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書評『カップルセラピーの教科書』三田村仰著.日本評論社(2025)

現代日本の40代の心理士たちはなんて優秀なんだろうか?

私のオフィスの40代スタッフたちもそうだけれど、すでに出版物等でも名を馳せている40代心理士たちの優秀さには、限りない希望を感じる。

 

それはおそらく大英帝国が没落した後にビートルズやレッドツェッペリン、クイーンなどを輩出したイギリスの状況と、バブル崩壊後30年にわたる停滞を経験している日本が、似た状況だということなのかもしれない。(日本のアニメの素晴らしさにはすでにそれを感じていた)

 

本書の著者もまごうことなく現代日本の突出した心理学者の一人だ。

はじめは、ちょっとふざけた軽い内容の本かなと思った。

でも、それはとんでもない偏見だった。

 

ちょっと言い訳させてほしい。

「○○の教科書」っていうと、やっぱりちょっとキワモノ的だし、サブタイトルは上編が「ふたりのキッチン」、下編が「ブロッコリーの花言葉」となっている。

 

表紙は二人の性別不明の若者が八の字眉毛で、小指でつながれた毛糸(しかも黒い毛糸)に困った様子で、足元はおぼつかない感じのイラストだ。

 

でも、ここからはまじめに紹介しよう。

今、日本でカップルセラピーの需要はうなぎのぼりだと実感している。

コロナ禍の時期には、いわゆる「コロナ離婚」の問題として、そしてコロナ以降は主に「妻たちの不満の爆発」と「それに対応できない夫」としてのカップルセラピーの需要の高まりを強く感じている。

 

考えてみれば、カップルの関係を修復するサービスって、心理職にしかできないと思う。

 

福祉職が支援するのは、もうすでにかなり破綻したカップルのどちらか被害にあっている側や、そのカップルの子どもに対してだ。

弁護士や裁判所が支援するのは、これまたすでにかなり破綻した関係のカップルの事後処理的な場面だったりする。

 

心理職だけが「今後もっとひどくならないために、前向きにカップルの関係を修復する」「よりよい関係を構築していく」というサービスが可能なのだ。

しかも、カップルのいわば外側、財産や居住形態、虐待やDVを防ぐためのシステムというよりも、カップルの関係そのものに踏み込んで修復するという醍醐味とやりがいのある仕事だと感じている。

 

さらに、カップルの関係を修復できたら、少子化の問題や虐待の連鎖や貧困、将来のメンタル問題の発生などをも防げるという意味で、個人カウンセリングの数倍の社会貢献にもつながると感じている。

 

また、AIに心理相談する人が急増している現代において、人間の心理士が今後も当分優位を保てるのは、家族療法とグループセラピーだという指摘もある(Frances,2025)。

 (ちなみにこの記事には「人間のカウンセリングの優位性を保つためには、新しい複雑で重篤な病態への対応と、そのための統合的心理療法である」とも指摘されている)

 

こういった状況の中で、この「カップルセラピーの教科書」の発刊はとてもタイムリーなものと言えるし、これからの日本の臨床心理学の可能性を広げるものだと思う。

 

そして、本書の特に上編に貫かれている実証主義を重視する姿勢に触れるにつけ、これまで細々とカップルセラピーの実践をしてきた私にとっては「私を含め日本のカップルセラピストたちは、なぜ、効果検証をしようとしてこなかったのか」という自責の念にも駆られる。とにかく全体として骨太の教科書だということが痛感された。

 

さらに、実証性を重んじたセラピーの教科書だけあって、とてもとても統合的な本になっている。その意味では「心理療法統合ハンドブック」(杉原・福島編著、2022)のカップルセラピー編になっていると言ってもいいだろう。

 

以下、章をなぞりながら、読者としての私の個人的な感想という形で書かせていただく。

 

本書では第Ⅰ部の「カップルセラピーの基礎」において、現代のカップルが抱える基本的な問題やそれに注目することの意義や歴史、世界観を伝えてくれる。

その中では、個人療法の歴史から家族療法の歴史までが概観されて、「なぜカップルセラピーなのか」という本書の中心的テーマに導いてくれる。

 

第Ⅱ部においては、ゴットマンの一連の研究を包括的かつ詳細に紹介してくれている。ゴットマンの研究については、かねてから断片的に知ってはいたものの、日本語でここまで包括的に紹介されるのは初めてのことなので、これだけでも十分な価値のあるものとなっている。

 とくに第6章においては、ゴットマンの「夫婦の会話を3分観察するだけで、その後二人が別れるかどうかが96%の精度で予測できる」という有名なテーゼをめぐって丁寧な解説がなされる。

 

実際にはゴットマンは夫婦に15分間会話してもらい、その中で(a)その日の出来事、(b)二人の間で意見が一致しない葛藤的な課題、(c)二人の間で意見が一致している楽しい出来事について順に話し合ってもらうというものだったらしい。

 

そして続く第7章において、ゴットマンの研究から「別れの四重奏」という著者独自の翻訳ネーミングによる、離婚するカップルの特徴が具体的に紹介される。

それは「批判、自己弁護、軽蔑、石像化」の4要素である。

この4要素があるカップルは遅かれ早かれ離婚するというのが、ゴットマンの研究のエッセンスだということである。

 

そして、反対に幸福な夫婦を予測する指標としては、「傾聴がある」ことや「怒りがない」ことではなく、ポジティブ感情の比率がネガティブ感情より多く、ネガティブ感情のエスカレーションがない事だという。

 

これらは個人的経験からも臨床経験からも、おおいにうなづけることだ。

 

第Ⅲ部では代表的なカップルセラピーを、その効果の実証性を基に紹介している。

そこには当然ながらゴットマン夫妻の介入プログラム、伝統的行動的カップルセラピー、ダン・ワイルのセラピーなどが紹介されている。

 

そして第Ⅳ部ではいよいよ感情焦点化カップルセラピーと統合的行動的カップルセラピーという、著者が実践においては最も参考にしていると思われるセラピーが詳しく紹介されている。

 

感情焦点化カップルセラピーでは、感情とアタッチメントが重視される一方で、統合的行動的カップルセラピーでは、「カップルが‟お互いとの違い”や‟それぞれが抱える繊細さ”を理解し、そうした違いをより批判的でない形で捉え、お互いが持つ特性に対し、ありのままに受け入れられるようになること(アクセプタンス)」を目標として掲げているという。

 

これは私(評者)の目指すところととても近いと感じた。

日本の夫婦はそもそもセックスレスである場合が多く、感情焦点化カップルセラピーが目指すような「熱い関係」は、そもそも望めないのではないかと感じる事が多いからだ。

とくにカップルのどちらかに発達の偏りがある場合は、感情焦点化カップルセラピーはとても難しいと感じている。

 

第Ⅴ部においては、日本のカップルへの適用に向けて「カップルセラピーの共通要因」「文化・社会」「ジェンダー」という3つのテーマを中心に解説されている。まさに統合的な視点からさらに対象とする人たちの文化や好みにも合わせようという「エビデンス・ベースト・プラクティス」の最先端の姿勢が、ここにも見て取れる。

 

ここでは、日本の「相補協調的自己感」と、「アタッチメント理論と「甘え」理論」についてかなり丁寧に論じられている。そして、後の章でさらに重要となる「応答希求」とそれに対する対手からの「応答」というセットについて、ヨーロッパ系アメリカ人とアジア人の違いをいくつかの研究から明らかにしている。

 

つまり日本のカップルは欧米のカップルよりもより「応答希求」を表明しない傾向があるために、それをパートナーが気づいて(察して)応答しないと傷つきが生じ、孤独や気持ちのすれ違いが起こるというのである。

 

そのために日本でのカップルセラピーは「すれ違いをきっかけとして、親密な相互作用を起こすつまり「すれ違いを出会いに変える」という相互作用を促す必要があるという筆者独自のカップルセラピー(CCT)の方法につながっていく。

 

しかし、著者は急がない。

 

ここで、日本のカップル関係とジェンダーについて詳しく考察する(第19章)。それは日本最古の夫婦とされるイザナギとイザナミの話(古事記)にまでさかのぼり、あの有名な黄泉の国にまつわる神話に触れる。カップルがはらむ政治性と家父長制の伝統、さらには現代日本の子供を中心とする家族関係、このような状況の中での「男性性の傷つきやすさ」や「セラピーを受けることに関する恥」等にも触れられている。

 

ただ、評者から見ると、日本女性の強さに関する記述が欠けているとも思われる。それは卑弥呼から始まって、シャーマンやシャーマン的指導者は日本列島においては例外的に女性が多いこと。北条政子から「船場吉兆のささやき女将」に至る「女主人」の系譜などから、日本女性の「陰の実力者」としての能力である。

 

いずれにしても、行動療法出身の著者の著書にこれほどまで詳しい文化史的な記述があるとは、全く予想しなかった。

 

そして、いよいよフィナーレであり、著者独自の「文脈的カップルセラピー」について紹介される第Ⅵ部にはいる。

 

この文脈的カップルセラピー(CCT)は、2セッションの予防的セラピーであり、「最小のセッション数で最大の効果を目指す」というコンセプトで開発されたものである。

 

著者の手によってすでにRCT(ランダム化比較化試験)が行われ、その効果も実証されている。

 

発想としてはブリーフセラピーのプラグマティズムを取り入れ、正統的であるよりも実用的であることを目指し、同化的統合という心理療法統合を志向していることもよくわかる。

それは行動主義よりも「ある目的から見て効果的であることこそが真実」という文脈主義の立場でもあるという。

 

実際の介入は以下の手順を取る。

(1)焦点化・・・気持ちのすれ違いVS出会いの会話への焦点化

前述の応答希求性とそれへの応答性の問題に焦点化するということである。

(2)積極的介入・・・エナクトメント

「今、ここで」すれ違いを出会いに変えるやり方と、そこから来るポジティブ感情を体験する機会を作る

(3)柔軟な実践

 

ここにきて、本書下巻の表紙にもサブタイトルにもあるブロッコリーの伏線が回収される。このブロッコリーの喩えは、このCCTにとてもとてもピッタリで、普段健康のためにできるだけブロッコリーを食べるようにしている評者にとっても、とても分かりやすい謎かけと比喩になっている。

 

ここでは、ネタバレを防ぐために、これ以上は説明しないでおこう

 

さて、いよいよ最終章は「実存的な対話を求めて」である。

最終章だけあって、実はこの章が本書の中で最も「深み」のある章となっている。

 

この章ではマルティン・ブーバーの実存主義哲学と禅の思想を基礎として、「魂」や「価値」について論じ、さらにはアタッチメント理論を「聖杯」(つまり絶対的中核)とする立場に疑問を投げかけることもしている。そしては進化科学への言及も含めて、私たちの生命が持つ意味や目的という方向性についても触れている。

 

これらはすべて「人間はなぜカップルとなることを求め、そしてカップルはどこを目指しているのか」という問いに対する、著者のもがきにも似た思索である。

「生活のため」とか「子孫を残すため」という明確な目的を失った現代のカップルにとって、このような思索は不可欠である。

 

そこで重要視されるのは「つながり」と「親密さ」である。

 

ここでとうとう「“親密さ(intimacy)とは禅における"悟り"を的確に表現した言葉だと言えるだろう」という一見とんでもないテーゼが登場する。

 

本来、仏教における「悟り」とは、「無常」「無我」「空」といったこの世の真理を体得することであるというのが一般的な理解である。

 

けれども著者は「パートナー二人にとっては、お互いとの関係性そのものが、そして、お互いにかかわり合う瞬間瞬間のプロセスそのものが、”神”であり”悟り”でありうる」としている。

 

一見とんでもないテーゼと書いたが、著者はしっかりと関連文献を読み込み、さらにこの悟りが英訳においてintimacyと表現されることがあるのを突き止めてからの考察でもある。

 

ただし、評者からするとここで使われているintimacyは英語のoneness(一体性)、やラテン語のUnusuMundus(ウヌス・ムンドゥス:一なる世界)に近いものではないだろうかと思われる。

 

けれども、著者がここでintimacyを悟りととらえ、それがカップルの間の親密性でもあるととらえたい気持ちはとてもよくわかる気がする。

それくらい難しく尊いものであり、実践の中で常に確かめ続けて行くしかないないものであるのは、間違いないから。

 

そして、この論はさらに中身態へと突き進んでいく。

 

この中動態理論の引用によって、「”親密さ(悟り)”とは、自己と世界という一つの内部において、”する/される”ではない、おのずと生まれるプロセスなのだと改めて理解することができる」とされる。

 

つまり、評者たちの世代に親しみのあるところで言うと河合隼雄の”自然(じねん)モデル”

に近いものであることがわかる。

 

論はさらに進んで、霊性(Spirit)つまりスピリチュアリティとメタ認知、そしてコンパッション(慈悲)におよび、最後に振り出しに戻って、以下のような控えめな結論に達する。

 

「カップルセラピー(CCT)では、”親密な対話の促進”、これを価値として選択する」と。

 

【感想】

最後に、少しまとまった形で本書全体への感想を述べたい。

本書の主張はすべて賛成である。実証研究の部分はもちろん、最終章第22章の「実存的な対話を求めて」についても、その結論も大賛成である。

 

非常に実践的科学的な本でありながら、最終章にここまで対話哲学や禅、スピリチュアリティに踏み込んだものとなったのは、著者がアクセプタンス・アンド・コミットメントセラピーなどの、仏教的な思想と近いセラピーに造詣が深いからこそだと思われる。

 

ただし、実践上の問題としてCCTの「2セッションのみの予防的介入」には、多少の疑問を抱かざるを得ない。

 

評者の臨床経験としても、たしかに問題が軽いカップルは、2回の介入で十分に効果があり、その効果は、比較的永続的である。たとえばすでに個人セラピーを受けているクライエントが、セラピーの経過中に結婚して、配偶者との関係性に少し悩んで1,2回のカップルセラピーを実施した場合などに経験したことが、数例ある。

 

けれども、カップルセラピーとして初回からお二人で来談される場合は、すでに問題はかなりこじれて深刻なものとなっている。そして、少なくとも5~10回のセッションが必要となる。

評者のオフィスに来談されるカップルは、精神科クリニックから勧められてとか、子ども家庭支援センターからの紹介でなど、すでに警察も介入しているケースも少なくない。

 

つまりCCTは、実証性に優れているけれど、実際的であるかどうかが最大の疑問だ。別の言い方をすれば、市場のニーズがあるかどうかという点が疑わしい。もちろん、今後は回数を多くしたCCTを開発予定なのかもしれないが。。。

 

もう一つの疑問は、「すでにある日本のカップルセラピーの実情と伝統にあまり触れられていない」と思われる点である。平木典子、野末武義らの名前がほとんど登場しないのは、少し残念である。ここには著者なりの意図があるのかもしれないが。。。

 

本書全体として非常に読みごたえがあったが、とくに最終章の対話哲学的、宗教哲学的な考察は深さもあり、一番の読み応えのある章だった。

 

上下巻両方の最後にあるエピローグからも推察されるように、カップルセラピーへのこのものすごいとも言える情熱は、著者自身の体験とも深くつながっているようである。そして、「親密性」を「悟り」や「霊性」の意味にまで高めて重要視する姿勢は、同性代の東畑開人の「つながり」理論との共通性を強く感じる。

 

もちろん世代の違う私も、どちらにも多いに共感するのだが、ここまでの情熱は持てない。それは私が「しらけ世代」に属するせいかもしれないし、思春期を高度成長期に過ごし、オイルショックを経験しながらも、バブル期に青年期を迎えた(私個人は貧乏大学院生だったので、全く関係なかったけれど)世代だからかもしれない。

 

著者たちの世代はそれだけ寂しさと虚無感を抱えた、しんどい世代なのかもしれない。

その寂しさと虚無感が、こういう天才たちを育んでいるのだとしたら、これはこれで悪くないのかもしれない。

 

この「失われた30年」で、日本が得たものはじつは大きいのかもしれない。

 

文献

Allen Frances(2025) Warning: AI chatbots will soon dominate psychotherapy

  Published online by Cambridge University Press:  20 August 2025

 

 

 

 

 

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