開業心理療法のサバイバルモデルーコロナ禍からWithコロナ、afterコロナまでー
福島哲夫(成城カウンセリングオフィス/大妻女子大学)
1.はじめに
筆者は私立大学の教員として勤務するかたわら、2014年から東京都世田谷で「成城カウンセリングオフィス」を開業し、運営と臨床実践、そして臨床研究を続けている。それより以前は1988年頃より、精神科医の鍋田恭孝先生の開設された「青山心理臨床教育センター」(東京渋谷)で約25年間非常勤カウンセラーを務めていた。年齢でいえば「青山心理」は30歳少し前から、「成城」は50歳少し過ぎからである。給与体系はどちらも完全歩合制であったが、30代後半は、主にその収入のみで生計を立てていた。
成城カウンセリングオフィスは2022年5月現在私以外に18名のカウンセラー(以下Co)が所属し、それぞれのライフスタイルに合わせて週5日~週1日ケースの時間に合わせて勤務している。育休中のスタッフや子育て中のためにオンライン対応のみのスタッフもおり、大学院修了直後から事務バイト兼Coを務めているスタッフもいる。
私自身は24歳で山王教育研究所でのトレーニングを受け始め、その後、並行して他の臨床現場を経験した。実務に携われば携わるほど、開業スタイルの臨床こそが効果・やり甲斐・収益の3点から、心理臨床の醍醐味であると確信し続けてきた。もちろんどの領域も尊いものであるので、優劣をつけるつもりは全くない。けれども、来談者の動機づけを最も強く感じながら、来談者を常に心からリスペクトして協働できるという点で最高の現場であり、さらに医師を含む他職種とも対等に建設的な形で連携でき、来談者の変容の現場に立ち会う尊さを実感できるという点、そして腕と工夫次第で十分な収入を得られるという点からも、この業態がもっともっと盛んになってほしいと心から願っている。
ちなみにこの業態をすでに「パイの奪い合い」と称するベテランもいるが、それは全く当たらない。なぜなら無名資格やいわゆる「野の医者」(東畑,2000)に通っている人々の多さは、ネット広告からもうかがい知れるところではある。そういった野の医者たちが引き受けているクライエントたちを、少しでもこちらに呼ぶことができればまだまだ需要はあると言える。ちなみに卑近な例では、筆者のオフィスと50メートル圏内にある医療機関付属のカウンセリングセンターとは、客層において全くかぶっていないことからも実感できるところである。
また、筆者はいわゆる「兼業開業」であるが、専業開業して、そこからの収益だけで十分に生活が成り立っている中堅の心理士(例えば、西野入篤氏の「浦和南カウンセリングオフィス」など)も、少数ではあるがおられる例を見ると、この業態の未来は決して暗くないと感じている。
本稿においては、コロナ禍やウィズコロナの直近の状況を踏まえた「開業サバイバル」について私見を詳らかにしたいが、それはこの30年の経験の中で感じ続けてきていたことと大きな違いは無い。むしろ、今回のコロナ禍でこれまでのサバイバル術がより鮮明に確認されたと言っていいと感じている。
2.開業臨床で生き残るために
端的に言って以下の3点が重要である。
1)従来の(伝統的な)臨床よりも「温かく積極的」「必要に応じて柔軟な」臨床
2)中断しない臨床力
3)集客のためのホームページの工夫
4) 結果的な安売り・多忙化競争に巻き込まれないために、セミナー開催やオンライン相談をメイン事業にはしない。
1)は、他所のカウンセリングを経験して(あるいは中断して)来られるクライエント(以下Cl)から、痛感することである。つまり「前のカウンセリングでは、傾聴はしてくれたけれど、それだけだった」と。傾聴と共感だけでは不十分であることは、近年の国際的な研究からもうなずけるところである。
たとえばGulum,Soygut,&Safran(2016)では、中断したケースと、中断しなかったケースの内容を比較した結果、中断しなかったケースではtherapistのpositive行動の頻度が違っていた。しかも4回目の後のキャンセルが、それ以前やそれ以降のキャンセルよりも、もっとも中断を予測するとしている。つまり、私たちは5回目までのセッションで何とか肯定的な関りと作業同盟の構築を目指すべきなのである。そして、それが2)の中断しない臨床力そのものでもある。
柔軟性に関しては、たとえば時間枠や頻度に関しても、よほど病態水準の重いClでない限りは、ある程度の柔軟性を持たせた方が、中断しにくくお役に立ちやすい。
2)については、中断に関するもう一つの研究を紹介すると、Swift & Greenberg (2014)によるメタ分析研究がある。彼らは、587の研究をメタ分析した結果、12の障害カテゴリーのうち、depressionと PTSDのセラピーにおいて、統合的な心理療法は有意に中断率が低かったとしている。
そして、さらに統合的なアプローチが他のすべてのアプローチと比較して12の障害のうち11カテゴリーにおいて同等か低い中断率であることが、安定的に示されたとした。ここで言う統合的なアプローチとは、簡単に言えば「認知と感情と行動のそれぞれを、必要に応じて扱うセラピー」と言っていいだろう。
言うまでもないが、セラピーの予期せぬ中断は、何よりもClの損失になる。そしてClのその後のセラピーへのアプローチを妨げる可能性が高いという意味で、この業態への損失も計り知れない。漫然と継続することだけがいいとは思わないが、セラピストの予期しない形での早期の中断は、やはり最小限にする必要がある。
3)は、集客の問題である。これは主宰者の知名度や社会的地位、著書の数などは無視できると言っていい。言い方を換えれば、これらのいわゆる「ネームバリュー」は無くても十分に集客できるということである。筆者の経験では、著書や雑誌、TV番組を見てきたというClは、数は少なく継続率も低い。つまり、そういう人たちは「ちょっと興味本位」なのである。反対に、「カウンセリング」や「心理療法」というキーワードで、近隣を検索し、ホームページにたどり着いて「多少待ってもいいから」とセラピーを希望してこられる人は、継続と変容が大いに期待できるClである場合が多い。
しかも、ホームページは手作りの親しみの持てるものがいい。専門業者に依頼した高級感たっぷりのものである必要はないし、間違っても同業者を意識しすぎた専門性の高いものであってはならない。むしろセラピストを身近に感じられるような紹介文を載せた、手作り感のあふれるホームページが、検索順位と来談率を上げるということが経験的に明らかである(西野入氏との個人的コミュニケーションによる)。
ちなみに筆者のオフィスのホームページは、手作りで年間1万円強のプロバイダー料、西野入氏のそれは無料のホームページである。このような手作り感満載のホームページに、セラピストの人柄が伝わるような自己紹介や、ブログを書くのが効果的である。反対にホームページに運営側の自己愛が少しでも漏れ出ていると、消費者は敏感に感じ取り警戒される。
もちろん近隣クリニックからのリファーが増えると望ましいが、これは多少主宰者の知名度や地位が関係してくると思われるので、必須ではないと言いたい。
けれども、自然発生的に連携の必要が生じて、「カウンセリング開始報告書」や「紹介状」をきっかけに、こちらの実力が伝わるようなことがあれば、近隣のクリニックが「困ったケース」や「カウンセリングが効果的と思われるケース」を紹介してくるということも十分に期待できる。良心的な精神科クリニックであればあるほど、「薬物療法だけでは不十分な(あるいは進展しない)ケース」に困っていて、患者さんのためにさらにできることがあるならしたいと思っているのである。
4)は議論の分かれるところかもしれない。
「withコロナなのだからオンライン・カウンセリングと、可能ならオンライン・ワークショップを基本にすべき」という意見が主流であろう。けれども、筆者のオフィスでは2020年の3,4,5月の新規ケースの減少を経て、6月からの毎週の新規申し込みが続き、7月後半からの感染再拡大を迎えても面談希望は絶えなかった。対面カウンセリングを望む人は多く、それはCoたちも同様である。
セミナーやワークショップは、対面であってもオンラインであってもカウンセリングの来談にはあまりつながらないまま、業務量のみが増えるということが、経験上明らかである。
3.コロナ禍を通じての教訓―オンラインのメリットデメリット、対面面接の復活
筆者のオフィスでも、新型コロナウィルス感染症の拡大が報じられた2020年3月には、約7割のケースをオンラインに移行し、2割はご本人の希望で休止、残り1割の近隣で在宅ワークをしている(つまり感染の可能性が極めて低い)Clのみ、対面で継続した。私自身も徒歩で通勤し、マスク着用、手指の消毒、常時窓を開けての換気、ドアノブや家具のその都度の消毒などを励行した。スタッフの中には別の曜日に医療機関に勤務している者もいたが、上記の厳重な対策の上で勤務を続けてもらった。
新規申し込みは3月から5月までの3カ月間は、自然に途絶えた。唯一の例外は通称「コロナ離婚」と呼ばれる、在宅ワークの中でこれまでの夫婦関係の歪みが頂点に達したご夫婦の夫婦カウンセリングの5ケースのみであった。
この間の技術的な問題は皆無だった。Zoom有料アカウントはすでに数年前に取得しており、複数の最新のノートパソコン、子機のある電話等、オフィスで臨床研究やその一環としてのオンラインインタビューなども実施してきた経験が、そのまま生かされる形となった。唯一の落とし穴は、うっかり長時間同じ姿勢でオンラインカウンセリングをすると、腰痛におそわれるということだけだった。
こうやって3カ月をややおとなしく過ごした後、緊急事態宣言が解除された後の6月からは、また順調にほぼ毎週新規の申し込みが入り続けている。
上記のコロナ対応を通じて、そしてこれまでの経験をふまえて、カウンセリング形態の違いによるメリットデメリットをまとめると以下のようになる。
実施形態 |
メリット |
デメリット |
特記事項 |
対面のみ |
ノンバーバル・コミュニケーションが豊か、空気感や沈黙を共有できる |
感染リスクと通う時間と労力などのコスト |
Clが通うというコストとリスクの一方で、通うことによる「気分の切り替え」効果も。 |
初回からオンラインで一貫 |
低コストとアクセシビリティ |
セラピストの疲労と危機介入がしにくいための安全感の少なさ |
健康度の高いCl向き。遠隔地や外国にいるClには最適。 |
対面&オンライン混合 |
Clやその家族の体調不良に対応しやすい。危機介入のしやすさと低コストの両立 |
セラピーとしての一貫性が損なわれる可能性 |
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また、オンラインやインターネット、スマホアプリなどを使ったメンタルヘルス活動は欧米ではtelepsychotherapyやe-mental healthと呼ばれているが、その際の注意事項が、以下のようにまとめられている。
質の高いe-mental healthのためのセラピスト側の条件(Deale et al.,2020)
1)Clの抵抗感を認識する
2)脆弱性の強いClに注意を払う
3)セラピーの進行状況に注意して、セラピーを個別調整(tailor)する
4)セラピスト自身の自助のための個人指導(者)を確保しておく
5)過度な負担を避ける
6)継続的な研修機会を確保しておく
7)仲間同士の相互指導(peer intervision)とスーパービジョンを確保しておく
8)危機管理のためのマニュアルを備えておく
9) 自己調整の方法を意識しておく
またビデオ遠隔心理療法(いわゆるZoomやSkypeを使ったオンラインカウンセリング:CVT)の有効性は、多くの研究で裏付けられている(レビューはFletcherら、2018年およびNorwoodら、2018年を参照)。認知処理療法(CPT)や長時間暴露(PE)を含むPTSDに対する効果的な心理療法は、ビデオ遠隔心理療法を介して行う場合も、対面で行う場合と同様に効果があるとしている(例:Aciernoら、2016、2017;Morlandら、2014)。
研究ではCVTの有効性が明確に支持されているが、バーチャルケアへの急速な変化には、遠隔心理療法が心理療法プロセスに与える潜在的な影響に関する正当な懸念が伴うとされている。例えば、提供者(Co)は、患者と提供者が異なる場所にいると、作業同盟が希薄に感じられたり、危機的な状況に対応できなくなるという懸念を表明している(Gershkovich et al., 2016)。
Jenkins-Guarnieriら(2015)は、CVTや電話による遠隔心理療法と対面療法を比較した15の研究(無作為化試験9件、非無作為化試験6件)で、患者のケアに対する認識を検討した。全体的にこのレビューでは、遠隔心理療法と対面療法の間には、作業同盟や患者満足度にほとんど差がないことがわかった。
患者への遠隔医療の導⼊ (Lozano et al., 2015 ⻘⽊俊太郎他訳からの抜粋を筆者が改編)
• いつものように,思いやりのある挨拶と導⼊。
• 技術的な問題が起こったとしても,慌てている様子を見せない。
• 必要に応じて⼤げさな表現やジェスチャーを⽤いるようにし、Clがこちらの⾝振り⼿振りを⾒ることができるように,カメラから適度に離れた場所に座ることを検討。
• 要約,リフレクション,観察を頻繁に使⽤して,Clにあなたが話を聞いていることを再認識してもらう。
• 対⾯での⽀援よりも治療中に⾏われていること(例:リラクゼーションの理論的根
拠,エクスポージャー)について相互理解するために⼝頭で確認を多く⾏うようにする。
• 臨床家は,Clが認識する以上に,ラポール形成が良好ではないと報告しがち。
• 何より,遠隔医療に関連する避けられない技術的・臨床的な課題に対して,忍耐とユ
ーモアをもつこと。
これらは、すべて筆者の感じてきたことと同じだ。ビデオ遠隔心理療法の経験を積めば積むほど、疲労は少なく、対面と同じようなセッションを持てることが増えているのを実感する。ただし、感情爆発やその結果としてのセッション中断、Clが沈黙がちの時に通信状況があまりよくない時などは、対応が難しいという現実は変わらない。
そして、ずっとオンラインでやっていたClに対面でお会いした時の、何とも言えない安心感や「直接会うのは初めてなのに、なぜか懐かしい感じがする」という感触を無視することはやはりできない。
いずれにしても、開業心理療法のサバイバルとしては、「Clのメリットを最大化する」というものであることに間違いはないので、今後もオンラインと対面とを混ぜながらやっていく必要があることは疑いようがないだろう。
4.今後の課題
筆者としては、以下の2点を考えている。
1)所属Coの収入保障
これまで筆者のオフィスでは、女性Coの妊娠出産に伴う業務の引継ぎと再開を大いに支援してきた。また、その一環としてコロナ前から育休中Coの在宅による受付業務やオンラインカウンセリングを業務委託してきた。けれども、今後は男女両方のCoの育休中の最低収入保障等もできたら素晴らしいと考えている。
2)eHealth intervention の開発と普及
Webやスマートフォン上のアプリを使ったメンタルヘルスツールであるeHealth interventionの補助的有効性が確かめられている(Bennett, C. B. et al,2020)。筆者も性格相性診断のアプリ開発などを手掛けて公開しているが、今後はさらにメンタルヘルスや「心の成長と成熟」を促進するようなアプリ開発を考えたい。
▶文献
Bennett, C. B., Ruggero, C. J., Sever, A. C., & Yanouri, L. (2020). eHealth to redress psychotherapy access barriers both new and old: A review of reviews and meta-analyses. Journal of Psychotherapy Integration, 30(2), 188-207.
Gulum, I. V., Soygut, G., & Safran, J. D. (2018). A comparison of pre-dropout and temporary rupture sessions in psychotherapy. Psychotherapy Research. Vol. 28, No.5-6, 685–701
Lozano, B. E., Birks, A. H., Kloezeman, K., Cha, N., Morland, L. A., & Tuerk, P. W. (2015). Therapeutic alliance in clinical videoconferencing: Optimizing the communication context. In Clinical Videoconferencing in Telehealth (pp. 221-251). in COVID-19 Tips: ⻘⽊俊太郎他訳 遠隔医療で成⼈クライエントとのラポール形成Juliet Kroll, Ruben Martinez, and Ilana Seager van Dyk UCLA Pediatric Psychology Consultation Liaison Service https://www.researchgate.net/publication/340414789_COVID-19_Tips_Building_Rapport_with_Adults_via_Telehealth
西野入篤(2020)カウンセリングを行う開業機関へのサポート.浦和南カウンセリングオフィスホームページ
https://urawaminamioffice.jimdofree.com/%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9B-%E3%81%9D%E3%81%AE%E4%BB%96/%E3%82%AB%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%92%E8%A1%8C%E3%81%86%E9%96%8B%E6%A5%AD%E6%A9%9F%E9%96%A2%E3%81%B8%E3%81%AE%E3%82%B5%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88/
(2020年7月29日閲覧取得)
Rosen, C. S., Glassman, L. H., & Morland, L. A. (2020). Telepsychotherapy during a pandemic: A traumatic stress perspective. Journal of Psychotherapy Integration, 30(2), 174-187.
Swift, J. K., & Greenberg, R. P. (2014). A Treatment by Disorder Meta-Analysis of Dropout From Psychotherapy. Journal of Psychotherapy Integration. Vol. 24, No. 3, 193–207
Brucks, M.S.,Levav,J.(2022).Virtual communication curbs creative idea generation. nature research