない)真の中立性 |
必要に応じてThの態度表明や感情表現をすることが真の中立性を保つうえで重要 |
③愛着トラウマという視点
|
治療者は過去のトラウマの想起やその治療的な扱いを優先的な治療目標とする姿勢から離れる。まずは安全な治療関係を形成することを第一目標とすべき |
④解離の概念の重視
|
解離・転換症状を扱うことを回避せず、症状や主張の背後の意味を読み、受け取っていく |
⑤関係性や逆転移の視点の重視
|
治療者側の救済願望により、治療関係が新たなストレス体験とならないよう、来談者への気持ちに常に適度なブレーキを踏み続けるような治療関係が望ましい |
⑥倫理原則の遵守 |
トラウマ体験により治療者に対しても加害的イメージを投影する可能性が高いため、最大の配慮を払う |
これらは、世界的な趨勢でもあり、主な現代心理療法や20世紀末から21世紀にかけて生まれた新しい心理療法は、全てこの傾向を備えているとも言えます。また、統合的心理療法もこの方向性にあることは疑いようがなく、上記の姿勢に「複数の異なった治療理論や治療技法を駆使する」を加えれば、そのまま統合的心理療法になると言っても過言ではないでしょう。
また、これまでの筆者の経験からも、とくにCPTSDのClには、単一技法はあまり効果的ではなく、「柔構造」の中で、ThがClの味方であるという「態度表明」や「感情表現」を通じて、決して冷たい中立性ではなく、加害者に怒りも感じる道義的な人間としての安心・安全感を持ってもらう必要があります。そしてまずはセルフケアやストレスコーピングの具体策について、時に心理教育もしながら、さらに症状を乗り越えていくためのワークを導入する必要もあります。時には家族に会う必要もあり、場合によっては家族や加害者とその関係者へのメールなどを作成するサポートも必要と考えます。
多数の事例を踏まえて現在筆者は以下の表のような統合的な取り組みが必要だという結論に至っています。
表10-4.CPTSDへの統合的取り組み
セラピーの時期 |
主な内容 |
初期 |
肯定的な雰囲気の中での安全感・安心感の提供 |
中期①
|
現在直面している現実的な問題への無理のない範囲での取り組み(e.g.生活リズム、対人関係、恋愛相談等々)、セルフケアの心理教育と実践。 環境調整(e.g.家族関係調整、経済問題、障害者年金などの社会保障制度利用へのアドバイス) 必要なら家族面接 |
中期② |
無理のないペースでのワーク(e.g.セルフ・コンパッション・ワークやグラウンディング、マインドフルネス・ワーク)(Neff,K.& Germer,C.(2018/2019) ポリヴェーガル理論の心理教育やその紙上ワーク(Dana,D.,2018) Thとの率直なやり取りを通じてのアサーション課題への取り組み |
中期③ |
やや集中した形でのトラウマワーク(Thの習熟度によってEFTやAEDP™、PE等) |
終結期 |
これまでの振り返りと、現実生活へのアドバイス |
表10-4.に示したCPTSD治療のための統合的取り組みは、言葉を変えれば、統合的心理療法の典型とも言えるでしょう。統合的心理療法をめざすThは、すべからくCPTSDの治療のエキスパートをめざしていいのではないかとさえ思います。
以前CPTSDの概念に詳しくなかった筆者は、「トラウマ体験のある境界性パーソナリティ障害」や「非虐待経験のある境界性パーソナリティ障害」として、主に境界性パーソナリティ障害の力動的セラピーを続ける中で、長期間続けても多彩な症状が改善しないケースや、短期間で中断してしまうケースもありました。
しかしながら統合的心理療法に意識的に取り組み、さらにCPTSD概念を少しずつ知ることによって、本章で取り上げたような経過をたどる事例が増えていきました。このこともまさに現代的な技法を取り入れた統合的心理療法を後押しする体験となっています。
文献
飛鳥井望:編(2021).複雑性PTSDの臨床実践ガイド~トラウマ焦点化治療の活用と工夫~ 日本評論社
Dana,D.(2018).The polyvagal theory in therapy: Engaging the Rhythm of Regulation. 花丘ちぐさ訳「セラピーのためのポリヴェーガル理論―調整のリズムと遊ぶ」春秋社.2021
原田誠一:編(2021).複雑性PTSDの臨床 ”心的外傷~トラウマ”の診断力と対応力を高めよう 金剛出版
Neff,K.& Germer,C.(2018). The Mindful Self-Compassion Workbook: A Proven Way to Accept Yourself, Build Inner Strength, and Thrive(富田拓郎監訳 マインドフル・セルフ・コンパッションワークブック 星和書店 2019)
大坂教育大学学校安全推進センターhttp://ncssp.osaka-kyoiku.ac.jp/mental_care 2024年1月閲覧
山﨑和佳子,岩壁茂,福島哲夫,野田亜由美,野村朋子(2023).統合的心理療法におけるクライエントの主観的体験 成功 4 事例の複数事例研究 .臨床心理学Vol.23 No.3 ; 329-338
World Health Organization:WHO(International Classification of Diseases 11th Revision
The global standard for diagnostic health information:ICD-11 https://icd.who.int/en2024年1月21日閲覧
2024年
1月
27日
土
カウンセラー(臨床心理士・公認心理師)江部
今年も新しい年が始まって、1ヶ月が終わろうとしています。
「毎日があっという間に過ぎていくな~」と私は感じています。
(みなさんはどうでしょうか?)
そんな風に毎日を送っている訳ですが、私は定期的に思うことがあります。
「あれ、このままでいいんだっけ?」
目の前のことに追われて、大事な決断を後回しにしていないかな?
淡々と言われたことを受身的にしているだけになっていない?
私のしたいことは、本当にこれでいいの?
元々好奇心旺盛な性格であり、なおかつ飽きっぽい私…
いろんなものに目移りします。
思考もあっちに行ったり、こっちに行ったり。
友人に話すと、「生き急いでいるだけじゃない?」なんて言われます。
そして、いろんなアイディアが浮かんでは、行動が伴わず消えていきます。
考えはするのに、行動には移さない自分、行動に移したとしても継続できない自分に気づき、嫌気がさします。
そういう時は、決まって成功している人、輝いている人が羨ましくもなりますし、足踏みしている自分に猛烈に苛立ちます。
納得がいっていないのに、目の前のことをしなければならない、と感じている時にも
「あれ?このままで本当にいいんだっけ?」と私が、私に質問をします。
もちろん、社会に適応するために、自分を後回しにせざるを得ない状況もあると思っています。
心に生じる違和感にいちいち反応していたら、心がもちません。
そういうときに、私たちは自分の気持ちを意識下に押し込めたり、蔑ろにして大切にしないまま置き去りにしたりすることに慣れてしまっています。
つまり、感情の動きに鈍感になっています。
でも、このような思考が出てきたときは、「セルフ・カウンセリングの出番だ!」と思うようにしています。
最近では、セルフ・ケアがよく話題になりますが、セルフ・ケアと同時に、しっかりと自分を振り返るセルフ・カウンセリングも大切です(似ているようで、ちょっぴり違います)。
このような時は、一度頭の中を空っぽにして、自分に何が起きているのかを感じます。
頭で考えようとするのではなく、今自分の心に何が起きてしまっているのか、そこに留まって感じます。
「なんか窮屈な感じ」「身体に力が入っていて疲れる感じ」など、なんでもいいです。
感じようとしても、感覚に集中できないときもあります。
思考優位になって、頭の中が忙しくなっている状態の時です。
そういう時は、紙に書き出します。
何も考えずに、ひたすら思いのままに、心の声を書きまくります。
セリフでもいいですし、自分への質問でもいいです。
大切なのは、蓋をしていた気持ちに気づくこと、外に出してあげることです。
そんなことをしているうちに、自分のモヤモヤした感覚が何だったのか、だんだん理解できていきます。
(私の場合は、たいてい主導権が自分になく、人から言われて何かを「させられている」と感じたときにこの現象が生じるな、と思います)
日本ではカウンセリングというと、まだまだ「病んでいる人、心が弱い人が受けるもの」というイメージを持たれがちだと感じることが多い一方で、先進国アメリカでは、カウンセリングの敷居が低く、「精神疾患を治すため」というイメージよりも、心の調子を整えるためのメンテナンスとして、受ける人の方が多いです。
「病んだ人が受けるもの」というイメージから、むしろ病まないために受ける予防として位置づけられていると言っていいでしょう。
「今の自分って、こうなのかもしれない」という気づきの積み重ねが、心の栄養になり、自己成長に繋がります。
もし、今日紹介したセルフ・カウンセリングが上手くいかなければ、ぜひ一緒に取り組んでみませんか?
一人でも多くの方の自己実現のお手伝いができたら嬉しいです。
2024年
1月
25日
木
日が過ぎるのは早いもので、新年を迎えたと思っていたら、あっという間にひと月が過ぎそうです。今年は新年早々から悲しいニュースが続き、今なお落ち着かない暮らしをされている方が多くいらっしゃいます。一日も早く被災された方たちの生活が落ち着かれますよう心から願います。
さて、成城カウンセリングオフィスには、色々なお悩みの方がお越しになられますが、子育ての悩みで来室される方も多いです。
お話の中で、必要に応じて私たちが子育てについて自己開示を行うと、「先生でもそんな事あるんですね!」と驚かれ、「自分だけじゃないんだと安心しました」とおっしゃられる事があります。
時と場合にもよりますが、不安な時に「自分だけなんじゃないか」と感じると、より不安になりますよね。
少しでも、どなたかの安心に繋がればと思い、今年の私の目標をシェアさせていただこうと思います。(宣言する事で自戒の念も込めています・・)
私の今年の目標の一つ、それは「自分自身をわざわざ悪者にしない」というものです。
もちろん、常日頃から自分自身を責めながら、悪者にしながら生活しているわけではありませんが、
調子が悪い時、疲れている時、嫌な事があった時、生理前など、コンディションによって少し(時に沢山)ネガティブな気持ちになる事は当然あります。
そんな時、私は自分が褒められた事や、誰かが喜んでくれた事に対して、「でもあの時私は心の底から親切な気持ちだったのか」や、「誰かにいい人と思われようとしたんじゃないか」なんて意地悪な気持ちで、自分の心の中に小さな悪意がありはしないかと、くまなく探してしまう事がありました。
あるかどうかも分からないものを、それこそ砂漠の中から一本の針を探すような気持ちで探そうとしていたのです。
そして、ふと我に返り、「こんなに必死に探して見つかったとして、一体誰が得をするというのだろう」と気付くのです。そこは、心理士としてのトレーニングが活きているのかもしれません。
こうして、常に冷静に自分の心の動きを観察出来ればいいのですが、なかなかそういうわけにはいかない事もあります。
ですが、それでも自分のやっている事、自分の考えている事に対して、どれだけ意味があるのか、どんな意味があるのか考え、少し距離を持って見る事が出来れば、誰にも頼まれていないのに、自分に対して意地悪をするという、なんとも無駄な時間をさっさと切り上げる事が出来ます。
今年は、出来るだけその時間を短縮するというのが、目標にしている事です。皆さんもぜひやってみてください。
クライアントさんの中には、そもそも自分が“わざわざ”意地悪な気持ちで、自分を見ているという事に気付いていらっしゃらない方も多いです。
なんだかよく分からないけど、自分の事が嫌だとか悪く感じるという事でしたら、もしかしたらそういった癖が隠れているのかもしれません。
自分だけでは、それについて発見したり、考えたりする事が難しい時には、ぜひ一緒にその事について考えさせていただければと思います。
2023年
7月
22日
土
前回のブログでは、カップルの喧嘩において悪循環を防ぎ、二次被害を生まないための秘訣をお伝えしました。
では、そのような秘訣を守ったうえで、建設的な対話はどのように進めていけばいいのでしょうか?
この際に参考になるのが「LOVEの会話」とアサーションの中の特に「DESC法」と呼ばれるものです。
1.LOVEの会話とは
まずは、親密な対話の基本として、以下の4つの態度があげられます。
Listen・・・心を込めて相手の話を傾聴する
Open・・・先入観のない心と頭で真摯に向き合う
Validate・・・お互いの話を正当だと認め、受け入れる
Express・・・自分の考えや気持ちを穏やかに、簡潔に、ゆっくりと表現する
これら4つの特徴の頭文字をとって「LOVEの会話」と呼ばれています。
これは『カップルのための感情焦点化療法』(金剛出版、2021)の中で紹介されているものです。
少し説明しましょう。
まずは相手の話を傾聴する(Listen)は必須です。
そして、さらに傾聴して終わりではなく、かといってすぐに反論したり解決策を伝えたりするのでもなく、Openな態度つまり広い心で「なるほど、そういうことなんだね」「そう思っているんだね」などと、まずは受け止めます。
これは単に受け止めるだけではなく「先入観なく新鮮な気持ちで受け入れる」という態度が大事です。
そして、Validateです。
このValidateとは、「(妥当なものとして)承認する」「是認する」という言葉です。砕いていえば「認める」です。
要するに相手の発言を認めるというのが、このValidateです。
ただし、これは形だけの承認ではなく、「たとえ違う意見、違う立場、あるいは腹の立つような発言であっても、まずは心から認める」というものです。
そして、最後がExpress表現するです。
これは「自分の考えや気持ちを穏やかに、簡潔に、ゆっくりと表現する」というものです。
どんなに大切な気持ちでも、あるいは相手を思いやっている気持ちであっても、怒った顔で長々と話したら伝わりません。
穏やかに、そしてできたら簡潔に、さらにゆっくりと言葉にしないと相手には伝わらないものです。
まして、「言わなくてもわかって欲しい」「こんなことくらいわかって当然」というのは、この多様化した現代ではもう通用しません。
これら4つの態度の頭文字を取ったものが「LOVEの会話」です。
親密な関係における対話は、この4つが基本となります。
おそらく、仲良く楽しくできている時には、自然にこれらの4つが満たされているでしょう。
けれども、親密な関係であればこそ、安心してリラックスして本音が出てきます。
雰囲気が少し険悪になったときや、お互いの考えや感じ方の違いが明らかになったときにも、お互いに本音を出し合いながらも、この4つの態度が実践できるかどうかがとても大切な秘訣となります。
2.アサーションとは
親密な関係における自己表現で大切な考え方が、アサーションです。
このアサーションとは「自他を尊重した自己表現」と訳されるもので、「攻撃・感情的な主張」でも、「主張しない」でもなく、自分のことも相手のことも大切にした自己表現のことです。
具体的なスキルとしては、「相手の意見を聞く」「相手に意見を伝える」「双方の意見を検討したのち具体的なアクションを起こす」という3つのステップが基本です。
この中には言語的なアサーションと非言語的なアサーションの両方があります。
◎言語的なアサーションとは?
言語的なアサーションとは、文字通り「意味のある言葉によって相手に働きかける」ことを指します。言語的なコミュニケーションでは、発する言葉の意味以上に重要になるのが、「どういう文脈でその言葉を発するか」です。いわば自己主張するための文脈を整備するスキルだと言えるでしょう。
例えば、相手に対して突然「嫌いだ!」などというと、相手は不快感を抱きます。言われた側からするとそんな風に言われる文脈がないため、一種の不条理的なシチュエーションに引き込まれることになります。この不快感が相手との衝突を深める危険があります。
ですので言語的なアサーションとして重要なのは、感情や主張を言うよりも先に、「今、どういう状況にあるのか」をきちんと相手と共有することです。「今少しいいかな?」「少しお話があるんだけれど」「この前もお話しした◯◯についてなんだけれど」というように、きちんとした前置きで、まずは文脈を整備することで、相手にも心の準備ができて、対話がしやすくなります。
この時に「そんなことをすると急に雰囲気が険しくなる」と心配する人がいます。
けれども、こういった文脈つくりなしに不満をため込むことの方が長期的には悪影響だということを理解すべきでしょう。
◎非言語的なアサーションとは?
非言語的なコミュニケーションには、頷きや表情など視覚に訴えるものと、声色や声量そして相槌やオウム返しなどの聴覚に訴えるものがあります。例えば、謝罪や愛の言葉を伝える時に足を組んでいたり、テーブルをコンコンと叩きながらする人はいないと思います。
そのように、自分の気持ちが誤解されないように配慮するのが、この非言語的なアサーションのエッセンスです。
非言語的なアサーションで注意したいのは、感情のコントロールです。いくら言語的なアサーションが上手であっても、仕草や表情と言葉が一致しなければ、相手に不快感を与える恐れがあります。
例えば何か頼まれごとをされたとき「いいですよ」と答えても、しかめっ面など不機嫌そうな表情をしていると「したくないけれど、仕方がないからやってやる」という風に解釈されてしまいます。
◎アサーションスキルのアップに欠かせないDESC法
アサーションスキルを体系的にまとめた理論として、DESC法というものがあります。これはアサーションのプロセスを以下の4つのステップに分解したものです。
D:Describe(描写する)
客観的に状況・事実を伝える
E:Express(表現する)
自分の意見や感情を表現する
S:Specify(提案する)
相手に求めているものを言葉で伝える
C:Consequences(結果を伝える)
提案したものの実行/不実行による結果を伝える
アサーションとは「自己主張」の能力であり、同時に他者を尊重することが求められるスキルでもあります。他者を尊重するというのは感情的な信頼もそうですが「合理的に話を進める」ことも大切な要素となります。DESC法とは、まさに合理的解決のための道筋を整備する方法だと考えられます。
例えば、友人が最近何度か待ち合わせに遅刻したケースをイメージしてみましょう。続けて遅れてきた友人に対していきなり怒りをぶつけると、お互いの感情同士がぶつかり合って関係性を悪化させるだけになる恐れがあります。ですので、まずは文脈をきちんと作ることが大切です。簡単な会話例をみてみましょう。
「このところ何回か遅刻してるけど(D:描写する)、どうしたの?」
「ごめんごめん、寝坊してしまって」
「遅刻が続くと心配になるし、後ろの予定にも響くからちょっと困る(E:表現する)」
「気をつけるよ」
「ちょっとスケジュールに無理があるかな?もう少し、遅い時間に待ち合わせする?(S:提案する)。そうすれば、私も別の用事してから来ればいいし、前もってわかっていれば後ろの予定もずらせるかもだし(C:結果を伝える)」
「わかった、次からそうするよ」
この会話のポイントは、具体的に何をすればいいかをはっきりさせているところです。「何が起こり」「どう問題が生じ」「どうすれば解消され」「それでどのようになるのか」に具体性を持たせることで、相手に理解や納得を促すことができます。
◎アサーションは理解・納得のプロセスが大事
アサーションスキルを身につけるためには、相手がどういうプロセスで理解・納得するのかを知ることが大切です。
DESC法は、そのプロセスを利用したアサーションの具体的な方法であり、活用することで自然な自己表現を身につけることができます。
コミュニケーションスキルは短期的に身につけられるものではありませんが、日々意識し続けることで習得できます。
アサーションをはじめとするコミュニケーションスキルはビジネスにおいても親密な関係においても、とても大切で生産的なスキル・思想です。とくにビジネス場面ではある程度できている人でも、親密な関係になるとそれができない人も多いようです。
DESC法はビジネスでも、親密な関係でも大切なものですし、LOVEの会話は親密な関係でこそその効力が発揮されるでしょう。
これら二つを心において、日常的に自分の言動を振り返り、少しずつ改善していくことを心がけましょう。
2023年
7月
11日
火
以前、このブログに「カップル円満の秘訣ーあごうたオッケー」を書かせていただきました。
この内容は2022年12月にNHKラジオ「医療ジャーナル」でも、紹介されました。
さて、今回はこの「あごうたオッケー」の続編ともいうべき内容です。
さしづめ「あごうたオッケー」はカップルの平常時の合言葉、今日お伝えする「肘と手守れ」は、カップルの非常時、つまり喧嘩中の合言葉です。(覚えやすさのために、両方とも身体にまつわる言葉にしてみました)
これはずっと以前に相性について書いたブログで、「相性はTalk(会話)、Walk(身体運動)、Battle(喧嘩)の3領域で見極めましょう」という提案の、「喧嘩」について詳しく述べるものにもなります。
(以下のリンクを参照してください)
さて、いつものように、少し長くなるので結論から書きましょう!
以前の「あごうたオッケー!」は
ありがとう
ごめんなさい
うれしい
たすかる
(約束事や頼まれごとは)オッケー!と返事して行動
の頭文字でした。
今回の「肘と手(ひじとて)守れ」は
(喧嘩の時には)
ひとりの時間を持つ(持たせてあげる)
自分を責めない
問い詰めない
敵視しない(相手を敵だと思わない)
を守れ
のそれぞれの頭文字(はじめの一文字)です。
喧嘩の時には最低限これを守れば、さらなる悪循環を避けることができて、二次被害を防ぐことができます。そして、うまくすれば建設的な「対話」に持っていくこともできます。
では、ここから一つずつ解説していきましょう。
「ひ」・・・一人の時間をもつ(持たせてあげる)
カップルが喧嘩になったときに、なかなか一人の時間を確保するのが難しくなり、そのストレスもあって、余計にお互いを傷つけてしまいかねません。
これは「(腹立ちなどの)気持ちが収まらない」とか「気がすまない」という気持ちから来るものですし、場合によっては「相手から離れるのが不安」という場合もあります。
けれども、お互いもう大人です。喧嘩をしたからと言って何かやらかしてしまうとか、どこか遠いところに行ってしまうということはないでしょう。(あるいは、それが繰り返されるようなお相手は、そもそも一緒にいるべきかどうかを考えなくてはいけませんよね)
ここは思い切って、頭を冷やすためにもしばらく一人になりましょう。
その際に、黙って去っていくのではなく「少し頭を冷やしてくるね」とか、「今日はここまでにして、お互い別々に過ごそう」と提案して、一人の時間を確保すべきです。
「じ」・・・自分を責めない
じつは、喧嘩がこじれる多くの場合、相手への怒りや責めたい気持ちの奥に「自分がバカにされている」「自分がないがしろにされた」という被害感とそれによって損なわれた自尊感情が問題となります。
言い換えれば、被害感と自己卑下、屈辱感などがごちゃ混ぜになって自分を責める気持ちも湧いてきて、素直になれなくなっています。相手を責めながら本当は自分を責めている(「こんな自分だから嫌われてるんだ」「こんな自分だからバカにされている」「自分は結局はいいように利用されているだけなんだ」等々)ことがほとんどです。
ここで、自分を責める気持ちにストップをかけて自分を大切にする行動を取れれば、それは結果として相手のことも最低限大切にする行動につながります。
「と」・・・問い詰めない
これはわかりやすいでしょう。
喧嘩の時にはどうしても相手を問い詰めたくなります。けれどもそれは単に攻撃していることになります。さらにその問い詰めに相手がうまく答えてくれないと余計に腹が立つ、かといって反対にうまく答えたら「本当に口ばっかりなんだから」とまた腹が立つと、ダブルバインド的に「どうなっても余計に腹が立つ」、相手からすれば「どうやっても余計に怒られる」ということになります。
これでは成り立つはずの対話も成り立たなくなります。
「て」・・・敵視しない(相手を敵だと思わない)
これは、当然のことではあるのですが、喧嘩の最中には案外難しいことかもしれません。喧嘩の最中には「相手は私を嫌っている」とか「この人は本当は悪い奴だ」と思い込んでいるものです。心理学的にはsplittingと呼ばれる心の中で分裂が起こっている状態とも言えます。
あるいは、最近臨床現場以外でもよく見聞きするようになった「解離」が起こっていてのことかもしれません。
これが起こらないようにするには、かなりの努力が必要ですが、「あ、また相手を敵視しちゃってるな」とその都度意識することが、取り組みの始まりです。
相手を敵視してしまうと、本当には思っていない酷いことや、普段の気持ちとは正反対の「嫌い!」という言葉を吐いてしまいがちです。
そうすると相手もそれに応戦する形で酷いことを言ってくるか、喧嘩が終わって仲直りした後でも、ひどい言葉によって傷ついた部分が残っていたり、ひどい言葉そのものは記憶に残っていて、その後も悪影響を及ぼしてくるということになりかねません。
いかがでしょうか?
上記の秘訣は心理学的に言えば「自分自身と相手との両方に対して適切な心理的な距離を確保する」ということです。つまりは「親密性の課題」「親密な関係の中での適切な距離」の課題です。
この適切な心理的距離は、健全な幼少期~青年期を過ごしてくれば自然に身につくものなのですが、不適切養育やいじめられ経験・被虐待経験などにより、これを学ぶ機会が阻害された場合は、意図的に学ぶ必要があります。
これを読んで「自分たちは、喧嘩の時ももっと健康的で大人な喧嘩をしている」と感じられた方は、素晴らしいです。
けれども、多少でも思い当たるところのある人は、ぜひ頑張ってこの4か条を守れるようにしてみてください。
そうすれば、それまでよりも二人の関係がぐっとよくなり、対話が成立しやすく、建設的な関係になれるはずです。
そして、そのような建設的な喧嘩と対話が経験できたら、ぜひともそれを継続させる努力をしてください。
では、実際の建設的な喧嘩と対話でのコミュニケーションは、どのようにすればいいのでしょうか?
これは、また近いうち続編として書きたいと思います。
以上
2024年
2月
20日
火
1.はじめに
本稿では、統合的心理療法の応用編として、トラウマインフォームドケアの考えに基づく複雑性PTSDの統合的治療について、解説します。
近年、トラウマインフォームドケアと、複雑性PTSDの治療が注目されてきています。
このトラウマインフォームドケア(TIC)とは、支援者たちがトラウマに関する知識や対応を身につけ、対象者の人たちに「トラウマがあるかもしれない」という観点をもって対応する支援の枠組みです。このTICという考え方は、2000年代以降、北米を中心に広がりを見せ、近年日本においても、医療、福祉、司法、教育の領域にも適応されるようになってきています(大阪教育大学,2023)。
この考え方は「トラウマのメガネ」とも呼ばれていて、「この人(子ども)の、一見理不尽な言動や、過剰な反応の裏にはトラウマがあるのかもしれないという目で見てみる」ということの意義が唱えられています。「色眼鏡で見る」と言えば「物事を歪んだ(偏った)見方から見る」という否定的な意味で使われますが、この「トラウマのメガネ」は、これをかけて初めて問題の本質が見え、正しい対応が見えてくるという意味で、大切な発想となっています。
このような考え方が出てきた背景の一つには、1990年代後半から行われるようになった小児期逆境体験(Adverse Child Experiences: ACE)研究の蓄積があります。これらの研究で、関係者が考える以上に多くの人が虐待や家族機能不全といった逆境体験をもっているだけではなく、さらにその後の逆境体験を重ねれば重ねるほど行動面、心理面、健康面のリスクが高まることが明らかにされました。逆境体験がすべてトラウマになるとは限りませんが、トラウマを理解して対応していくことの必要性が認識されるようになりました(大阪教育大学,2023)。
また複雑性PTSD(Complex PTSD:以下CPTSD)は、ハーマン(Herman,1992)によって提唱されて以来、診断概念としては正式に認められないままに今世紀に至っていましたが、ICD-11(世界保健機構国際疾病分類第11版)により、2022年にWHOにおいて2019年採択2022年発効という形で正式に認められました。これはこれまで米国精神医学会の診断基準DSM-5でははっきりと定義されなかった長期反復性のトラウマのサバイバーに関して、複雑性PTED(CPTSD)が、公式診断とされた画期的な出来事と言っていいでしょう。
振り返ってみれば、私たち心理職は、すでに長い間「トラウマ」や「虐待」そして「機能不全家族」などの概念には親しんできたものの、それらに対して系統的で体系的なアセスメントやセラピーの訓練は受けてきていませんでした。けれども、今思うと「あのケースもそうだった」と強く思わされる事例が多く、これは「発達障害」が初めて本格的に紹介された頃の感覚に近いものがあります。
2.複雑性PTSD(ⅭPTSD)とは
ⅭPTSDは、ハーマンによって1992年に提唱されたもので、定義としては以下のようになります。「極度に脅威的ないしは恐怖となる性質の出来事で、最も多くは、逃れることが困難ないしは不可能で、長期間あるいは繰り返された出来事に曝露したあとに生じる障害」(World Health Organization,2018)。そして、このような出来事の例として、拷問、奴隷、虐殺、長期的な家庭内暴力、繰り返される子ども時代の性的もしくは身体的虐待などがあげられています。
そして以下のような症状を伴っているとされました。
①再体験症状:re-experiencing;再体験
鮮明な侵入的記憶で、フラッシュバックや悪夢の形による、トラウマ的な出来事が今起きているように感じる再体験
②回避症状:avoidance of traumatic reminders;回避
出来事に関する思考や記憶の回避、あるいは出来事を想起させるような活動、状況、人物の回避
③脅威の感覚(過度の警戒心):persistent sense of current threat that is manifested by exaggerated startle and hypervigilance;過覚醒
今も脅威が高まっているような持続的で、過度な警戒心ないしは不意の物音などに対する過剰な驚愕反応
④感情制御困難:affective dysregulation;感情の調整不全
情動反応性亢進(気持ちが傷つきやすいなど)、暴力的爆発、無謀なまたは自己破壊的行動、ストレス下での遷延性解離状態、感情麻痺および陽性の感情の体験困難
⑤否定的自己概念:negative self-concept;否定的な自己概念
自己の矮小感、敗北感、無価値観などの持続的な思い込みで、外傷的出来事に関連する深く広範な恥、自責の感覚
⑥対人関係の障害:disturbances in relationships;関係性の障害
他者に親近感を持つことの困難、対人関係や社会参加の回避や関心の乏しさ
以上のうち①~③はPTSD(心的外傷性ストレス後症候群)と同じです。そして④~⑥は自己組織化の障害と呼ばれるものです。この自己組織化の障害とは、一言で言えば「自分を保っていることがとても難しい」状態だと言えます。
けれども臨床的には境界性パーソナリティ障害(BPD)との区別が難しいともされています。BPDは上記④~⑥の自己組織化の障害に加えて、「見捨てられを防ぐための極端なしがみつき」「理想化と脱価値化の間を揺れ動く不安定で激しい対人関係」「とても不安定な自己感覚・自己イメージ」が特徴とされます。また、自殺企図や自殺行為がBPDでは高く(約50%)、CPTSDではPTSDと同様に15%前後とされています。
表10-1.境界性パーソナリティ障害(BPD)とCPTSDとの鑑別(飛鳥井,2021をもとに筆者が作成)
自己組織化の障害(DSO) |
BPDとCPTSD |
主な違い |
自己概念の障害 |
BPD |
アップダウンする不安定な自己感覚 |
CPTSD |
常に否定的な自己感覚を反映 |
|
対人関係の障害
|
BPD |
急に変化しやすい対人交流パターン(ex.理想化とこきおろし) |
CPTSD |
対人関係の持続的回避傾向(親密な関係を避けてしまう) |
|
その他 |
BPD |
操作性、衝動性、見捨てられ不安、自殺企図や自傷行為の反復などの特徴 |
CPTSD |
自殺企図や自傷行為が出現することもあるが、病態の中心ではない。 トラウマ特異的なPTSD症状の存在がある。(ex.様々な身体症状や自律神経の不調)
|
また、岡野(2021)は、CPTSDの治療の際には、従来の精神分析的な治療を、以下のように変更する必要があるとしている。
表10-2.CPTSD治療のための精神分析治療の変更点(岡野,2021をもとに筆者が作成)
主な変更項目 |
内容 |
①治療関係の安全性と癒しの役割
|
治療場面が傷つき体験とならないよう、治療構造の「柔構造」的なあり方が必要 |
②トラウマ体験に対する(加害者側に立つと誤解されない)真の中立性 |
必要に応じてThの態度表明や感情表現をすることが真の中立性を保つうえで重要 |
③愛着トラウマという視点
|
治療者は過去のトラウマの想起やその治療的な扱いを優先的な治療目標とする姿勢から離れる。まずは安全な治療関係を形成することを第一目標とすべき |
④解離の概念の重視
|
解離・転換症状を扱うことを回避せず、症状や主張の背後の意味を読み、受け取っていく |
⑤関係性や逆転移の視点の重視
|
治療者側の救済願望により、治療関係が新たなストレス体験とならないよう、来談者への気持ちに常に適度なブレーキを踏み続けるような治療関係が望ましい |
⑥倫理原則の遵守 |
トラウマ体験により治療者に対しても加害的イメージを投影する可能性が高いため、最大の配慮を払う |
これらは、世界的な趨勢でもあり、主な現代心理療法や20世紀末から21世紀にかけて生まれた新しい心理療法は、全てこの傾向を備えているとも言えます。また、統合的心理療法もこの方向性にあることは疑いようがなく、上記の姿勢に「複数の異なった治療理論や治療技法を駆使する」を加えれば、そのまま統合的心理療法になると言っても過言ではないでしょう。
また、これまでの筆者の経験からも、とくにCPTSDのClには、単一技法はあまり効果的ではなく、「柔構造」の中で、ThがClの味方であるという「態度表明」や「感情表現」を通じて、決して冷たい中立性ではなく、加害者に怒りも感じる道義的な人間としての安心・安全感を持ってもらう必要があります。そしてまずはセルフケアやストレスコーピングの具体策について、時に心理教育もしながら、さらに症状を乗り越えていくためのワークを導入する必要もあります。時には家族に会う必要もあり、場合によっては家族や加害者とその関係者へのメールなどを作成するサポートも必要と考えます。
多数の事例を踏まえて現在筆者は以下の表のような統合的な取り組みが必要だという結論に至っています。
表10-4.CPTSDへの統合的取り組み
セラピーの時期 |
主な内容 |
初期 |
肯定的な雰囲気の中での安全感・安心感の提供 |
中期①
|
現在直面している現実的な問題への無理のない範囲での取り組み(e.g.生活リズム、対人関係、恋愛相談等々)、セルフケアの心理教育と実践。 環境調整(e.g.家族関係調整、経済問題、障害者年金などの社会保障制度利用へのアドバイス) 必要なら家族面接 |
中期② |
無理のないペースでのワーク(e.g.セルフ・コンパッション・ワークやグラウンディング、マインドフルネス・ワーク)(Neff,K.& Germer,C.(2018/2019) ポリヴェーガル理論の心理教育やその紙上ワーク(Dana,D.,2018) Thとの率直なやり取りを通じてのアサーション課題への取り組み |
中期③ |
やや集中した形でのトラウマワーク(Thの習熟度によってEFTやAEDP™、PE等) |
終結期 |
これまでの振り返りと、現実生活へのアドバイス |
表10-4.に示したCPTSD治療のための統合的取り組みは、言葉を変えれば、統合的心理療法の典型とも言えるでしょう。統合的心理療法をめざすThは、すべからくCPTSDの治療のエキスパートをめざしていいのではないかとさえ思います。
以前CPTSDの概念に詳しくなかった筆者は、「トラウマ体験のある境界性パーソナリティ障害」や「非虐待経験のある境界性パーソナリティ障害」として、主に境界性パーソナリティ障害の力動的セラピーを続ける中で、長期間続けても多彩な症状が改善しないケースや、短期間で中断してしまうケースもありました。
しかしながら統合的心理療法に意識的に取り組み、さらにCPTSD概念を少しずつ知ることによって、本章で取り上げたような経過をたどる事例が増えていきました。このこともまさに現代的な技法を取り入れた統合的心理療法を後押しする体験となっています。
文献
飛鳥井望:編(2021).複雑性PTSDの臨床実践ガイド~トラウマ焦点化治療の活用と工夫~ 日本評論社
Dana,D.(2018).The polyvagal theory in therapy: Engaging the Rhythm of Regulation. 花丘ちぐさ訳「セラピーのためのポリヴェーガル理論―調整のリズムと遊ぶ」春秋社.2021
原田誠一:編(2021).複雑性PTSDの臨床 ”心的外傷~トラウマ”の診断力と対応力を高めよう 金剛出版
Neff,K.& Germer,C.(2018). The Mindful Self-Compassion Workbook: A Proven Way to Accept Yourself, Build Inner Strength, and Thrive(富田拓郎監訳 マインドフル・セルフ・コンパッションワークブック 星和書店 2019)
大坂教育大学学校安全推進センターhttp://ncssp.osaka-kyoiku.ac.jp/mental_care 2024年1月閲覧
山﨑和佳子,岩壁茂,福島哲夫,野田亜由美,野村朋子(2023).統合的心理療法におけるクライエントの主観的体験 成功 4 事例の複数事例研究 .臨床心理学Vol.23 No.3 ; 329-338
World Health Organization:WHO(International Classification of Diseases 11th Revision
The global standard for diagnostic health information:ICD-11 https://icd.who.int/en2024年1月21日閲覧
2024年
1月
27日
土
カウンセラー(臨床心理士・公認心理師)江部
今年も新しい年が始まって、1ヶ月が終わろうとしています。
「毎日があっという間に過ぎていくな~」と私は感じています。
(みなさんはどうでしょうか?)
そんな風に毎日を送っている訳ですが、私は定期的に思うことがあります。
「あれ、このままでいいんだっけ?」
目の前のことに追われて、大事な決断を後回しにしていないかな?
淡々と言われたことを受身的にしているだけになっていない?
私のしたいことは、本当にこれでいいの?
元々好奇心旺盛な性格であり、なおかつ飽きっぽい私…
いろんなものに目移りします。
思考もあっちに行ったり、こっちに行ったり。
友人に話すと、「生き急いでいるだけじゃない?」なんて言われます。
そして、いろんなアイディアが浮かんでは、行動が伴わず消えていきます。
考えはするのに、行動には移さない自分、行動に移したとしても継続できない自分に気づき、嫌気がさします。
そういう時は、決まって成功している人、輝いている人が羨ましくもなりますし、足踏みしている自分に猛烈に苛立ちます。
納得がいっていないのに、目の前のことをしなければならない、と感じている時にも
「あれ?このままで本当にいいんだっけ?」と私が、私に質問をします。
もちろん、社会に適応するために、自分を後回しにせざるを得ない状況もあると思っています。
心に生じる違和感にいちいち反応していたら、心がもちません。
そういうときに、私たちは自分の気持ちを意識下に押し込めたり、蔑ろにして大切にしないまま置き去りにしたりすることに慣れてしまっています。
つまり、感情の動きに鈍感になっています。
でも、このような思考が出てきたときは、「セルフ・カウンセリングの出番だ!」と思うようにしています。
最近では、セルフ・ケアがよく話題になりますが、セルフ・ケアと同時に、しっかりと自分を振り返るセルフ・カウンセリングも大切です(似ているようで、ちょっぴり違います)。
このような時は、一度頭の中を空っぽにして、自分に何が起きているのかを感じます。
頭で考えようとするのではなく、今自分の心に何が起きてしまっているのか、そこに留まって感じます。
「なんか窮屈な感じ」「身体に力が入っていて疲れる感じ」など、なんでもいいです。
感じようとしても、感覚に集中できないときもあります。
思考優位になって、頭の中が忙しくなっている状態の時です。
そういう時は、紙に書き出します。
何も考えずに、ひたすら思いのままに、心の声を書きまくります。
セリフでもいいですし、自分への質問でもいいです。
大切なのは、蓋をしていた気持ちに気づくこと、外に出してあげることです。
そんなことをしているうちに、自分のモヤモヤした感覚が何だったのか、だんだん理解できていきます。
(私の場合は、たいてい主導権が自分になく、人から言われて何かを「させられている」と感じたときにこの現象が生じるな、と思います)
日本ではカウンセリングというと、まだまだ「病んでいる人、心が弱い人が受けるもの」というイメージを持たれがちだと感じることが多い一方で、先進国アメリカでは、カウンセリングの敷居が低く、「精神疾患を治すため」というイメージよりも、心の調子を整えるためのメンテナンスとして、受ける人の方が多いです。
「病んだ人が受けるもの」というイメージから、むしろ病まないために受ける予防として位置づけられていると言っていいでしょう。
「今の自分って、こうなのかもしれない」という気づきの積み重ねが、心の栄養になり、自己成長に繋がります。
もし、今日紹介したセルフ・カウンセリングが上手くいかなければ、ぜひ一緒に取り組んでみませんか?
一人でも多くの方の自己実現のお手伝いができたら嬉しいです。
2024年
1月
25日
木
日が過ぎるのは早いもので、新年を迎えたと思っていたら、あっという間にひと月が過ぎそうです。今年は新年早々から悲しいニュースが続き、今なお落ち着かない暮らしをされている方が多くいらっしゃいます。一日も早く被災された方たちの生活が落ち着かれますよう心から願います。
さて、成城カウンセリングオフィスには、色々なお悩みの方がお越しになられますが、子育ての悩みで来室される方も多いです。
お話の中で、必要に応じて私たちが子育てについて自己開示を行うと、「先生でもそんな事あるんですね!」と驚かれ、「自分だけじゃないんだと安心しました」とおっしゃられる事があります。
時と場合にもよりますが、不安な時に「自分だけなんじゃないか」と感じると、より不安になりますよね。
少しでも、どなたかの安心に繋がればと思い、今年の私の目標をシェアさせていただこうと思います。(宣言する事で自戒の念も込めています・・)
私の今年の目標の一つ、それは「自分自身をわざわざ悪者にしない」というものです。
もちろん、常日頃から自分自身を責めながら、悪者にしながら生活しているわけではありませんが、
調子が悪い時、疲れている時、嫌な事があった時、生理前など、コンディションによって少し(時に沢山)ネガティブな気持ちになる事は当然あります。
そんな時、私は自分が褒められた事や、誰かが喜んでくれた事に対して、「でもあの時私は心の底から親切な気持ちだったのか」や、「誰かにいい人と思われようとしたんじゃないか」なんて意地悪な気持ちで、自分の心の中に小さな悪意がありはしないかと、くまなく探してしまう事がありました。
あるかどうかも分からないものを、それこそ砂漠の中から一本の針を探すような気持ちで探そうとしていたのです。
そして、ふと我に返り、「こんなに必死に探して見つかったとして、一体誰が得をするというのだろう」と気付くのです。そこは、心理士としてのトレーニングが活きているのかもしれません。
こうして、常に冷静に自分の心の動きを観察出来ればいいのですが、なかなかそういうわけにはいかない事もあります。
ですが、それでも自分のやっている事、自分の考えている事に対して、どれだけ意味があるのか、どんな意味があるのか考え、少し距離を持って見る事が出来れば、誰にも頼まれていないのに、自分に対して意地悪をするという、なんとも無駄な時間をさっさと切り上げる事が出来ます。
今年は、出来るだけその時間を短縮するというのが、目標にしている事です。皆さんもぜひやってみてください。
クライアントさんの中には、そもそも自分が“わざわざ”意地悪な気持ちで、自分を見ているという事に気付いていらっしゃらない方も多いです。
なんだかよく分からないけど、自分の事が嫌だとか悪く感じるという事でしたら、もしかしたらそういった癖が隠れているのかもしれません。
自分だけでは、それについて発見したり、考えたりする事が難しい時には、ぜひ一緒にその事について考えさせていただければと思います。
2023年
7月
22日
土
前回のブログでは、カップルの喧嘩において悪循環を防ぎ、二次被害を生まないための秘訣をお伝えしました。
では、そのような秘訣を守ったうえで、建設的な対話はどのように進めていけばいいのでしょうか?
この際に参考になるのが「LOVEの会話」とアサーションの中の特に「DESC法」と呼ばれるものです。
1.LOVEの会話とは
まずは、親密な対話の基本として、以下の4つの態度があげられます。
Listen・・・心を込めて相手の話を傾聴する
Open・・・先入観のない心と頭で真摯に向き合う
Validate・・・お互いの話を正当だと認め、受け入れる
Express・・・自分の考えや気持ちを穏やかに、簡潔に、ゆっくりと表現する
これら4つの特徴の頭文字をとって「LOVEの会話」と呼ばれています。
これは『カップルのための感情焦点化療法』(金剛出版、2021)の中で紹介されているものです。
少し説明しましょう。
まずは相手の話を傾聴する(Listen)は必須です。
そして、さらに傾聴して終わりではなく、かといってすぐに反論したり解決策を伝えたりするのでもなく、Openな態度つまり広い心で「なるほど、そういうことなんだね」「そう思っているんだね」などと、まずは受け止めます。
これは単に受け止めるだけではなく「先入観なく新鮮な気持ちで受け入れる」という態度が大事です。
そして、Validateです。
このValidateとは、「(妥当なものとして)承認する」「是認する」という言葉です。砕いていえば「認める」です。
要するに相手の発言を認めるというのが、このValidateです。
ただし、これは形だけの承認ではなく、「たとえ違う意見、違う立場、あるいは腹の立つような発言であっても、まずは心から認める」というものです。
そして、最後がExpress表現するです。
これは「自分の考えや気持ちを穏やかに、簡潔に、ゆっくりと表現する」というものです。
どんなに大切な気持ちでも、あるいは相手を思いやっている気持ちであっても、怒った顔で長々と話したら伝わりません。
穏やかに、そしてできたら簡潔に、さらにゆっくりと言葉にしないと相手には伝わらないものです。
まして、「言わなくてもわかって欲しい」「こんなことくらいわかって当然」というのは、この多様化した現代ではもう通用しません。
これら4つの態度の頭文字を取ったものが「LOVEの会話」です。
親密な関係における対話は、この4つが基本となります。
おそらく、仲良く楽しくできている時には、自然にこれらの4つが満たされているでしょう。
けれども、親密な関係であればこそ、安心してリラックスして本音が出てきます。
雰囲気が少し険悪になったときや、お互いの考えや感じ方の違いが明らかになったときにも、お互いに本音を出し合いながらも、この4つの態度が実践できるかどうかがとても大切な秘訣となります。
2.アサーションとは
親密な関係における自己表現で大切な考え方が、アサーションです。
このアサーションとは「自他を尊重した自己表現」と訳されるもので、「攻撃・感情的な主張」でも、「主張しない」でもなく、自分のことも相手のことも大切にした自己表現のことです。
具体的なスキルとしては、「相手の意見を聞く」「相手に意見を伝える」「双方の意見を検討したのち具体的なアクションを起こす」という3つのステップが基本です。
この中には言語的なアサーションと非言語的なアサーションの両方があります。
◎言語的なアサーションとは?
言語的なアサーションとは、文字通り「意味のある言葉によって相手に働きかける」ことを指します。言語的なコミュニケーションでは、発する言葉の意味以上に重要になるのが、「どういう文脈でその言葉を発するか」です。いわば自己主張するための文脈を整備するスキルだと言えるでしょう。
例えば、相手に対して突然「嫌いだ!」などというと、相手は不快感を抱きます。言われた側からするとそんな風に言われる文脈がないため、一種の不条理的なシチュエーションに引き込まれることになります。この不快感が相手との衝突を深める危険があります。
ですので言語的なアサーションとして重要なのは、感情や主張を言うよりも先に、「今、どういう状況にあるのか」をきちんと相手と共有することです。「今少しいいかな?」「少しお話があるんだけれど」「この前もお話しした◯◯についてなんだけれど」というように、きちんとした前置きで、まずは文脈を整備することで、相手にも心の準備ができて、対話がしやすくなります。
この時に「そんなことをすると急に雰囲気が険しくなる」と心配する人がいます。
けれども、こういった文脈つくりなしに不満をため込むことの方が長期的には悪影響だということを理解すべきでしょう。
◎非言語的なアサーションとは?
非言語的なコミュニケーションには、頷きや表情など視覚に訴えるものと、声色や声量そして相槌やオウム返しなどの聴覚に訴えるものがあります。例えば、謝罪や愛の言葉を伝える時に足を組んでいたり、テーブルをコンコンと叩きながらする人はいないと思います。
そのように、自分の気持ちが誤解されないように配慮するのが、この非言語的なアサーションのエッセンスです。
非言語的なアサーションで注意したいのは、感情のコントロールです。いくら言語的なアサーションが上手であっても、仕草や表情と言葉が一致しなければ、相手に不快感を与える恐れがあります。
例えば何か頼まれごとをされたとき「いいですよ」と答えても、しかめっ面など不機嫌そうな表情をしていると「したくないけれど、仕方がないからやってやる」という風に解釈されてしまいます。
◎アサーションスキルのアップに欠かせないDESC法
アサーションスキルを体系的にまとめた理論として、DESC法というものがあります。これはアサーションのプロセスを以下の4つのステップに分解したものです。
D:Describe(描写する)
客観的に状況・事実を伝える
E:Express(表現する)
自分の意見や感情を表現する
S:Specify(提案する)
相手に求めているものを言葉で伝える
C:Consequences(結果を伝える)
提案したものの実行/不実行による結果を伝える
アサーションとは「自己主張」の能力であり、同時に他者を尊重することが求められるスキルでもあります。他者を尊重するというのは感情的な信頼もそうですが「合理的に話を進める」ことも大切な要素となります。DESC法とは、まさに合理的解決のための道筋を整備する方法だと考えられます。
例えば、友人が最近何度か待ち合わせに遅刻したケースをイメージしてみましょう。続けて遅れてきた友人に対していきなり怒りをぶつけると、お互いの感情同士がぶつかり合って関係性を悪化させるだけになる恐れがあります。ですので、まずは文脈をきちんと作ることが大切です。簡単な会話例をみてみましょう。
「このところ何回か遅刻してるけど(D:描写する)、どうしたの?」
「ごめんごめん、寝坊してしまって」
「遅刻が続くと心配になるし、後ろの予定にも響くからちょっと困る(E:表現する)」
「気をつけるよ」
「ちょっとスケジュールに無理があるかな?もう少し、遅い時間に待ち合わせする?(S:提案する)。そうすれば、私も別の用事してから来ればいいし、前もってわかっていれば後ろの予定もずらせるかもだし(C:結果を伝える)」
「わかった、次からそうするよ」
この会話のポイントは、具体的に何をすればいいかをはっきりさせているところです。「何が起こり」「どう問題が生じ」「どうすれば解消され」「それでどのようになるのか」に具体性を持たせることで、相手に理解や納得を促すことができます。
◎アサーションは理解・納得のプロセスが大事
アサーションスキルを身につけるためには、相手がどういうプロセスで理解・納得するのかを知ることが大切です。
DESC法は、そのプロセスを利用したアサーションの具体的な方法であり、活用することで自然な自己表現を身につけることができます。
コミュニケーションスキルは短期的に身につけられるものではありませんが、日々意識し続けることで習得できます。
アサーションをはじめとするコミュニケーションスキルはビジネスにおいても親密な関係においても、とても大切で生産的なスキル・思想です。とくにビジネス場面ではある程度できている人でも、親密な関係になるとそれができない人も多いようです。
DESC法はビジネスでも、親密な関係でも大切なものですし、LOVEの会話は親密な関係でこそその効力が発揮されるでしょう。
これら二つを心において、日常的に自分の言動を振り返り、少しずつ改善していくことを心がけましょう。
2023年
7月
11日
火
以前、このブログに「カップル円満の秘訣ーあごうたオッケー」を書かせていただきました。
この内容は2022年12月にNHKラジオ「医療ジャーナル」でも、紹介されました。
さて、今回はこの「あごうたオッケー」の続編ともいうべき内容です。
さしづめ「あごうたオッケー」はカップルの平常時の合言葉、今日お伝えする「肘と手守れ」は、カップルの非常時、つまり喧嘩中の合言葉です。(覚えやすさのために、両方とも身体にまつわる言葉にしてみました)
これはずっと以前に相性について書いたブログで、「相性はTalk(会話)、Walk(身体運動)、Battle(喧嘩)の3領域で見極めましょう」という提案の、「喧嘩」について詳しく述べるものにもなります。
(以下のリンクを参照してください)
さて、いつものように、少し長くなるので結論から書きましょう!
以前の「あごうたオッケー!」は
ありがとう
ごめんなさい
うれしい
たすかる
(約束事や頼まれごとは)オッケー!と返事して行動
の頭文字でした。
今回の「肘と手(ひじとて)守れ」は
(喧嘩の時には)
ひとりの時間を持つ(持たせてあげる)
自分を責めない
問い詰めない
敵視しない(相手を敵だと思わない)
を守れ
のそれぞれの頭文字(はじめの一文字)です。
喧嘩の時には最低限これを守れば、さらなる悪循環を避けることができて、二次被害を防ぐことができます。そして、うまくすれば建設的な「対話」に持っていくこともできます。
では、ここから一つずつ解説していきましょう。
「ひ」・・・一人の時間をもつ(持たせてあげる)
カップルが喧嘩になったときに、なかなか一人の時間を確保するのが難しくなり、そのストレスもあって、余計にお互いを傷つけてしまいかねません。
これは「(腹立ちなどの)気持ちが収まらない」とか「気がすまない」という気持ちから来るものですし、場合によっては「相手から離れるのが不安」という場合もあります。
けれども、お互いもう大人です。喧嘩をしたからと言って何かやらかしてしまうとか、どこか遠いところに行ってしまうということはないでしょう。(あるいは、それが繰り返されるようなお相手は、そもそも一緒にいるべきかどうかを考えなくてはいけませんよね)
ここは思い切って、頭を冷やすためにもしばらく一人になりましょう。
その際に、黙って去っていくのではなく「少し頭を冷やしてくるね」とか、「今日はここまでにして、お互い別々に過ごそう」と提案して、一人の時間を確保すべきです。
「じ」・・・自分を責めない
じつは、喧嘩がこじれる多くの場合、相手への怒りや責めたい気持ちの奥に「自分がバカにされている」「自分がないがしろにされた」という被害感とそれによって損なわれた自尊感情が問題となります。
言い換えれば、被害感と自己卑下、屈辱感などがごちゃ混ぜになって自分を責める気持ちも湧いてきて、素直になれなくなっています。相手を責めながら本当は自分を責めている(「こんな自分だから嫌われてるんだ」「こんな自分だからバカにされている」「自分は結局はいいように利用されているだけなんだ」等々)ことがほとんどです。
ここで、自分を責める気持ちにストップをかけて自分を大切にする行動を取れれば、それは結果として相手のことも最低限大切にする行動につながります。
「と」・・・問い詰めない
これはわかりやすいでしょう。
喧嘩の時にはどうしても相手を問い詰めたくなります。けれどもそれは単に攻撃していることになります。さらにその問い詰めに相手がうまく答えてくれないと余計に腹が立つ、かといって反対にうまく答えたら「本当に口ばっかりなんだから」とまた腹が立つと、ダブルバインド的に「どうなっても余計に腹が立つ」、相手からすれば「どうやっても余計に怒られる」ということになります。
これでは成り立つはずの対話も成り立たなくなります。
「て」・・・敵視しない(相手を敵だと思わない)
これは、当然のことではあるのですが、喧嘩の最中には案外難しいことかもしれません。喧嘩の最中には「相手は私を嫌っている」とか「この人は本当は悪い奴だ」と思い込んでいるものです。心理学的にはsplittingと呼ばれる心の中で分裂が起こっている状態とも言えます。
あるいは、最近臨床現場以外でもよく見聞きするようになった「解離」が起こっていてのことかもしれません。
これが起こらないようにするには、かなりの努力が必要ですが、「あ、また相手を敵視しちゃってるな」とその都度意識することが、取り組みの始まりです。
相手を敵視してしまうと、本当には思っていない酷いことや、普段の気持ちとは正反対の「嫌い!」という言葉を吐いてしまいがちです。
そうすると相手もそれに応戦する形で酷いことを言ってくるか、喧嘩が終わって仲直りした後でも、ひどい言葉によって傷ついた部分が残っていたり、ひどい言葉そのものは記憶に残っていて、その後も悪影響を及ぼしてくるということになりかねません。
いかがでしょうか?
上記の秘訣は心理学的に言えば「自分自身と相手との両方に対して適切な心理的な距離を確保する」ということです。つまりは「親密性の課題」「親密な関係の中での適切な距離」の課題です。
この適切な心理的距離は、健全な幼少期~青年期を過ごしてくれば自然に身につくものなのですが、不適切養育やいじめられ経験・被虐待経験などにより、これを学ぶ機会が阻害された場合は、意図的に学ぶ必要があります。
これを読んで「自分たちは、喧嘩の時ももっと健康的で大人な喧嘩をしている」と感じられた方は、素晴らしいです。
けれども、多少でも思い当たるところのある人は、ぜひ頑張ってこの4か条を守れるようにしてみてください。
そうすれば、それまでよりも二人の関係がぐっとよくなり、対話が成立しやすく、建設的な関係になれるはずです。
そして、そのような建設的な喧嘩と対話が経験できたら、ぜひともそれを継続させる努力をしてください。
では、実際の建設的な喧嘩と対話でのコミュニケーションは、どのようにすればいいのでしょうか?
これは、また近いうち続編として書きたいと思います。
以上
2024年
2月
20日
火
1.はじめに
本稿では、統合的心理療法の応用編として、トラウマインフォームドケアの考えに基づく複雑性PTSDの統合的治療について、解説します。
近年、トラウマインフォームドケアと、複雑性PTSDの治療が注目されてきています。
このトラウマインフォームドケア(TIC)とは、支援者たちがトラウマに関する知識や対応を身につけ、対象者の人たちに「トラウマがあるかもしれない」という観点をもって対応する支援の枠組みです。このTICという考え方は、2000年代以降、北米を中心に広がりを見せ、近年日本においても、医療、福祉、司法、教育の領域にも適応されるようになってきています(大阪教育大学,2023)。
この考え方は「トラウマのメガネ」とも呼ばれていて、「この人(子ども)の、一見理不尽な言動や、過剰な反応の裏にはトラウマがあるのかもしれないという目で見てみる」ということの意義が唱えられています。「色眼鏡で見る」と言えば「物事を歪んだ(偏った)見方から見る」という否定的な意味で使われますが、この「トラウマのメガネ」は、これをかけて初めて問題の本質が見え、正しい対応が見えてくるという意味で、大切な発想となっています。
このような考え方が出てきた背景の一つには、1990年代後半から行われるようになった小児期逆境体験(Adverse Child Experiences: ACE)研究の蓄積があります。これらの研究で、関係者が考える以上に多くの人が虐待や家族機能不全といった逆境体験をもっているだけではなく、さらにその後の逆境体験を重ねれば重ねるほど行動面、心理面、健康面のリスクが高まることが明らかにされました。逆境体験がすべてトラウマになるとは限りませんが、トラウマを理解して対応していくことの必要性が認識されるようになりました(大阪教育大学,2023)。
また複雑性PTSD(Complex PTSD:以下CPTSD)は、ハーマン(Herman,1992)によって提唱されて以来、診断概念としては正式に認められないままに今世紀に至っていましたが、ICD-11(世界保健機構国際疾病分類第11版)により、2022年にWHOにおいて2019年採択2022年発効という形で正式に認められました。これはこれまで米国精神医学会の診断基準DSM-5でははっきりと定義されなかった長期反復性のトラウマのサバイバーに関して、複雑性PTED(CPTSD)が、公式診断とされた画期的な出来事と言っていいでしょう。
振り返ってみれば、私たち心理職は、すでに長い間「トラウマ」や「虐待」そして「機能不全家族」などの概念には親しんできたものの、それらに対して系統的で体系的なアセスメントやセラピーの訓練は受けてきていませんでした。けれども、今思うと「あのケースもそうだった」と強く思わされる事例が多く、これは「発達障害」が初めて本格的に紹介された頃の感覚に近いものがあります。
2.複雑性PTSD(ⅭPTSD)とは
ⅭPTSDは、ハーマンによって1992年に提唱されたもので、定義としては以下のようになります。「極度に脅威的ないしは恐怖となる性質の出来事で、最も多くは、逃れることが困難ないしは不可能で、長期間あるいは繰り返された出来事に曝露したあとに生じる障害」(World Health Organization,2018)。そして、このような出来事の例として、拷問、奴隷、虐殺、長期的な家庭内暴力、繰り返される子ども時代の性的もしくは身体的虐待などがあげられています。
そして以下のような症状を伴っているとされました。
①再体験症状:re-experiencing;再体験
鮮明な侵入的記憶で、フラッシュバックや悪夢の形による、トラウマ的な出来事が今起きているように感じる再体験
②回避症状:avoidance of traumatic reminders;回避
出来事に関する思考や記憶の回避、あるいは出来事を想起させるような活動、状況、人物の回避
③脅威の感覚(過度の警戒心):persistent sense of current threat that is manifested by exaggerated startle and hypervigilance;過覚醒
今も脅威が高まっているような持続的で、過度な警戒心ないしは不意の物音などに対する過剰な驚愕反応
④感情制御困難:affective dysregulation;感情の調整不全
情動反応性亢進(気持ちが傷つきやすいなど)、暴力的爆発、無謀なまたは自己破壊的行動、ストレス下での遷延性解離状態、感情麻痺および陽性の感情の体験困難
⑤否定的自己概念:negative self-concept;否定的な自己概念
自己の矮小感、敗北感、無価値観などの持続的な思い込みで、外傷的出来事に関連する深く広範な恥、自責の感覚
⑥対人関係の障害:disturbances in relationships;関係性の障害
他者に親近感を持つことの困難、対人関係や社会参加の回避や関心の乏しさ
以上のうち①~③はPTSD(心的外傷性ストレス後症候群)と同じです。そして④~⑥は自己組織化の障害と呼ばれるものです。この自己組織化の障害とは、一言で言えば「自分を保っていることがとても難しい」状態だと言えます。
けれども臨床的には境界性パーソナリティ障害(BPD)との区別が難しいともされています。BPDは上記④~⑥の自己組織化の障害に加えて、「見捨てられを防ぐための極端なしがみつき」「理想化と脱価値化の間を揺れ動く不安定で激しい対人関係」「とても不安定な自己感覚・自己イメージ」が特徴とされます。また、自殺企図や自殺行為がBPDでは高く(約50%)、CPTSDではPTSDと同様に15%前後とされています。
表10-1.境界性パーソナリティ障害(BPD)とCPTSDとの鑑別(飛鳥井,2021をもとに筆者が作成)
自己組織化の障害(DSO) |
BPDとCPTSD |
主な違い |
自己概念の障害 |
BPD |
アップダウンする不安定な自己感覚 |
CPTSD |
常に否定的な自己感覚を反映 |
|
対人関係の障害
|
BPD |
急に変化しやすい対人交流パターン(ex.理想化とこきおろし) |
CPTSD |
対人関係の持続的回避傾向(親密な関係を避けてしまう) |
|
その他 |
BPD |
操作性、衝動性、見捨てられ不安、自殺企図や自傷行為の反復などの特徴 |
CPTSD |
自殺企図や自傷行為が出現することもあるが、病態の中心ではない。 トラウマ特異的なPTSD症状の存在がある。(ex.様々な身体症状や自律神経の不調)
|
また、岡野(2021)は、CPTSDの治療の際には、従来の精神分析的な治療を、以下のように変更する必要があるとしている。
表10-2.CPTSD治療のための精神分析治療の変更点(岡野,2021をもとに筆者が作成)
主な変更項目 |
内容 |
①治療関係の安全性と癒しの役割
|
治療場面が傷つき体験とならないよう、治療構造の「柔構造」的なあり方が必要 |
②トラウマ体験に対する(加害者側に立つと誤解されない)真の中立性 |
必要に応じてThの態度表明や感情表現をすることが真の中立性を保つうえで重要 |
③愛着トラウマという視点
|
治療者は過去のトラウマの想起やその治療的な扱いを優先的な治療目標とする姿勢から離れる。まずは安全な治療関係を形成することを第一目標とすべき |
④解離の概念の重視
|
解離・転換症状を扱うことを回避せず、症状や主張の背後の意味を読み、受け取っていく |
⑤関係性や逆転移の視点の重視
|
治療者側の救済願望により、治療関係が新たなストレス体験とならないよう、来談者への気持ちに常に適度なブレーキを踏み続けるような治療関係が望ましい |
⑥倫理原則の遵守 |
トラウマ体験により治療者に対しても加害的イメージを投影する可能性が高いため、最大の配慮を払う |
これらは、世界的な趨勢でもあり、主な現代心理療法や20世紀末から21世紀にかけて生まれた新しい心理療法は、全てこの傾向を備えているとも言えます。また、統合的心理療法もこの方向性にあることは疑いようがなく、上記の姿勢に「複数の異なった治療理論や治療技法を駆使する」を加えれば、そのまま統合的心理療法になると言っても過言ではないでしょう。
また、これまでの筆者の経験からも、とくにCPTSDのClには、単一技法はあまり効果的ではなく、「柔構造」の中で、ThがClの味方であるという「態度表明」や「感情表現」を通じて、決して冷たい中立性ではなく、加害者に怒りも感じる道義的な人間としての安心・安全感を持ってもらう必要があります。そしてまずはセルフケアやストレスコーピングの具体策について、時に心理教育もしながら、さらに症状を乗り越えていくためのワークを導入する必要もあります。時には家族に会う必要もあり、場合によっては家族や加害者とその関係者へのメールなどを作成するサポートも必要と考えます。
多数の事例を踏まえて現在筆者は以下の表のような統合的な取り組みが必要だという結論に至っています。
表10-4.CPTSDへの統合的取り組み
セラピーの時期 |
主な内容 |
初期 |
肯定的な雰囲気の中での安全感・安心感の提供 |
中期①
|
現在直面している現実的な問題への無理のない範囲での取り組み(e.g.生活リズム、対人関係、恋愛相談等々)、セルフケアの心理教育と実践。 環境調整(e.g.家族関係調整、経済問題、障害者年金などの社会保障制度利用へのアドバイス) 必要なら家族面接 |
中期② |
無理のないペースでのワーク(e.g.セルフ・コンパッション・ワークやグラウンディング、マインドフルネス・ワーク)(Neff,K.& Germer,C.(2018/2019) ポリヴェーガル理論の心理教育やその紙上ワーク(Dana,D.,2018) Thとの率直なやり取りを通じてのアサーション課題への取り組み |
中期③ |
やや集中した形でのトラウマワーク(Thの習熟度によってEFTやAEDP™、PE等) |
終結期 |
これまでの振り返りと、現実生活へのアドバイス |
表10-4.に示したCPTSD治療のための統合的取り組みは、言葉を変えれば、統合的心理療法の典型とも言えるでしょう。統合的心理療法をめざすThは、すべからくCPTSDの治療のエキスパートをめざしていいのではないかとさえ思います。
以前CPTSDの概念に詳しくなかった筆者は、「トラウマ体験のある境界性パーソナリティ障害」や「非虐待経験のある境界性パーソナリティ障害」として、主に境界性パーソナリティ障害の力動的セラピーを続ける中で、長期間続けても多彩な症状が改善しないケースや、短期間で中断してしまうケースもありました。
しかしながら統合的心理療法に意識的に取り組み、さらにCPTSD概念を少しずつ知ることによって、本章で取り上げたような経過をたどる事例が増えていきました。このこともまさに現代的な技法を取り入れた統合的心理療法を後押しする体験となっています。
文献
飛鳥井望:編(2021).複雑性PTSDの臨床実践ガイド~トラウマ焦点化治療の活用と工夫~ 日本評論社
Dana,D.(2018).The polyvagal theory in therapy: Engaging the Rhythm of Regulation. 花丘ちぐさ訳「セラピーのためのポリヴェーガル理論―調整のリズムと遊ぶ」春秋社.2021
原田誠一:編(2021).複雑性PTSDの臨床 ”心的外傷~トラウマ”の診断力と対応力を高めよう 金剛出版
Neff,K.& Germer,C.(2018). The Mindful Self-Compassion Workbook: A Proven Way to Accept Yourself, Build Inner Strength, and Thrive(富田拓郎監訳 マインドフル・セルフ・コンパッションワークブック 星和書店 2019)
大坂教育大学学校安全推進センターhttp://ncssp.osaka-kyoiku.ac.jp/mental_care 2024年1月閲覧
山﨑和佳子,岩壁茂,福島哲夫,野田亜由美,野村朋子(2023).統合的心理療法におけるクライエントの主観的体験 成功 4 事例の複数事例研究 .臨床心理学Vol.23 No.3 ; 329-338
World Health Organization:WHO(International Classification of Diseases 11th Revision
The global standard for diagnostic health information:ICD-11 https://icd.who.int/en2024年1月21日閲覧
2024年
1月
27日
土
カウンセラー(臨床心理士・公認心理師)江部
今年も新しい年が始まって、1ヶ月が終わろうとしています。
「毎日があっという間に過ぎていくな~」と私は感じています。
(みなさんはどうでしょうか?)
そんな風に毎日を送っている訳ですが、私は定期的に思うことがあります。
「あれ、このままでいいんだっけ?」
目の前のことに追われて、大事な決断を後回しにしていないかな?
淡々と言われたことを受身的にしているだけになっていない?
私のしたいことは、本当にこれでいいの?
元々好奇心旺盛な性格であり、なおかつ飽きっぽい私…
いろんなものに目移りします。
思考もあっちに行ったり、こっちに行ったり。
友人に話すと、「生き急いでいるだけじゃない?」なんて言われます。
そして、いろんなアイディアが浮かんでは、行動が伴わず消えていきます。
考えはするのに、行動には移さない自分、行動に移したとしても継続できない自分に気づき、嫌気がさします。
そういう時は、決まって成功している人、輝いている人が羨ましくもなりますし、足踏みしている自分に猛烈に苛立ちます。
納得がいっていないのに、目の前のことをしなければならない、と感じている時にも
「あれ?このままで本当にいいんだっけ?」と私が、私に質問をします。
もちろん、社会に適応するために、自分を後回しにせざるを得ない状況もあると思っています。
心に生じる違和感にいちいち反応していたら、心がもちません。
そういうときに、私たちは自分の気持ちを意識下に押し込めたり、蔑ろにして大切にしないまま置き去りにしたりすることに慣れてしまっています。
つまり、感情の動きに鈍感になっています。
でも、このような思考が出てきたときは、「セルフ・カウンセリングの出番だ!」と思うようにしています。
最近では、セルフ・ケアがよく話題になりますが、セルフ・ケアと同時に、しっかりと自分を振り返るセルフ・カウンセリングも大切です(似ているようで、ちょっぴり違います)。
このような時は、一度頭の中を空っぽにして、自分に何が起きているのかを感じます。
頭で考えようとするのではなく、今自分の心に何が起きてしまっているのか、そこに留まって感じます。
「なんか窮屈な感じ」「身体に力が入っていて疲れる感じ」など、なんでもいいです。
感じようとしても、感覚に集中できないときもあります。
思考優位になって、頭の中が忙しくなっている状態の時です。
そういう時は、紙に書き出します。
何も考えずに、ひたすら思いのままに、心の声を書きまくります。
セリフでもいいですし、自分への質問でもいいです。
大切なのは、蓋をしていた気持ちに気づくこと、外に出してあげることです。
そんなことをしているうちに、自分のモヤモヤした感覚が何だったのか、だんだん理解できていきます。
(私の場合は、たいてい主導権が自分になく、人から言われて何かを「させられている」と感じたときにこの現象が生じるな、と思います)
日本ではカウンセリングというと、まだまだ「病んでいる人、心が弱い人が受けるもの」というイメージを持たれがちだと感じることが多い一方で、先進国アメリカでは、カウンセリングの敷居が低く、「精神疾患を治すため」というイメージよりも、心の調子を整えるためのメンテナンスとして、受ける人の方が多いです。
「病んだ人が受けるもの」というイメージから、むしろ病まないために受ける予防として位置づけられていると言っていいでしょう。
「今の自分って、こうなのかもしれない」という気づきの積み重ねが、心の栄養になり、自己成長に繋がります。
もし、今日紹介したセルフ・カウンセリングが上手くいかなければ、ぜひ一緒に取り組んでみませんか?
一人でも多くの方の自己実現のお手伝いができたら嬉しいです。
2024年
1月
25日
木
日が過ぎるのは早いもので、新年を迎えたと思っていたら、あっという間にひと月が過ぎそうです。今年は新年早々から悲しいニュースが続き、今なお落ち着かない暮らしをされている方が多くいらっしゃいます。一日も早く被災された方たちの生活が落ち着かれますよう心から願います。
さて、成城カウンセリングオフィスには、色々なお悩みの方がお越しになられますが、子育ての悩みで来室される方も多いです。
お話の中で、必要に応じて私たちが子育てについて自己開示を行うと、「先生でもそんな事あるんですね!」と驚かれ、「自分だけじゃないんだと安心しました」とおっしゃられる事があります。
時と場合にもよりますが、不安な時に「自分だけなんじゃないか」と感じると、より不安になりますよね。
少しでも、どなたかの安心に繋がればと思い、今年の私の目標をシェアさせていただこうと思います。(宣言する事で自戒の念も込めています・・)
私の今年の目標の一つ、それは「自分自身をわざわざ悪者にしない」というものです。
もちろん、常日頃から自分自身を責めながら、悪者にしながら生活しているわけではありませんが、
調子が悪い時、疲れている時、嫌な事があった時、生理前など、コンディションによって少し(時に沢山)ネガティブな気持ちになる事は当然あります。
そんな時、私は自分が褒められた事や、誰かが喜んでくれた事に対して、「でもあの時私は心の底から親切な気持ちだったのか」や、「誰かにいい人と思われようとしたんじゃないか」なんて意地悪な気持ちで、自分の心の中に小さな悪意がありはしないかと、くまなく探してしまう事がありました。
あるかどうかも分からないものを、それこそ砂漠の中から一本の針を探すような気持ちで探そうとしていたのです。
そして、ふと我に返り、「こんなに必死に探して見つかったとして、一体誰が得をするというのだろう」と気付くのです。そこは、心理士としてのトレーニングが活きているのかもしれません。
こうして、常に冷静に自分の心の動きを観察出来ればいいのですが、なかなかそういうわけにはいかない事もあります。
ですが、それでも自分のやっている事、自分の考えている事に対して、どれだけ意味があるのか、どんな意味があるのか考え、少し距離を持って見る事が出来れば、誰にも頼まれていないのに、自分に対して意地悪をするという、なんとも無駄な時間をさっさと切り上げる事が出来ます。
今年は、出来るだけその時間を短縮するというのが、目標にしている事です。皆さんもぜひやってみてください。
クライアントさんの中には、そもそも自分が“わざわざ”意地悪な気持ちで、自分を見ているという事に気付いていらっしゃらない方も多いです。
なんだかよく分からないけど、自分の事が嫌だとか悪く感じるという事でしたら、もしかしたらそういった癖が隠れているのかもしれません。
自分だけでは、それについて発見したり、考えたりする事が難しい時には、ぜひ一緒にその事について考えさせていただければと思います。
2023年
7月
22日
土
前回のブログでは、カップルの喧嘩において悪循環を防ぎ、二次被害を生まないための秘訣をお伝えしました。
では、そのような秘訣を守ったうえで、建設的な対話はどのように進めていけばいいのでしょうか?
この際に参考になるのが「LOVEの会話」とアサーションの中の特に「DESC法」と呼ばれるものです。
1.LOVEの会話とは
まずは、親密な対話の基本として、以下の4つの態度があげられます。
Listen・・・心を込めて相手の話を傾聴する
Open・・・先入観のない心と頭で真摯に向き合う
Validate・・・お互いの話を正当だと認め、受け入れる
Express・・・自分の考えや気持ちを穏やかに、簡潔に、ゆっくりと表現する
これら4つの特徴の頭文字をとって「LOVEの会話」と呼ばれています。
これは『カップルのための感情焦点化療法』(金剛出版、2021)の中で紹介されているものです。
少し説明しましょう。
まずは相手の話を傾聴する(Listen)は必須です。
そして、さらに傾聴して終わりではなく、かといってすぐに反論したり解決策を伝えたりするのでもなく、Openな態度つまり広い心で「なるほど、そういうことなんだね」「そう思っているんだね」などと、まずは受け止めます。
これは単に受け止めるだけではなく「先入観なく新鮮な気持ちで受け入れる」という態度が大事です。
そして、Validateです。
このValidateとは、「(妥当なものとして)承認する」「是認する」という言葉です。砕いていえば「認める」です。
要するに相手の発言を認めるというのが、このValidateです。
ただし、これは形だけの承認ではなく、「たとえ違う意見、違う立場、あるいは腹の立つような発言であっても、まずは心から認める」というものです。
そして、最後がExpress表現するです。
これは「自分の考えや気持ちを穏やかに、簡潔に、ゆっくりと表現する」というものです。
どんなに大切な気持ちでも、あるいは相手を思いやっている気持ちであっても、怒った顔で長々と話したら伝わりません。
穏やかに、そしてできたら簡潔に、さらにゆっくりと言葉にしないと相手には伝わらないものです。
まして、「言わなくてもわかって欲しい」「こんなことくらいわかって当然」というのは、この多様化した現代ではもう通用しません。
これら4つの態度の頭文字を取ったものが「LOVEの会話」です。
親密な関係における対話は、この4つが基本となります。
おそらく、仲良く楽しくできている時には、自然にこれらの4つが満たされているでしょう。
けれども、親密な関係であればこそ、安心してリラックスして本音が出てきます。
雰囲気が少し険悪になったときや、お互いの考えや感じ方の違いが明らかになったときにも、お互いに本音を出し合いながらも、この4つの態度が実践できるかどうかがとても大切な秘訣となります。
2.アサーションとは
親密な関係における自己表現で大切な考え方が、アサーションです。
このアサーションとは「自他を尊重した自己表現」と訳されるもので、「攻撃・感情的な主張」でも、「主張しない」でもなく、自分のことも相手のことも大切にした自己表現のことです。
具体的なスキルとしては、「相手の意見を聞く」「相手に意見を伝える」「双方の意見を検討したのち具体的なアクションを起こす」という3つのステップが基本です。
この中には言語的なアサーションと非言語的なアサーションの両方があります。
◎言語的なアサーションとは?
言語的なアサーションとは、文字通り「意味のある言葉によって相手に働きかける」ことを指します。言語的なコミュニケーションでは、発する言葉の意味以上に重要になるのが、「どういう文脈でその言葉を発するか」です。いわば自己主張するための文脈を整備するスキルだと言えるでしょう。
例えば、相手に対して突然「嫌いだ!」などというと、相手は不快感を抱きます。言われた側からするとそんな風に言われる文脈がないため、一種の不条理的なシチュエーションに引き込まれることになります。この不快感が相手との衝突を深める危険があります。
ですので言語的なアサーションとして重要なのは、感情や主張を言うよりも先に、「今、どういう状況にあるのか」をきちんと相手と共有することです。「今少しいいかな?」「少しお話があるんだけれど」「この前もお話しした◯◯についてなんだけれど」というように、きちんとした前置きで、まずは文脈を整備することで、相手にも心の準備ができて、対話がしやすくなります。
この時に「そんなことをすると急に雰囲気が険しくなる」と心配する人がいます。
けれども、こういった文脈つくりなしに不満をため込むことの方が長期的には悪影響だということを理解すべきでしょう。
◎非言語的なアサーションとは?
非言語的なコミュニケーションには、頷きや表情など視覚に訴えるものと、声色や声量そして相槌やオウム返しなどの聴覚に訴えるものがあります。例えば、謝罪や愛の言葉を伝える時に足を組んでいたり、テーブルをコンコンと叩きながらする人はいないと思います。
そのように、自分の気持ちが誤解されないように配慮するのが、この非言語的なアサーションのエッセンスです。
非言語的なアサーションで注意したいのは、感情のコントロールです。いくら言語的なアサーションが上手であっても、仕草や表情と言葉が一致しなければ、相手に不快感を与える恐れがあります。
例えば何か頼まれごとをされたとき「いいですよ」と答えても、しかめっ面など不機嫌そうな表情をしていると「したくないけれど、仕方がないからやってやる」という風に解釈されてしまいます。
◎アサーションスキルのアップに欠かせないDESC法
アサーションスキルを体系的にまとめた理論として、DESC法というものがあります。これはアサーションのプロセスを以下の4つのステップに分解したものです。
D:Describe(描写する)
客観的に状況・事実を伝える
E:Express(表現する)
自分の意見や感情を表現する
S:Specify(提案する)
相手に求めているものを言葉で伝える
C:Consequences(結果を伝える)
提案したものの実行/不実行による結果を伝える
アサーションとは「自己主張」の能力であり、同時に他者を尊重することが求められるスキルでもあります。他者を尊重するというのは感情的な信頼もそうですが「合理的に話を進める」ことも大切な要素となります。DESC法とは、まさに合理的解決のための道筋を整備する方法だと考えられます。
例えば、友人が最近何度か待ち合わせに遅刻したケースをイメージしてみましょう。続けて遅れてきた友人に対していきなり怒りをぶつけると、お互いの感情同士がぶつかり合って関係性を悪化させるだけになる恐れがあります。ですので、まずは文脈をきちんと作ることが大切です。簡単な会話例をみてみましょう。
「このところ何回か遅刻してるけど(D:描写する)、どうしたの?」
「ごめんごめん、寝坊してしまって」
「遅刻が続くと心配になるし、後ろの予定にも響くからちょっと困る(E:表現する)」
「気をつけるよ」
「ちょっとスケジュールに無理があるかな?もう少し、遅い時間に待ち合わせする?(S:提案する)。そうすれば、私も別の用事してから来ればいいし、前もってわかっていれば後ろの予定もずらせるかもだし(C:結果を伝える)」
「わかった、次からそうするよ」
この会話のポイントは、具体的に何をすればいいかをはっきりさせているところです。「何が起こり」「どう問題が生じ」「どうすれば解消され」「それでどのようになるのか」に具体性を持たせることで、相手に理解や納得を促すことができます。
◎アサーションは理解・納得のプロセスが大事
アサーションスキルを身につけるためには、相手がどういうプロセスで理解・納得するのかを知ることが大切です。
DESC法は、そのプロセスを利用したアサーションの具体的な方法であり、活用することで自然な自己表現を身につけることができます。
コミュニケーションスキルは短期的に身につけられるものではありませんが、日々意識し続けることで習得できます。
アサーションをはじめとするコミュニケーションスキルはビジネスにおいても親密な関係においても、とても大切で生産的なスキル・思想です。とくにビジネス場面ではある程度できている人でも、親密な関係になるとそれができない人も多いようです。
DESC法はビジネスでも、親密な関係でも大切なものですし、LOVEの会話は親密な関係でこそその効力が発揮されるでしょう。
これら二つを心において、日常的に自分の言動を振り返り、少しずつ改善していくことを心がけましょう。
2023年
7月
11日
火
以前、このブログに「カップル円満の秘訣ーあごうたオッケー」を書かせていただきました。
この内容は2022年12月にNHKラジオ「医療ジャーナル」でも、紹介されました。
さて、今回はこの「あごうたオッケー」の続編ともいうべき内容です。
さしづめ「あごうたオッケー」はカップルの平常時の合言葉、今日お伝えする「肘と手守れ」は、カップルの非常時、つまり喧嘩中の合言葉です。(覚えやすさのために、両方とも身体にまつわる言葉にしてみました)
これはずっと以前に相性について書いたブログで、「相性はTalk(会話)、Walk(身体運動)、Battle(喧嘩)の3領域で見極めましょう」という提案の、「喧嘩」について詳しく述べるものにもなります。
(以下のリンクを参照してください)
さて、いつものように、少し長くなるので結論から書きましょう!
以前の「あごうたオッケー!」は
ありがとう
ごめんなさい
うれしい
たすかる
(約束事や頼まれごとは)オッケー!と返事して行動
の頭文字でした。
今回の「肘と手(ひじとて)守れ」は
(喧嘩の時には)
ひとりの時間を持つ(持たせてあげる)
自分を責めない
問い詰めない
敵視しない(相手を敵だと思わない)
を守れ
のそれぞれの頭文字(はじめの一文字)です。
喧嘩の時には最低限これを守れば、さらなる悪循環を避けることができて、二次被害を防ぐことができます。そして、うまくすれば建設的な「対話」に持っていくこともできます。
では、ここから一つずつ解説していきましょう。
「ひ」・・・一人の時間をもつ(持たせてあげる)
カップルが喧嘩になったときに、なかなか一人の時間を確保するのが難しくなり、そのストレスもあって、余計にお互いを傷つけてしまいかねません。
これは「(腹立ちなどの)気持ちが収まらない」とか「気がすまない」という気持ちから来るものですし、場合によっては「相手から離れるのが不安」という場合もあります。
けれども、お互いもう大人です。喧嘩をしたからと言って何かやらかしてしまうとか、どこか遠いところに行ってしまうということはないでしょう。(あるいは、それが繰り返されるようなお相手は、そもそも一緒にいるべきかどうかを考えなくてはいけませんよね)
ここは思い切って、頭を冷やすためにもしばらく一人になりましょう。
その際に、黙って去っていくのではなく「少し頭を冷やしてくるね」とか、「今日はここまでにして、お互い別々に過ごそう」と提案して、一人の時間を確保すべきです。
「じ」・・・自分を責めない
じつは、喧嘩がこじれる多くの場合、相手への怒りや責めたい気持ちの奥に「自分がバカにされている」「自分がないがしろにされた」という被害感とそれによって損なわれた自尊感情が問題となります。
言い換えれば、被害感と自己卑下、屈辱感などがごちゃ混ぜになって自分を責める気持ちも湧いてきて、素直になれなくなっています。相手を責めながら本当は自分を責めている(「こんな自分だから嫌われてるんだ」「こんな自分だからバカにされている」「自分は結局はいいように利用されているだけなんだ」等々)ことがほとんどです。
ここで、自分を責める気持ちにストップをかけて自分を大切にする行動を取れれば、それは結果として相手のことも最低限大切にする行動につながります。
「と」・・・問い詰めない
これはわかりやすいでしょう。
喧嘩の時にはどうしても相手を問い詰めたくなります。けれどもそれは単に攻撃していることになります。さらにその問い詰めに相手がうまく答えてくれないと余計に腹が立つ、かといって反対にうまく答えたら「本当に口ばっかりなんだから」とまた腹が立つと、ダブルバインド的に「どうなっても余計に腹が立つ」、相手からすれば「どうやっても余計に怒られる」ということになります。
これでは成り立つはずの対話も成り立たなくなります。
「て」・・・敵視しない(相手を敵だと思わない)
これは、当然のことではあるのですが、喧嘩の最中には案外難しいことかもしれません。喧嘩の最中には「相手は私を嫌っている」とか「この人は本当は悪い奴だ」と思い込んでいるものです。心理学的にはsplittingと呼ばれる心の中で分裂が起こっている状態とも言えます。
あるいは、最近臨床現場以外でもよく見聞きするようになった「解離」が起こっていてのことかもしれません。
これが起こらないようにするには、かなりの努力が必要ですが、「あ、また相手を敵視しちゃってるな」とその都度意識することが、取り組みの始まりです。
相手を敵視してしまうと、本当には思っていない酷いことや、普段の気持ちとは正反対の「嫌い!」という言葉を吐いてしまいがちです。
そうすると相手もそれに応戦する形で酷いことを言ってくるか、喧嘩が終わって仲直りした後でも、ひどい言葉によって傷ついた部分が残っていたり、ひどい言葉そのものは記憶に残っていて、その後も悪影響を及ぼしてくるということになりかねません。
いかがでしょうか?
上記の秘訣は心理学的に言えば「自分自身と相手との両方に対して適切な心理的な距離を確保する」ということです。つまりは「親密性の課題」「親密な関係の中での適切な距離」の課題です。
この適切な心理的距離は、健全な幼少期~青年期を過ごしてくれば自然に身につくものなのですが、不適切養育やいじめられ経験・被虐待経験などにより、これを学ぶ機会が阻害された場合は、意図的に学ぶ必要があります。
これを読んで「自分たちは、喧嘩の時ももっと健康的で大人な喧嘩をしている」と感じられた方は、素晴らしいです。
けれども、多少でも思い当たるところのある人は、ぜひ頑張ってこの4か条を守れるようにしてみてください。
そうすれば、それまでよりも二人の関係がぐっとよくなり、対話が成立しやすく、建設的な関係になれるはずです。
そして、そのような建設的な喧嘩と対話が経験できたら、ぜひともそれを継続させる努力をしてください。
では、実際の建設的な喧嘩と対話でのコミュニケーションは、どのようにすればいいのでしょうか?
これは、また近いうち続編として書きたいと思います。
以上
2024年
2月
20日
火
1.はじめに
本稿では、統合的心理療法の応用編として、トラウマインフォームドケアの考えに基づく複雑性PTSDの統合的治療について、解説します。
近年、トラウマインフォームドケアと、複雑性PTSDの治療が注目されてきています。
このトラウマインフォームドケア(TIC)とは、支援者たちがトラウマに関する知識や対応を身につけ、対象者の人たちに「トラウマがあるかもしれない」という観点をもって対応する支援の枠組みです。このTICという考え方は、2000年代以降、北米を中心に広がりを見せ、近年日本においても、医療、福祉、司法、教育の領域にも適応されるようになってきています(大阪教育大学,2023)。
この考え方は「トラウマのメガネ」とも呼ばれていて、「この人(子ども)の、一見理不尽な言動や、過剰な反応の裏にはトラウマがあるのかもしれないという目で見てみる」ということの意義が唱えられています。「色眼鏡で見る」と言えば「物事を歪んだ(偏った)見方から見る」という否定的な意味で使われますが、この「トラウマのメガネ」は、これをかけて初めて問題の本質が見え、正しい対応が見えてくるという意味で、大切な発想となっています。
このような考え方が出てきた背景の一つには、1990年代後半から行われるようになった小児期逆境体験(Adverse Child Experiences: ACE)研究の蓄積があります。これらの研究で、関係者が考える以上に多くの人が虐待や家族機能不全といった逆境体験をもっているだけではなく、さらにその後の逆境体験を重ねれば重ねるほど行動面、心理面、健康面のリスクが高まることが明らかにされました。逆境体験がすべてトラウマになるとは限りませんが、トラウマを理解して対応していくことの必要性が認識されるようになりました(大阪教育大学,2023)。
また複雑性PTSD(Complex PTSD:以下CPTSD)は、ハーマン(Herman,1992)によって提唱されて以来、診断概念としては正式に認められないままに今世紀に至っていましたが、ICD-11(世界保健機構国際疾病分類第11版)により、2022年にWHOにおいて2019年採択2022年発効という形で正式に認められました。これはこれまで米国精神医学会の診断基準DSM-5でははっきりと定義されなかった長期反復性のトラウマのサバイバーに関して、複雑性PTED(CPTSD)が、公式診断とされた画期的な出来事と言っていいでしょう。
振り返ってみれば、私たち心理職は、すでに長い間「トラウマ」や「虐待」そして「機能不全家族」などの概念には親しんできたものの、それらに対して系統的で体系的なアセスメントやセラピーの訓練は受けてきていませんでした。けれども、今思うと「あのケースもそうだった」と強く思わされる事例が多く、これは「発達障害」が初めて本格的に紹介された頃の感覚に近いものがあります。
2.複雑性PTSD(ⅭPTSD)とは
ⅭPTSDは、ハーマンによって1992年に提唱されたもので、定義としては以下のようになります。「極度に脅威的ないしは恐怖となる性質の出来事で、最も多くは、逃れることが困難ないしは不可能で、長期間あるいは繰り返された出来事に曝露したあとに生じる障害」(World Health Organization,2018)。そして、このような出来事の例として、拷問、奴隷、虐殺、長期的な家庭内暴力、繰り返される子ども時代の性的もしくは身体的虐待などがあげられています。
そして以下のような症状を伴っているとされました。
①再体験症状:re-experiencing;再体験
鮮明な侵入的記憶で、フラッシュバックや悪夢の形による、トラウマ的な出来事が今起きているように感じる再体験
②回避症状:avoidance of traumatic reminders;回避
出来事に関する思考や記憶の回避、あるいは出来事を想起させるような活動、状況、人物の回避
③脅威の感覚(過度の警戒心):persistent sense of current threat that is manifested by exaggerated startle and hypervigilance;過覚醒
今も脅威が高まっているような持続的で、過度な警戒心ないしは不意の物音などに対する過剰な驚愕反応
④感情制御困難:affective dysregulation;感情の調整不全
情動反応性亢進(気持ちが傷つきやすいなど)、暴力的爆発、無謀なまたは自己破壊的行動、ストレス下での遷延性解離状態、感情麻痺および陽性の感情の体験困難
⑤否定的自己概念:negative self-concept;否定的な自己概念
自己の矮小感、敗北感、無価値観などの持続的な思い込みで、外傷的出来事に関連する深く広範な恥、自責の感覚
⑥対人関係の障害:disturbances in relationships;関係性の障害
他者に親近感を持つことの困難、対人関係や社会参加の回避や関心の乏しさ
以上のうち①~③はPTSD(心的外傷性ストレス後症候群)と同じです。そして④~⑥は自己組織化の障害と呼ばれるものです。この自己組織化の障害とは、一言で言えば「自分を保っていることがとても難しい」状態だと言えます。
けれども臨床的には境界性パーソナリティ障害(BPD)との区別が難しいともされています。BPDは上記④~⑥の自己組織化の障害に加えて、「見捨てられを防ぐための極端なしがみつき」「理想化と脱価値化の間を揺れ動く不安定で激しい対人関係」「とても不安定な自己感覚・自己イメージ」が特徴とされます。また、自殺企図や自殺行為がBPDでは高く(約50%)、CPTSDではPTSDと同様に15%前後とされています。
表10-1.境界性パーソナリティ障害(BPD)とCPTSDとの鑑別(飛鳥井,2021をもとに筆者が作成)
自己組織化の障害(DSO) |
BPDとCPTSD |
主な違い |
自己概念の障害 |
BPD |
アップダウンする不安定な自己感覚 |
CPTSD |
常に否定的な自己感覚を反映 |
|
対人関係の障害
|
BPD |
急に変化しやすい対人交流パターン(ex.理想化とこきおろし) |
CPTSD |
対人関係の持続的回避傾向(親密な関係を避けてしまう) |
|
その他 |
BPD |
操作性、衝動性、見捨てられ不安、自殺企図や自傷行為の反復などの特徴 |
CPTSD |
自殺企図や自傷行為が出現することもあるが、病態の中心ではない。 トラウマ特異的なPTSD症状の存在がある。(ex.様々な身体症状や自律神経の不調)
|
また、岡野(2021)は、CPTSDの治療の際には、従来の精神分析的な治療を、以下のように変更する必要があるとしている。
表10-2.CPTSD治療のための精神分析治療の変更点(岡野,2021をもとに筆者が作成)
主な変更項目 |
内容 |
①治療関係の安全性と癒しの役割
|
治療場面が傷つき体験とならないよう、治療構造の「柔構造」的なあり方が必要 |
②トラウマ体験に対する(加害者側に立つと誤解されない)真の中立性 |
必要に応じてThの態度表明や感情表現をすることが真の中立性を保つうえで重要 |
③愛着トラウマという視点
|
治療者は過去のトラウマの想起やその治療的な扱いを優先的な治療目標とする姿勢から離れる。まずは安全な治療関係を形成することを第一目標とすべき |
④解離の概念の重視
|
解離・転換症状を扱うことを回避せず、症状や主張の背後の意味を読み、受け取っていく |
⑤関係性や逆転移の視点の重視
|
治療者側の救済願望により、治療関係が新たなストレス体験とならないよう、来談者への気持ちに常に適度なブレーキを踏み続けるような治療関係が望ましい |
⑥倫理原則の遵守 |
トラウマ体験により治療者に対しても加害的イメージを投影する可能性が高いため、最大の配慮を払う |
これらは、世界的な趨勢でもあり、主な現代心理療法や20世紀末から21世紀にかけて生まれた新しい心理療法は、全てこの傾向を備えているとも言えます。また、統合的心理療法もこの方向性にあることは疑いようがなく、上記の姿勢に「複数の異なった治療理論や治療技法を駆使する」を加えれば、そのまま統合的心理療法になると言っても過言ではないでしょう。
また、これまでの筆者の経験からも、とくにCPTSDのClには、単一技法はあまり効果的ではなく、「柔構造」の中で、ThがClの味方であるという「態度表明」や「感情表現」を通じて、決して冷たい中立性ではなく、加害者に怒りも感じる道義的な人間としての安心・安全感を持ってもらう必要があります。そしてまずはセルフケアやストレスコーピングの具体策について、時に心理教育もしながら、さらに症状を乗り越えていくためのワークを導入する必要もあります。時には家族に会う必要もあり、場合によっては家族や加害者とその関係者へのメールなどを作成するサポートも必要と考えます。
多数の事例を踏まえて現在筆者は以下の表のような統合的な取り組みが必要だという結論に至っています。
表10-4.CPTSDへの統合的取り組み
セラピーの時期 |
主な内容 |
初期 |
肯定的な雰囲気の中での安全感・安心感の提供 |
中期①
|
現在直面している現実的な問題への無理のない範囲での取り組み(e.g.生活リズム、対人関係、恋愛相談等々)、セルフケアの心理教育と実践。 環境調整(e.g.家族関係調整、経済問題、障害者年金などの社会保障制度利用へのアドバイス) 必要なら家族面接 |
中期② |
無理のないペースでのワーク(e.g.セルフ・コンパッション・ワークやグラウンディング、マインドフルネス・ワーク)(Neff,K.& Germer,C.(2018/2019) ポリヴェーガル理論の心理教育やその紙上ワーク(Dana,D.,2018) Thとの率直なやり取りを通じてのアサーション課題への取り組み |
中期③ |
やや集中した形でのトラウマワーク(Thの習熟度によってEFTやAEDP™、PE等) |
終結期 |
これまでの振り返りと、現実生活へのアドバイス |
表10-4.に示したCPTSD治療のための統合的取り組みは、言葉を変えれば、統合的心理療法の典型とも言えるでしょう。統合的心理療法をめざすThは、すべからくCPTSDの治療のエキスパートをめざしていいのではないかとさえ思います。
以前CPTSDの概念に詳しくなかった筆者は、「トラウマ体験のある境界性パーソナリティ障害」や「非虐待経験のある境界性パーソナリティ障害」として、主に境界性パーソナリティ障害の力動的セラピーを続ける中で、長期間続けても多彩な症状が改善しないケースや、短期間で中断してしまうケースもありました。
しかしながら統合的心理療法に意識的に取り組み、さらにCPTSD概念を少しずつ知ることによって、本章で取り上げたような経過をたどる事例が増えていきました。このこともまさに現代的な技法を取り入れた統合的心理療法を後押しする体験となっています。
文献
飛鳥井望:編(2021).複雑性PTSDの臨床実践ガイド~トラウマ焦点化治療の活用と工夫~ 日本評論社
Dana,D.(2018).The polyvagal theory in therapy: Engaging the Rhythm of Regulation. 花丘ちぐさ訳「セラピーのためのポリヴェーガル理論―調整のリズムと遊ぶ」春秋社.2021
原田誠一:編(2021).複雑性PTSDの臨床 ”心的外傷~トラウマ”の診断力と対応力を高めよう 金剛出版
Neff,K.& Germer,C.(2018). The Mindful Self-Compassion Workbook: A Proven Way to Accept Yourself, Build Inner Strength, and Thrive(富田拓郎監訳 マインドフル・セルフ・コンパッションワークブック 星和書店 2019)
大坂教育大学学校安全推進センターhttp://ncssp.osaka-kyoiku.ac.jp/mental_care 2024年1月閲覧
山﨑和佳子,岩壁茂,福島哲夫,野田亜由美,野村朋子(2023).統合的心理療法におけるクライエントの主観的体験 成功 4 事例の複数事例研究 .臨床心理学Vol.23 No.3 ; 329-338
World Health Organization:WHO(International Classification of Diseases 11th Revision
The global standard for diagnostic health information:ICD-11 https://icd.who.int/en2024年1月21日閲覧
2024年
1月
27日
土
カウンセラー(臨床心理士・公認心理師)江部
今年も新しい年が始まって、1ヶ月が終わろうとしています。
「毎日があっという間に過ぎていくな~」と私は感じています。
(みなさんはどうでしょうか?)
そんな風に毎日を送っている訳ですが、私は定期的に思うことがあります。
「あれ、このままでいいんだっけ?」
目の前のことに追われて、大事な決断を後回しにしていないかな?
淡々と言われたことを受身的にしているだけになっていない?
私のしたいことは、本当にこれでいいの?
元々好奇心旺盛な性格であり、なおかつ飽きっぽい私…
いろんなものに目移りします。
思考もあっちに行ったり、こっちに行ったり。
友人に話すと、「生き急いでいるだけじゃない?」なんて言われます。
そして、いろんなアイディアが浮かんでは、行動が伴わず消えていきます。
考えはするのに、行動には移さない自分、行動に移したとしても継続できない自分に気づき、嫌気がさします。
そういう時は、決まって成功している人、輝いている人が羨ましくもなりますし、足踏みしている自分に猛烈に苛立ちます。
納得がいっていないのに、目の前のことをしなければならない、と感じている時にも
「あれ?このままで本当にいいんだっけ?」と私が、私に質問をします。
もちろん、社会に適応するために、自分を後回しにせざるを得ない状況もあると思っています。
心に生じる違和感にいちいち反応していたら、心がもちません。
そういうときに、私たちは自分の気持ちを意識下に押し込めたり、蔑ろにして大切にしないまま置き去りにしたりすることに慣れてしまっています。
つまり、感情の動きに鈍感になっています。
でも、このような思考が出てきたときは、「セルフ・カウンセリングの出番だ!」と思うようにしています。
最近では、セルフ・ケアがよく話題になりますが、セルフ・ケアと同時に、しっかりと自分を振り返るセルフ・カウンセリングも大切です(似ているようで、ちょっぴり違います)。
このような時は、一度頭の中を空っぽにして、自分に何が起きているのかを感じます。
頭で考えようとするのではなく、今自分の心に何が起きてしまっているのか、そこに留まって感じます。
「なんか窮屈な感じ」「身体に力が入っていて疲れる感じ」など、なんでもいいです。
感じようとしても、感覚に集中できないときもあります。
思考優位になって、頭の中が忙しくなっている状態の時です。
そういう時は、紙に書き出します。
何も考えずに、ひたすら思いのままに、心の声を書きまくります。
セリフでもいいですし、自分への質問でもいいです。
大切なのは、蓋をしていた気持ちに気づくこと、外に出してあげることです。
そんなことをしているうちに、自分のモヤモヤした感覚が何だったのか、だんだん理解できていきます。
(私の場合は、たいてい主導権が自分になく、人から言われて何かを「させられている」と感じたときにこの現象が生じるな、と思います)
日本ではカウンセリングというと、まだまだ「病んでいる人、心が弱い人が受けるもの」というイメージを持たれがちだと感じることが多い一方で、先進国アメリカでは、カウンセリングの敷居が低く、「精神疾患を治すため」というイメージよりも、心の調子を整えるためのメンテナンスとして、受ける人の方が多いです。
「病んだ人が受けるもの」というイメージから、むしろ病まないために受ける予防として位置づけられていると言っていいでしょう。
「今の自分って、こうなのかもしれない」という気づきの積み重ねが、心の栄養になり、自己成長に繋がります。
もし、今日紹介したセルフ・カウンセリングが上手くいかなければ、ぜひ一緒に取り組んでみませんか?
一人でも多くの方の自己実現のお手伝いができたら嬉しいです。
2024年
1月
25日
木
日が過ぎるのは早いもので、新年を迎えたと思っていたら、あっという間にひと月が過ぎそうです。今年は新年早々から悲しいニュースが続き、今なお落ち着かない暮らしをされている方が多くいらっしゃいます。一日も早く被災された方たちの生活が落ち着かれますよう心から願います。
さて、成城カウンセリングオフィスには、色々なお悩みの方がお越しになられますが、子育ての悩みで来室される方も多いです。
お話の中で、必要に応じて私たちが子育てについて自己開示を行うと、「先生でもそんな事あるんですね!」と驚かれ、「自分だけじゃないんだと安心しました」とおっしゃられる事があります。
時と場合にもよりますが、不安な時に「自分だけなんじゃないか」と感じると、より不安になりますよね。
少しでも、どなたかの安心に繋がればと思い、今年の私の目標をシェアさせていただこうと思います。(宣言する事で自戒の念も込めています・・)
私の今年の目標の一つ、それは「自分自身をわざわざ悪者にしない」というものです。
もちろん、常日頃から自分自身を責めながら、悪者にしながら生活しているわけではありませんが、
調子が悪い時、疲れている時、嫌な事があった時、生理前など、コンディションによって少し(時に沢山)ネガティブな気持ちになる事は当然あります。
そんな時、私は自分が褒められた事や、誰かが喜んでくれた事に対して、「でもあの時私は心の底から親切な気持ちだったのか」や、「誰かにいい人と思われようとしたんじゃないか」なんて意地悪な気持ちで、自分の心の中に小さな悪意がありはしないかと、くまなく探してしまう事がありました。
あるかどうかも分からないものを、それこそ砂漠の中から一本の針を探すような気持ちで探そうとしていたのです。
そして、ふと我に返り、「こんなに必死に探して見つかったとして、一体誰が得をするというのだろう」と気付くのです。そこは、心理士としてのトレーニングが活きているのかもしれません。
こうして、常に冷静に自分の心の動きを観察出来ればいいのですが、なかなかそういうわけにはいかない事もあります。
ですが、それでも自分のやっている事、自分の考えている事に対して、どれだけ意味があるのか、どんな意味があるのか考え、少し距離を持って見る事が出来れば、誰にも頼まれていないのに、自分に対して意地悪をするという、なんとも無駄な時間をさっさと切り上げる事が出来ます。
今年は、出来るだけその時間を短縮するというのが、目標にしている事です。皆さんもぜひやってみてください。
クライアントさんの中には、そもそも自分が“わざわざ”意地悪な気持ちで、自分を見ているという事に気付いていらっしゃらない方も多いです。
なんだかよく分からないけど、自分の事が嫌だとか悪く感じるという事でしたら、もしかしたらそういった癖が隠れているのかもしれません。
自分だけでは、それについて発見したり、考えたりする事が難しい時には、ぜひ一緒にその事について考えさせていただければと思います。
2023年
7月
22日
土
前回のブログでは、カップルの喧嘩において悪循環を防ぎ、二次被害を生まないための秘訣をお伝えしました。
では、そのような秘訣を守ったうえで、建設的な対話はどのように進めていけばいいのでしょうか?
この際に参考になるのが「LOVEの会話」とアサーションの中の特に「DESC法」と呼ばれるものです。
1.LOVEの会話とは
まずは、親密な対話の基本として、以下の4つの態度があげられます。
Listen・・・心を込めて相手の話を傾聴する
Open・・・先入観のない心と頭で真摯に向き合う
Validate・・・お互いの話を正当だと認め、受け入れる
Express・・・自分の考えや気持ちを穏やかに、簡潔に、ゆっくりと表現する
これら4つの特徴の頭文字をとって「LOVEの会話」と呼ばれています。
これは『カップルのための感情焦点化療法』(金剛出版、2021)の中で紹介されているものです。
少し説明しましょう。
まずは相手の話を傾聴する(Listen)は必須です。
そして、さらに傾聴して終わりではなく、かといってすぐに反論したり解決策を伝えたりするのでもなく、Openな態度つまり広い心で「なるほど、そういうことなんだね」「そう思っているんだね」などと、まずは受け止めます。
これは単に受け止めるだけではなく「先入観なく新鮮な気持ちで受け入れる」という態度が大事です。
そして、Validateです。
このValidateとは、「(妥当なものとして)承認する」「是認する」という言葉です。砕いていえば「認める」です。
要するに相手の発言を認めるというのが、このValidateです。
ただし、これは形だけの承認ではなく、「たとえ違う意見、違う立場、あるいは腹の立つような発言であっても、まずは心から認める」というものです。
そして、最後がExpress表現するです。
これは「自分の考えや気持ちを穏やかに、簡潔に、ゆっくりと表現する」というものです。
どんなに大切な気持ちでも、あるいは相手を思いやっている気持ちであっても、怒った顔で長々と話したら伝わりません。
穏やかに、そしてできたら簡潔に、さらにゆっくりと言葉にしないと相手には伝わらないものです。
まして、「言わなくてもわかって欲しい」「こんなことくらいわかって当然」というのは、この多様化した現代ではもう通用しません。
これら4つの態度の頭文字を取ったものが「LOVEの会話」です。
親密な関係における対話は、この4つが基本となります。
おそらく、仲良く楽しくできている時には、自然にこれらの4つが満たされているでしょう。
けれども、親密な関係であればこそ、安心してリラックスして本音が出てきます。
雰囲気が少し険悪になったときや、お互いの考えや感じ方の違いが明らかになったときにも、お互いに本音を出し合いながらも、この4つの態度が実践できるかどうかがとても大切な秘訣となります。
2.アサーションとは
親密な関係における自己表現で大切な考え方が、アサーションです。
このアサーションとは「自他を尊重した自己表現」と訳されるもので、「攻撃・感情的な主張」でも、「主張しない」でもなく、自分のことも相手のことも大切にした自己表現のことです。
具体的なスキルとしては、「相手の意見を聞く」「相手に意見を伝える」「双方の意見を検討したのち具体的なアクションを起こす」という3つのステップが基本です。
この中には言語的なアサーションと非言語的なアサーションの両方があります。
◎言語的なアサーションとは?
言語的なアサーションとは、文字通り「意味のある言葉によって相手に働きかける」ことを指します。言語的なコミュニケーションでは、発する言葉の意味以上に重要になるのが、「どういう文脈でその言葉を発するか」です。いわば自己主張するための文脈を整備するスキルだと言えるでしょう。
例えば、相手に対して突然「嫌いだ!」などというと、相手は不快感を抱きます。言われた側からするとそんな風に言われる文脈がないため、一種の不条理的なシチュエーションに引き込まれることになります。この不快感が相手との衝突を深める危険があります。
ですので言語的なアサーションとして重要なのは、感情や主張を言うよりも先に、「今、どういう状況にあるのか」をきちんと相手と共有することです。「今少しいいかな?」「少しお話があるんだけれど」「この前もお話しした◯◯についてなんだけれど」というように、きちんとした前置きで、まずは文脈を整備することで、相手にも心の準備ができて、対話がしやすくなります。
この時に「そんなことをすると急に雰囲気が険しくなる」と心配する人がいます。
けれども、こういった文脈つくりなしに不満をため込むことの方が長期的には悪影響だということを理解すべきでしょう。
◎非言語的なアサーションとは?
非言語的なコミュニケーションには、頷きや表情など視覚に訴えるものと、声色や声量そして相槌やオウム返しなどの聴覚に訴えるものがあります。例えば、謝罪や愛の言葉を伝える時に足を組んでいたり、テーブルをコンコンと叩きながらする人はいないと思います。
そのように、自分の気持ちが誤解されないように配慮するのが、この非言語的なアサーションのエッセンスです。
非言語的なアサーションで注意したいのは、感情のコントロールです。いくら言語的なアサーションが上手であっても、仕草や表情と言葉が一致しなければ、相手に不快感を与える恐れがあります。
例えば何か頼まれごとをされたとき「いいですよ」と答えても、しかめっ面など不機嫌そうな表情をしていると「したくないけれど、仕方がないからやってやる」という風に解釈されてしまいます。
◎アサーションスキルのアップに欠かせないDESC法
アサーションスキルを体系的にまとめた理論として、DESC法というものがあります。これはアサーションのプロセスを以下の4つのステップに分解したものです。
D:Describe(描写する)
客観的に状況・事実を伝える
E:Express(表現する)
自分の意見や感情を表現する
S:Specify(提案する)
相手に求めているものを言葉で伝える
C:Consequences(結果を伝える)
提案したものの実行/不実行による結果を伝える
アサーションとは「自己主張」の能力であり、同時に他者を尊重することが求められるスキルでもあります。他者を尊重するというのは感情的な信頼もそうですが「合理的に話を進める」ことも大切な要素となります。DESC法とは、まさに合理的解決のための道筋を整備する方法だと考えられます。
例えば、友人が最近何度か待ち合わせに遅刻したケースをイメージしてみましょう。続けて遅れてきた友人に対していきなり怒りをぶつけると、お互いの感情同士がぶつかり合って関係性を悪化させるだけになる恐れがあります。ですので、まずは文脈をきちんと作ることが大切です。簡単な会話例をみてみましょう。
「このところ何回か遅刻してるけど(D:描写する)、どうしたの?」
「ごめんごめん、寝坊してしまって」
「遅刻が続くと心配になるし、後ろの予定にも響くからちょっと困る(E:表現する)」
「気をつけるよ」
「ちょっとスケジュールに無理があるかな?もう少し、遅い時間に待ち合わせする?(S:提案する)。そうすれば、私も別の用事してから来ればいいし、前もってわかっていれば後ろの予定もずらせるかもだし(C:結果を伝える)」
「わかった、次からそうするよ」
この会話のポイントは、具体的に何をすればいいかをはっきりさせているところです。「何が起こり」「どう問題が生じ」「どうすれば解消され」「それでどのようになるのか」に具体性を持たせることで、相手に理解や納得を促すことができます。
◎アサーションは理解・納得のプロセスが大事
アサーションスキルを身につけるためには、相手がどういうプロセスで理解・納得するのかを知ることが大切です。
DESC法は、そのプロセスを利用したアサーションの具体的な方法であり、活用することで自然な自己表現を身につけることができます。
コミュニケーションスキルは短期的に身につけられるものではありませんが、日々意識し続けることで習得できます。
アサーションをはじめとするコミュニケーションスキルはビジネスにおいても親密な関係においても、とても大切で生産的なスキル・思想です。とくにビジネス場面ではある程度できている人でも、親密な関係になるとそれができない人も多いようです。
DESC法はビジネスでも、親密な関係でも大切なものですし、LOVEの会話は親密な関係でこそその効力が発揮されるでしょう。
これら二つを心において、日常的に自分の言動を振り返り、少しずつ改善していくことを心がけましょう。
2023年
7月
11日
火
以前、このブログに「カップル円満の秘訣ーあごうたオッケー」を書かせていただきました。
この内容は2022年12月にNHKラジオ「医療ジャーナル」でも、紹介されました。
さて、今回はこの「あごうたオッケー」の続編ともいうべき内容です。
さしづめ「あごうたオッケー」はカップルの平常時の合言葉、今日お伝えする「肘と手守れ」は、カップルの非常時、つまり喧嘩中の合言葉です。(覚えやすさのために、両方とも身体にまつわる言葉にしてみました)
これはずっと以前に相性について書いたブログで、「相性はTalk(会話)、Walk(身体運動)、Battle(喧嘩)の3領域で見極めましょう」という提案の、「喧嘩」について詳しく述べるものにもなります。
(以下のリンクを参照してください)
さて、いつものように、少し長くなるので結論から書きましょう!
以前の「あごうたオッケー!」は
ありがとう
ごめんなさい
うれしい
たすかる
(約束事や頼まれごとは)オッケー!と返事して行動
の頭文字でした。
今回の「肘と手(ひじとて)守れ」は
(喧嘩の時には)
ひとりの時間を持つ(持たせてあげる)
自分を責めない
問い詰めない
敵視しない(相手を敵だと思わない)
を守れ
のそれぞれの頭文字(はじめの一文字)です。
喧嘩の時には最低限これを守れば、さらなる悪循環を避けることができて、二次被害を防ぐことができます。そして、うまくすれば建設的な「対話」に持っていくこともできます。
では、ここから一つずつ解説していきましょう。
「ひ」・・・一人の時間をもつ(持たせてあげる)
カップルが喧嘩になったときに、なかなか一人の時間を確保するのが難しくなり、そのストレスもあって、余計にお互いを傷つけてしまいかねません。
これは「(腹立ちなどの)気持ちが収まらない」とか「気がすまない」という気持ちから来るものですし、場合によっては「相手から離れるのが不安」という場合もあります。
けれども、お互いもう大人です。喧嘩をしたからと言って何かやらかしてしまうとか、どこか遠いところに行ってしまうということはないでしょう。(あるいは、それが繰り返されるようなお相手は、そもそも一緒にいるべきかどうかを考えなくてはいけませんよね)
ここは思い切って、頭を冷やすためにもしばらく一人になりましょう。
その際に、黙って去っていくのではなく「少し頭を冷やしてくるね」とか、「今日はここまでにして、お互い別々に過ごそう」と提案して、一人の時間を確保すべきです。
「じ」・・・自分を責めない
じつは、喧嘩がこじれる多くの場合、相手への怒りや責めたい気持ちの奥に「自分がバカにされている」「自分がないがしろにされた」という被害感とそれによって損なわれた自尊感情が問題となります。
言い換えれば、被害感と自己卑下、屈辱感などがごちゃ混ぜになって自分を責める気持ちも湧いてきて、素直になれなくなっています。相手を責めながら本当は自分を責めている(「こんな自分だから嫌われてるんだ」「こんな自分だからバカにされている」「自分は結局はいいように利用されているだけなんだ」等々)ことがほとんどです。
ここで、自分を責める気持ちにストップをかけて自分を大切にする行動を取れれば、それは結果として相手のことも最低限大切にする行動につながります。
「と」・・・問い詰めない
これはわかりやすいでしょう。
喧嘩の時にはどうしても相手を問い詰めたくなります。けれどもそれは単に攻撃していることになります。さらにその問い詰めに相手がうまく答えてくれないと余計に腹が立つ、かといって反対にうまく答えたら「本当に口ばっかりなんだから」とまた腹が立つと、ダブルバインド的に「どうなっても余計に腹が立つ」、相手からすれば「どうやっても余計に怒られる」ということになります。
これでは成り立つはずの対話も成り立たなくなります。
「て」・・・敵視しない(相手を敵だと思わない)
これは、当然のことではあるのですが、喧嘩の最中には案外難しいことかもしれません。喧嘩の最中には「相手は私を嫌っている」とか「この人は本当は悪い奴だ」と思い込んでいるものです。心理学的にはsplittingと呼ばれる心の中で分裂が起こっている状態とも言えます。
あるいは、最近臨床現場以外でもよく見聞きするようになった「解離」が起こっていてのことかもしれません。
これが起こらないようにするには、かなりの努力が必要ですが、「あ、また相手を敵視しちゃってるな」とその都度意識することが、取り組みの始まりです。
相手を敵視してしまうと、本当には思っていない酷いことや、普段の気持ちとは正反対の「嫌い!」という言葉を吐いてしまいがちです。
そうすると相手もそれに応戦する形で酷いことを言ってくるか、喧嘩が終わって仲直りした後でも、ひどい言葉によって傷ついた部分が残っていたり、ひどい言葉そのものは記憶に残っていて、その後も悪影響を及ぼしてくるということになりかねません。
いかがでしょうか?
上記の秘訣は心理学的に言えば「自分自身と相手との両方に対して適切な心理的な距離を確保する」ということです。つまりは「親密性の課題」「親密な関係の中での適切な距離」の課題です。
この適切な心理的距離は、健全な幼少期~青年期を過ごしてくれば自然に身につくものなのですが、不適切養育やいじめられ経験・被虐待経験などにより、これを学ぶ機会が阻害された場合は、意図的に学ぶ必要があります。
これを読んで「自分たちは、喧嘩の時ももっと健康的で大人な喧嘩をしている」と感じられた方は、素晴らしいです。
けれども、多少でも思い当たるところのある人は、ぜひ頑張ってこの4か条を守れるようにしてみてください。
そうすれば、それまでよりも二人の関係がぐっとよくなり、対話が成立しやすく、建設的な関係になれるはずです。
そして、そのような建設的な喧嘩と対話が経験できたら、ぜひともそれを継続させる努力をしてください。
では、実際の建設的な喧嘩と対話でのコミュニケーションは、どのようにすればいいのでしょうか?
これは、また近いうち続編として書きたいと思います。
以上