AEDPの創始者ダイアナ・フォーシャと (2010年イタリア・フィレンツェにて)
EFT(感情焦点化療法)の創始者レスリー・グリーンバーグ先生と
2023年
7月
22日
土
前回のブログでは、カップルの喧嘩において悪循環を防ぎ、二次被害を生まないための秘訣をお伝えしました。
では、そのような秘訣を守ったうえで、建設的な対話はどのように進めていけばいいのでしょうか?
この際に参考になるのが「LOVEの会話」とアサーションの中の特に「DESC法」と呼ばれるものです。
1.LOVEの会話とは
まずは、親密な対話の基本として、以下の4つの態度があげられます。
Listen・・・心を込めて相手の話を傾聴する
Open・・・先入観のない心と頭で真摯に向き合う
Validate・・・お互いの話を正当だと認め、受け入れる
Express・・・自分の考えや気持ちを穏やかに、簡潔に、ゆっくりと表現する
これら4つの特徴の頭文字をとって「LOVEの会話」と呼ばれています。
これは『カップルのための感情焦点化療法』(金剛出版、2021)の中で紹介されているものです。
少し説明しましょう。
まずは相手の話を傾聴する(Listen)は必須です。
そして、さらに傾聴して終わりではなく、かといってすぐに反論したり解決策を伝えたりするのでもなく、Openな態度つまり広い心で「なるほど、そういうことなんだね」「そう思っているんだね」などと、まずは受け止めます。
これは単に受け止めるだけではなく「先入観なく新鮮な気持ちで受け入れる」という態度が大事です。
そして、Validateです。
このValidateとは、「(妥当なものとして)承認する」「是認する」という言葉です。砕いていえば「認める」です。
要するに相手の発言を認めるというのが、このValidateです。
ただし、これは形だけの承認ではなく、「たとえ違う意見、違う立場、あるいは腹の立つような発言であっても、まずは心から認める」というものです。
そして、最後がExpress表現するです。
これは「自分の考えや気持ちを穏やかに、簡潔に、ゆっくりと表現する」というものです。
どんなに大切な気持ちでも、あるいは相手を思いやっている気持ちであっても、怒った顔で長々と話したら伝わりません。
穏やかに、そしてできたら簡潔に、さらにゆっくりと言葉にしないと相手には伝わらないものです。
まして、「言わなくてもわかって欲しい」「こんなことくらいわかって当然」というのは、この多様化した現代ではもう通用しません。
これら4つの態度の頭文字を取ったものが「LOVEの会話」です。
親密な関係における対話は、この4つが基本となります。
おそらく、仲良く楽しくできている時には、自然にこれらの4つが満たされているでしょう。
けれども、親密な関係であればこそ、安心してリラックスして本音が出てきます。
雰囲気が少し険悪になったときや、お互いの考えや感じ方の違いが明らかになったときにも、お互いに本音を出し合いながらも、この4つの態度が実践できるかどうかがとても大切な秘訣となります。
2.アサーションとは
親密な関係における自己表現で大切な考え方が、アサーションです。
このアサーションとは「自他を尊重した自己表現」と訳されるもので、「攻撃・感情的な主張」でも、「主張しない」でもなく、自分のことも相手のことも大切にした自己表現のことです。
具体的なスキルとしては、「相手の意見を聞く」「相手に意見を伝える」「双方の意見を検討したのち具体的なアクションを起こす」という3つのステップが基本です。
この中には言語的なアサーションと非言語的なアサーションの両方があります。
◎言語的なアサーションとは?
言語的なアサーションとは、文字通り「意味のある言葉によって相手に働きかける」ことを指します。言語的なコミュニケーションでは、発する言葉の意味以上に重要になるのが、「どういう文脈でその言葉を発するか」です。いわば自己主張するための文脈を整備するスキルだと言えるでしょう。
例えば、相手に対して突然「嫌いだ!」などというと、相手は不快感を抱きます。言われた側からするとそんな風に言われる文脈がないため、一種の不条理的なシチュエーションに引き込まれることになります。この不快感が相手との衝突を深める危険があります。
ですので言語的なアサーションとして重要なのは、感情や主張を言うよりも先に、「今、どういう状況にあるのか」をきちんと相手と共有することです。「今少しいいかな?」「少しお話があるんだけれど」「この前もお話しした◯◯についてなんだけれど」というように、きちんとした前置きで、まずは文脈を整備することで、相手にも心の準備ができて、対話がしやすくなります。
この時に「そんなことをすると急に雰囲気が険しくなる」と心配する人がいます。
けれども、こういった文脈つくりなしに不満をため込むことの方が長期的には悪影響だということを理解すべきでしょう。
◎非言語的なアサーションとは?
非言語的なコミュニケーションには、頷きや表情など視覚に訴えるものと、声色や声量そして相槌やオウム返しなどの聴覚に訴えるものがあります。例えば、謝罪や愛の言葉を伝える時に足を組んでいたり、テーブルをコンコンと叩きながらする人はいないと思います。
そのように、自分の気持ちが誤解されないように配慮するのが、この非言語的なアサーションのエッセンスです。
非言語的なアサーションで注意したいのは、感情のコントロールです。いくら言語的なアサーションが上手であっても、仕草や表情と言葉が一致しなければ、相手に不快感を与える恐れがあります。
例えば何か頼まれごとをされたとき「いいですよ」と答えても、しかめっ面など不機嫌そうな表情をしていると「したくないけれど、仕方がないからやってやる」という風に解釈されてしまいます。
◎アサーションスキルのアップに欠かせないDESC法
アサーションスキルを体系的にまとめた理論として、DESC法というものがあります。これはアサーションのプロセスを以下の4つのステップに分解したものです。
D:Describe(描写する)
客観的に状況・事実を伝える
E:Express(表現する)
自分の意見や感情を表現する
S:Specify(提案する)
相手に求めているものを言葉で伝える
C:Consequences(結果を伝える)
提案したものの実行/不実行による結果を伝える
アサーションとは「自己主張」の能力であり、同時に他者を尊重することが求められるスキルでもあります。他者を尊重するというのは感情的な信頼もそうですが「合理的に話を進める」ことも大切な要素となります。DESC法とは、まさに合理的解決のための道筋を整備する方法だと考えられます。
例えば、友人が最近何度か待ち合わせに遅刻したケースをイメージしてみましょう。続けて遅れてきた友人に対していきなり怒りをぶつけると、お互いの感情同士がぶつかり合って関係性を悪化させるだけになる恐れがあります。ですので、まずは文脈をきちんと作ることが大切です。簡単な会話例をみてみましょう。
「このところ何回か遅刻してるけど(D:描写する)、どうしたの?」
「ごめんごめん、寝坊してしまって」
「遅刻が続くと心配になるし、後ろの予定にも響くからちょっと困る(E:表現する)」
「気をつけるよ」
「ちょっとスケジュールに無理があるかな?もう少し、遅い時間に待ち合わせする?(S:提案する)。そうすれば、私も別の用事してから来ればいいし、前もってわかっていれば後ろの予定もずらせるかもだし(C:結果を伝える)」
「わかった、次からそうするよ」
この会話のポイントは、具体的に何をすればいいかをはっきりさせているところです。「何が起こり」「どう問題が生じ」「どうすれば解消され」「それでどのようになるのか」に具体性を持たせることで、相手に理解や納得を促すことができます。
◎アサーションは理解・納得のプロセスが大事
アサーションスキルを身につけるためには、相手がどういうプロセスで理解・納得するのかを知ることが大切です。
DESC法は、そのプロセスを利用したアサーションの具体的な方法であり、活用することで自然な自己表現を身につけることができます。
コミュニケーションスキルは短期的に身につけられるものではありませんが、日々意識し続けることで習得できます。
アサーションをはじめとするコミュニケーションスキルはビジネスにおいても親密な関係においても、とても大切で生産的なスキル・思想です。とくにビジネス場面ではある程度できている人でも、親密な関係になるとそれができない人も多いようです。
DESC法はビジネスでも、親密な関係でも大切なものですし、LOVEの会話は親密な関係でこそその効力が発揮されるでしょう。
これら二つを心において、日常的に自分の言動を振り返り、少しずつ改善していくことを心がけましょう。
2023年
7月
11日
火
以前、このブログに「カップル円満の秘訣ーあごうたオッケー」を書かせていただきました。
この内容は2022年12月にNHKラジオ「医療ジャーナル」でも、紹介されました。
さて、今回はこの「あごうたオッケー」の続編ともいうべき内容です。
さしづめ「あごうたオッケー」はカップルの平常時の合言葉、今日お伝えする「肘と手守れ」は、カップルの非常時、つまり喧嘩中の合言葉です。(覚えやすさのために、両方とも身体にまつわる言葉にしてみました)
これはずっと以前に相性について書いたブログで、「相性はTalk(会話)、Walk(身体運動)、Battle(喧嘩)の3領域で見極めましょう」という提案の、「喧嘩」について詳しく述べるものにもなります。
(以下のリンクを参照してください)
さて、いつものように、少し長くなるので結論から書きましょう!
以前の「あごうたオッケー!」は
ありがとう
ごめんなさい
うれしい
たすかる
(約束事や頼まれごとは)オッケー!と返事して行動
の頭文字でした。
今回の「肘と手(ひじとて)守れ」は
(喧嘩の時には)
ひとりの時間を持つ(持たせてあげる)
自分を責めない
問い詰めない
敵視しない(相手を敵だと思わない)
を守れ
のそれぞれの頭文字(はじめの一文字)です。
喧嘩の時には最低限これを守れば、さらなる悪循環を避けることができて、二次被害を防ぐことができます。そして、うまくすれば建設的な「対話」に持っていくこともできます。
では、ここから一つずつ解説していきましょう。
「ひ」・・・一人の時間をもつ(持たせてあげる)
カップルが喧嘩になったときに、なかなか一人の時間を確保するのが難しくなり、そのストレスもあって、余計にお互いを傷つけてしまいかねません。
これは「(腹立ちなどの)気持ちが収まらない」とか「気がすまない」という気持ちから来るものですし、場合によっては「相手から離れるのが不安」という場合もあります。
けれども、お互いもう大人です。喧嘩をしたからと言って何かやらかしてしまうとか、どこか遠いところに行ってしまうということはないでしょう。(あるいは、それが繰り返されるようなお相手は、そもそも一緒にいるべきかどうかを考えなくてはいけませんよね)
ここは思い切って、頭を冷やすためにもしばらく一人になりましょう。
その際に、黙って去っていくのではなく「少し頭を冷やしてくるね」とか、「今日はここまでにして、お互い別々に過ごそう」と提案して、一人の時間を確保すべきです。
「じ」・・・自分を責めない
じつは、喧嘩がこじれる多くの場合、相手への怒りや責めたい気持ちの奥に「自分がバカにされている」「自分がないがしろにされた」という被害感とそれによって損なわれた自尊感情が問題となります。
言い換えれば、被害感と自己卑下、屈辱感などがごちゃ混ぜになって自分を責める気持ちも湧いてきて、素直になれなくなっています。相手を責めながら本当は自分を責めている(「こんな自分だから嫌われてるんだ」「こんな自分だからバカにされている」「自分は結局はいいように利用されているだけなんだ」等々)ことがほとんどです。
ここで、自分を責める気持ちにストップをかけて自分を大切にする行動を取れれば、それは結果として相手のことも最低限大切にする行動につながります。
「と」・・・問い詰めない
これはわかりやすいでしょう。
喧嘩の時にはどうしても相手を問い詰めたくなります。けれどもそれは単に攻撃していることになります。さらにその問い詰めに相手がうまく答えてくれないと余計に腹が立つ、かといって反対にうまく答えたら「本当に口ばっかりなんだから」とまた腹が立つと、ダブルバインド的に「どうなっても余計に腹が立つ」、相手からすれば「どうやっても余計に怒られる」ということになります。
これでは成り立つはずの対話も成り立たなくなります。
「て」・・・敵視しない(相手を敵だと思わない)
これは、当然のことではあるのですが、喧嘩の最中には案外難しいことかもしれません。喧嘩の最中には「相手は私を嫌っている」とか「この人は本当は悪い奴だ」と思い込んでいるものです。心理学的にはsplittingと呼ばれる心の中で分裂が起こっている状態とも言えます。
あるいは、最近臨床現場以外でもよく見聞きするようになった「解離」が起こっていてのことかもしれません。
これが起こらないようにするには、かなりの努力が必要ですが、「あ、また相手を敵視しちゃってるな」とその都度意識することが、取り組みの始まりです。
相手を敵視してしまうと、本当には思っていない酷いことや、普段の気持ちとは正反対の「嫌い!」という言葉を吐いてしまいがちです。
そうすると相手もそれに応戦する形で酷いことを言ってくるか、喧嘩が終わって仲直りした後でも、ひどい言葉によって傷ついた部分が残っていたり、ひどい言葉そのものは記憶に残っていて、その後も悪影響を及ぼしてくるということになりかねません。
いかがでしょうか?
上記の秘訣は心理学的に言えば「自分自身と相手との両方に対して適切な心理的な距離を確保する」ということです。つまりは「親密性の課題」「親密な関係の中での適切な距離」の課題です。
この適切な心理的距離は、健全な幼少期~青年期を過ごしてくれば自然に身につくものなのですが、不適切養育やいじめられ経験・被虐待経験などにより、これを学ぶ機会が阻害された場合は、意図的に学ぶ必要があります。
これを読んで「自分たちは、喧嘩の時ももっと健康的で大人な喧嘩をしている」と感じられた方は、素晴らしいです。
けれども、多少でも思い当たるところのある人は、ぜひ頑張ってこの4か条を守れるようにしてみてください。
そうすれば、それまでよりも二人の関係がぐっとよくなり、対話が成立しやすく、建設的な関係になれるはずです。
そして、そのような建設的な喧嘩と対話が経験できたら、ぜひともそれを継続させる努力をしてください。
では、実際の建設的な喧嘩と対話でのコミュニケーションは、どのようにすればいいのでしょうか?
これは、また近いうち続編として書きたいと思います。
以上
2022年
5月
15日
日
心理療法統合ハンドブック序文
まず何よりも「とうとう出ました!」と言いたい。
https://img.honto.jp/item/1/133/180/30889812_1.webp
本書は、我が国初の統合的心理療法の総合的ハンドブックである。これまで、日本語によるこのような書籍はなかった。
かなり以前から「統合的心理療法を学ぶのにこの一冊と言ったらどの本ですか?」という質問を受け続けてきたが、そのたびにパッとは答えられなかった。そんな私だったが、これからは迷わずこの一冊を胸を張ってお薦めできることとなった。
本書は、日本心理療法統合学会監修として、この学会の主だったメンバーを中心にして執筆された。
本学会は2019年にできた新しい学会ではあるが、その前身は2005年からの「心理療法統合を考える会」(関東地方)、そして2010年からの「関西折衷的心理療法研究会」(関西地方)として、さらに2014年からは2つの研究会の交流会である「東西の会」を年1回開きながら、研究と実践そして対話を重ねてきた。
また、国際学会「Society for Exploration of Psychotherapy Integration(心理療法統合を探究する学会:通称SEPI)への参加や発表を積極的に行ってきた。2020年には、本学会の理事の一人である岩壁茂が、このSEPIの理事長としての重責を果たしている。
この主だったメンバー達は、たまたまさまざまな学派の出身者であり、元々は認知行動療法や力動的心理療法、分析心理学(ユング派)や人間性アプローチ、家族療法、ブリーフセラピー等々の専門家であった。このようなメンバーが学会の第I期理事となり、仲良く議論しながら学会運営を進めている。
上記の研究会や国際学会での対話を通じて実感し続けていることは、「心理療法統合を目指す臨床家は、謙虚で調和志向な人が多い」ということである。
とかく「統合」という言葉は、かなり野心的で自我肥大した印象を与えるかもしれない。
けれども私たちの使う「統合」は本書を一読すればわかる通り、とても謙虚な「クライエントの役にできるだけ立ちたい」という思いに貫かれている。「折衷」という言葉を使うこともあるが、これも「妥協」の意味ではなく「積極的に一定の見識の下で、より良いものを組み合わせて使い分ける」という意味である。
本書も上記と同様の姿勢から企画・執筆された。
本書の第Ⅰ部は「心理療法への統合的アプローチとは」と題して、心理療法統合の多様なあり方と考え方について縦横に論じたものとなっている。
そして、第Ⅱ部は「確立された統合的心理療法」として、すでに有効性が検証された確立した最新の統合的心理療法を6つ紹介し、日本における実践例も紹介している。
第Ⅲ部では「心理療法の多様なアスペクトの統合」として「研究と実践の統合」、「倫理・社会正義・政治と臨床実践との統合」というより大きな広がりを持った視点を紹介した。
さらに第Ⅳ部では「トレーニング」として、統合的心理療法を実践する臨床家を育てるためのトレーニングはどのようなものであるべきかについて、その実践例とともに紹介されている。
また、章と章の間の随所に「トピックス」として、各章においては十分に解説できなかった心理療法統合において重要な最新の項目を数ページで記述・解説するコーナーを設けた。
多様性を重んじる本書の立場から、文体や論の進め方は各執筆者にかなりお任せし、編者の杉原・福島は企画と構成、更に内容的なチェックと読みやすい文章にすることに注力した。
結果的に本書はどの章やトピックスを読んでも、そこに人間の多様性に根ざした多元主義的な視点と、「違い」に対する寛容な態度が伝わると思う。
そして「違い」に対して寛容でありながら、その違いを過度にアピールするのではなく「共通点」や「類似性」にも開かれているという、心理療法統合を志向する我々の基本姿勢も本書のいたるところに溢れていると感じていただけたなら幸いである。
心理療法統合とは特定の学派に依拠するものでも、単一の学派の存在を否定するものでもない。そして、多様な個性と課題をもったクライエントにできるだけ効果的にアプローチしようとするものである。あるいは、そのような姿勢そのものやそのようなアプローチを探求するプロセスや営みそのものを指す言葉だといえる。
このような姿勢は、まさに21世紀の世界が夢見る共生と融和を目指した価値観を体現しているともいえると同時に、一方で分断と非寛容が進みつつある現実へのささやかではあるが、確信的な抵抗ともいえる。
そしてこの様な、多様性を認めながら共通点も見出して繋がっていくというあり方は、日々、自らの態度を自省してこそ継続できるものだと思っている。間違っても「統合的なあり方だけが唯一正しい」と主張するような自己矛盾に陥らないようにしなければならない。
それは本書の第II部で紹介している確立された統合的心理療法に関しても同様で、「統合的〇〇療法だけがいつでも最強だ」といった自己矛盾の罠に、本書の読者諸氏も陥らないようにしていただきたい。
現実は常に複雑で多様だ。
そして現在の心理療法の世界は400種類を超える心理療法が並存するまさに熱帯の森のような多様性を持っている。その中で「何でもあり」の混沌ではなく、「より効果が高いかどうか」「クライエントのお役に立てるかどうか」というある意味で厳しい生存競争を内包した、豊かで風通しのいい森を夢見て、本書の編集作業を進めてきた。ぜひ、この多様な森の世界をご堪能いただき、実践に生かしていただけたなら幸いである。
日本心理療法統合学会 理事長
福島哲夫
2022年
5月
05日
木
開業心理療法のサバイバルモデルーコロナ禍からWithコロナ、afterコロナまでー
福島哲夫(成城カウンセリングオフィス/大妻女子大学)
1.はじめに
筆者は私立大学の教員として勤務するかたわら、2014年から東京都世田谷で「成城カウンセリングオフィス」を開業し、運営と臨床実践、そして臨床研究を続けている。それより以前は1988年頃より、精神科医の鍋田恭孝先生の開設された「青山心理臨床教育センター」(東京渋谷)で約25年間非常勤カウンセラーを務めていた。年齢でいえば「青山心理」は30歳少し前から、「成城」は50歳少し過ぎからである。給与体系はどちらも完全歩合制であったが、30代後半は、主にその収入のみで生計を立てていた。
成城カウンセリングオフィスは2022年5月現在私以外に18名のカウンセラー(以下Co)が所属し、それぞれのライフスタイルに合わせて週5日~週1日ケースの時間に合わせて勤務している。育休中のスタッフや子育て中のためにオンライン対応のみのスタッフもおり、大学院修了直後から事務バイト兼Coを務めているスタッフもいる。
私自身は24歳で山王教育研究所でのトレーニングを受け始め、その後、並行して他の臨床現場を経験した。実務に携われば携わるほど、開業スタイルの臨床こそが効果・やり甲斐・収益の3点から、心理臨床の醍醐味であると確信し続けてきた。もちろんどの領域も尊いものであるので、優劣をつけるつもりは全くない。けれども、来談者の動機づけを最も強く感じながら、来談者を常に心からリスペクトして協働できるという点で最高の現場であり、さらに医師を含む他職種とも対等に建設的な形で連携でき、来談者の変容の現場に立ち会う尊さを実感できるという点、そして腕と工夫次第で十分な収入を得られるという点からも、この業態がもっともっと盛んになってほしいと心から願っている。
ちなみにこの業態をすでに「パイの奪い合い」と称するベテランもいるが、それは全く当たらない。なぜなら無名資格やいわゆる「野の医者」(東畑,2000)に通っている人々の多さは、ネット広告からもうかがい知れるところではある。そういった野の医者たちが引き受けているクライエントたちを、少しでもこちらに呼ぶことができればまだまだ需要はあると言える。ちなみに卑近な例では、筆者のオフィスと50メートル圏内にある医療機関付属のカウンセリングセンターとは、客層において全くかぶっていないことからも実感できるところである。
また、筆者はいわゆる「兼業開業」であるが、専業開業して、そこからの収益だけで十分に生活が成り立っている中堅の心理士(例えば、西野入篤氏の「浦和南カウンセリングオフィス」など)も、少数ではあるがおられる例を見ると、この業態の未来は決して暗くないと感じている。
本稿においては、コロナ禍やウィズコロナの直近の状況を踏まえた「開業サバイバル」について私見を詳らかにしたいが、それはこの30年の経験の中で感じ続けてきていたことと大きな違いは無い。むしろ、今回のコロナ禍でこれまでのサバイバル術がより鮮明に確認されたと言っていいと感じている。
2.開業臨床で生き残るために
端的に言って以下の3点が重要である。
1)従来の(伝統的な)臨床よりも「温かく積極的」「必要に応じて柔軟な」臨床
2)中断しない臨床力
3)集客のためのホームページの工夫
4) 結果的な安売り・多忙化競争に巻き込まれないために、セミナー開催やオンライン相談をメイン事業にはしない。
1)は、他所のカウンセリングを経験して(あるいは中断して)来られるクライエント(以下Cl)から、痛感することである。つまり「前のカウンセリングでは、傾聴はしてくれたけれど、それだけだった」と。傾聴と共感だけでは不十分であることは、近年の国際的な研究からもうなずけるところである。
たとえばGulum,Soygut,&Safran(2016)では、中断したケースと、中断しなかったケースの内容を比較した結果、中断しなかったケースではtherapistのpositive行動の頻度が違っていた。しかも4回目の後のキャンセルが、それ以前やそれ以降のキャンセルよりも、もっとも中断を予測するとしている。つまり、私たちは5回目までのセッションで何とか肯定的な関りと作業同盟の構築を目指すべきなのである。そして、それが2)の中断しない臨床力そのものでもある。
柔軟性に関しては、たとえば時間枠や頻度に関しても、よほど病態水準の重いClでない限りは、ある程度の柔軟性を持たせた方が、中断しにくくお役に立ちやすい。
2)については、中断に関するもう一つの研究を紹介すると、Swift & Greenberg (2014)によるメタ分析研究がある。彼らは、587の研究をメタ分析した結果、12の障害カテゴリーのうち、depressionと PTSDのセラピーにおいて、統合的な心理療法は有意に中断率が低かったとしている。
そして、さらに統合的なアプローチが他のすべてのアプローチと比較して12の障害のうち11カテゴリーにおいて同等か低い中断率であることが、安定的に示されたとした。ここで言う統合的なアプローチとは、簡単に言えば「認知と感情と行動のそれぞれを、必要に応じて扱うセラピー」と言っていいだろう。
言うまでもないが、セラピーの予期せぬ中断は、何よりもClの損失になる。そしてClのその後のセラピーへのアプローチを妨げる可能性が高いという意味で、この業態への損失も計り知れない。漫然と継続することだけがいいとは思わないが、セラピストの予期しない形での早期の中断は、やはり最小限にする必要がある。
3)は、集客の問題である。これは主宰者の知名度や社会的地位、著書の数などは無視できると言っていい。言い方を換えれば、これらのいわゆる「ネームバリュー」は無くても十分に集客できるということである。筆者の経験では、著書や雑誌、TV番組を見てきたというClは、数は少なく継続率も低い。つまり、そういう人たちは「ちょっと興味本位」なのである。反対に、「カウンセリング」や「心理療法」というキーワードで、近隣を検索し、ホームページにたどり着いて「多少待ってもいいから」とセラピーを希望してこられる人は、継続と変容が大いに期待できるClである場合が多い。
しかも、ホームページは手作りの親しみの持てるものがいい。専門業者に依頼した高級感たっぷりのものである必要はないし、間違っても同業者を意識しすぎた専門性の高いものであってはならない。むしろセラピストを身近に感じられるような紹介文を載せた、手作り感のあふれるホームページが、検索順位と来談率を上げるということが経験的に明らかである(西野入氏との個人的コミュニケーションによる)。
ちなみに筆者のオフィスのホームページは、手作りで年間1万円強のプロバイダー料、西野入氏のそれは無料のホームページである。このような手作り感満載のホームページに、セラピストの人柄が伝わるような自己紹介や、ブログを書くのが効果的である。反対にホームページに運営側の自己愛が少しでも漏れ出ていると、消費者は敏感に感じ取り警戒される。
もちろん近隣クリニックからのリファーが増えると望ましいが、これは多少主宰者の知名度や地位が関係してくると思われるので、必須ではないと言いたい。
けれども、自然発生的に連携の必要が生じて、「カウンセリング開始報告書」や「紹介状」をきっかけに、こちらの実力が伝わるようなことがあれば、近隣のクリニックが「困ったケース」や「カウンセリングが効果的と思われるケース」を紹介してくるということも十分に期待できる。良心的な精神科クリニックであればあるほど、「薬物療法だけでは不十分な(あるいは進展しない)ケース」に困っていて、患者さんのためにさらにできることがあるならしたいと思っているのである。
4)は議論の分かれるところかもしれない。
「withコロナなのだからオンライン・カウンセリングと、可能ならオンライン・ワークショップを基本にすべき」という意見が主流であろう。けれども、筆者のオフィスでは2020年の3,4,5月の新規ケースの減少を経て、6月からの毎週の新規申し込みが続き、7月後半からの感染再拡大を迎えても面談希望は絶えなかった。対面カウンセリングを望む人は多く、それはCoたちも同様である。
セミナーやワークショップは、対面であってもオンラインであってもカウンセリングの来談にはあまりつながらないまま、業務量のみが増えるということが、経験上明らかである。
3.コロナ禍を通じての教訓―オンラインのメリットデメリット、対面面接の復活
筆者のオフィスでも、新型コロナウィルス感染症の拡大が報じられた2020年3月には、約7割のケースをオンラインに移行し、2割はご本人の希望で休止、残り1割の近隣で在宅ワークをしている(つまり感染の可能性が極めて低い)Clのみ、対面で継続した。私自身も徒歩で通勤し、マスク着用、手指の消毒、常時窓を開けての換気、ドアノブや家具のその都度の消毒などを励行した。スタッフの中には別の曜日に医療機関に勤務している者もいたが、上記の厳重な対策の上で勤務を続けてもらった。
新規申し込みは3月から5月までの3カ月間は、自然に途絶えた。唯一の例外は通称「コロナ離婚」と呼ばれる、在宅ワークの中でこれまでの夫婦関係の歪みが頂点に達したご夫婦の夫婦カウンセリングの5ケースのみであった。
この間の技術的な問題は皆無だった。Zoom有料アカウントはすでに数年前に取得しており、複数の最新のノートパソコン、子機のある電話等、オフィスで臨床研究やその一環としてのオンラインインタビューなども実施してきた経験が、そのまま生かされる形となった。唯一の落とし穴は、うっかり長時間同じ姿勢でオンラインカウンセリングをすると、腰痛におそわれるということだけだった。
こうやって3カ月をややおとなしく過ごした後、緊急事態宣言が解除された後の6月からは、また順調にほぼ毎週新規の申し込みが入り続けている。
上記のコロナ対応を通じて、そしてこれまでの経験をふまえて、カウンセリング形態の違いによるメリットデメリットをまとめると以下のようになる。
実施形態 |
メリット |
デメリット |
特記事項 |
対面のみ |
ノンバーバル・コミュニケーションが豊か、空気感や沈黙を共有できる |
感染リスクと通う時間と労力などのコスト |
Clが通うというコストとリスクの一方で、通うことによる「気分の切り替え」効果も。 |
初回からオンラインで一貫 |
低コストとアクセシビリティ |
セラピストの疲労と危機介入がしにくいための安全感の少なさ |
健康度の高いCl向き。遠隔地や外国にいるClには最適。 |
対面&オンライン混合 |
Clやその家族の体調不良に対応しやすい。危機介入のしやすさと低コストの両立 |
セラピーとしての一貫性が損なわれる可能性 |
|
また、オンラインやインターネット、スマホアプリなどを使ったメンタルヘルス活動は欧米ではtelepsychotherapyやe-mental healthと呼ばれているが、その際の注意事項が、以下のようにまとめられている。
質の高いe-mental healthのためのセラピスト側の条件(Deale et al.,2020)
1)Clの抵抗感を認識する
2)脆弱性の強いClに注意を払う
3)セラピーの進行状況に注意して、セラピーを個別調整(tailor)する
4)セラピスト自身の自助のための個人指導(者)を確保しておく
5)過度な負担を避ける
6)継続的な研修機会を確保しておく
7)仲間同士の相互指導(peer intervision)とスーパービジョンを確保しておく
8)危機管理のためのマニュアルを備えておく
9) 自己調整の方法を意識しておく
またビデオ遠隔心理療法(いわゆるZoomやSkypeを使ったオンラインカウンセリング:CVT)の有効性は、多くの研究で裏付けられている(レビューはFletcherら、2018年およびNorwoodら、2018年を参照)。認知処理療法(CPT)や長時間暴露(PE)を含むPTSDに対する効果的な心理療法は、ビデオ遠隔心理療法を介して行う場合も、対面で行う場合と同様に効果があるとしている(例:Aciernoら、2016、2017;Morlandら、2014)。
研究ではCVTの有効性が明確に支持されているが、バーチャルケアへの急速な変化には、遠隔心理療法が心理療法プロセスに与える潜在的な影響に関する正当な懸念が伴うとされている。例えば、提供者(Co)は、患者と提供者が異なる場所にいると、作業同盟が希薄に感じられたり、危機的な状況に対応できなくなるという懸念を表明している(Gershkovich et al., 2016)。
Jenkins-Guarnieriら(2015)は、CVTや電話による遠隔心理療法と対面療法を比較した15の研究(無作為化試験9件、非無作為化試験6件)で、患者のケアに対する認識を検討した。全体的にこのレビューでは、遠隔心理療法と対面療法の間には、作業同盟や患者満足度にほとんど差がないことがわかった。
患者への遠隔医療の導⼊ (Lozano et al., 2015 ⻘⽊俊太郎他訳からの抜粋を筆者が改編)
• いつものように,思いやりのある挨拶と導⼊。
• 技術的な問題が起こったとしても,慌てている様子を見せない。
• 必要に応じて⼤げさな表現やジェスチャーを⽤いるようにし、Clがこちらの⾝振り⼿振りを⾒ることができるように,カメラから適度に離れた場所に座ることを検討。
• 要約,リフレクション,観察を頻繁に使⽤して,Clにあなたが話を聞いていることを再認識してもらう。
• 対⾯での⽀援よりも治療中に⾏われていること(例:リラクゼーションの理論的根
拠,エクスポージャー)について相互理解するために⼝頭で確認を多く⾏うようにする。
• 臨床家は,Clが認識する以上に,ラポール形成が良好ではないと報告しがち。
• 何より,遠隔医療に関連する避けられない技術的・臨床的な課題に対して,忍耐とユ
ーモアをもつこと。
これらは、すべて筆者の感じてきたことと同じだ。ビデオ遠隔心理療法の経験を積めば積むほど、疲労は少なく、対面と同じようなセッションを持てることが増えているのを実感する。ただし、感情爆発やその結果としてのセッション中断、Clが沈黙がちの時に通信状況があまりよくない時などは、対応が難しいという現実は変わらない。
そして、ずっとオンラインでやっていたClに対面でお会いした時の、何とも言えない安心感や「直接会うのは初めてなのに、なぜか懐かしい感じがする」という感触を無視することはやはりできない。
いずれにしても、開業心理療法のサバイバルとしては、「Clのメリットを最大化する」というものであることに間違いはないので、今後もオンラインと対面とを混ぜながらやっていく必要があることは疑いようがないだろう。
4.今後の課題
筆者としては、以下の2点を考えている。
1)所属Coの収入保障
これまで筆者のオフィスでは、女性Coの妊娠出産に伴う業務の引継ぎと再開を大いに支援してきた。また、その一環としてコロナ前から育休中Coの在宅による受付業務やオンラインカウンセリングを業務委託してきた。けれども、今後は男女両方のCoの育休中の最低収入保障等もできたら素晴らしいと考えている。
2)eHealth intervention の開発と普及
Webやスマートフォン上のアプリを使ったメンタルヘルスツールであるeHealth interventionの補助的有効性が確かめられている(Bennett, C. B. et al,2020)。筆者も性格相性診断のアプリ開発などを手掛けて公開しているが、今後はさらにメンタルヘルスや「心の成長と成熟」を促進するようなアプリ開発を考えたい。
▶文献
Bennett, C. B., Ruggero, C. J., Sever, A. C., & Yanouri, L. (2020). eHealth to redress psychotherapy access barriers both new and old: A review of reviews and meta-analyses. Journal of Psychotherapy Integration, 30(2), 188-207.
Gulum, I. V., Soygut, G., & Safran, J. D. (2018). A comparison of pre-dropout and temporary rupture sessions in psychotherapy. Psychotherapy Research. Vol. 28, No.5-6, 685–701
Lozano, B. E., Birks, A. H., Kloezeman, K., Cha, N., Morland, L. A., & Tuerk, P. W. (2015). Therapeutic alliance in clinical videoconferencing: Optimizing the communication context. In Clinical Videoconferencing in Telehealth (pp. 221-251). in COVID-19 Tips: ⻘⽊俊太郎他訳 遠隔医療で成⼈クライエントとのラポール形成Juliet Kroll, Ruben Martinez, and Ilana Seager van Dyk UCLA Pediatric Psychology Consultation Liaison Service https://www.researchgate.net/publication/340414789_COVID-19_Tips_Building_Rapport_with_Adults_via_Telehealth
西野入篤(2020)カウンセリングを行う開業機関へのサポート.浦和南カウンセリングオフィスホームページ
https://urawaminamioffice.jimdofree.com/%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9B-%E3%81%9D%E3%81%AE%E4%BB%96/%E3%82%AB%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%92%E8%A1%8C%E3%81%86%E9%96%8B%E6%A5%AD%E6%A9%9F%E9%96%A2%E3%81%B8%E3%81%AE%E3%82%B5%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88/
(2020年7月29日閲覧取得)
Rosen, C. S., Glassman, L. H., & Morland, L. A. (2020). Telepsychotherapy during a pandemic: A traumatic stress perspective. Journal of Psychotherapy Integration, 30(2), 174-187.
Swift, J. K., & Greenberg, R. P. (2014). A Treatment by Disorder Meta-Analysis of Dropout From Psychotherapy. Journal of Psychotherapy Integration. Vol. 24, No. 3, 193–207
Brucks, M.S.,Levav,J.(2022).Virtual communication curbs creative idea generation. nature research
2022年
4月
29日
金
カウンセラー・セラピストは誰に悩みを聞いてもらうの?
福島哲夫
〇セルフケアそれとも相互扶助?
私もよくクライエントさんたちに聞かれます。
「先生は、こういう話を聴き続けて落ち込んだりしないのですか?」と。
そんな時私は、
「元々暗い話が好きなんですよ!」と答えたり、
「こういう話でこそ、深く触れ合える気がして、つらくはならないんですよ。。」と答えています。それは、とても正直なところなのです。
以前私は(福島,2017)「(カウンセラーの)「セルフケア」と「自己点検」は,基本的に
は「すべて臨床活動(訓練も含む)のなかでされるべき」と書いたりしてきました。つまりカウンセラーの臨床的なストレスは、十分な内省を経たのちに「クライエントと共有する」ことで、ストレスではなく前向きな取り組みとして解消されると考えてきました。
たとえばクライエントさんから「なんか、カウンセリングの効果がいまいち感じられないんです」とか「最近、ここに何しに来てるのかなと思います」と言われると、正直かなりショックだったり、グサッと来たりするものです。
それに対して「確かにこのところカウンセリングの成果が今一つ上がっていないかもしれませんね。それを一緒に考えていきましょう。」とクライエントに伝えることで、こちらの臨床的ストレスはクライエントの取り組みを促進する触媒となり、もはやストレスとは感じられなくなります。
以上のような考えは今でも全く変わりませんが、これに加える形で最近痛感しているのはやはり仲間の存在の大切です。今年になって私のオフィスに勤務し始めたカウンセラーが「前の職場では、心理士同士の会話がほとんどなかったけれど、ここでは雑談もケースの話もできて、とても支えられている」と言ってくれています。さらに別のスタッフは、私のスーパービジョン(SV)のセッション中にとても沈んだ様子だったので、ヴァイザーとしての私は、セッション中と最後にその抑うつ感への共感と労い、ゆっくりすることへの勧めをしてスーパービジョンを終えました。
すると、数時間後にとても元気な様子が感じられたので訊いてみると「SVの後、別のスタッフとくだらない雑談をしていたら、うつ抜けしました!」と教えてくれました。
〇密な空間の大切さ
実は、私のカウンセリングオフィスのスタッフルームは、2DKのマンションのキッチンスペースでとても狭いのです。面接室は隣に1つ借り増しして3部屋あるのですが、スタッフルームはそのままです。このスペースで私がデスクトップパソコンに向かっていると、スタッフはカウンセリングの合間に次々と様々な話をしてくれます。
それは時に私の業務の停滞を招くのですが、ふと「私の師匠たちはこんなことはしてなかったな」と複雑な思いに駆られる時があります。そして、「もっと収益が上がったら、広いスタッフルームと個別の部屋を持ちたいな」と夢想したりも。そしてとうとう5年前に廊下の反対側にもう一部屋借り増しした際には、念願かなってその部屋に私専用のデスクとパソコンを用意したのです。
けれども、それは今現在に至るまでめったなことがない限り使用されていません。
そこで作業しても何もいいことがないのです。
元々集中の持続しない「集中困難型ADHD」の私なので、誰も話しかけてこなくても、執筆は5分で行き詰まり、立ち歩く必要があるです。
これを先のヴァイジーさんや新入りスタッフのさんの話と合わせて考えれば、やっぱり私たち心理士は「密な空間での雑談」を必須としているのではないでしょうか?
というわけで、私たち成城カウンセリングオフィスのカウンセラーたちはこのコロナ禍の下では窓を開けながら、それでも密な会話をし、健康を保てています。(幸いオフィスでの感染者は発生していません)。
〇先行研究では
ちなみにカウンセリングや心理療法のプロセスと結果には、カウンセラーの個人的な経験も重要とされていますが、そういったカウンセラーの個人的な経験とそのカウンセラーが実施するカウンセリングの質との関係については、ほとんど知られていません。
代表的な研究に以下のようなものがあります。
国際的な大規模サンプル(N 4=828)のカウンセラーたちの自己報告(Orlinsky & Rønnestad, 2004, 2005)を分析した結果、カウンセラーの生活の質を反映した2つの因子Personal Satisfactions(個人的満足感)とPersonal Burdens(生活負担感)とが抽出され、それらの2つの因子とDevelopment of Psychotherapists Common Core Questionnaire(Orlinsky et al, 1999)のQuality of Personal Life scalesを用いて調査した研究です。
******
上記の質問紙に加えて患者とセラピストの両方によって評価された同盟レベルと成長の予測因子(Working Alliance Inventory(Havikら、1995年)を使用して)を使って大規模な(227人の患者と70人のセラピスト)通常の外来心理療法において調査された。
Thの個人的な生活負担スケールは、患者の評価による作業同盟の進展に強く、負の関連を示していたが、セラピスト評価による作業同盟とは無関係であった。逆に、セラピストの個人的生活満足度は、明らかに、そして肯定的にセラピスト評価の同盟の発展と関連していたが、患者の評価とは無関係であった。
この結果は、作業同盟(ワーキングアライアンス)がセラピストの生活の質に影響されることを示唆しているが、患者やセラピストによって評価された場合には、それぞれ異なる方法で影響を受けていることを示唆している。患者はセラピストの私生活における苦痛の経験を特に敏感に感じているようであり、それはおそらくセラピストのセッション中の行動を通して伝えられていると思われるが、一方で、セラピスト自身の同盟の質の判断は、個人的な幸福感によってポジティブに左右されていた。
*******
つまり、カウンセラーの個人生活上のネガティブな出来事は、クライエントにすぐに見破られるけれど、反対にポジティブな幸福感は特には伝わらないという結果です。日本では、そして私のクライエントさんたちは、どうでしょうか?
ちなみに私は家庭では「少しネガティブ」な時くらいの方が、評判がいいです。家庭で幸福感が高い時にはポジティブになりすぎて、少し共感力を失っているみたいです。さらに、大学内では「楽観的な前のめり学部長」として通っています。まあ、組織のリーダーとしては楽観的なくらいがいいのではと自分では思っているのですが。。。
いずれにしても、カウンセラーのセルフケアはとても大切だという事に変わりはないようです。
○文献
福島哲夫(2017) カウンセラーのセルフケアと自己点検をどう進めるか?臨床心理学第 17
巻第 1 号
Helene A. Nissen-Lie,Odd E. Havik(2013)The Contribution of the Quality of Therapists’
Personal Lives to the Development of the Working Alliance. Journal of Counseling Psychology Vol. 60, No. 4, 483–49
※今回の記事は2015年の「臨床心理学特集号-カウンセリング・テクニック」(金剛出版)に掲載されたものの元原稿に加筆修正したものです。
-カウンセリングのベーシックテクニック6
[理解]触れあう=「今ここ」での関係
(大妻女子大学/成城カウンセリングオフィス)福島哲夫
Ⅰ はじめに
カウンセリングでクライエント(以下Cl)とセラピスト(以下Th)が触れあうということについて、わかりやすく説明するのはとても難しい。色々なレベルの触れあいがあり、さらにどのように触れあうと、Clがどのように感じるのかが予測も効果もなかなか分かりにくいことが多いからだ。
ここで、カウンセリングにおける出会いと触れあいを、イヌ(Th)とネコ(Cl)の出会いにたとえてみたい。街角で初めて出会ったイヌとネコを想像してみよう。あるいはもっと正確なたとえにするとしたら「一見、優しそうな表情をしたイヌの所に、元気のなさそうなネコが来て、ちょっと様子をうかがう」とした方がいいかもしれない。ネコは見るからに弱っているかもしれないし、見たところ普通だけれども目だけがおびえていて、逃げ足は速いかもしれない。あるいは意外にも喧嘩っ早いトラブルネコで、簡単には触れあわせてもらえないかもしれない。反対に一度気を許すととんでもない甘えん坊の「かまってちゃん」ネコかもしれない。
一方、イヌの方は例外なく初めは一見優しそうにしているだろう。でも、実はがっちりと飼い主や組織に管理されている、まさに「○○のイヌ」かもしれない。さらには飼い主や師の教えにものすごく忠実な「忠犬」で、全ての活動は「教えを守るため」あるいは「教えの正しさを証明するため」だけにされているかもしれない。そして、ひそかに(名誉や権力)に飢えているかもしれない。反対に飼い主や世の中に強い反感を持っているかもしれない。もっと多いのは「世の中のかわいそうなネコを救うことに全身全霊を尽くしている」という、いわゆるヒロイックなお助け犬かもしれない。
このようなさまざまな個性を秘めたネコに対して、別の意味で様々な個性をもったイヌが、どのようにしたらしっかりと役に立てるのだろうか。一筋縄ではいかないけれど、それでも何らかの形で、触れあって、何らかの形で働きかけないといけないだろう。触れあうことに慎重になることは何よりも大切だけれど、慎重にやりすぎて、ネコが失望して路地裏や野山に去っていっては役に立てない。そのネコが捨てネコなのか迷いネコなのか、あるいはいじめられネコなのかによっても、必要とされる対応が全く違う。
以上、かなり突飛なたとえだったかもしなれいが、カウンセリングにおけるClとThの出会いと触れあいを考えるときに、主訴や相談内容とは別に、様々な要因が絡んでいることをまずは意識しておきたい。そして、このような様々な要因のうちのCl側のそれは、始めから明らかな場合も多いが、Th側のそれは、Th自身にもよくわかっていないまま巧妙に覆い隠されつつ、それでも数回会ううちに、2人の関係に多大な影響をもたらし始めるのである。
Ⅱ 「今ここで」触れあうとは-ロジャース・精神分析・ユング・認知行動療法-
カウンセリングにおいてThとClが心理的に触れあうとは、どういうことだろうか。ロジャース,C.R.による、「治療過程が生じる条件」としてあげられている6条件のうちの第1条件が、まさにこの触れあいに関するものである。それは「二人の人が心理的な接触をもっていること」とされている。そして、第2条件以下は、例の主要3条件とそれがClに伝っていることなどが続く。
しかしその一方で、精神分析においては「Clの欲求を満たしてはいけない」として、Clの触れあい欲求や不安低減欲求をある程度でも満たすような治療法を「支持的療法」として、下に見る傾向がある。でありながら、やや古い研究ではあるが、精神分析的精神療法で顕著な改善を示したのは、全て支持的な精神療法だったとの報告もある(生田、1996)。
ユング派においては、箱庭療法を分析心理学の技法として導入したカルフ,D.の「自由で保護された空間の中での、母子一体感にも似た」という言葉からも、十分に触れあいを重んじていることがうかがえる。ユング自身の著作に当たれば、とくに『分析心理学』や『転移の心理学』の中で、ClとThの無意識的な触れあいである「神秘的関与」による両者の変容が、その危険性への十分な注意喚起とともに述べられている。
認知行動療法(CBT)においては、触れあうことはとくに述べられていないが、「ホットな認知を扱う」として、感情を伴った認知を喚起する場合がある。おそらくこのような認知を取り扱う際には何らかの触れあいが生じているに違いないと思われるが、あまり正面から「触れあい」として取り上げられることはない。
筆者の基本的な姿勢は、統合的心理療法を探るというものである。このような技法も態度もClに合わせてカスタマイズするという考え方から、この項の結論を述べてしまえば『Clに応じて、最適な形で触れあうことをめざす』ということになる。それは単にクラエントの求めに応じるわけでも、Clに同調するわけでもない。あくまでも「その個々のClに最適な」触れあいをめざすのである。
そんなことがいったい可能なのだろうか。不可能である。けれども、不可能と知りつつめざすことが、不可能だからめざさないよりもはるかに質の高いものになると考えている。では、何をよりどころに最適な形を推測するのかは、この項の後半で述べることにする。
Ⅲ 各学派での「触れあい」方
来談者中心療法における「触れあい」は、Thの「うなずき」「相づち」から始まって、Thの共感と「無条件の肯定的関心」によって、すでにある程度成立する。さらにThの純粋性に由来する「Thの自己開示」によってなされることが多い。
また、精神分析技法における「今ここhere and now」では、主にClがこれまでの人生で繰り返してきたパターンをThとの間でも繰り返していることを、Thへの転移を指摘することも含めて、まさにその瞬間に指摘する技法である。その意味では直面化などの解釈技法の中心となるものであるので、詳しくはこの特集の「解釈」の項に譲りたい。この解釈技法であっても、自我心理学的な精神分析における「解釈の投与」から、サリバン,H. に代表される対人関係学派やウィニコットやビオンに代表される対象関係論、さらにはKohutの自己心理学派のかなりソフトな「言葉による触れあい」と言ってもよさそうな解釈の伝え方まで、かなり幅があると言える。
さらに近年確立されつつある、統合的な心理療法のいくつかの中でも、触れあいは様々な言葉で重視されている。感情焦点化療法(EFT: Greenberg)では、まさに感情に焦点化していくために、「空の椅子」や「二つの椅子」の技法を使いながら、ThがリードしつつClのこれまで封印されてきた感情にまで触れていく。この際にThが共感的に肯定すること(empathic affirmations)や共感的に探索すること(empathic exploration)が重要視されている。また、精神力動的なアプローチから発展した短期力動療法の一つである加速化体験療法(AEDP: Fosha, 2000)では,面接の場の安全性を確保するために,Clを積極的に肯定すること(affirmation)を重視しながら、トラウマティックな感情に対して「そこに私(Th)といっしょに留まって!」と伝えて、十分に触れていくことで変容を促進する。さらに弁証法的行動療法(DBT: Linehan,1993)では、Validation(承認)やCheerleading(はげまし)によってClの問題行動を「これまでの経緯からすれば妥当なもの」と認めつつ、新しい行動を応援するという形で触れあっていく。
おそらくシステムズアプローチやその他のブリーフセラピーにおけるリフレーミングやエンパワメント(どちらも本特集の別項を参照)も、結局は触れあいながら行っているという点では触れあい技法でもある。
Ⅳ verbalな触れあいとnon-verbalな触れあい
-「アイコンタクト」「うなずき」「相づち」「沈黙」「声のトーン」「笑い」-
これまで論じた理論や概念を抜きにしても、ThとClが会った瞬間から、すでに視線で触れあいが始まり、Clが話し始めれば「うなずき」「相づち」の形で触れあいが進んでいく。さらに沈黙にどう対応するか、声の大きさや話すスピードによっても、触れあっているかどうかの差は截然とする。そしてそれらがうまく進んでいった後に自然な「微笑み」や「笑い」にまで到達できれば、かなり触れあえているかもしれない。これらは全て基本的にはClのスタイルに合わせるべきである。アイコンタクトは「じっと見つめてくるClには、こちらもじっと見つめて」いく。反対に目を逸らしがちなClには、Thも見つめすぎないように」することが大切である。そして「ヒソヒソ話」には「ヒソヒソ話」で応じることで、静かだが劇的な触れあいが生じることもある。
もちろん、描画や箱庭による触れあいや、時によっては筆談も、例外的には動作療法のような身体的な触れあいもある。いずれにしてもnon-verbalな触れあいは、とてもインパクトも影響力も大きいのにThの側は、定型化して慣れっこになっていたり無神経になっていたりする場合がある。時々、自分の面接を録音・録画して、自己チェックや仲間同士のチェックを受けるとこのような歪みが修正できる可能性があるので、お勧めする。
Ⅴ 添った触れあいとズラした触れあい
とくにnon-verbalな触れあいは、触れあっていればいいというものではないし、「Clにぴったり添った触れあいができていればいい」ということでもない。例えば、いつもとても明るく元気よく話すClにこちらも合わせて、明るく元気よく話し続けて「先生、能天気なんですね」と言われたことがある。反対に、Clに合わせて暗く沈黙がちに対応していて「そんな暗い顔しないでください」と言われてしまったこともある。どちらの例も、このように言われること自体は悪くないし、こう言い合える関係があるということは、関係作りに成功していると言える。しかし、このように言えずに不満を募らせていって、関係が修復不能にまでなる場合もある。
声のトーン、話す速度、目線、沈黙、笑い等々のすべてに関して、Clのそれに合わせつつも「合わせ過ぎない」という「意図的なずらし」も必要なのである。速くて大きなしゃべり方には、それとかけ離れない程度のゆっくりめの中くらいの声で応じる。表面的な語りには、それよりもやや深めた内容で返すなどの意図的なズラシである。同様に、あまりにも沈んだ沈黙がちのClには、それよりもやや明るめの声で、少しThの方が言葉を多めにする場合も必要だと思う。笑いに関しては、ここで短く論じるのはとても難しいが、基本的にはClの笑いについていくべきであるが、「ごまかし」でない笑いが自然に起こるようなセッションは、これこそまさに触れあいの極意と言えるだろう。
Ⅵ 触れあうこと、それはパンドラの箱を開けるのに似たリスクを含む
ここまで述べてきたが、「触れあい」がリスクをはらんだものだということを強調しておかなくてはいけない。自己開示も「今ここで」の解釈・直面化も、non-verbalなものも、すべて下手にやったらClを傷つけたり、セラピー関係を修復不能なまでに損なうことがありうる。
けれども、この「触れあうこと」なしには本当の変化が生じることが難しいケースが多いのも事実である。ある女性専門職のClは、30回近いセッションを経た後にThの対応のズレに対して、Thの促しに応じてかなり厳しいTh批判を繰り広げ、その後に初めてThへの信頼感がもて、自己愛人格傾向が弱まって行った。これも、通常ならば「何もしない」はずの所で、Thがあえて触れあっていったからこそ起こった怒りであり、厳しい批判であった。
このように、触れあうことはそれまでClが固く閉ざしていた心の中の「パンドラの箱」を開けることにつながり、そこには激しい怒りや深い悲しみ、雪女のような触れるものすべてを凍てつかせる恨みが秘められているかもしれない。しかし、これを開けなければ変容が訪れないなら、慎重に意図的に開いていくしかないのである。
Ⅶ どのようなClにどのように触れあって行くのか
では、本項の本題ともいうべき「どのようなClにどのように触れあっていけばいいのか」について、簡単に解説したい。福島(2006、2011)においては、Clの内省力と変化への動機づけを簡単な質問でアセスメントして、それに応じて大まかに4種類の態度と技法を調整すべきであるとした。
ここにごく簡単にまとめれば、内省力と動機づけのともに高いClには、受身的中立的な態度で、まさにこれまでの教科書にあるような来談者中心的あるいは精神分析的な触れあいから、洞察を促すような態度がよい。しかし、動機づけが高くとも内省力の乏しいClには、Thがリードしつつ触れあいつつ、心理教育を中心とした関わりが必要である。さらに内省力が高くとも変化への動機づけが低い場合には、Thは積極的に感情面に触れたり、Th自身の感情をある程度開示したり、「肯定的介入」でClと触れあったりしないと変化が生じない。最後に動機づけと内省力のともに低い場合には、触れあい自体が難しいが、Thの肯定的な触れあいや、時にはTh自身の失敗談や挫折体験をすら含んだ「体験の自己開示」が有効な場合もある。本特集の別項「ミラクルクエスチョン」や「リフレーミング」が特に有効なのも、この領域のClである。(図2.参照)
福島の統合モデルでは、これら以外にClのスピリチュアルな次元にも、響きあう領域で深めていくということも含まれている(図3.参照)が、詳しくは上記の論文や著書を参照していただきたい。
Ⅷ 今後の展開
筆者は、ここ数年、これまで述べてきたような「触れあい」に関して、シンプルに「ClとThの心理的距離」という視点からとらえられないかを試みている。2つのスケールを、カウンセリング・ロールプレイや試行カウンセリング、さらにはカウンセリング実験の評定軸として用いて、ある程度の有効性が確認できている(樽澤・福島2015)。少なくともTh側がこのようなスケールを頭に入れて、「今ここで」の関係性への感覚を研ぎ澄ますことが何より重要と思われる。
さらにMallinckrodt,B. et al.(2014)によって試みられているような、理想的な「治療的距離」とClのアタッチメント・スタイルとの関連を探ることによって、Clごとに異なる理想的な触れあいを提供する際の指標となるのではないかと考えている。Mallinckrodt,B. et al.によれば、治療前に回避的なアタッチメント・スタイルを示したClはThの関わりを「近すぎる」ものとして知覚し、反対に治療前に不安を感じていたClはThの関わりを「遠すぎる」と知覚していたという。さらに、治療の進展によって回避的だったClはThに対して関わりをもつようになり、反対に治療前に不安の高かったClは、期待に反して治療後も自律性が高まっていなかったとしている。
この研究はまだまだ試論の段階であり、Clのアタッチメント・スタイルや治療的距離をどのように測定するかという方法上の問題もあるが、「個々のClに最適な触れあいを探る」という点では、可能性に満ちた研究だと言える。
いずれにしても、触れあい方に唯一正しい定式化された解はない。何らかの指標を持ちながら、その瞬間瞬間に最適なものを選び取っていくしかない。その意味で、「探究する姿勢」が欠かせないということを強調して、この項を終わりたい。
文献
Bion,W.R.(1970). Attention and Interpretation. Tavistock, London. Maresfield Reprints, London, 1984
Fosha, D. (2000). Transforming power of affect: A model of accelerated change. New York: Basic Books.
福島哲夫(2006)心理臨床学の基礎としての折衷・統合的心理療法-基本的態度の微調整と技法選択に関する試論-.大妻女子大学人間関係学部紀要,8,49‐61.
福島哲夫(2011) 心理療法の3次元統合モデルの提唱−より少ない抵抗と、より大きな効果を求めて−日
本サイコセラピー学会雑誌 第12巻第1号 51-59
Greenberg LS, Rice LN, & Elliott R(1993):Facilitating Emotional Change : The Moment-by-Moment Process. New York: The Guilford Press. 岩壁茂(訳)(2006):感情に働きかける面接技法-心理療法の統合的アプローチ- 誠信書房
生田憲正(1996)精神分析および精神分析的精神療法の実証研究(その1)-メニンガー財団精神療法研究プロジェクト-精神分析研究 第40巻、1-9.
カルフ,D.(1999)カルフ箱庭療法[新版](山中康裕監訳) 誠信書房
Mallinckrodt,B. ,Choi,G.,& Daly,K.D.(2014) Pilot test of measure to assess therapeutic distance and association with client attachment and corrective experience in therapy. Psychotherapy Research,
Linehan MM(1993):Skills training manual for treating borderlines personality disorder. New York: Guilford Press.
樽澤百合・福島哲夫(2015)カウンセリング場面における聴き手の頷き量が話し手に与える影響に関する実験研究-知覚された共感性、快感情、心理的距離に注目して-.日本心理臨床学会第34回秋季大会発表論文集.
2023年
7月
22日
土
前回のブログでは、カップルの喧嘩において悪循環を防ぎ、二次被害を生まないための秘訣をお伝えしました。
では、そのような秘訣を守ったうえで、建設的な対話はどのように進めていけばいいのでしょうか?
この際に参考になるのが「LOVEの会話」とアサーションの中の特に「DESC法」と呼ばれるものです。
1.LOVEの会話とは
まずは、親密な対話の基本として、以下の4つの態度があげられます。
Listen・・・心を込めて相手の話を傾聴する
Open・・・先入観のない心と頭で真摯に向き合う
Validate・・・お互いの話を正当だと認め、受け入れる
Express・・・自分の考えや気持ちを穏やかに、簡潔に、ゆっくりと表現する
これら4つの特徴の頭文字をとって「LOVEの会話」と呼ばれています。
これは『カップルのための感情焦点化療法』(金剛出版、2021)の中で紹介されているものです。
少し説明しましょう。
まずは相手の話を傾聴する(Listen)は必須です。
そして、さらに傾聴して終わりではなく、かといってすぐに反論したり解決策を伝えたりするのでもなく、Openな態度つまり広い心で「なるほど、そういうことなんだね」「そう思っているんだね」などと、まずは受け止めます。
これは単に受け止めるだけではなく「先入観なく新鮮な気持ちで受け入れる」という態度が大事です。
そして、Validateです。
このValidateとは、「(妥当なものとして)承認する」「是認する」という言葉です。砕いていえば「認める」です。
要するに相手の発言を認めるというのが、このValidateです。
ただし、これは形だけの承認ではなく、「たとえ違う意見、違う立場、あるいは腹の立つような発言であっても、まずは心から認める」というものです。
そして、最後がExpress表現するです。
これは「自分の考えや気持ちを穏やかに、簡潔に、ゆっくりと表現する」というものです。
どんなに大切な気持ちでも、あるいは相手を思いやっている気持ちであっても、怒った顔で長々と話したら伝わりません。
穏やかに、そしてできたら簡潔に、さらにゆっくりと言葉にしないと相手には伝わらないものです。
まして、「言わなくてもわかって欲しい」「こんなことくらいわかって当然」というのは、この多様化した現代ではもう通用しません。
これら4つの態度の頭文字を取ったものが「LOVEの会話」です。
親密な関係における対話は、この4つが基本となります。
おそらく、仲良く楽しくできている時には、自然にこれらの4つが満たされているでしょう。
けれども、親密な関係であればこそ、安心してリラックスして本音が出てきます。
雰囲気が少し険悪になったときや、お互いの考えや感じ方の違いが明らかになったときにも、お互いに本音を出し合いながらも、この4つの態度が実践できるかどうかがとても大切な秘訣となります。
2.アサーションとは
親密な関係における自己表現で大切な考え方が、アサーションです。
このアサーションとは「自他を尊重した自己表現」と訳されるもので、「攻撃・感情的な主張」でも、「主張しない」でもなく、自分のことも相手のことも大切にした自己表現のことです。
具体的なスキルとしては、「相手の意見を聞く」「相手に意見を伝える」「双方の意見を検討したのち具体的なアクションを起こす」という3つのステップが基本です。
この中には言語的なアサーションと非言語的なアサーションの両方があります。
◎言語的なアサーションとは?
言語的なアサーションとは、文字通り「意味のある言葉によって相手に働きかける」ことを指します。言語的なコミュニケーションでは、発する言葉の意味以上に重要になるのが、「どういう文脈でその言葉を発するか」です。いわば自己主張するための文脈を整備するスキルだと言えるでしょう。
例えば、相手に対して突然「嫌いだ!」などというと、相手は不快感を抱きます。言われた側からするとそんな風に言われる文脈がないため、一種の不条理的なシチュエーションに引き込まれることになります。この不快感が相手との衝突を深める危険があります。
ですので言語的なアサーションとして重要なのは、感情や主張を言うよりも先に、「今、どういう状況にあるのか」をきちんと相手と共有することです。「今少しいいかな?」「少しお話があるんだけれど」「この前もお話しした◯◯についてなんだけれど」というように、きちんとした前置きで、まずは文脈を整備することで、相手にも心の準備ができて、対話がしやすくなります。
この時に「そんなことをすると急に雰囲気が険しくなる」と心配する人がいます。
けれども、こういった文脈つくりなしに不満をため込むことの方が長期的には悪影響だということを理解すべきでしょう。
◎非言語的なアサーションとは?
非言語的なコミュニケーションには、頷きや表情など視覚に訴えるものと、声色や声量そして相槌やオウム返しなどの聴覚に訴えるものがあります。例えば、謝罪や愛の言葉を伝える時に足を組んでいたり、テーブルをコンコンと叩きながらする人はいないと思います。
そのように、自分の気持ちが誤解されないように配慮するのが、この非言語的なアサーションのエッセンスです。
非言語的なアサーションで注意したいのは、感情のコントロールです。いくら言語的なアサーションが上手であっても、仕草や表情と言葉が一致しなければ、相手に不快感を与える恐れがあります。
例えば何か頼まれごとをされたとき「いいですよ」と答えても、しかめっ面など不機嫌そうな表情をしていると「したくないけれど、仕方がないからやってやる」という風に解釈されてしまいます。
◎アサーションスキルのアップに欠かせないDESC法
アサーションスキルを体系的にまとめた理論として、DESC法というものがあります。これはアサーションのプロセスを以下の4つのステップに分解したものです。
D:Describe(描写する)
客観的に状況・事実を伝える
E:Express(表現する)
自分の意見や感情を表現する
S:Specify(提案する)
相手に求めているものを言葉で伝える
C:Consequences(結果を伝える)
提案したものの実行/不実行による結果を伝える
アサーションとは「自己主張」の能力であり、同時に他者を尊重することが求められるスキルでもあります。他者を尊重するというのは感情的な信頼もそうですが「合理的に話を進める」ことも大切な要素となります。DESC法とは、まさに合理的解決のための道筋を整備する方法だと考えられます。
例えば、友人が最近何度か待ち合わせに遅刻したケースをイメージしてみましょう。続けて遅れてきた友人に対していきなり怒りをぶつけると、お互いの感情同士がぶつかり合って関係性を悪化させるだけになる恐れがあります。ですので、まずは文脈をきちんと作ることが大切です。簡単な会話例をみてみましょう。
「このところ何回か遅刻してるけど(D:描写する)、どうしたの?」
「ごめんごめん、寝坊してしまって」
「遅刻が続くと心配になるし、後ろの予定にも響くからちょっと困る(E:表現する)」
「気をつけるよ」
「ちょっとスケジュールに無理があるかな?もう少し、遅い時間に待ち合わせする?(S:提案する)。そうすれば、私も別の用事してから来ればいいし、前もってわかっていれば後ろの予定もずらせるかもだし(C:結果を伝える)」
「わかった、次からそうするよ」
この会話のポイントは、具体的に何をすればいいかをはっきりさせているところです。「何が起こり」「どう問題が生じ」「どうすれば解消され」「それでどのようになるのか」に具体性を持たせることで、相手に理解や納得を促すことができます。
◎アサーションは理解・納得のプロセスが大事
アサーションスキルを身につけるためには、相手がどういうプロセスで理解・納得するのかを知ることが大切です。
DESC法は、そのプロセスを利用したアサーションの具体的な方法であり、活用することで自然な自己表現を身につけることができます。
コミュニケーションスキルは短期的に身につけられるものではありませんが、日々意識し続けることで習得できます。
アサーションをはじめとするコミュニケーションスキルはビジネスにおいても親密な関係においても、とても大切で生産的なスキル・思想です。とくにビジネス場面ではある程度できている人でも、親密な関係になるとそれができない人も多いようです。
DESC法はビジネスでも、親密な関係でも大切なものですし、LOVEの会話は親密な関係でこそその効力が発揮されるでしょう。
これら二つを心において、日常的に自分の言動を振り返り、少しずつ改善していくことを心がけましょう。
2023年
7月
11日
火
以前、このブログに「カップル円満の秘訣ーあごうたオッケー」を書かせていただきました。
この内容は2022年12月にNHKラジオ「医療ジャーナル」でも、紹介されました。
さて、今回はこの「あごうたオッケー」の続編ともいうべき内容です。
さしづめ「あごうたオッケー」はカップルの平常時の合言葉、今日お伝えする「肘と手守れ」は、カップルの非常時、つまり喧嘩中の合言葉です。(覚えやすさのために、両方とも身体にまつわる言葉にしてみました)
これはずっと以前に相性について書いたブログで、「相性はTalk(会話)、Walk(身体運動)、Battle(喧嘩)の3領域で見極めましょう」という提案の、「喧嘩」について詳しく述べるものにもなります。
(以下のリンクを参照してください)
さて、いつものように、少し長くなるので結論から書きましょう!
以前の「あごうたオッケー!」は
ありがとう
ごめんなさい
うれしい
たすかる
(約束事や頼まれごとは)オッケー!と返事して行動
の頭文字でした。
今回の「肘と手(ひじとて)守れ」は
(喧嘩の時には)
ひとりの時間を持つ(持たせてあげる)
自分を責めない
問い詰めない
敵視しない(相手を敵だと思わない)
を守れ
のそれぞれの頭文字(はじめの一文字)です。
喧嘩の時には最低限これを守れば、さらなる悪循環を避けることができて、二次被害を防ぐことができます。そして、うまくすれば建設的な「対話」に持っていくこともできます。
では、ここから一つずつ解説していきましょう。
「ひ」・・・一人の時間をもつ(持たせてあげる)
カップルが喧嘩になったときに、なかなか一人の時間を確保するのが難しくなり、そのストレスもあって、余計にお互いを傷つけてしまいかねません。
これは「(腹立ちなどの)気持ちが収まらない」とか「気がすまない」という気持ちから来るものですし、場合によっては「相手から離れるのが不安」という場合もあります。
けれども、お互いもう大人です。喧嘩をしたからと言って何かやらかしてしまうとか、どこか遠いところに行ってしまうということはないでしょう。(あるいは、それが繰り返されるようなお相手は、そもそも一緒にいるべきかどうかを考えなくてはいけませんよね)
ここは思い切って、頭を冷やすためにもしばらく一人になりましょう。
その際に、黙って去っていくのではなく「少し頭を冷やしてくるね」とか、「今日はここまでにして、お互い別々に過ごそう」と提案して、一人の時間を確保すべきです。
「じ」・・・自分を責めない
じつは、喧嘩がこじれる多くの場合、相手への怒りや責めたい気持ちの奥に「自分がバカにされている」「自分がないがしろにされた」という被害感とそれによって損なわれた自尊感情が問題となります。
言い換えれば、被害感と自己卑下、屈辱感などがごちゃ混ぜになって自分を責める気持ちも湧いてきて、素直になれなくなっています。相手を責めながら本当は自分を責めている(「こんな自分だから嫌われてるんだ」「こんな自分だからバカにされている」「自分は結局はいいように利用されているだけなんだ」等々)ことがほとんどです。
ここで、自分を責める気持ちにストップをかけて自分を大切にする行動を取れれば、それは結果として相手のことも最低限大切にする行動につながります。
「と」・・・問い詰めない
これはわかりやすいでしょう。
喧嘩の時にはどうしても相手を問い詰めたくなります。けれどもそれは単に攻撃していることになります。さらにその問い詰めに相手がうまく答えてくれないと余計に腹が立つ、かといって反対にうまく答えたら「本当に口ばっかりなんだから」とまた腹が立つと、ダブルバインド的に「どうなっても余計に腹が立つ」、相手からすれば「どうやっても余計に怒られる」ということになります。
これでは成り立つはずの対話も成り立たなくなります。
「て」・・・敵視しない(相手を敵だと思わない)
これは、当然のことではあるのですが、喧嘩の最中には案外難しいことかもしれません。喧嘩の最中には「相手は私を嫌っている」とか「この人は本当は悪い奴だ」と思い込んでいるものです。心理学的にはsplittingと呼ばれる心の中で分裂が起こっている状態とも言えます。
あるいは、最近臨床現場以外でもよく見聞きするようになった「解離」が起こっていてのことかもしれません。
これが起こらないようにするには、かなりの努力が必要ですが、「あ、また相手を敵視しちゃってるな」とその都度意識することが、取り組みの始まりです。
相手を敵視してしまうと、本当には思っていない酷いことや、普段の気持ちとは正反対の「嫌い!」という言葉を吐いてしまいがちです。
そうすると相手もそれに応戦する形で酷いことを言ってくるか、喧嘩が終わって仲直りした後でも、ひどい言葉によって傷ついた部分が残っていたり、ひどい言葉そのものは記憶に残っていて、その後も悪影響を及ぼしてくるということになりかねません。
いかがでしょうか?
上記の秘訣は心理学的に言えば「自分自身と相手との両方に対して適切な心理的な距離を確保する」ということです。つまりは「親密性の課題」「親密な関係の中での適切な距離」の課題です。
この適切な心理的距離は、健全な幼少期~青年期を過ごしてくれば自然に身につくものなのですが、不適切養育やいじめられ経験・被虐待経験などにより、これを学ぶ機会が阻害された場合は、意図的に学ぶ必要があります。
これを読んで「自分たちは、喧嘩の時ももっと健康的で大人な喧嘩をしている」と感じられた方は、素晴らしいです。
けれども、多少でも思い当たるところのある人は、ぜひ頑張ってこの4か条を守れるようにしてみてください。
そうすれば、それまでよりも二人の関係がぐっとよくなり、対話が成立しやすく、建設的な関係になれるはずです。
そして、そのような建設的な喧嘩と対話が経験できたら、ぜひともそれを継続させる努力をしてください。
では、実際の建設的な喧嘩と対話でのコミュニケーションは、どのようにすればいいのでしょうか?
これは、また近いうち続編として書きたいと思います。
以上
2022年
5月
15日
日
心理療法統合ハンドブック序文
まず何よりも「とうとう出ました!」と言いたい。
https://img.honto.jp/item/1/133/180/30889812_1.webp
本書は、我が国初の統合的心理療法の総合的ハンドブックである。これまで、日本語によるこのような書籍はなかった。
かなり以前から「統合的心理療法を学ぶのにこの一冊と言ったらどの本ですか?」という質問を受け続けてきたが、そのたびにパッとは答えられなかった。そんな私だったが、これからは迷わずこの一冊を胸を張ってお薦めできることとなった。
本書は、日本心理療法統合学会監修として、この学会の主だったメンバーを中心にして執筆された。
本学会は2019年にできた新しい学会ではあるが、その前身は2005年からの「心理療法統合を考える会」(関東地方)、そして2010年からの「関西折衷的心理療法研究会」(関西地方)として、さらに2014年からは2つの研究会の交流会である「東西の会」を年1回開きながら、研究と実践そして対話を重ねてきた。
また、国際学会「Society for Exploration of Psychotherapy Integration(心理療法統合を探究する学会:通称SEPI)への参加や発表を積極的に行ってきた。2020年には、本学会の理事の一人である岩壁茂が、このSEPIの理事長としての重責を果たしている。
この主だったメンバー達は、たまたまさまざまな学派の出身者であり、元々は認知行動療法や力動的心理療法、分析心理学(ユング派)や人間性アプローチ、家族療法、ブリーフセラピー等々の専門家であった。このようなメンバーが学会の第I期理事となり、仲良く議論しながら学会運営を進めている。
上記の研究会や国際学会での対話を通じて実感し続けていることは、「心理療法統合を目指す臨床家は、謙虚で調和志向な人が多い」ということである。
とかく「統合」という言葉は、かなり野心的で自我肥大した印象を与えるかもしれない。
けれども私たちの使う「統合」は本書を一読すればわかる通り、とても謙虚な「クライエントの役にできるだけ立ちたい」という思いに貫かれている。「折衷」という言葉を使うこともあるが、これも「妥協」の意味ではなく「積極的に一定の見識の下で、より良いものを組み合わせて使い分ける」という意味である。
本書も上記と同様の姿勢から企画・執筆された。
本書の第Ⅰ部は「心理療法への統合的アプローチとは」と題して、心理療法統合の多様なあり方と考え方について縦横に論じたものとなっている。
そして、第Ⅱ部は「確立された統合的心理療法」として、すでに有効性が検証された確立した最新の統合的心理療法を6つ紹介し、日本における実践例も紹介している。
第Ⅲ部では「心理療法の多様なアスペクトの統合」として「研究と実践の統合」、「倫理・社会正義・政治と臨床実践との統合」というより大きな広がりを持った視点を紹介した。
さらに第Ⅳ部では「トレーニング」として、統合的心理療法を実践する臨床家を育てるためのトレーニングはどのようなものであるべきかについて、その実践例とともに紹介されている。
また、章と章の間の随所に「トピックス」として、各章においては十分に解説できなかった心理療法統合において重要な最新の項目を数ページで記述・解説するコーナーを設けた。
多様性を重んじる本書の立場から、文体や論の進め方は各執筆者にかなりお任せし、編者の杉原・福島は企画と構成、更に内容的なチェックと読みやすい文章にすることに注力した。
結果的に本書はどの章やトピックスを読んでも、そこに人間の多様性に根ざした多元主義的な視点と、「違い」に対する寛容な態度が伝わると思う。
そして「違い」に対して寛容でありながら、その違いを過度にアピールするのではなく「共通点」や「類似性」にも開かれているという、心理療法統合を志向する我々の基本姿勢も本書のいたるところに溢れていると感じていただけたなら幸いである。
心理療法統合とは特定の学派に依拠するものでも、単一の学派の存在を否定するものでもない。そして、多様な個性と課題をもったクライエントにできるだけ効果的にアプローチしようとするものである。あるいは、そのような姿勢そのものやそのようなアプローチを探求するプロセスや営みそのものを指す言葉だといえる。
このような姿勢は、まさに21世紀の世界が夢見る共生と融和を目指した価値観を体現しているともいえると同時に、一方で分断と非寛容が進みつつある現実へのささやかではあるが、確信的な抵抗ともいえる。
そしてこの様な、多様性を認めながら共通点も見出して繋がっていくというあり方は、日々、自らの態度を自省してこそ継続できるものだと思っている。間違っても「統合的なあり方だけが唯一正しい」と主張するような自己矛盾に陥らないようにしなければならない。
それは本書の第II部で紹介している確立された統合的心理療法に関しても同様で、「統合的〇〇療法だけがいつでも最強だ」といった自己矛盾の罠に、本書の読者諸氏も陥らないようにしていただきたい。
現実は常に複雑で多様だ。
そして現在の心理療法の世界は400種類を超える心理療法が並存するまさに熱帯の森のような多様性を持っている。その中で「何でもあり」の混沌ではなく、「より効果が高いかどうか」「クライエントのお役に立てるかどうか」というある意味で厳しい生存競争を内包した、豊かで風通しのいい森を夢見て、本書の編集作業を進めてきた。ぜひ、この多様な森の世界をご堪能いただき、実践に生かしていただけたなら幸いである。
日本心理療法統合学会 理事長
福島哲夫
2022年
5月
05日
木
開業心理療法のサバイバルモデルーコロナ禍からWithコロナ、afterコロナまでー
福島哲夫(成城カウンセリングオフィス/大妻女子大学)
1.はじめに
筆者は私立大学の教員として勤務するかたわら、2014年から東京都世田谷で「成城カウンセリングオフィス」を開業し、運営と臨床実践、そして臨床研究を続けている。それより以前は1988年頃より、精神科医の鍋田恭孝先生の開設された「青山心理臨床教育センター」(東京渋谷)で約25年間非常勤カウンセラーを務めていた。年齢でいえば「青山心理」は30歳少し前から、「成城」は50歳少し過ぎからである。給与体系はどちらも完全歩合制であったが、30代後半は、主にその収入のみで生計を立てていた。
成城カウンセリングオフィスは2022年5月現在私以外に18名のカウンセラー(以下Co)が所属し、それぞれのライフスタイルに合わせて週5日~週1日ケースの時間に合わせて勤務している。育休中のスタッフや子育て中のためにオンライン対応のみのスタッフもおり、大学院修了直後から事務バイト兼Coを務めているスタッフもいる。
私自身は24歳で山王教育研究所でのトレーニングを受け始め、その後、並行して他の臨床現場を経験した。実務に携われば携わるほど、開業スタイルの臨床こそが効果・やり甲斐・収益の3点から、心理臨床の醍醐味であると確信し続けてきた。もちろんどの領域も尊いものであるので、優劣をつけるつもりは全くない。けれども、来談者の動機づけを最も強く感じながら、来談者を常に心からリスペクトして協働できるという点で最高の現場であり、さらに医師を含む他職種とも対等に建設的な形で連携でき、来談者の変容の現場に立ち会う尊さを実感できるという点、そして腕と工夫次第で十分な収入を得られるという点からも、この業態がもっともっと盛んになってほしいと心から願っている。
ちなみにこの業態をすでに「パイの奪い合い」と称するベテランもいるが、それは全く当たらない。なぜなら無名資格やいわゆる「野の医者」(東畑,2000)に通っている人々の多さは、ネット広告からもうかがい知れるところではある。そういった野の医者たちが引き受けているクライエントたちを、少しでもこちらに呼ぶことができればまだまだ需要はあると言える。ちなみに卑近な例では、筆者のオフィスと50メートル圏内にある医療機関付属のカウンセリングセンターとは、客層において全くかぶっていないことからも実感できるところである。
また、筆者はいわゆる「兼業開業」であるが、専業開業して、そこからの収益だけで十分に生活が成り立っている中堅の心理士(例えば、西野入篤氏の「浦和南カウンセリングオフィス」など)も、少数ではあるがおられる例を見ると、この業態の未来は決して暗くないと感じている。
本稿においては、コロナ禍やウィズコロナの直近の状況を踏まえた「開業サバイバル」について私見を詳らかにしたいが、それはこの30年の経験の中で感じ続けてきていたことと大きな違いは無い。むしろ、今回のコロナ禍でこれまでのサバイバル術がより鮮明に確認されたと言っていいと感じている。
2.開業臨床で生き残るために
端的に言って以下の3点が重要である。
1)従来の(伝統的な)臨床よりも「温かく積極的」「必要に応じて柔軟な」臨床
2)中断しない臨床力
3)集客のためのホームページの工夫
4) 結果的な安売り・多忙化競争に巻き込まれないために、セミナー開催やオンライン相談をメイン事業にはしない。
1)は、他所のカウンセリングを経験して(あるいは中断して)来られるクライエント(以下Cl)から、痛感することである。つまり「前のカウンセリングでは、傾聴はしてくれたけれど、それだけだった」と。傾聴と共感だけでは不十分であることは、近年の国際的な研究からもうなずけるところである。
たとえばGulum,Soygut,&Safran(2016)では、中断したケースと、中断しなかったケースの内容を比較した結果、中断しなかったケースではtherapistのpositive行動の頻度が違っていた。しかも4回目の後のキャンセルが、それ以前やそれ以降のキャンセルよりも、もっとも中断を予測するとしている。つまり、私たちは5回目までのセッションで何とか肯定的な関りと作業同盟の構築を目指すべきなのである。そして、それが2)の中断しない臨床力そのものでもある。
柔軟性に関しては、たとえば時間枠や頻度に関しても、よほど病態水準の重いClでない限りは、ある程度の柔軟性を持たせた方が、中断しにくくお役に立ちやすい。
2)については、中断に関するもう一つの研究を紹介すると、Swift & Greenberg (2014)によるメタ分析研究がある。彼らは、587の研究をメタ分析した結果、12の障害カテゴリーのうち、depressionと PTSDのセラピーにおいて、統合的な心理療法は有意に中断率が低かったとしている。
そして、さらに統合的なアプローチが他のすべてのアプローチと比較して12の障害のうち11カテゴリーにおいて同等か低い中断率であることが、安定的に示されたとした。ここで言う統合的なアプローチとは、簡単に言えば「認知と感情と行動のそれぞれを、必要に応じて扱うセラピー」と言っていいだろう。
言うまでもないが、セラピーの予期せぬ中断は、何よりもClの損失になる。そしてClのその後のセラピーへのアプローチを妨げる可能性が高いという意味で、この業態への損失も計り知れない。漫然と継続することだけがいいとは思わないが、セラピストの予期しない形での早期の中断は、やはり最小限にする必要がある。
3)は、集客の問題である。これは主宰者の知名度や社会的地位、著書の数などは無視できると言っていい。言い方を換えれば、これらのいわゆる「ネームバリュー」は無くても十分に集客できるということである。筆者の経験では、著書や雑誌、TV番組を見てきたというClは、数は少なく継続率も低い。つまり、そういう人たちは「ちょっと興味本位」なのである。反対に、「カウンセリング」や「心理療法」というキーワードで、近隣を検索し、ホームページにたどり着いて「多少待ってもいいから」とセラピーを希望してこられる人は、継続と変容が大いに期待できるClである場合が多い。
しかも、ホームページは手作りの親しみの持てるものがいい。専門業者に依頼した高級感たっぷりのものである必要はないし、間違っても同業者を意識しすぎた専門性の高いものであってはならない。むしろセラピストを身近に感じられるような紹介文を載せた、手作り感のあふれるホームページが、検索順位と来談率を上げるということが経験的に明らかである(西野入氏との個人的コミュニケーションによる)。
ちなみに筆者のオフィスのホームページは、手作りで年間1万円強のプロバイダー料、西野入氏のそれは無料のホームページである。このような手作り感満載のホームページに、セラピストの人柄が伝わるような自己紹介や、ブログを書くのが効果的である。反対にホームページに運営側の自己愛が少しでも漏れ出ていると、消費者は敏感に感じ取り警戒される。
もちろん近隣クリニックからのリファーが増えると望ましいが、これは多少主宰者の知名度や地位が関係してくると思われるので、必須ではないと言いたい。
けれども、自然発生的に連携の必要が生じて、「カウンセリング開始報告書」や「紹介状」をきっかけに、こちらの実力が伝わるようなことがあれば、近隣のクリニックが「困ったケース」や「カウンセリングが効果的と思われるケース」を紹介してくるということも十分に期待できる。良心的な精神科クリニックであればあるほど、「薬物療法だけでは不十分な(あるいは進展しない)ケース」に困っていて、患者さんのためにさらにできることがあるならしたいと思っているのである。
4)は議論の分かれるところかもしれない。
「withコロナなのだからオンライン・カウンセリングと、可能ならオンライン・ワークショップを基本にすべき」という意見が主流であろう。けれども、筆者のオフィスでは2020年の3,4,5月の新規ケースの減少を経て、6月からの毎週の新規申し込みが続き、7月後半からの感染再拡大を迎えても面談希望は絶えなかった。対面カウンセリングを望む人は多く、それはCoたちも同様である。
セミナーやワークショップは、対面であってもオンラインであってもカウンセリングの来談にはあまりつながらないまま、業務量のみが増えるということが、経験上明らかである。
3.コロナ禍を通じての教訓―オンラインのメリットデメリット、対面面接の復活
筆者のオフィスでも、新型コロナウィルス感染症の拡大が報じられた2020年3月には、約7割のケースをオンラインに移行し、2割はご本人の希望で休止、残り1割の近隣で在宅ワークをしている(つまり感染の可能性が極めて低い)Clのみ、対面で継続した。私自身も徒歩で通勤し、マスク着用、手指の消毒、常時窓を開けての換気、ドアノブや家具のその都度の消毒などを励行した。スタッフの中には別の曜日に医療機関に勤務している者もいたが、上記の厳重な対策の上で勤務を続けてもらった。
新規申し込みは3月から5月までの3カ月間は、自然に途絶えた。唯一の例外は通称「コロナ離婚」と呼ばれる、在宅ワークの中でこれまでの夫婦関係の歪みが頂点に達したご夫婦の夫婦カウンセリングの5ケースのみであった。
この間の技術的な問題は皆無だった。Zoom有料アカウントはすでに数年前に取得しており、複数の最新のノートパソコン、子機のある電話等、オフィスで臨床研究やその一環としてのオンラインインタビューなども実施してきた経験が、そのまま生かされる形となった。唯一の落とし穴は、うっかり長時間同じ姿勢でオンラインカウンセリングをすると、腰痛におそわれるということだけだった。
こうやって3カ月をややおとなしく過ごした後、緊急事態宣言が解除された後の6月からは、また順調にほぼ毎週新規の申し込みが入り続けている。
上記のコロナ対応を通じて、そしてこれまでの経験をふまえて、カウンセリング形態の違いによるメリットデメリットをまとめると以下のようになる。
実施形態 |
メリット |
デメリット |
特記事項 |
対面のみ |
ノンバーバル・コミュニケーションが豊か、空気感や沈黙を共有できる |
感染リスクと通う時間と労力などのコスト |
Clが通うというコストとリスクの一方で、通うことによる「気分の切り替え」効果も。 |
初回からオンラインで一貫 |
低コストとアクセシビリティ |
セラピストの疲労と危機介入がしにくいための安全感の少なさ |
健康度の高いCl向き。遠隔地や外国にいるClには最適。 |
対面&オンライン混合 |
Clやその家族の体調不良に対応しやすい。危機介入のしやすさと低コストの両立 |
セラピーとしての一貫性が損なわれる可能性 |
|
また、オンラインやインターネット、スマホアプリなどを使ったメンタルヘルス活動は欧米ではtelepsychotherapyやe-mental healthと呼ばれているが、その際の注意事項が、以下のようにまとめられている。
質の高いe-mental healthのためのセラピスト側の条件(Deale et al.,2020)
1)Clの抵抗感を認識する
2)脆弱性の強いClに注意を払う
3)セラピーの進行状況に注意して、セラピーを個別調整(tailor)する
4)セラピスト自身の自助のための個人指導(者)を確保しておく
5)過度な負担を避ける
6)継続的な研修機会を確保しておく
7)仲間同士の相互指導(peer intervision)とスーパービジョンを確保しておく
8)危機管理のためのマニュアルを備えておく
9) 自己調整の方法を意識しておく
またビデオ遠隔心理療法(いわゆるZoomやSkypeを使ったオンラインカウンセリング:CVT)の有効性は、多くの研究で裏付けられている(レビューはFletcherら、2018年およびNorwoodら、2018年を参照)。認知処理療法(CPT)や長時間暴露(PE)を含むPTSDに対する効果的な心理療法は、ビデオ遠隔心理療法を介して行う場合も、対面で行う場合と同様に効果があるとしている(例:Aciernoら、2016、2017;Morlandら、2014)。
研究ではCVTの有効性が明確に支持されているが、バーチャルケアへの急速な変化には、遠隔心理療法が心理療法プロセスに与える潜在的な影響に関する正当な懸念が伴うとされている。例えば、提供者(Co)は、患者と提供者が異なる場所にいると、作業同盟が希薄に感じられたり、危機的な状況に対応できなくなるという懸念を表明している(Gershkovich et al., 2016)。
Jenkins-Guarnieriら(2015)は、CVTや電話による遠隔心理療法と対面療法を比較した15の研究(無作為化試験9件、非無作為化試験6件)で、患者のケアに対する認識を検討した。全体的にこのレビューでは、遠隔心理療法と対面療法の間には、作業同盟や患者満足度にほとんど差がないことがわかった。
患者への遠隔医療の導⼊ (Lozano et al., 2015 ⻘⽊俊太郎他訳からの抜粋を筆者が改編)
• いつものように,思いやりのある挨拶と導⼊。
• 技術的な問題が起こったとしても,慌てている様子を見せない。
• 必要に応じて⼤げさな表現やジェスチャーを⽤いるようにし、Clがこちらの⾝振り⼿振りを⾒ることができるように,カメラから適度に離れた場所に座ることを検討。
• 要約,リフレクション,観察を頻繁に使⽤して,Clにあなたが話を聞いていることを再認識してもらう。
• 対⾯での⽀援よりも治療中に⾏われていること(例:リラクゼーションの理論的根
拠,エクスポージャー)について相互理解するために⼝頭で確認を多く⾏うようにする。
• 臨床家は,Clが認識する以上に,ラポール形成が良好ではないと報告しがち。
• 何より,遠隔医療に関連する避けられない技術的・臨床的な課題に対して,忍耐とユ
ーモアをもつこと。
これらは、すべて筆者の感じてきたことと同じだ。ビデオ遠隔心理療法の経験を積めば積むほど、疲労は少なく、対面と同じようなセッションを持てることが増えているのを実感する。ただし、感情爆発やその結果としてのセッション中断、Clが沈黙がちの時に通信状況があまりよくない時などは、対応が難しいという現実は変わらない。
そして、ずっとオンラインでやっていたClに対面でお会いした時の、何とも言えない安心感や「直接会うのは初めてなのに、なぜか懐かしい感じがする」という感触を無視することはやはりできない。
いずれにしても、開業心理療法のサバイバルとしては、「Clのメリットを最大化する」というものであることに間違いはないので、今後もオンラインと対面とを混ぜながらやっていく必要があることは疑いようがないだろう。
4.今後の課題
筆者としては、以下の2点を考えている。
1)所属Coの収入保障
これまで筆者のオフィスでは、女性Coの妊娠出産に伴う業務の引継ぎと再開を大いに支援してきた。また、その一環としてコロナ前から育休中Coの在宅による受付業務やオンラインカウンセリングを業務委託してきた。けれども、今後は男女両方のCoの育休中の最低収入保障等もできたら素晴らしいと考えている。
2)eHealth intervention の開発と普及
Webやスマートフォン上のアプリを使ったメンタルヘルスツールであるeHealth interventionの補助的有効性が確かめられている(Bennett, C. B. et al,2020)。筆者も性格相性診断のアプリ開発などを手掛けて公開しているが、今後はさらにメンタルヘルスや「心の成長と成熟」を促進するようなアプリ開発を考えたい。
▶文献
Bennett, C. B., Ruggero, C. J., Sever, A. C., & Yanouri, L. (2020). eHealth to redress psychotherapy access barriers both new and old: A review of reviews and meta-analyses. Journal of Psychotherapy Integration, 30(2), 188-207.
Gulum, I. V., Soygut, G., & Safran, J. D. (2018). A comparison of pre-dropout and temporary rupture sessions in psychotherapy. Psychotherapy Research. Vol. 28, No.5-6, 685–701
Lozano, B. E., Birks, A. H., Kloezeman, K., Cha, N., Morland, L. A., & Tuerk, P. W. (2015). Therapeutic alliance in clinical videoconferencing: Optimizing the communication context. In Clinical Videoconferencing in Telehealth (pp. 221-251). in COVID-19 Tips: ⻘⽊俊太郎他訳 遠隔医療で成⼈クライエントとのラポール形成Juliet Kroll, Ruben Martinez, and Ilana Seager van Dyk UCLA Pediatric Psychology Consultation Liaison Service https://www.researchgate.net/publication/340414789_COVID-19_Tips_Building_Rapport_with_Adults_via_Telehealth
西野入篤(2020)カウンセリングを行う開業機関へのサポート.浦和南カウンセリングオフィスホームページ
https://urawaminamioffice.jimdofree.com/%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9B-%E3%81%9D%E3%81%AE%E4%BB%96/%E3%82%AB%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%92%E8%A1%8C%E3%81%86%E9%96%8B%E6%A5%AD%E6%A9%9F%E9%96%A2%E3%81%B8%E3%81%AE%E3%82%B5%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88/
(2020年7月29日閲覧取得)
Rosen, C. S., Glassman, L. H., & Morland, L. A. (2020). Telepsychotherapy during a pandemic: A traumatic stress perspective. Journal of Psychotherapy Integration, 30(2), 174-187.
Swift, J. K., & Greenberg, R. P. (2014). A Treatment by Disorder Meta-Analysis of Dropout From Psychotherapy. Journal of Psychotherapy Integration. Vol. 24, No. 3, 193–207
Brucks, M.S.,Levav,J.(2022).Virtual communication curbs creative idea generation. nature research
2022年
4月
29日
金
カウンセラー・セラピストは誰に悩みを聞いてもらうの?
福島哲夫
〇セルフケアそれとも相互扶助?
私もよくクライエントさんたちに聞かれます。
「先生は、こういう話を聴き続けて落ち込んだりしないのですか?」と。
そんな時私は、
「元々暗い話が好きなんですよ!」と答えたり、
「こういう話でこそ、深く触れ合える気がして、つらくはならないんですよ。。」と答えています。それは、とても正直なところなのです。
以前私は(福島,2017)「(カウンセラーの)「セルフケア」と「自己点検」は,基本的に
は「すべて臨床活動(訓練も含む)のなかでされるべき」と書いたりしてきました。つまりカウンセラーの臨床的なストレスは、十分な内省を経たのちに「クライエントと共有する」ことで、ストレスではなく前向きな取り組みとして解消されると考えてきました。
たとえばクライエントさんから「なんか、カウンセリングの効果がいまいち感じられないんです」とか「最近、ここに何しに来てるのかなと思います」と言われると、正直かなりショックだったり、グサッと来たりするものです。
それに対して「確かにこのところカウンセリングの成果が今一つ上がっていないかもしれませんね。それを一緒に考えていきましょう。」とクライエントに伝えることで、こちらの臨床的ストレスはクライエントの取り組みを促進する触媒となり、もはやストレスとは感じられなくなります。
以上のような考えは今でも全く変わりませんが、これに加える形で最近痛感しているのはやはり仲間の存在の大切です。今年になって私のオフィスに勤務し始めたカウンセラーが「前の職場では、心理士同士の会話がほとんどなかったけれど、ここでは雑談もケースの話もできて、とても支えられている」と言ってくれています。さらに別のスタッフは、私のスーパービジョン(SV)のセッション中にとても沈んだ様子だったので、ヴァイザーとしての私は、セッション中と最後にその抑うつ感への共感と労い、ゆっくりすることへの勧めをしてスーパービジョンを終えました。
すると、数時間後にとても元気な様子が感じられたので訊いてみると「SVの後、別のスタッフとくだらない雑談をしていたら、うつ抜けしました!」と教えてくれました。
〇密な空間の大切さ
実は、私のカウンセリングオフィスのスタッフルームは、2DKのマンションのキッチンスペースでとても狭いのです。面接室は隣に1つ借り増しして3部屋あるのですが、スタッフルームはそのままです。このスペースで私がデスクトップパソコンに向かっていると、スタッフはカウンセリングの合間に次々と様々な話をしてくれます。
それは時に私の業務の停滞を招くのですが、ふと「私の師匠たちはこんなことはしてなかったな」と複雑な思いに駆られる時があります。そして、「もっと収益が上がったら、広いスタッフルームと個別の部屋を持ちたいな」と夢想したりも。そしてとうとう5年前に廊下の反対側にもう一部屋借り増しした際には、念願かなってその部屋に私専用のデスクとパソコンを用意したのです。
けれども、それは今現在に至るまでめったなことがない限り使用されていません。
そこで作業しても何もいいことがないのです。
元々集中の持続しない「集中困難型ADHD」の私なので、誰も話しかけてこなくても、執筆は5分で行き詰まり、立ち歩く必要があるです。
これを先のヴァイジーさんや新入りスタッフのさんの話と合わせて考えれば、やっぱり私たち心理士は「密な空間での雑談」を必須としているのではないでしょうか?
というわけで、私たち成城カウンセリングオフィスのカウンセラーたちはこのコロナ禍の下では窓を開けながら、それでも密な会話をし、健康を保てています。(幸いオフィスでの感染者は発生していません)。
〇先行研究では
ちなみにカウンセリングや心理療法のプロセスと結果には、カウンセラーの個人的な経験も重要とされていますが、そういったカウンセラーの個人的な経験とそのカウンセラーが実施するカウンセリングの質との関係については、ほとんど知られていません。
代表的な研究に以下のようなものがあります。
国際的な大規模サンプル(N 4=828)のカウンセラーたちの自己報告(Orlinsky & Rønnestad, 2004, 2005)を分析した結果、カウンセラーの生活の質を反映した2つの因子Personal Satisfactions(個人的満足感)とPersonal Burdens(生活負担感)とが抽出され、それらの2つの因子とDevelopment of Psychotherapists Common Core Questionnaire(Orlinsky et al, 1999)のQuality of Personal Life scalesを用いて調査した研究です。
******
上記の質問紙に加えて患者とセラピストの両方によって評価された同盟レベルと成長の予測因子(Working Alliance Inventory(Havikら、1995年)を使用して)を使って大規模な(227人の患者と70人のセラピスト)通常の外来心理療法において調査された。
Thの個人的な生活負担スケールは、患者の評価による作業同盟の進展に強く、負の関連を示していたが、セラピスト評価による作業同盟とは無関係であった。逆に、セラピストの個人的生活満足度は、明らかに、そして肯定的にセラピスト評価の同盟の発展と関連していたが、患者の評価とは無関係であった。
この結果は、作業同盟(ワーキングアライアンス)がセラピストの生活の質に影響されることを示唆しているが、患者やセラピストによって評価された場合には、それぞれ異なる方法で影響を受けていることを示唆している。患者はセラピストの私生活における苦痛の経験を特に敏感に感じているようであり、それはおそらくセラピストのセッション中の行動を通して伝えられていると思われるが、一方で、セラピスト自身の同盟の質の判断は、個人的な幸福感によってポジティブに左右されていた。
*******
つまり、カウンセラーの個人生活上のネガティブな出来事は、クライエントにすぐに見破られるけれど、反対にポジティブな幸福感は特には伝わらないという結果です。日本では、そして私のクライエントさんたちは、どうでしょうか?
ちなみに私は家庭では「少しネガティブ」な時くらいの方が、評判がいいです。家庭で幸福感が高い時にはポジティブになりすぎて、少し共感力を失っているみたいです。さらに、大学内では「楽観的な前のめり学部長」として通っています。まあ、組織のリーダーとしては楽観的なくらいがいいのではと自分では思っているのですが。。。
いずれにしても、カウンセラーのセルフケアはとても大切だという事に変わりはないようです。
○文献
福島哲夫(2017) カウンセラーのセルフケアと自己点検をどう進めるか?臨床心理学第 17
巻第 1 号
Helene A. Nissen-Lie,Odd E. Havik(2013)The Contribution of the Quality of Therapists’
Personal Lives to the Development of the Working Alliance. Journal of Counseling Psychology Vol. 60, No. 4, 483–49
2023年
7月
22日
土
前回のブログでは、カップルの喧嘩において悪循環を防ぎ、二次被害を生まないための秘訣をお伝えしました。
では、そのような秘訣を守ったうえで、建設的な対話はどのように進めていけばいいのでしょうか?
この際に参考になるのが「LOVEの会話」とアサーションの中の特に「DESC法」と呼ばれるものです。
1.LOVEの会話とは
まずは、親密な対話の基本として、以下の4つの態度があげられます。
Listen・・・心を込めて相手の話を傾聴する
Open・・・先入観のない心と頭で真摯に向き合う
Validate・・・お互いの話を正当だと認め、受け入れる
Express・・・自分の考えや気持ちを穏やかに、簡潔に、ゆっくりと表現する
これら4つの特徴の頭文字をとって「LOVEの会話」と呼ばれています。
これは『カップルのための感情焦点化療法』(金剛出版、2021)の中で紹介されているものです。
少し説明しましょう。
まずは相手の話を傾聴する(Listen)は必須です。
そして、さらに傾聴して終わりではなく、かといってすぐに反論したり解決策を伝えたりするのでもなく、Openな態度つまり広い心で「なるほど、そういうことなんだね」「そう思っているんだね」などと、まずは受け止めます。
これは単に受け止めるだけではなく「先入観なく新鮮な気持ちで受け入れる」という態度が大事です。
そして、Validateです。
このValidateとは、「(妥当なものとして)承認する」「是認する」という言葉です。砕いていえば「認める」です。
要するに相手の発言を認めるというのが、このValidateです。
ただし、これは形だけの承認ではなく、「たとえ違う意見、違う立場、あるいは腹の立つような発言であっても、まずは心から認める」というものです。
そして、最後がExpress表現するです。
これは「自分の考えや気持ちを穏やかに、簡潔に、ゆっくりと表現する」というものです。
どんなに大切な気持ちでも、あるいは相手を思いやっている気持ちであっても、怒った顔で長々と話したら伝わりません。
穏やかに、そしてできたら簡潔に、さらにゆっくりと言葉にしないと相手には伝わらないものです。
まして、「言わなくてもわかって欲しい」「こんなことくらいわかって当然」というのは、この多様化した現代ではもう通用しません。
これら4つの態度の頭文字を取ったものが「LOVEの会話」です。
親密な関係における対話は、この4つが基本となります。
おそらく、仲良く楽しくできている時には、自然にこれらの4つが満たされているでしょう。
けれども、親密な関係であればこそ、安心してリラックスして本音が出てきます。
雰囲気が少し険悪になったときや、お互いの考えや感じ方の違いが明らかになったときにも、お互いに本音を出し合いながらも、この4つの態度が実践できるかどうかがとても大切な秘訣となります。
2.アサーションとは
親密な関係における自己表現で大切な考え方が、アサーションです。
このアサーションとは「自他を尊重した自己表現」と訳されるもので、「攻撃・感情的な主張」でも、「主張しない」でもなく、自分のことも相手のことも大切にした自己表現のことです。
具体的なスキルとしては、「相手の意見を聞く」「相手に意見を伝える」「双方の意見を検討したのち具体的なアクションを起こす」という3つのステップが基本です。
この中には言語的なアサーションと非言語的なアサーションの両方があります。
◎言語的なアサーションとは?
言語的なアサーションとは、文字通り「意味のある言葉によって相手に働きかける」ことを指します。言語的なコミュニケーションでは、発する言葉の意味以上に重要になるのが、「どういう文脈でその言葉を発するか」です。いわば自己主張するための文脈を整備するスキルだと言えるでしょう。
例えば、相手に対して突然「嫌いだ!」などというと、相手は不快感を抱きます。言われた側からするとそんな風に言われる文脈がないため、一種の不条理的なシチュエーションに引き込まれることになります。この不快感が相手との衝突を深める危険があります。
ですので言語的なアサーションとして重要なのは、感情や主張を言うよりも先に、「今、どういう状況にあるのか」をきちんと相手と共有することです。「今少しいいかな?」「少しお話があるんだけれど」「この前もお話しした◯◯についてなんだけれど」というように、きちんとした前置きで、まずは文脈を整備することで、相手にも心の準備ができて、対話がしやすくなります。
この時に「そんなことをすると急に雰囲気が険しくなる」と心配する人がいます。
けれども、こういった文脈つくりなしに不満をため込むことの方が長期的には悪影響だということを理解すべきでしょう。
◎非言語的なアサーションとは?
非言語的なコミュニケーションには、頷きや表情など視覚に訴えるものと、声色や声量そして相槌やオウム返しなどの聴覚に訴えるものがあります。例えば、謝罪や愛の言葉を伝える時に足を組んでいたり、テーブルをコンコンと叩きながらする人はいないと思います。
そのように、自分の気持ちが誤解されないように配慮するのが、この非言語的なアサーションのエッセンスです。
非言語的なアサーションで注意したいのは、感情のコントロールです。いくら言語的なアサーションが上手であっても、仕草や表情と言葉が一致しなければ、相手に不快感を与える恐れがあります。
例えば何か頼まれごとをされたとき「いいですよ」と答えても、しかめっ面など不機嫌そうな表情をしていると「したくないけれど、仕方がないからやってやる」という風に解釈されてしまいます。
◎アサーションスキルのアップに欠かせないDESC法
アサーションスキルを体系的にまとめた理論として、DESC法というものがあります。これはアサーションのプロセスを以下の4つのステップに分解したものです。
D:Describe(描写する)
客観的に状況・事実を伝える
E:Express(表現する)
自分の意見や感情を表現する
S:Specify(提案する)
相手に求めているものを言葉で伝える
C:Consequences(結果を伝える)
提案したものの実行/不実行による結果を伝える
アサーションとは「自己主張」の能力であり、同時に他者を尊重することが求められるスキルでもあります。他者を尊重するというのは感情的な信頼もそうですが「合理的に話を進める」ことも大切な要素となります。DESC法とは、まさに合理的解決のための道筋を整備する方法だと考えられます。
例えば、友人が最近何度か待ち合わせに遅刻したケースをイメージしてみましょう。続けて遅れてきた友人に対していきなり怒りをぶつけると、お互いの感情同士がぶつかり合って関係性を悪化させるだけになる恐れがあります。ですので、まずは文脈をきちんと作ることが大切です。簡単な会話例をみてみましょう。
「このところ何回か遅刻してるけど(D:描写する)、どうしたの?」
「ごめんごめん、寝坊してしまって」
「遅刻が続くと心配になるし、後ろの予定にも響くからちょっと困る(E:表現する)」
「気をつけるよ」
「ちょっとスケジュールに無理があるかな?もう少し、遅い時間に待ち合わせする?(S:提案する)。そうすれば、私も別の用事してから来ればいいし、前もってわかっていれば後ろの予定もずらせるかもだし(C:結果を伝える)」
「わかった、次からそうするよ」
この会話のポイントは、具体的に何をすればいいかをはっきりさせているところです。「何が起こり」「どう問題が生じ」「どうすれば解消され」「それでどのようになるのか」に具体性を持たせることで、相手に理解や納得を促すことができます。
◎アサーションは理解・納得のプロセスが大事
アサーションスキルを身につけるためには、相手がどういうプロセスで理解・納得するのかを知ることが大切です。
DESC法は、そのプロセスを利用したアサーションの具体的な方法であり、活用することで自然な自己表現を身につけることができます。
コミュニケーションスキルは短期的に身につけられるものではありませんが、日々意識し続けることで習得できます。
アサーションをはじめとするコミュニケーションスキルはビジネスにおいても親密な関係においても、とても大切で生産的なスキル・思想です。とくにビジネス場面ではある程度できている人でも、親密な関係になるとそれができない人も多いようです。
DESC法はビジネスでも、親密な関係でも大切なものですし、LOVEの会話は親密な関係でこそその効力が発揮されるでしょう。
これら二つを心において、日常的に自分の言動を振り返り、少しずつ改善していくことを心がけましょう。
2023年
7月
11日
火
以前、このブログに「カップル円満の秘訣ーあごうたオッケー」を書かせていただきました。
この内容は2022年12月にNHKラジオ「医療ジャーナル」でも、紹介されました。
さて、今回はこの「あごうたオッケー」の続編ともいうべき内容です。
さしづめ「あごうたオッケー」はカップルの平常時の合言葉、今日お伝えする「肘と手守れ」は、カップルの非常時、つまり喧嘩中の合言葉です。(覚えやすさのために、両方とも身体にまつわる言葉にしてみました)
これはずっと以前に相性について書いたブログで、「相性はTalk(会話)、Walk(身体運動)、Battle(喧嘩)の3領域で見極めましょう」という提案の、「喧嘩」について詳しく述べるものにもなります。
(以下のリンクを参照してください)
さて、いつものように、少し長くなるので結論から書きましょう!
以前の「あごうたオッケー!」は
ありがとう
ごめんなさい
うれしい
たすかる
(約束事や頼まれごとは)オッケー!と返事して行動
の頭文字でした。
今回の「肘と手(ひじとて)守れ」は
(喧嘩の時には)
ひとりの時間を持つ(持たせてあげる)
自分を責めない
問い詰めない
敵視しない(相手を敵だと思わない)
を守れ
のそれぞれの頭文字(はじめの一文字)です。
喧嘩の時には最低限これを守れば、さらなる悪循環を避けることができて、二次被害を防ぐことができます。そして、うまくすれば建設的な「対話」に持っていくこともできます。
では、ここから一つずつ解説していきましょう。
「ひ」・・・一人の時間をもつ(持たせてあげる)
カップルが喧嘩になったときに、なかなか一人の時間を確保するのが難しくなり、そのストレスもあって、余計にお互いを傷つけてしまいかねません。
これは「(腹立ちなどの)気持ちが収まらない」とか「気がすまない」という気持ちから来るものですし、場合によっては「相手から離れるのが不安」という場合もあります。
けれども、お互いもう大人です。喧嘩をしたからと言って何かやらかしてしまうとか、どこか遠いところに行ってしまうということはないでしょう。(あるいは、それが繰り返されるようなお相手は、そもそも一緒にいるべきかどうかを考えなくてはいけませんよね)
ここは思い切って、頭を冷やすためにもしばらく一人になりましょう。
その際に、黙って去っていくのではなく「少し頭を冷やしてくるね」とか、「今日はここまでにして、お互い別々に過ごそう」と提案して、一人の時間を確保すべきです。
「じ」・・・自分を責めない
じつは、喧嘩がこじれる多くの場合、相手への怒りや責めたい気持ちの奥に「自分がバカにされている」「自分がないがしろにされた」という被害感とそれによって損なわれた自尊感情が問題となります。
言い換えれば、被害感と自己卑下、屈辱感などがごちゃ混ぜになって自分を責める気持ちも湧いてきて、素直になれなくなっています。相手を責めながら本当は自分を責めている(「こんな自分だから嫌われてるんだ」「こんな自分だからバカにされている」「自分は結局はいいように利用されているだけなんだ」等々)ことがほとんどです。
ここで、自分を責める気持ちにストップをかけて自分を大切にする行動を取れれば、それは結果として相手のことも最低限大切にする行動につながります。
「と」・・・問い詰めない
これはわかりやすいでしょう。
喧嘩の時にはどうしても相手を問い詰めたくなります。けれどもそれは単に攻撃していることになります。さらにその問い詰めに相手がうまく答えてくれないと余計に腹が立つ、かといって反対にうまく答えたら「本当に口ばっかりなんだから」とまた腹が立つと、ダブルバインド的に「どうなっても余計に腹が立つ」、相手からすれば「どうやっても余計に怒られる」ということになります。
これでは成り立つはずの対話も成り立たなくなります。
「て」・・・敵視しない(相手を敵だと思わない)
これは、当然のことではあるのですが、喧嘩の最中には案外難しいことかもしれません。喧嘩の最中には「相手は私を嫌っている」とか「この人は本当は悪い奴だ」と思い込んでいるものです。心理学的にはsplittingと呼ばれる心の中で分裂が起こっている状態とも言えます。
あるいは、最近臨床現場以外でもよく見聞きするようになった「解離」が起こっていてのことかもしれません。
これが起こらないようにするには、かなりの努力が必要ですが、「あ、また相手を敵視しちゃってるな」とその都度意識することが、取り組みの始まりです。
相手を敵視してしまうと、本当には思っていない酷いことや、普段の気持ちとは正反対の「嫌い!」という言葉を吐いてしまいがちです。
そうすると相手もそれに応戦する形で酷いことを言ってくるか、喧嘩が終わって仲直りした後でも、ひどい言葉によって傷ついた部分が残っていたり、ひどい言葉そのものは記憶に残っていて、その後も悪影響を及ぼしてくるということになりかねません。
いかがでしょうか?
上記の秘訣は心理学的に言えば「自分自身と相手との両方に対して適切な心理的な距離を確保する」ということです。つまりは「親密性の課題」「親密な関係の中での適切な距離」の課題です。
この適切な心理的距離は、健全な幼少期~青年期を過ごしてくれば自然に身につくものなのですが、不適切養育やいじめられ経験・被虐待経験などにより、これを学ぶ機会が阻害された場合は、意図的に学ぶ必要があります。
これを読んで「自分たちは、喧嘩の時ももっと健康的で大人な喧嘩をしている」と感じられた方は、素晴らしいです。
けれども、多少でも思い当たるところのある人は、ぜひ頑張ってこの4か条を守れるようにしてみてください。
そうすれば、それまでよりも二人の関係がぐっとよくなり、対話が成立しやすく、建設的な関係になれるはずです。
そして、そのような建設的な喧嘩と対話が経験できたら、ぜひともそれを継続させる努力をしてください。
では、実際の建設的な喧嘩と対話でのコミュニケーションは、どのようにすればいいのでしょうか?
これは、また近いうち続編として書きたいと思います。
以上
2022年
5月
15日
日
心理療法統合ハンドブック序文
まず何よりも「とうとう出ました!」と言いたい。
https://img.honto.jp/item/1/133/180/30889812_1.webp
本書は、我が国初の統合的心理療法の総合的ハンドブックである。これまで、日本語によるこのような書籍はなかった。
かなり以前から「統合的心理療法を学ぶのにこの一冊と言ったらどの本ですか?」という質問を受け続けてきたが、そのたびにパッとは答えられなかった。そんな私だったが、これからは迷わずこの一冊を胸を張ってお薦めできることとなった。
本書は、日本心理療法統合学会監修として、この学会の主だったメンバーを中心にして執筆された。
本学会は2019年にできた新しい学会ではあるが、その前身は2005年からの「心理療法統合を考える会」(関東地方)、そして2010年からの「関西折衷的心理療法研究会」(関西地方)として、さらに2014年からは2つの研究会の交流会である「東西の会」を年1回開きながら、研究と実践そして対話を重ねてきた。
また、国際学会「Society for Exploration of Psychotherapy Integration(心理療法統合を探究する学会:通称SEPI)への参加や発表を積極的に行ってきた。2020年には、本学会の理事の一人である岩壁茂が、このSEPIの理事長としての重責を果たしている。
この主だったメンバー達は、たまたまさまざまな学派の出身者であり、元々は認知行動療法や力動的心理療法、分析心理学(ユング派)や人間性アプローチ、家族療法、ブリーフセラピー等々の専門家であった。このようなメンバーが学会の第I期理事となり、仲良く議論しながら学会運営を進めている。
上記の研究会や国際学会での対話を通じて実感し続けていることは、「心理療法統合を目指す臨床家は、謙虚で調和志向な人が多い」ということである。
とかく「統合」という言葉は、かなり野心的で自我肥大した印象を与えるかもしれない。
けれども私たちの使う「統合」は本書を一読すればわかる通り、とても謙虚な「クライエントの役にできるだけ立ちたい」という思いに貫かれている。「折衷」という言葉を使うこともあるが、これも「妥協」の意味ではなく「積極的に一定の見識の下で、より良いものを組み合わせて使い分ける」という意味である。
本書も上記と同様の姿勢から企画・執筆された。
本書の第Ⅰ部は「心理療法への統合的アプローチとは」と題して、心理療法統合の多様なあり方と考え方について縦横に論じたものとなっている。
そして、第Ⅱ部は「確立された統合的心理療法」として、すでに有効性が検証された確立した最新の統合的心理療法を6つ紹介し、日本における実践例も紹介している。
第Ⅲ部では「心理療法の多様なアスペクトの統合」として「研究と実践の統合」、「倫理・社会正義・政治と臨床実践との統合」というより大きな広がりを持った視点を紹介した。
さらに第Ⅳ部では「トレーニング」として、統合的心理療法を実践する臨床家を育てるためのトレーニングはどのようなものであるべきかについて、その実践例とともに紹介されている。
また、章と章の間の随所に「トピックス」として、各章においては十分に解説できなかった心理療法統合において重要な最新の項目を数ページで記述・解説するコーナーを設けた。
多様性を重んじる本書の立場から、文体や論の進め方は各執筆者にかなりお任せし、編者の杉原・福島は企画と構成、更に内容的なチェックと読みやすい文章にすることに注力した。
結果的に本書はどの章やトピックスを読んでも、そこに人間の多様性に根ざした多元主義的な視点と、「違い」に対する寛容な態度が伝わると思う。
そして「違い」に対して寛容でありながら、その違いを過度にアピールするのではなく「共通点」や「類似性」にも開かれているという、心理療法統合を志向する我々の基本姿勢も本書のいたるところに溢れていると感じていただけたなら幸いである。
心理療法統合とは特定の学派に依拠するものでも、単一の学派の存在を否定するものでもない。そして、多様な個性と課題をもったクライエントにできるだけ効果的にアプローチしようとするものである。あるいは、そのような姿勢そのものやそのようなアプローチを探求するプロセスや営みそのものを指す言葉だといえる。
このような姿勢は、まさに21世紀の世界が夢見る共生と融和を目指した価値観を体現しているともいえると同時に、一方で分断と非寛容が進みつつある現実へのささやかではあるが、確信的な抵抗ともいえる。
そしてこの様な、多様性を認めながら共通点も見出して繋がっていくというあり方は、日々、自らの態度を自省してこそ継続できるものだと思っている。間違っても「統合的なあり方だけが唯一正しい」と主張するような自己矛盾に陥らないようにしなければならない。
それは本書の第II部で紹介している確立された統合的心理療法に関しても同様で、「統合的〇〇療法だけがいつでも最強だ」といった自己矛盾の罠に、本書の読者諸氏も陥らないようにしていただきたい。
現実は常に複雑で多様だ。
そして現在の心理療法の世界は400種類を超える心理療法が並存するまさに熱帯の森のような多様性を持っている。その中で「何でもあり」の混沌ではなく、「より効果が高いかどうか」「クライエントのお役に立てるかどうか」というある意味で厳しい生存競争を内包した、豊かで風通しのいい森を夢見て、本書の編集作業を進めてきた。ぜひ、この多様な森の世界をご堪能いただき、実践に生かしていただけたなら幸いである。
日本心理療法統合学会 理事長
福島哲夫
2022年
5月
05日
木
開業心理療法のサバイバルモデルーコロナ禍からWithコロナ、afterコロナまでー
福島哲夫(成城カウンセリングオフィス/大妻女子大学)
1.はじめに
筆者は私立大学の教員として勤務するかたわら、2014年から東京都世田谷で「成城カウンセリングオフィス」を開業し、運営と臨床実践、そして臨床研究を続けている。それより以前は1988年頃より、精神科医の鍋田恭孝先生の開設された「青山心理臨床教育センター」(東京渋谷)で約25年間非常勤カウンセラーを務めていた。年齢でいえば「青山心理」は30歳少し前から、「成城」は50歳少し過ぎからである。給与体系はどちらも完全歩合制であったが、30代後半は、主にその収入のみで生計を立てていた。
成城カウンセリングオフィスは2022年5月現在私以外に18名のカウンセラー(以下Co)が所属し、それぞれのライフスタイルに合わせて週5日~週1日ケースの時間に合わせて勤務している。育休中のスタッフや子育て中のためにオンライン対応のみのスタッフもおり、大学院修了直後から事務バイト兼Coを務めているスタッフもいる。
私自身は24歳で山王教育研究所でのトレーニングを受け始め、その後、並行して他の臨床現場を経験した。実務に携われば携わるほど、開業スタイルの臨床こそが効果・やり甲斐・収益の3点から、心理臨床の醍醐味であると確信し続けてきた。もちろんどの領域も尊いものであるので、優劣をつけるつもりは全くない。けれども、来談者の動機づけを最も強く感じながら、来談者を常に心からリスペクトして協働できるという点で最高の現場であり、さらに医師を含む他職種とも対等に建設的な形で連携でき、来談者の変容の現場に立ち会う尊さを実感できるという点、そして腕と工夫次第で十分な収入を得られるという点からも、この業態がもっともっと盛んになってほしいと心から願っている。
ちなみにこの業態をすでに「パイの奪い合い」と称するベテランもいるが、それは全く当たらない。なぜなら無名資格やいわゆる「野の医者」(東畑,2000)に通っている人々の多さは、ネット広告からもうかがい知れるところではある。そういった野の医者たちが引き受けているクライエントたちを、少しでもこちらに呼ぶことができればまだまだ需要はあると言える。ちなみに卑近な例では、筆者のオフィスと50メートル圏内にある医療機関付属のカウンセリングセンターとは、客層において全くかぶっていないことからも実感できるところである。
また、筆者はいわゆる「兼業開業」であるが、専業開業して、そこからの収益だけで十分に生活が成り立っている中堅の心理士(例えば、西野入篤氏の「浦和南カウンセリングオフィス」など)も、少数ではあるがおられる例を見ると、この業態の未来は決して暗くないと感じている。
本稿においては、コロナ禍やウィズコロナの直近の状況を踏まえた「開業サバイバル」について私見を詳らかにしたいが、それはこの30年の経験の中で感じ続けてきていたことと大きな違いは無い。むしろ、今回のコロナ禍でこれまでのサバイバル術がより鮮明に確認されたと言っていいと感じている。
2.開業臨床で生き残るために
端的に言って以下の3点が重要である。
1)従来の(伝統的な)臨床よりも「温かく積極的」「必要に応じて柔軟な」臨床
2)中断しない臨床力
3)集客のためのホームページの工夫
4) 結果的な安売り・多忙化競争に巻き込まれないために、セミナー開催やオンライン相談をメイン事業にはしない。
1)は、他所のカウンセリングを経験して(あるいは中断して)来られるクライエント(以下Cl)から、痛感することである。つまり「前のカウンセリングでは、傾聴はしてくれたけれど、それだけだった」と。傾聴と共感だけでは不十分であることは、近年の国際的な研究からもうなずけるところである。
たとえばGulum,Soygut,&Safran(2016)では、中断したケースと、中断しなかったケースの内容を比較した結果、中断しなかったケースではtherapistのpositive行動の頻度が違っていた。しかも4回目の後のキャンセルが、それ以前やそれ以降のキャンセルよりも、もっとも中断を予測するとしている。つまり、私たちは5回目までのセッションで何とか肯定的な関りと作業同盟の構築を目指すべきなのである。そして、それが2)の中断しない臨床力そのものでもある。
柔軟性に関しては、たとえば時間枠や頻度に関しても、よほど病態水準の重いClでない限りは、ある程度の柔軟性を持たせた方が、中断しにくくお役に立ちやすい。
2)については、中断に関するもう一つの研究を紹介すると、Swift & Greenberg (2014)によるメタ分析研究がある。彼らは、587の研究をメタ分析した結果、12の障害カテゴリーのうち、depressionと PTSDのセラピーにおいて、統合的な心理療法は有意に中断率が低かったとしている。
そして、さらに統合的なアプローチが他のすべてのアプローチと比較して12の障害のうち11カテゴリーにおいて同等か低い中断率であることが、安定的に示されたとした。ここで言う統合的なアプローチとは、簡単に言えば「認知と感情と行動のそれぞれを、必要に応じて扱うセラピー」と言っていいだろう。
言うまでもないが、セラピーの予期せぬ中断は、何よりもClの損失になる。そしてClのその後のセラピーへのアプローチを妨げる可能性が高いという意味で、この業態への損失も計り知れない。漫然と継続することだけがいいとは思わないが、セラピストの予期しない形での早期の中断は、やはり最小限にする必要がある。
3)は、集客の問題である。これは主宰者の知名度や社会的地位、著書の数などは無視できると言っていい。言い方を換えれば、これらのいわゆる「ネームバリュー」は無くても十分に集客できるということである。筆者の経験では、著書や雑誌、TV番組を見てきたというClは、数は少なく継続率も低い。つまり、そういう人たちは「ちょっと興味本位」なのである。反対に、「カウンセリング」や「心理療法」というキーワードで、近隣を検索し、ホームページにたどり着いて「多少待ってもいいから」とセラピーを希望してこられる人は、継続と変容が大いに期待できるClである場合が多い。
しかも、ホームページは手作りの親しみの持てるものがいい。専門業者に依頼した高級感たっぷりのものである必要はないし、間違っても同業者を意識しすぎた専門性の高いものであってはならない。むしろセラピストを身近に感じられるような紹介文を載せた、手作り感のあふれるホームページが、検索順位と来談率を上げるということが経験的に明らかである(西野入氏との個人的コミュニケーションによる)。
ちなみに筆者のオフィスのホームページは、手作りで年間1万円強のプロバイダー料、西野入氏のそれは無料のホームページである。このような手作り感満載のホームページに、セラピストの人柄が伝わるような自己紹介や、ブログを書くのが効果的である。反対にホームページに運営側の自己愛が少しでも漏れ出ていると、消費者は敏感に感じ取り警戒される。
もちろん近隣クリニックからのリファーが増えると望ましいが、これは多少主宰者の知名度や地位が関係してくると思われるので、必須ではないと言いたい。
けれども、自然発生的に連携の必要が生じて、「カウンセリング開始報告書」や「紹介状」をきっかけに、こちらの実力が伝わるようなことがあれば、近隣のクリニックが「困ったケース」や「カウンセリングが効果的と思われるケース」を紹介してくるということも十分に期待できる。良心的な精神科クリニックであればあるほど、「薬物療法だけでは不十分な(あるいは進展しない)ケース」に困っていて、患者さんのためにさらにできることがあるならしたいと思っているのである。
4)は議論の分かれるところかもしれない。
「withコロナなのだからオンライン・カウンセリングと、可能ならオンライン・ワークショップを基本にすべき」という意見が主流であろう。けれども、筆者のオフィスでは2020年の3,4,5月の新規ケースの減少を経て、6月からの毎週の新規申し込みが続き、7月後半からの感染再拡大を迎えても面談希望は絶えなかった。対面カウンセリングを望む人は多く、それはCoたちも同様である。
セミナーやワークショップは、対面であってもオンラインであってもカウンセリングの来談にはあまりつながらないまま、業務量のみが増えるということが、経験上明らかである。
3.コロナ禍を通じての教訓―オンラインのメリットデメリット、対面面接の復活
筆者のオフィスでも、新型コロナウィルス感染症の拡大が報じられた2020年3月には、約7割のケースをオンラインに移行し、2割はご本人の希望で休止、残り1割の近隣で在宅ワークをしている(つまり感染の可能性が極めて低い)Clのみ、対面で継続した。私自身も徒歩で通勤し、マスク着用、手指の消毒、常時窓を開けての換気、ドアノブや家具のその都度の消毒などを励行した。スタッフの中には別の曜日に医療機関に勤務している者もいたが、上記の厳重な対策の上で勤務を続けてもらった。
新規申し込みは3月から5月までの3カ月間は、自然に途絶えた。唯一の例外は通称「コロナ離婚」と呼ばれる、在宅ワークの中でこれまでの夫婦関係の歪みが頂点に達したご夫婦の夫婦カウンセリングの5ケースのみであった。
この間の技術的な問題は皆無だった。Zoom有料アカウントはすでに数年前に取得しており、複数の最新のノートパソコン、子機のある電話等、オフィスで臨床研究やその一環としてのオンラインインタビューなども実施してきた経験が、そのまま生かされる形となった。唯一の落とし穴は、うっかり長時間同じ姿勢でオンラインカウンセリングをすると、腰痛におそわれるということだけだった。
こうやって3カ月をややおとなしく過ごした後、緊急事態宣言が解除された後の6月からは、また順調にほぼ毎週新規の申し込みが入り続けている。
上記のコロナ対応を通じて、そしてこれまでの経験をふまえて、カウンセリング形態の違いによるメリットデメリットをまとめると以下のようになる。
実施形態 |
メリット |
デメリット |
特記事項 |
対面のみ |
ノンバーバル・コミュニケーションが豊か、空気感や沈黙を共有できる |
感染リスクと通う時間と労力などのコスト |
Clが通うというコストとリスクの一方で、通うことによる「気分の切り替え」効果も。 |
初回からオンラインで一貫 |
低コストとアクセシビリティ |
セラピストの疲労と危機介入がしにくいための安全感の少なさ |
健康度の高いCl向き。遠隔地や外国にいるClには最適。 |
対面&オンライン混合 |
Clやその家族の体調不良に対応しやすい。危機介入のしやすさと低コストの両立 |
セラピーとしての一貫性が損なわれる可能性 |
|
また、オンラインやインターネット、スマホアプリなどを使ったメンタルヘルス活動は欧米ではtelepsychotherapyやe-mental healthと呼ばれているが、その際の注意事項が、以下のようにまとめられている。
質の高いe-mental healthのためのセラピスト側の条件(Deale et al.,2020)
1)Clの抵抗感を認識する
2)脆弱性の強いClに注意を払う
3)セラピーの進行状況に注意して、セラピーを個別調整(tailor)する
4)セラピスト自身の自助のための個人指導(者)を確保しておく
5)過度な負担を避ける
6)継続的な研修機会を確保しておく
7)仲間同士の相互指導(peer intervision)とスーパービジョンを確保しておく
8)危機管理のためのマニュアルを備えておく
9) 自己調整の方法を意識しておく
またビデオ遠隔心理療法(いわゆるZoomやSkypeを使ったオンラインカウンセリング:CVT)の有効性は、多くの研究で裏付けられている(レビューはFletcherら、2018年およびNorwoodら、2018年を参照)。認知処理療法(CPT)や長時間暴露(PE)を含むPTSDに対する効果的な心理療法は、ビデオ遠隔心理療法を介して行う場合も、対面で行う場合と同様に効果があるとしている(例:Aciernoら、2016、2017;Morlandら、2014)。
研究ではCVTの有効性が明確に支持されているが、バーチャルケアへの急速な変化には、遠隔心理療法が心理療法プロセスに与える潜在的な影響に関する正当な懸念が伴うとされている。例えば、提供者(Co)は、患者と提供者が異なる場所にいると、作業同盟が希薄に感じられたり、危機的な状況に対応できなくなるという懸念を表明している(Gershkovich et al., 2016)。
Jenkins-Guarnieriら(2015)は、CVTや電話による遠隔心理療法と対面療法を比較した15の研究(無作為化試験9件、非無作為化試験6件)で、患者のケアに対する認識を検討した。全体的にこのレビューでは、遠隔心理療法と対面療法の間には、作業同盟や患者満足度にほとんど差がないことがわかった。
患者への遠隔医療の導⼊ (Lozano et al., 2015 ⻘⽊俊太郎他訳からの抜粋を筆者が改編)
• いつものように,思いやりのある挨拶と導⼊。
• 技術的な問題が起こったとしても,慌てている様子を見せない。
• 必要に応じて⼤げさな表現やジェスチャーを⽤いるようにし、Clがこちらの⾝振り⼿振りを⾒ることができるように,カメラから適度に離れた場所に座ることを検討。
• 要約,リフレクション,観察を頻繁に使⽤して,Clにあなたが話を聞いていることを再認識してもらう。
• 対⾯での⽀援よりも治療中に⾏われていること(例:リラクゼーションの理論的根
拠,エクスポージャー)について相互理解するために⼝頭で確認を多く⾏うようにする。
• 臨床家は,Clが認識する以上に,ラポール形成が良好ではないと報告しがち。
• 何より,遠隔医療に関連する避けられない技術的・臨床的な課題に対して,忍耐とユ
ーモアをもつこと。
これらは、すべて筆者の感じてきたことと同じだ。ビデオ遠隔心理療法の経験を積めば積むほど、疲労は少なく、対面と同じようなセッションを持てることが増えているのを実感する。ただし、感情爆発やその結果としてのセッション中断、Clが沈黙がちの時に通信状況があまりよくない時などは、対応が難しいという現実は変わらない。
そして、ずっとオンラインでやっていたClに対面でお会いした時の、何とも言えない安心感や「直接会うのは初めてなのに、なぜか懐かしい感じがする」という感触を無視することはやはりできない。
いずれにしても、開業心理療法のサバイバルとしては、「Clのメリットを最大化する」というものであることに間違いはないので、今後もオンラインと対面とを混ぜながらやっていく必要があることは疑いようがないだろう。
4.今後の課題
筆者としては、以下の2点を考えている。
1)所属Coの収入保障
これまで筆者のオフィスでは、女性Coの妊娠出産に伴う業務の引継ぎと再開を大いに支援してきた。また、その一環としてコロナ前から育休中Coの在宅による受付業務やオンラインカウンセリングを業務委託してきた。けれども、今後は男女両方のCoの育休中の最低収入保障等もできたら素晴らしいと考えている。
2)eHealth intervention の開発と普及
Webやスマートフォン上のアプリを使ったメンタルヘルスツールであるeHealth interventionの補助的有効性が確かめられている(Bennett, C. B. et al,2020)。筆者も性格相性診断のアプリ開発などを手掛けて公開しているが、今後はさらにメンタルヘルスや「心の成長と成熟」を促進するようなアプリ開発を考えたい。
▶文献
Bennett, C. B., Ruggero, C. J., Sever, A. C., & Yanouri, L. (2020). eHealth to redress psychotherapy access barriers both new and old: A review of reviews and meta-analyses. Journal of Psychotherapy Integration, 30(2), 188-207.
Gulum, I. V., Soygut, G., & Safran, J. D. (2018). A comparison of pre-dropout and temporary rupture sessions in psychotherapy. Psychotherapy Research. Vol. 28, No.5-6, 685–701
Lozano, B. E., Birks, A. H., Kloezeman, K., Cha, N., Morland, L. A., & Tuerk, P. W. (2015). Therapeutic alliance in clinical videoconferencing: Optimizing the communication context. In Clinical Videoconferencing in Telehealth (pp. 221-251). in COVID-19 Tips: ⻘⽊俊太郎他訳 遠隔医療で成⼈クライエントとのラポール形成Juliet Kroll, Ruben Martinez, and Ilana Seager van Dyk UCLA Pediatric Psychology Consultation Liaison Service https://www.researchgate.net/publication/340414789_COVID-19_Tips_Building_Rapport_with_Adults_via_Telehealth
西野入篤(2020)カウンセリングを行う開業機関へのサポート.浦和南カウンセリングオフィスホームページ
https://urawaminamioffice.jimdofree.com/%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9B-%E3%81%9D%E3%81%AE%E4%BB%96/%E3%82%AB%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%92%E8%A1%8C%E3%81%86%E9%96%8B%E6%A5%AD%E6%A9%9F%E9%96%A2%E3%81%B8%E3%81%AE%E3%82%B5%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88/
(2020年7月29日閲覧取得)
Rosen, C. S., Glassman, L. H., & Morland, L. A. (2020). Telepsychotherapy during a pandemic: A traumatic stress perspective. Journal of Psychotherapy Integration, 30(2), 174-187.
Swift, J. K., & Greenberg, R. P. (2014). A Treatment by Disorder Meta-Analysis of Dropout From Psychotherapy. Journal of Psychotherapy Integration. Vol. 24, No. 3, 193–207
Brucks, M.S.,Levav,J.(2022).Virtual communication curbs creative idea generation. nature research
2022年
4月
29日
金
カウンセラー・セラピストは誰に悩みを聞いてもらうの?
福島哲夫
〇セルフケアそれとも相互扶助?
私もよくクライエントさんたちに聞かれます。
「先生は、こういう話を聴き続けて落ち込んだりしないのですか?」と。
そんな時私は、
「元々暗い話が好きなんですよ!」と答えたり、
「こういう話でこそ、深く触れ合える気がして、つらくはならないんですよ。。」と答えています。それは、とても正直なところなのです。
以前私は(福島,2017)「(カウンセラーの)「セルフケア」と「自己点検」は,基本的に
は「すべて臨床活動(訓練も含む)のなかでされるべき」と書いたりしてきました。つまりカウンセラーの臨床的なストレスは、十分な内省を経たのちに「クライエントと共有する」ことで、ストレスではなく前向きな取り組みとして解消されると考えてきました。
たとえばクライエントさんから「なんか、カウンセリングの効果がいまいち感じられないんです」とか「最近、ここに何しに来てるのかなと思います」と言われると、正直かなりショックだったり、グサッと来たりするものです。
それに対して「確かにこのところカウンセリングの成果が今一つ上がっていないかもしれませんね。それを一緒に考えていきましょう。」とクライエントに伝えることで、こちらの臨床的ストレスはクライエントの取り組みを促進する触媒となり、もはやストレスとは感じられなくなります。
以上のような考えは今でも全く変わりませんが、これに加える形で最近痛感しているのはやはり仲間の存在の大切です。今年になって私のオフィスに勤務し始めたカウンセラーが「前の職場では、心理士同士の会話がほとんどなかったけれど、ここでは雑談もケースの話もできて、とても支えられている」と言ってくれています。さらに別のスタッフは、私のスーパービジョン(SV)のセッション中にとても沈んだ様子だったので、ヴァイザーとしての私は、セッション中と最後にその抑うつ感への共感と労い、ゆっくりすることへの勧めをしてスーパービジョンを終えました。
すると、数時間後にとても元気な様子が感じられたので訊いてみると「SVの後、別のスタッフとくだらない雑談をしていたら、うつ抜けしました!」と教えてくれました。
〇密な空間の大切さ
実は、私のカウンセリングオフィスのスタッフルームは、2DKのマンションのキッチンスペースでとても狭いのです。面接室は隣に1つ借り増しして3部屋あるのですが、スタッフルームはそのままです。このスペースで私がデスクトップパソコンに向かっていると、スタッフはカウンセリングの合間に次々と様々な話をしてくれます。
それは時に私の業務の停滞を招くのですが、ふと「私の師匠たちはこんなことはしてなかったな」と複雑な思いに駆られる時があります。そして、「もっと収益が上がったら、広いスタッフルームと個別の部屋を持ちたいな」と夢想したりも。そしてとうとう5年前に廊下の反対側にもう一部屋借り増しした際には、念願かなってその部屋に私専用のデスクとパソコンを用意したのです。
けれども、それは今現在に至るまでめったなことがない限り使用されていません。
そこで作業しても何もいいことがないのです。
元々集中の持続しない「集中困難型ADHD」の私なので、誰も話しかけてこなくても、執筆は5分で行き詰まり、立ち歩く必要があるです。
これを先のヴァイジーさんや新入りスタッフのさんの話と合わせて考えれば、やっぱり私たち心理士は「密な空間での雑談」を必須としているのではないでしょうか?
というわけで、私たち成城カウンセリングオフィスのカウンセラーたちはこのコロナ禍の下では窓を開けながら、それでも密な会話をし、健康を保てています。(幸いオフィスでの感染者は発生していません)。
〇先行研究では
ちなみにカウンセリングや心理療法のプロセスと結果には、カウンセラーの個人的な経験も重要とされていますが、そういったカウンセラーの個人的な経験とそのカウンセラーが実施するカウンセリングの質との関係については、ほとんど知られていません。
代表的な研究に以下のようなものがあります。
国際的な大規模サンプル(N 4=828)のカウンセラーたちの自己報告(Orlinsky & Rønnestad, 2004, 2005)を分析した結果、カウンセラーの生活の質を反映した2つの因子Personal Satisfactions(個人的満足感)とPersonal Burdens(生活負担感)とが抽出され、それらの2つの因子とDevelopment of Psychotherapists Common Core Questionnaire(Orlinsky et al, 1999)のQuality of Personal Life scalesを用いて調査した研究です。
******
上記の質問紙に加えて患者とセラピストの両方によって評価された同盟レベルと成長の予測因子(Working Alliance Inventory(Havikら、1995年)を使用して)を使って大規模な(227人の患者と70人のセラピスト)通常の外来心理療法において調査された。
Thの個人的な生活負担スケールは、患者の評価による作業同盟の進展に強く、負の関連を示していたが、セラピスト評価による作業同盟とは無関係であった。逆に、セラピストの個人的生活満足度は、明らかに、そして肯定的にセラピスト評価の同盟の発展と関連していたが、患者の評価とは無関係であった。
この結果は、作業同盟(ワーキングアライアンス)がセラピストの生活の質に影響されることを示唆しているが、患者やセラピストによって評価された場合には、それぞれ異なる方法で影響を受けていることを示唆している。患者はセラピストの私生活における苦痛の経験を特に敏感に感じているようであり、それはおそらくセラピストのセッション中の行動を通して伝えられていると思われるが、一方で、セラピスト自身の同盟の質の判断は、個人的な幸福感によってポジティブに左右されていた。
*******
つまり、カウンセラーの個人生活上のネガティブな出来事は、クライエントにすぐに見破られるけれど、反対にポジティブな幸福感は特には伝わらないという結果です。日本では、そして私のクライエントさんたちは、どうでしょうか?
ちなみに私は家庭では「少しネガティブ」な時くらいの方が、評判がいいです。家庭で幸福感が高い時にはポジティブになりすぎて、少し共感力を失っているみたいです。さらに、大学内では「楽観的な前のめり学部長」として通っています。まあ、組織のリーダーとしては楽観的なくらいがいいのではと自分では思っているのですが。。。
いずれにしても、カウンセラーのセルフケアはとても大切だという事に変わりはないようです。
○文献
福島哲夫(2017) カウンセラーのセルフケアと自己点検をどう進めるか?臨床心理学第 17
巻第 1 号
Helene A. Nissen-Lie,Odd E. Havik(2013)The Contribution of the Quality of Therapists’
Personal Lives to the Development of the Working Alliance. Journal of Counseling Psychology Vol. 60, No. 4, 483–49
2023年
7月
22日
土
前回のブログでは、カップルの喧嘩において悪循環を防ぎ、二次被害を生まないための秘訣をお伝えしました。
では、そのような秘訣を守ったうえで、建設的な対話はどのように進めていけばいいのでしょうか?
この際に参考になるのが「LOVEの会話」とアサーションの中の特に「DESC法」と呼ばれるものです。
1.LOVEの会話とは
まずは、親密な対話の基本として、以下の4つの態度があげられます。
Listen・・・心を込めて相手の話を傾聴する
Open・・・先入観のない心と頭で真摯に向き合う
Validate・・・お互いの話を正当だと認め、受け入れる
Express・・・自分の考えや気持ちを穏やかに、簡潔に、ゆっくりと表現する
これら4つの特徴の頭文字をとって「LOVEの会話」と呼ばれています。
これは『カップルのための感情焦点化療法』(金剛出版、2021)の中で紹介されているものです。
少し説明しましょう。
まずは相手の話を傾聴する(Listen)は必須です。
そして、さらに傾聴して終わりではなく、かといってすぐに反論したり解決策を伝えたりするのでもなく、Openな態度つまり広い心で「なるほど、そういうことなんだね」「そう思っているんだね」などと、まずは受け止めます。
これは単に受け止めるだけではなく「先入観なく新鮮な気持ちで受け入れる」という態度が大事です。
そして、Validateです。
このValidateとは、「(妥当なものとして)承認する」「是認する」という言葉です。砕いていえば「認める」です。
要するに相手の発言を認めるというのが、このValidateです。
ただし、これは形だけの承認ではなく、「たとえ違う意見、違う立場、あるいは腹の立つような発言であっても、まずは心から認める」というものです。
そして、最後がExpress表現するです。
これは「自分の考えや気持ちを穏やかに、簡潔に、ゆっくりと表現する」というものです。
どんなに大切な気持ちでも、あるいは相手を思いやっている気持ちであっても、怒った顔で長々と話したら伝わりません。
穏やかに、そしてできたら簡潔に、さらにゆっくりと言葉にしないと相手には伝わらないものです。
まして、「言わなくてもわかって欲しい」「こんなことくらいわかって当然」というのは、この多様化した現代ではもう通用しません。
これら4つの態度の頭文字を取ったものが「LOVEの会話」です。
親密な関係における対話は、この4つが基本となります。
おそらく、仲良く楽しくできている時には、自然にこれらの4つが満たされているでしょう。
けれども、親密な関係であればこそ、安心してリラックスして本音が出てきます。
雰囲気が少し険悪になったときや、お互いの考えや感じ方の違いが明らかになったときにも、お互いに本音を出し合いながらも、この4つの態度が実践できるかどうかがとても大切な秘訣となります。
2.アサーションとは
親密な関係における自己表現で大切な考え方が、アサーションです。
このアサーションとは「自他を尊重した自己表現」と訳されるもので、「攻撃・感情的な主張」でも、「主張しない」でもなく、自分のことも相手のことも大切にした自己表現のことです。
具体的なスキルとしては、「相手の意見を聞く」「相手に意見を伝える」「双方の意見を検討したのち具体的なアクションを起こす」という3つのステップが基本です。
この中には言語的なアサーションと非言語的なアサーションの両方があります。
◎言語的なアサーションとは?
言語的なアサーションとは、文字通り「意味のある言葉によって相手に働きかける」ことを指します。言語的なコミュニケーションでは、発する言葉の意味以上に重要になるのが、「どういう文脈でその言葉を発するか」です。いわば自己主張するための文脈を整備するスキルだと言えるでしょう。
例えば、相手に対して突然「嫌いだ!」などというと、相手は不快感を抱きます。言われた側からするとそんな風に言われる文脈がないため、一種の不条理的なシチュエーションに引き込まれることになります。この不快感が相手との衝突を深める危険があります。
ですので言語的なアサーションとして重要なのは、感情や主張を言うよりも先に、「今、どういう状況にあるのか」をきちんと相手と共有することです。「今少しいいかな?」「少しお話があるんだけれど」「この前もお話しした◯◯についてなんだけれど」というように、きちんとした前置きで、まずは文脈を整備することで、相手にも心の準備ができて、対話がしやすくなります。
この時に「そんなことをすると急に雰囲気が険しくなる」と心配する人がいます。
けれども、こういった文脈つくりなしに不満をため込むことの方が長期的には悪影響だということを理解すべきでしょう。
◎非言語的なアサーションとは?
非言語的なコミュニケーションには、頷きや表情など視覚に訴えるものと、声色や声量そして相槌やオウム返しなどの聴覚に訴えるものがあります。例えば、謝罪や愛の言葉を伝える時に足を組んでいたり、テーブルをコンコンと叩きながらする人はいないと思います。
そのように、自分の気持ちが誤解されないように配慮するのが、この非言語的なアサーションのエッセンスです。
非言語的なアサーションで注意したいのは、感情のコントロールです。いくら言語的なアサーションが上手であっても、仕草や表情と言葉が一致しなければ、相手に不快感を与える恐れがあります。
例えば何か頼まれごとをされたとき「いいですよ」と答えても、しかめっ面など不機嫌そうな表情をしていると「したくないけれど、仕方がないからやってやる」という風に解釈されてしまいます。
◎アサーションスキルのアップに欠かせないDESC法
アサーションスキルを体系的にまとめた理論として、DESC法というものがあります。これはアサーションのプロセスを以下の4つのステップに分解したものです。
D:Describe(描写する)
客観的に状況・事実を伝える
E:Express(表現する)
自分の意見や感情を表現する
S:Specify(提案する)
相手に求めているものを言葉で伝える
C:Consequences(結果を伝える)
提案したものの実行/不実行による結果を伝える
アサーションとは「自己主張」の能力であり、同時に他者を尊重することが求められるスキルでもあります。他者を尊重するというのは感情的な信頼もそうですが「合理的に話を進める」ことも大切な要素となります。DESC法とは、まさに合理的解決のための道筋を整備する方法だと考えられます。
例えば、友人が最近何度か待ち合わせに遅刻したケースをイメージしてみましょう。続けて遅れてきた友人に対していきなり怒りをぶつけると、お互いの感情同士がぶつかり合って関係性を悪化させるだけになる恐れがあります。ですので、まずは文脈をきちんと作ることが大切です。簡単な会話例をみてみましょう。
「このところ何回か遅刻してるけど(D:描写する)、どうしたの?」
「ごめんごめん、寝坊してしまって」
「遅刻が続くと心配になるし、後ろの予定にも響くからちょっと困る(E:表現する)」
「気をつけるよ」
「ちょっとスケジュールに無理があるかな?もう少し、遅い時間に待ち合わせする?(S:提案する)。そうすれば、私も別の用事してから来ればいいし、前もってわかっていれば後ろの予定もずらせるかもだし(C:結果を伝える)」
「わかった、次からそうするよ」
この会話のポイントは、具体的に何をすればいいかをはっきりさせているところです。「何が起こり」「どう問題が生じ」「どうすれば解消され」「それでどのようになるのか」に具体性を持たせることで、相手に理解や納得を促すことができます。
◎アサーションは理解・納得のプロセスが大事
アサーションスキルを身につけるためには、相手がどういうプロセスで理解・納得するのかを知ることが大切です。
DESC法は、そのプロセスを利用したアサーションの具体的な方法であり、活用することで自然な自己表現を身につけることができます。
コミュニケーションスキルは短期的に身につけられるものではありませんが、日々意識し続けることで習得できます。
アサーションをはじめとするコミュニケーションスキルはビジネスにおいても親密な関係においても、とても大切で生産的なスキル・思想です。とくにビジネス場面ではある程度できている人でも、親密な関係になるとそれができない人も多いようです。
DESC法はビジネスでも、親密な関係でも大切なものですし、LOVEの会話は親密な関係でこそその効力が発揮されるでしょう。
これら二つを心において、日常的に自分の言動を振り返り、少しずつ改善していくことを心がけましょう。
2023年
7月
11日
火
以前、このブログに「カップル円満の秘訣ーあごうたオッケー」を書かせていただきました。
この内容は2022年12月にNHKラジオ「医療ジャーナル」でも、紹介されました。
さて、今回はこの「あごうたオッケー」の続編ともいうべき内容です。
さしづめ「あごうたオッケー」はカップルの平常時の合言葉、今日お伝えする「肘と手守れ」は、カップルの非常時、つまり喧嘩中の合言葉です。(覚えやすさのために、両方とも身体にまつわる言葉にしてみました)
これはずっと以前に相性について書いたブログで、「相性はTalk(会話)、Walk(身体運動)、Battle(喧嘩)の3領域で見極めましょう」という提案の、「喧嘩」について詳しく述べるものにもなります。
(以下のリンクを参照してください)
さて、いつものように、少し長くなるので結論から書きましょう!
以前の「あごうたオッケー!」は
ありがとう
ごめんなさい
うれしい
たすかる
(約束事や頼まれごとは)オッケー!と返事して行動
の頭文字でした。
今回の「肘と手(ひじとて)守れ」は
(喧嘩の時には)
ひとりの時間を持つ(持たせてあげる)
自分を責めない
問い詰めない
敵視しない(相手を敵だと思わない)
を守れ
のそれぞれの頭文字(はじめの一文字)です。
喧嘩の時には最低限これを守れば、さらなる悪循環を避けることができて、二次被害を防ぐことができます。そして、うまくすれば建設的な「対話」に持っていくこともできます。
では、ここから一つずつ解説していきましょう。
「ひ」・・・一人の時間をもつ(持たせてあげる)
カップルが喧嘩になったときに、なかなか一人の時間を確保するのが難しくなり、そのストレスもあって、余計にお互いを傷つけてしまいかねません。
これは「(腹立ちなどの)気持ちが収まらない」とか「気がすまない」という気持ちから来るものですし、場合によっては「相手から離れるのが不安」という場合もあります。
けれども、お互いもう大人です。喧嘩をしたからと言って何かやらかしてしまうとか、どこか遠いところに行ってしまうということはないでしょう。(あるいは、それが繰り返されるようなお相手は、そもそも一緒にいるべきかどうかを考えなくてはいけませんよね)
ここは思い切って、頭を冷やすためにもしばらく一人になりましょう。
その際に、黙って去っていくのではなく「少し頭を冷やしてくるね」とか、「今日はここまでにして、お互い別々に過ごそう」と提案して、一人の時間を確保すべきです。
「じ」・・・自分を責めない
じつは、喧嘩がこじれる多くの場合、相手への怒りや責めたい気持ちの奥に「自分がバカにされている」「自分がないがしろにされた」という被害感とそれによって損なわれた自尊感情が問題となります。
言い換えれば、被害感と自己卑下、屈辱感などがごちゃ混ぜになって自分を責める気持ちも湧いてきて、素直になれなくなっています。相手を責めながら本当は自分を責めている(「こんな自分だから嫌われてるんだ」「こんな自分だからバカにされている」「自分は結局はいいように利用されているだけなんだ」等々)ことがほとんどです。
ここで、自分を責める気持ちにストップをかけて自分を大切にする行動を取れれば、それは結果として相手のことも最低限大切にする行動につながります。
「と」・・・問い詰めない
これはわかりやすいでしょう。
喧嘩の時にはどうしても相手を問い詰めたくなります。けれどもそれは単に攻撃していることになります。さらにその問い詰めに相手がうまく答えてくれないと余計に腹が立つ、かといって反対にうまく答えたら「本当に口ばっかりなんだから」とまた腹が立つと、ダブルバインド的に「どうなっても余計に腹が立つ」、相手からすれば「どうやっても余計に怒られる」ということになります。
これでは成り立つはずの対話も成り立たなくなります。
「て」・・・敵視しない(相手を敵だと思わない)
これは、当然のことではあるのですが、喧嘩の最中には案外難しいことかもしれません。喧嘩の最中には「相手は私を嫌っている」とか「この人は本当は悪い奴だ」と思い込んでいるものです。心理学的にはsplittingと呼ばれる心の中で分裂が起こっている状態とも言えます。
あるいは、最近臨床現場以外でもよく見聞きするようになった「解離」が起こっていてのことかもしれません。
これが起こらないようにするには、かなりの努力が必要ですが、「あ、また相手を敵視しちゃってるな」とその都度意識することが、取り組みの始まりです。
相手を敵視してしまうと、本当には思っていない酷いことや、普段の気持ちとは正反対の「嫌い!」という言葉を吐いてしまいがちです。
そうすると相手もそれに応戦する形で酷いことを言ってくるか、喧嘩が終わって仲直りした後でも、ひどい言葉によって傷ついた部分が残っていたり、ひどい言葉そのものは記憶に残っていて、その後も悪影響を及ぼしてくるということになりかねません。
いかがでしょうか?
上記の秘訣は心理学的に言えば「自分自身と相手との両方に対して適切な心理的な距離を確保する」ということです。つまりは「親密性の課題」「親密な関係の中での適切な距離」の課題です。
この適切な心理的距離は、健全な幼少期~青年期を過ごしてくれば自然に身につくものなのですが、不適切養育やいじめられ経験・被虐待経験などにより、これを学ぶ機会が阻害された場合は、意図的に学ぶ必要があります。
これを読んで「自分たちは、喧嘩の時ももっと健康的で大人な喧嘩をしている」と感じられた方は、素晴らしいです。
けれども、多少でも思い当たるところのある人は、ぜひ頑張ってこの4か条を守れるようにしてみてください。
そうすれば、それまでよりも二人の関係がぐっとよくなり、対話が成立しやすく、建設的な関係になれるはずです。
そして、そのような建設的な喧嘩と対話が経験できたら、ぜひともそれを継続させる努力をしてください。
では、実際の建設的な喧嘩と対話でのコミュニケーションは、どのようにすればいいのでしょうか?
これは、また近いうち続編として書きたいと思います。
以上
2022年
5月
15日
日
心理療法統合ハンドブック序文
まず何よりも「とうとう出ました!」と言いたい。
https://img.honto.jp/item/1/133/180/30889812_1.webp
本書は、我が国初の統合的心理療法の総合的ハンドブックである。これまで、日本語によるこのような書籍はなかった。
かなり以前から「統合的心理療法を学ぶのにこの一冊と言ったらどの本ですか?」という質問を受け続けてきたが、そのたびにパッとは答えられなかった。そんな私だったが、これからは迷わずこの一冊を胸を張ってお薦めできることとなった。
本書は、日本心理療法統合学会監修として、この学会の主だったメンバーを中心にして執筆された。
本学会は2019年にできた新しい学会ではあるが、その前身は2005年からの「心理療法統合を考える会」(関東地方)、そして2010年からの「関西折衷的心理療法研究会」(関西地方)として、さらに2014年からは2つの研究会の交流会である「東西の会」を年1回開きながら、研究と実践そして対話を重ねてきた。
また、国際学会「Society for Exploration of Psychotherapy Integration(心理療法統合を探究する学会:通称SEPI)への参加や発表を積極的に行ってきた。2020年には、本学会の理事の一人である岩壁茂が、このSEPIの理事長としての重責を果たしている。
この主だったメンバー達は、たまたまさまざまな学派の出身者であり、元々は認知行動療法や力動的心理療法、分析心理学(ユング派)や人間性アプローチ、家族療法、ブリーフセラピー等々の専門家であった。このようなメンバーが学会の第I期理事となり、仲良く議論しながら学会運営を進めている。
上記の研究会や国際学会での対話を通じて実感し続けていることは、「心理療法統合を目指す臨床家は、謙虚で調和志向な人が多い」ということである。
とかく「統合」という言葉は、かなり野心的で自我肥大した印象を与えるかもしれない。
けれども私たちの使う「統合」は本書を一読すればわかる通り、とても謙虚な「クライエントの役にできるだけ立ちたい」という思いに貫かれている。「折衷」という言葉を使うこともあるが、これも「妥協」の意味ではなく「積極的に一定の見識の下で、より良いものを組み合わせて使い分ける」という意味である。
本書も上記と同様の姿勢から企画・執筆された。
本書の第Ⅰ部は「心理療法への統合的アプローチとは」と題して、心理療法統合の多様なあり方と考え方について縦横に論じたものとなっている。
そして、第Ⅱ部は「確立された統合的心理療法」として、すでに有効性が検証された確立した最新の統合的心理療法を6つ紹介し、日本における実践例も紹介している。
第Ⅲ部では「心理療法の多様なアスペクトの統合」として「研究と実践の統合」、「倫理・社会正義・政治と臨床実践との統合」というより大きな広がりを持った視点を紹介した。
さらに第Ⅳ部では「トレーニング」として、統合的心理療法を実践する臨床家を育てるためのトレーニングはどのようなものであるべきかについて、その実践例とともに紹介されている。
また、章と章の間の随所に「トピックス」として、各章においては十分に解説できなかった心理療法統合において重要な最新の項目を数ページで記述・解説するコーナーを設けた。
多様性を重んじる本書の立場から、文体や論の進め方は各執筆者にかなりお任せし、編者の杉原・福島は企画と構成、更に内容的なチェックと読みやすい文章にすることに注力した。
結果的に本書はどの章やトピックスを読んでも、そこに人間の多様性に根ざした多元主義的な視点と、「違い」に対する寛容な態度が伝わると思う。
そして「違い」に対して寛容でありながら、その違いを過度にアピールするのではなく「共通点」や「類似性」にも開かれているという、心理療法統合を志向する我々の基本姿勢も本書のいたるところに溢れていると感じていただけたなら幸いである。
心理療法統合とは特定の学派に依拠するものでも、単一の学派の存在を否定するものでもない。そして、多様な個性と課題をもったクライエントにできるだけ効果的にアプローチしようとするものである。あるいは、そのような姿勢そのものやそのようなアプローチを探求するプロセスや営みそのものを指す言葉だといえる。
このような姿勢は、まさに21世紀の世界が夢見る共生と融和を目指した価値観を体現しているともいえると同時に、一方で分断と非寛容が進みつつある現実へのささやかではあるが、確信的な抵抗ともいえる。
そしてこの様な、多様性を認めながら共通点も見出して繋がっていくというあり方は、日々、自らの態度を自省してこそ継続できるものだと思っている。間違っても「統合的なあり方だけが唯一正しい」と主張するような自己矛盾に陥らないようにしなければならない。
それは本書の第II部で紹介している確立された統合的心理療法に関しても同様で、「統合的〇〇療法だけがいつでも最強だ」といった自己矛盾の罠に、本書の読者諸氏も陥らないようにしていただきたい。
現実は常に複雑で多様だ。
そして現在の心理療法の世界は400種類を超える心理療法が並存するまさに熱帯の森のような多様性を持っている。その中で「何でもあり」の混沌ではなく、「より効果が高いかどうか」「クライエントのお役に立てるかどうか」というある意味で厳しい生存競争を内包した、豊かで風通しのいい森を夢見て、本書の編集作業を進めてきた。ぜひ、この多様な森の世界をご堪能いただき、実践に生かしていただけたなら幸いである。
日本心理療法統合学会 理事長
福島哲夫
2022年
5月
05日
木
開業心理療法のサバイバルモデルーコロナ禍からWithコロナ、afterコロナまでー
福島哲夫(成城カウンセリングオフィス/大妻女子大学)
1.はじめに
筆者は私立大学の教員として勤務するかたわら、2014年から東京都世田谷で「成城カウンセリングオフィス」を開業し、運営と臨床実践、そして臨床研究を続けている。それより以前は1988年頃より、精神科医の鍋田恭孝先生の開設された「青山心理臨床教育センター」(東京渋谷)で約25年間非常勤カウンセラーを務めていた。年齢でいえば「青山心理」は30歳少し前から、「成城」は50歳少し過ぎからである。給与体系はどちらも完全歩合制であったが、30代後半は、主にその収入のみで生計を立てていた。
成城カウンセリングオフィスは2022年5月現在私以外に18名のカウンセラー(以下Co)が所属し、それぞれのライフスタイルに合わせて週5日~週1日ケースの時間に合わせて勤務している。育休中のスタッフや子育て中のためにオンライン対応のみのスタッフもおり、大学院修了直後から事務バイト兼Coを務めているスタッフもいる。
私自身は24歳で山王教育研究所でのトレーニングを受け始め、その後、並行して他の臨床現場を経験した。実務に携われば携わるほど、開業スタイルの臨床こそが効果・やり甲斐・収益の3点から、心理臨床の醍醐味であると確信し続けてきた。もちろんどの領域も尊いものであるので、優劣をつけるつもりは全くない。けれども、来談者の動機づけを最も強く感じながら、来談者を常に心からリスペクトして協働できるという点で最高の現場であり、さらに医師を含む他職種とも対等に建設的な形で連携でき、来談者の変容の現場に立ち会う尊さを実感できるという点、そして腕と工夫次第で十分な収入を得られるという点からも、この業態がもっともっと盛んになってほしいと心から願っている。
ちなみにこの業態をすでに「パイの奪い合い」と称するベテランもいるが、それは全く当たらない。なぜなら無名資格やいわゆる「野の医者」(東畑,2000)に通っている人々の多さは、ネット広告からもうかがい知れるところではある。そういった野の医者たちが引き受けているクライエントたちを、少しでもこちらに呼ぶことができればまだまだ需要はあると言える。ちなみに卑近な例では、筆者のオフィスと50メートル圏内にある医療機関付属のカウンセリングセンターとは、客層において全くかぶっていないことからも実感できるところである。
また、筆者はいわゆる「兼業開業」であるが、専業開業して、そこからの収益だけで十分に生活が成り立っている中堅の心理士(例えば、西野入篤氏の「浦和南カウンセリングオフィス」など)も、少数ではあるがおられる例を見ると、この業態の未来は決して暗くないと感じている。
本稿においては、コロナ禍やウィズコロナの直近の状況を踏まえた「開業サバイバル」について私見を詳らかにしたいが、それはこの30年の経験の中で感じ続けてきていたことと大きな違いは無い。むしろ、今回のコロナ禍でこれまでのサバイバル術がより鮮明に確認されたと言っていいと感じている。
2.開業臨床で生き残るために
端的に言って以下の3点が重要である。
1)従来の(伝統的な)臨床よりも「温かく積極的」「必要に応じて柔軟な」臨床
2)中断しない臨床力
3)集客のためのホームページの工夫
4) 結果的な安売り・多忙化競争に巻き込まれないために、セミナー開催やオンライン相談をメイン事業にはしない。
1)は、他所のカウンセリングを経験して(あるいは中断して)来られるクライエント(以下Cl)から、痛感することである。つまり「前のカウンセリングでは、傾聴はしてくれたけれど、それだけだった」と。傾聴と共感だけでは不十分であることは、近年の国際的な研究からもうなずけるところである。
たとえばGulum,Soygut,&Safran(2016)では、中断したケースと、中断しなかったケースの内容を比較した結果、中断しなかったケースではtherapistのpositive行動の頻度が違っていた。しかも4回目の後のキャンセルが、それ以前やそれ以降のキャンセルよりも、もっとも中断を予測するとしている。つまり、私たちは5回目までのセッションで何とか肯定的な関りと作業同盟の構築を目指すべきなのである。そして、それが2)の中断しない臨床力そのものでもある。
柔軟性に関しては、たとえば時間枠や頻度に関しても、よほど病態水準の重いClでない限りは、ある程度の柔軟性を持たせた方が、中断しにくくお役に立ちやすい。
2)については、中断に関するもう一つの研究を紹介すると、Swift & Greenberg (2014)によるメタ分析研究がある。彼らは、587の研究をメタ分析した結果、12の障害カテゴリーのうち、depressionと PTSDのセラピーにおいて、統合的な心理療法は有意に中断率が低かったとしている。
そして、さらに統合的なアプローチが他のすべてのアプローチと比較して12の障害のうち11カテゴリーにおいて同等か低い中断率であることが、安定的に示されたとした。ここで言う統合的なアプローチとは、簡単に言えば「認知と感情と行動のそれぞれを、必要に応じて扱うセラピー」と言っていいだろう。
言うまでもないが、セラピーの予期せぬ中断は、何よりもClの損失になる。そしてClのその後のセラピーへのアプローチを妨げる可能性が高いという意味で、この業態への損失も計り知れない。漫然と継続することだけがいいとは思わないが、セラピストの予期しない形での早期の中断は、やはり最小限にする必要がある。
3)は、集客の問題である。これは主宰者の知名度や社会的地位、著書の数などは無視できると言っていい。言い方を換えれば、これらのいわゆる「ネームバリュー」は無くても十分に集客できるということである。筆者の経験では、著書や雑誌、TV番組を見てきたというClは、数は少なく継続率も低い。つまり、そういう人たちは「ちょっと興味本位」なのである。反対に、「カウンセリング」や「心理療法」というキーワードで、近隣を検索し、ホームページにたどり着いて「多少待ってもいいから」とセラピーを希望してこられる人は、継続と変容が大いに期待できるClである場合が多い。
しかも、ホームページは手作りの親しみの持てるものがいい。専門業者に依頼した高級感たっぷりのものである必要はないし、間違っても同業者を意識しすぎた専門性の高いものであってはならない。むしろセラピストを身近に感じられるような紹介文を載せた、手作り感のあふれるホームページが、検索順位と来談率を上げるということが経験的に明らかである(西野入氏との個人的コミュニケーションによる)。
ちなみに筆者のオフィスのホームページは、手作りで年間1万円強のプロバイダー料、西野入氏のそれは無料のホームページである。このような手作り感満載のホームページに、セラピストの人柄が伝わるような自己紹介や、ブログを書くのが効果的である。反対にホームページに運営側の自己愛が少しでも漏れ出ていると、消費者は敏感に感じ取り警戒される。
もちろん近隣クリニックからのリファーが増えると望ましいが、これは多少主宰者の知名度や地位が関係してくると思われるので、必須ではないと言いたい。
けれども、自然発生的に連携の必要が生じて、「カウンセリング開始報告書」や「紹介状」をきっかけに、こちらの実力が伝わるようなことがあれば、近隣のクリニックが「困ったケース」や「カウンセリングが効果的と思われるケース」を紹介してくるということも十分に期待できる。良心的な精神科クリニックであればあるほど、「薬物療法だけでは不十分な(あるいは進展しない)ケース」に困っていて、患者さんのためにさらにできることがあるならしたいと思っているのである。
4)は議論の分かれるところかもしれない。
「withコロナなのだからオンライン・カウンセリングと、可能ならオンライン・ワークショップを基本にすべき」という意見が主流であろう。けれども、筆者のオフィスでは2020年の3,4,5月の新規ケースの減少を経て、6月からの毎週の新規申し込みが続き、7月後半からの感染再拡大を迎えても面談希望は絶えなかった。対面カウンセリングを望む人は多く、それはCoたちも同様である。
セミナーやワークショップは、対面であってもオンラインであってもカウンセリングの来談にはあまりつながらないまま、業務量のみが増えるということが、経験上明らかである。
3.コロナ禍を通じての教訓―オンラインのメリットデメリット、対面面接の復活
筆者のオフィスでも、新型コロナウィルス感染症の拡大が報じられた2020年3月には、約7割のケースをオンラインに移行し、2割はご本人の希望で休止、残り1割の近隣で在宅ワークをしている(つまり感染の可能性が極めて低い)Clのみ、対面で継続した。私自身も徒歩で通勤し、マスク着用、手指の消毒、常時窓を開けての換気、ドアノブや家具のその都度の消毒などを励行した。スタッフの中には別の曜日に医療機関に勤務している者もいたが、上記の厳重な対策の上で勤務を続けてもらった。
新規申し込みは3月から5月までの3カ月間は、自然に途絶えた。唯一の例外は通称「コロナ離婚」と呼ばれる、在宅ワークの中でこれまでの夫婦関係の歪みが頂点に達したご夫婦の夫婦カウンセリングの5ケースのみであった。
この間の技術的な問題は皆無だった。Zoom有料アカウントはすでに数年前に取得しており、複数の最新のノートパソコン、子機のある電話等、オフィスで臨床研究やその一環としてのオンラインインタビューなども実施してきた経験が、そのまま生かされる形となった。唯一の落とし穴は、うっかり長時間同じ姿勢でオンラインカウンセリングをすると、腰痛におそわれるということだけだった。
こうやって3カ月をややおとなしく過ごした後、緊急事態宣言が解除された後の6月からは、また順調にほぼ毎週新規の申し込みが入り続けている。
上記のコロナ対応を通じて、そしてこれまでの経験をふまえて、カウンセリング形態の違いによるメリットデメリットをまとめると以下のようになる。
実施形態 |
メリット |
デメリット |
特記事項 |
対面のみ |
ノンバーバル・コミュニケーションが豊か、空気感や沈黙を共有できる |
感染リスクと通う時間と労力などのコスト |
Clが通うというコストとリスクの一方で、通うことによる「気分の切り替え」効果も。 |
初回からオンラインで一貫 |
低コストとアクセシビリティ |
セラピストの疲労と危機介入がしにくいための安全感の少なさ |
健康度の高いCl向き。遠隔地や外国にいるClには最適。 |
対面&オンライン混合 |
Clやその家族の体調不良に対応しやすい。危機介入のしやすさと低コストの両立 |
セラピーとしての一貫性が損なわれる可能性 |
|
また、オンラインやインターネット、スマホアプリなどを使ったメンタルヘルス活動は欧米ではtelepsychotherapyやe-mental healthと呼ばれているが、その際の注意事項が、以下のようにまとめられている。
質の高いe-mental healthのためのセラピスト側の条件(Deale et al.,2020)
1)Clの抵抗感を認識する
2)脆弱性の強いClに注意を払う
3)セラピーの進行状況に注意して、セラピーを個別調整(tailor)する
4)セラピスト自身の自助のための個人指導(者)を確保しておく
5)過度な負担を避ける
6)継続的な研修機会を確保しておく
7)仲間同士の相互指導(peer intervision)とスーパービジョンを確保しておく
8)危機管理のためのマニュアルを備えておく
9) 自己調整の方法を意識しておく
またビデオ遠隔心理療法(いわゆるZoomやSkypeを使ったオンラインカウンセリング:CVT)の有効性は、多くの研究で裏付けられている(レビューはFletcherら、2018年およびNorwoodら、2018年を参照)。認知処理療法(CPT)や長時間暴露(PE)を含むPTSDに対する効果的な心理療法は、ビデオ遠隔心理療法を介して行う場合も、対面で行う場合と同様に効果があるとしている(例:Aciernoら、2016、2017;Morlandら、2014)。
研究ではCVTの有効性が明確に支持されているが、バーチャルケアへの急速な変化には、遠隔心理療法が心理療法プロセスに与える潜在的な影響に関する正当な懸念が伴うとされている。例えば、提供者(Co)は、患者と提供者が異なる場所にいると、作業同盟が希薄に感じられたり、危機的な状況に対応できなくなるという懸念を表明している(Gershkovich et al., 2016)。
Jenkins-Guarnieriら(2015)は、CVTや電話による遠隔心理療法と対面療法を比較した15の研究(無作為化試験9件、非無作為化試験6件)で、患者のケアに対する認識を検討した。全体的にこのレビューでは、遠隔心理療法と対面療法の間には、作業同盟や患者満足度にほとんど差がないことがわかった。
患者への遠隔医療の導⼊ (Lozano et al., 2015 ⻘⽊俊太郎他訳からの抜粋を筆者が改編)
• いつものように,思いやりのある挨拶と導⼊。
• 技術的な問題が起こったとしても,慌てている様子を見せない。
• 必要に応じて⼤げさな表現やジェスチャーを⽤いるようにし、Clがこちらの⾝振り⼿振りを⾒ることができるように,カメラから適度に離れた場所に座ることを検討。
• 要約,リフレクション,観察を頻繁に使⽤して,Clにあなたが話を聞いていることを再認識してもらう。
• 対⾯での⽀援よりも治療中に⾏われていること(例:リラクゼーションの理論的根
拠,エクスポージャー)について相互理解するために⼝頭で確認を多く⾏うようにする。
• 臨床家は,Clが認識する以上に,ラポール形成が良好ではないと報告しがち。
• 何より,遠隔医療に関連する避けられない技術的・臨床的な課題に対して,忍耐とユ
ーモアをもつこと。
これらは、すべて筆者の感じてきたことと同じだ。ビデオ遠隔心理療法の経験を積めば積むほど、疲労は少なく、対面と同じようなセッションを持てることが増えているのを実感する。ただし、感情爆発やその結果としてのセッション中断、Clが沈黙がちの時に通信状況があまりよくない時などは、対応が難しいという現実は変わらない。
そして、ずっとオンラインでやっていたClに対面でお会いした時の、何とも言えない安心感や「直接会うのは初めてなのに、なぜか懐かしい感じがする」という感触を無視することはやはりできない。
いずれにしても、開業心理療法のサバイバルとしては、「Clのメリットを最大化する」というものであることに間違いはないので、今後もオンラインと対面とを混ぜながらやっていく必要があることは疑いようがないだろう。
4.今後の課題
筆者としては、以下の2点を考えている。
1)所属Coの収入保障
これまで筆者のオフィスでは、女性Coの妊娠出産に伴う業務の引継ぎと再開を大いに支援してきた。また、その一環としてコロナ前から育休中Coの在宅による受付業務やオンラインカウンセリングを業務委託してきた。けれども、今後は男女両方のCoの育休中の最低収入保障等もできたら素晴らしいと考えている。
2)eHealth intervention の開発と普及
Webやスマートフォン上のアプリを使ったメンタルヘルスツールであるeHealth interventionの補助的有効性が確かめられている(Bennett, C. B. et al,2020)。筆者も性格相性診断のアプリ開発などを手掛けて公開しているが、今後はさらにメンタルヘルスや「心の成長と成熟」を促進するようなアプリ開発を考えたい。
▶文献
Bennett, C. B., Ruggero, C. J., Sever, A. C., & Yanouri, L. (2020). eHealth to redress psychotherapy access barriers both new and old: A review of reviews and meta-analyses. Journal of Psychotherapy Integration, 30(2), 188-207.
Gulum, I. V., Soygut, G., & Safran, J. D. (2018). A comparison of pre-dropout and temporary rupture sessions in psychotherapy. Psychotherapy Research. Vol. 28, No.5-6, 685–701
Lozano, B. E., Birks, A. H., Kloezeman, K., Cha, N., Morland, L. A., & Tuerk, P. W. (2015). Therapeutic alliance in clinical videoconferencing: Optimizing the communication context. In Clinical Videoconferencing in Telehealth (pp. 221-251). in COVID-19 Tips: ⻘⽊俊太郎他訳 遠隔医療で成⼈クライエントとのラポール形成Juliet Kroll, Ruben Martinez, and Ilana Seager van Dyk UCLA Pediatric Psychology Consultation Liaison Service https://www.researchgate.net/publication/340414789_COVID-19_Tips_Building_Rapport_with_Adults_via_Telehealth
西野入篤(2020)カウンセリングを行う開業機関へのサポート.浦和南カウンセリングオフィスホームページ
https://urawaminamioffice.jimdofree.com/%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9B-%E3%81%9D%E3%81%AE%E4%BB%96/%E3%82%AB%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%92%E8%A1%8C%E3%81%86%E9%96%8B%E6%A5%AD%E6%A9%9F%E9%96%A2%E3%81%B8%E3%81%AE%E3%82%B5%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88/
(2020年7月29日閲覧取得)
Rosen, C. S., Glassman, L. H., & Morland, L. A. (2020). Telepsychotherapy during a pandemic: A traumatic stress perspective. Journal of Psychotherapy Integration, 30(2), 174-187.
Swift, J. K., & Greenberg, R. P. (2014). A Treatment by Disorder Meta-Analysis of Dropout From Psychotherapy. Journal of Psychotherapy Integration. Vol. 24, No. 3, 193–207
Brucks, M.S.,Levav,J.(2022).Virtual communication curbs creative idea generation. nature research
2022年
4月
29日
金
カウンセラー・セラピストは誰に悩みを聞いてもらうの?
福島哲夫
〇セルフケアそれとも相互扶助?
私もよくクライエントさんたちに聞かれます。
「先生は、こういう話を聴き続けて落ち込んだりしないのですか?」と。
そんな時私は、
「元々暗い話が好きなんですよ!」と答えたり、
「こういう話でこそ、深く触れ合える気がして、つらくはならないんですよ。。」と答えています。それは、とても正直なところなのです。
以前私は(福島,2017)「(カウンセラーの)「セルフケア」と「自己点検」は,基本的に
は「すべて臨床活動(訓練も含む)のなかでされるべき」と書いたりしてきました。つまりカウンセラーの臨床的なストレスは、十分な内省を経たのちに「クライエントと共有する」ことで、ストレスではなく前向きな取り組みとして解消されると考えてきました。
たとえばクライエントさんから「なんか、カウンセリングの効果がいまいち感じられないんです」とか「最近、ここに何しに来てるのかなと思います」と言われると、正直かなりショックだったり、グサッと来たりするものです。
それに対して「確かにこのところカウンセリングの成果が今一つ上がっていないかもしれませんね。それを一緒に考えていきましょう。」とクライエントに伝えることで、こちらの臨床的ストレスはクライエントの取り組みを促進する触媒となり、もはやストレスとは感じられなくなります。
以上のような考えは今でも全く変わりませんが、これに加える形で最近痛感しているのはやはり仲間の存在の大切です。今年になって私のオフィスに勤務し始めたカウンセラーが「前の職場では、心理士同士の会話がほとんどなかったけれど、ここでは雑談もケースの話もできて、とても支えられている」と言ってくれています。さらに別のスタッフは、私のスーパービジョン(SV)のセッション中にとても沈んだ様子だったので、ヴァイザーとしての私は、セッション中と最後にその抑うつ感への共感と労い、ゆっくりすることへの勧めをしてスーパービジョンを終えました。
すると、数時間後にとても元気な様子が感じられたので訊いてみると「SVの後、別のスタッフとくだらない雑談をしていたら、うつ抜けしました!」と教えてくれました。
〇密な空間の大切さ
実は、私のカウンセリングオフィスのスタッフルームは、2DKのマンションのキッチンスペースでとても狭いのです。面接室は隣に1つ借り増しして3部屋あるのですが、スタッフルームはそのままです。このスペースで私がデスクトップパソコンに向かっていると、スタッフはカウンセリングの合間に次々と様々な話をしてくれます。
それは時に私の業務の停滞を招くのですが、ふと「私の師匠たちはこんなことはしてなかったな」と複雑な思いに駆られる時があります。そして、「もっと収益が上がったら、広いスタッフルームと個別の部屋を持ちたいな」と夢想したりも。そしてとうとう5年前に廊下の反対側にもう一部屋借り増しした際には、念願かなってその部屋に私専用のデスクとパソコンを用意したのです。
けれども、それは今現在に至るまでめったなことがない限り使用されていません。
そこで作業しても何もいいことがないのです。
元々集中の持続しない「集中困難型ADHD」の私なので、誰も話しかけてこなくても、執筆は5分で行き詰まり、立ち歩く必要があるです。
これを先のヴァイジーさんや新入りスタッフのさんの話と合わせて考えれば、やっぱり私たち心理士は「密な空間での雑談」を必須としているのではないでしょうか?
というわけで、私たち成城カウンセリングオフィスのカウンセラーたちはこのコロナ禍の下では窓を開けながら、それでも密な会話をし、健康を保てています。(幸いオフィスでの感染者は発生していません)。
〇先行研究では
ちなみにカウンセリングや心理療法のプロセスと結果には、カウンセラーの個人的な経験も重要とされていますが、そういったカウンセラーの個人的な経験とそのカウンセラーが実施するカウンセリングの質との関係については、ほとんど知られていません。
代表的な研究に以下のようなものがあります。
国際的な大規模サンプル(N 4=828)のカウンセラーたちの自己報告(Orlinsky & Rønnestad, 2004, 2005)を分析した結果、カウンセラーの生活の質を反映した2つの因子Personal Satisfactions(個人的満足感)とPersonal Burdens(生活負担感)とが抽出され、それらの2つの因子とDevelopment of Psychotherapists Common Core Questionnaire(Orlinsky et al, 1999)のQuality of Personal Life scalesを用いて調査した研究です。
******
上記の質問紙に加えて患者とセラピストの両方によって評価された同盟レベルと成長の予測因子(Working Alliance Inventory(Havikら、1995年)を使用して)を使って大規模な(227人の患者と70人のセラピスト)通常の外来心理療法において調査された。
Thの個人的な生活負担スケールは、患者の評価による作業同盟の進展に強く、負の関連を示していたが、セラピスト評価による作業同盟とは無関係であった。逆に、セラピストの個人的生活満足度は、明らかに、そして肯定的にセラピスト評価の同盟の発展と関連していたが、患者の評価とは無関係であった。
この結果は、作業同盟(ワーキングアライアンス)がセラピストの生活の質に影響されることを示唆しているが、患者やセラピストによって評価された場合には、それぞれ異なる方法で影響を受けていることを示唆している。患者はセラピストの私生活における苦痛の経験を特に敏感に感じているようであり、それはおそらくセラピストのセッション中の行動を通して伝えられていると思われるが、一方で、セラピスト自身の同盟の質の判断は、個人的な幸福感によってポジティブに左右されていた。
*******
つまり、カウンセラーの個人生活上のネガティブな出来事は、クライエントにすぐに見破られるけれど、反対にポジティブな幸福感は特には伝わらないという結果です。日本では、そして私のクライエントさんたちは、どうでしょうか?
ちなみに私は家庭では「少しネガティブ」な時くらいの方が、評判がいいです。家庭で幸福感が高い時にはポジティブになりすぎて、少し共感力を失っているみたいです。さらに、大学内では「楽観的な前のめり学部長」として通っています。まあ、組織のリーダーとしては楽観的なくらいがいいのではと自分では思っているのですが。。。
いずれにしても、カウンセラーのセルフケアはとても大切だという事に変わりはないようです。
○文献
福島哲夫(2017) カウンセラーのセルフケアと自己点検をどう進めるか?臨床心理学第 17
巻第 1 号
Helene A. Nissen-Lie,Odd E. Havik(2013)The Contribution of the Quality of Therapists’
Personal Lives to the Development of the Working Alliance. Journal of Counseling Psychology Vol. 60, No. 4, 483–49
2023年
7月
22日
土
前回のブログでは、カップルの喧嘩において悪循環を防ぎ、二次被害を生まないための秘訣をお伝えしました。
では、そのような秘訣を守ったうえで、建設的な対話はどのように進めていけばいいのでしょうか?
この際に参考になるのが「LOVEの会話」とアサーションの中の特に「DESC法」と呼ばれるものです。
1.LOVEの会話とは
まずは、親密な対話の基本として、以下の4つの態度があげられます。
Listen・・・心を込めて相手の話を傾聴する
Open・・・先入観のない心と頭で真摯に向き合う
Validate・・・お互いの話を正当だと認め、受け入れる
Express・・・自分の考えや気持ちを穏やかに、簡潔に、ゆっくりと表現する
これら4つの特徴の頭文字をとって「LOVEの会話」と呼ばれています。
これは『カップルのための感情焦点化療法』(金剛出版、2021)の中で紹介されているものです。
少し説明しましょう。
まずは相手の話を傾聴する(Listen)は必須です。
そして、さらに傾聴して終わりではなく、かといってすぐに反論したり解決策を伝えたりするのでもなく、Openな態度つまり広い心で「なるほど、そういうことなんだね」「そう思っているんだね」などと、まずは受け止めます。
これは単に受け止めるだけではなく「先入観なく新鮮な気持ちで受け入れる」という態度が大事です。
そして、Validateです。
このValidateとは、「(妥当なものとして)承認する」「是認する」という言葉です。砕いていえば「認める」です。
要するに相手の発言を認めるというのが、このValidateです。
ただし、これは形だけの承認ではなく、「たとえ違う意見、違う立場、あるいは腹の立つような発言であっても、まずは心から認める」というものです。
そして、最後がExpress表現するです。
これは「自分の考えや気持ちを穏やかに、簡潔に、ゆっくりと表現する」というものです。
どんなに大切な気持ちでも、あるいは相手を思いやっている気持ちであっても、怒った顔で長々と話したら伝わりません。
穏やかに、そしてできたら簡潔に、さらにゆっくりと言葉にしないと相手には伝わらないものです。
まして、「言わなくてもわかって欲しい」「こんなことくらいわかって当然」というのは、この多様化した現代ではもう通用しません。
これら4つの態度の頭文字を取ったものが「LOVEの会話」です。
親密な関係における対話は、この4つが基本となります。
おそらく、仲良く楽しくできている時には、自然にこれらの4つが満たされているでしょう。
けれども、親密な関係であればこそ、安心してリラックスして本音が出てきます。
雰囲気が少し険悪になったときや、お互いの考えや感じ方の違いが明らかになったときにも、お互いに本音を出し合いながらも、この4つの態度が実践できるかどうかがとても大切な秘訣となります。
2.アサーションとは
親密な関係における自己表現で大切な考え方が、アサーションです。
このアサーションとは「自他を尊重した自己表現」と訳されるもので、「攻撃・感情的な主張」でも、「主張しない」でもなく、自分のことも相手のことも大切にした自己表現のことです。
具体的なスキルとしては、「相手の意見を聞く」「相手に意見を伝える」「双方の意見を検討したのち具体的なアクションを起こす」という3つのステップが基本です。
この中には言語的なアサーションと非言語的なアサーションの両方があります。
◎言語的なアサーションとは?
言語的なアサーションとは、文字通り「意味のある言葉によって相手に働きかける」ことを指します。言語的なコミュニケーションでは、発する言葉の意味以上に重要になるのが、「どういう文脈でその言葉を発するか」です。いわば自己主張するための文脈を整備するスキルだと言えるでしょう。
例えば、相手に対して突然「嫌いだ!」などというと、相手は不快感を抱きます。言われた側からするとそんな風に言われる文脈がないため、一種の不条理的なシチュエーションに引き込まれることになります。この不快感が相手との衝突を深める危険があります。
ですので言語的なアサーションとして重要なのは、感情や主張を言うよりも先に、「今、どういう状況にあるのか」をきちんと相手と共有することです。「今少しいいかな?」「少しお話があるんだけれど」「この前もお話しした◯◯についてなんだけれど」というように、きちんとした前置きで、まずは文脈を整備することで、相手にも心の準備ができて、対話がしやすくなります。
この時に「そんなことをすると急に雰囲気が険しくなる」と心配する人がいます。
けれども、こういった文脈つくりなしに不満をため込むことの方が長期的には悪影響だということを理解すべきでしょう。
◎非言語的なアサーションとは?
非言語的なコミュニケーションには、頷きや表情など視覚に訴えるものと、声色や声量そして相槌やオウム返しなどの聴覚に訴えるものがあります。例えば、謝罪や愛の言葉を伝える時に足を組んでいたり、テーブルをコンコンと叩きながらする人はいないと思います。
そのように、自分の気持ちが誤解されないように配慮するのが、この非言語的なアサーションのエッセンスです。
非言語的なアサーションで注意したいのは、感情のコントロールです。いくら言語的なアサーションが上手であっても、仕草や表情と言葉が一致しなければ、相手に不快感を与える恐れがあります。
例えば何か頼まれごとをされたとき「いいですよ」と答えても、しかめっ面など不機嫌そうな表情をしていると「したくないけれど、仕方がないからやってやる」という風に解釈されてしまいます。
◎アサーションスキルのアップに欠かせないDESC法
アサーションスキルを体系的にまとめた理論として、DESC法というものがあります。これはアサーションのプロセスを以下の4つのステップに分解したものです。
D:Describe(描写する)
客観的に状況・事実を伝える
E:Express(表現する)
自分の意見や感情を表現する
S:Specify(提案する)
相手に求めているものを言葉で伝える
C:Consequences(結果を伝える)
提案したものの実行/不実行による結果を伝える
アサーションとは「自己主張」の能力であり、同時に他者を尊重することが求められるスキルでもあります。他者を尊重するというのは感情的な信頼もそうですが「合理的に話を進める」ことも大切な要素となります。DESC法とは、まさに合理的解決のための道筋を整備する方法だと考えられます。
例えば、友人が最近何度か待ち合わせに遅刻したケースをイメージしてみましょう。続けて遅れてきた友人に対していきなり怒りをぶつけると、お互いの感情同士がぶつかり合って関係性を悪化させるだけになる恐れがあります。ですので、まずは文脈をきちんと作ることが大切です。簡単な会話例をみてみましょう。
「このところ何回か遅刻してるけど(D:描写する)、どうしたの?」
「ごめんごめん、寝坊してしまって」
「遅刻が続くと心配になるし、後ろの予定にも響くからちょっと困る(E:表現する)」
「気をつけるよ」
「ちょっとスケジュールに無理があるかな?もう少し、遅い時間に待ち合わせする?(S:提案する)。そうすれば、私も別の用事してから来ればいいし、前もってわかっていれば後ろの予定もずらせるかもだし(C:結果を伝える)」
「わかった、次からそうするよ」
この会話のポイントは、具体的に何をすればいいかをはっきりさせているところです。「何が起こり」「どう問題が生じ」「どうすれば解消され」「それでどのようになるのか」に具体性を持たせることで、相手に理解や納得を促すことができます。
◎アサーションは理解・納得のプロセスが大事
アサーションスキルを身につけるためには、相手がどういうプロセスで理解・納得するのかを知ることが大切です。
DESC法は、そのプロセスを利用したアサーションの具体的な方法であり、活用することで自然な自己表現を身につけることができます。
コミュニケーションスキルは短期的に身につけられるものではありませんが、日々意識し続けることで習得できます。
アサーションをはじめとするコミュニケーションスキルはビジネスにおいても親密な関係においても、とても大切で生産的なスキル・思想です。とくにビジネス場面ではある程度できている人でも、親密な関係になるとそれができない人も多いようです。
DESC法はビジネスでも、親密な関係でも大切なものですし、LOVEの会話は親密な関係でこそその効力が発揮されるでしょう。
これら二つを心において、日常的に自分の言動を振り返り、少しずつ改善していくことを心がけましょう。
2023年
7月
11日
火
以前、このブログに「カップル円満の秘訣ーあごうたオッケー」を書かせていただきました。
この内容は2022年12月にNHKラジオ「医療ジャーナル」でも、紹介されました。
さて、今回はこの「あごうたオッケー」の続編ともいうべき内容です。
さしづめ「あごうたオッケー」はカップルの平常時の合言葉、今日お伝えする「肘と手守れ」は、カップルの非常時、つまり喧嘩中の合言葉です。(覚えやすさのために、両方とも身体にまつわる言葉にしてみました)
これはずっと以前に相性について書いたブログで、「相性はTalk(会話)、Walk(身体運動)、Battle(喧嘩)の3領域で見極めましょう」という提案の、「喧嘩」について詳しく述べるものにもなります。
(以下のリンクを参照してください)
さて、いつものように、少し長くなるので結論から書きましょう!
以前の「あごうたオッケー!」は
ありがとう
ごめんなさい
うれしい
たすかる
(約束事や頼まれごとは)オッケー!と返事して行動
の頭文字でした。
今回の「肘と手(ひじとて)守れ」は
(喧嘩の時には)
ひとりの時間を持つ(持たせてあげる)
自分を責めない
問い詰めない
敵視しない(相手を敵だと思わない)
を守れ
のそれぞれの頭文字(はじめの一文字)です。
喧嘩の時には最低限これを守れば、さらなる悪循環を避けることができて、二次被害を防ぐことができます。そして、うまくすれば建設的な「対話」に持っていくこともできます。
では、ここから一つずつ解説していきましょう。
「ひ」・・・一人の時間をもつ(持たせてあげる)
カップルが喧嘩になったときに、なかなか一人の時間を確保するのが難しくなり、そのストレスもあって、余計にお互いを傷つけてしまいかねません。
これは「(腹立ちなどの)気持ちが収まらない」とか「気がすまない」という気持ちから来るものですし、場合によっては「相手から離れるのが不安」という場合もあります。
けれども、お互いもう大人です。喧嘩をしたからと言って何かやらかしてしまうとか、どこか遠いところに行ってしまうということはないでしょう。(あるいは、それが繰り返されるようなお相手は、そもそも一緒にいるべきかどうかを考えなくてはいけませんよね)
ここは思い切って、頭を冷やすためにもしばらく一人になりましょう。
その際に、黙って去っていくのではなく「少し頭を冷やしてくるね」とか、「今日はここまでにして、お互い別々に過ごそう」と提案して、一人の時間を確保すべきです。
「じ」・・・自分を責めない
じつは、喧嘩がこじれる多くの場合、相手への怒りや責めたい気持ちの奥に「自分がバカにされている」「自分がないがしろにされた」という被害感とそれによって損なわれた自尊感情が問題となります。
言い換えれば、被害感と自己卑下、屈辱感などがごちゃ混ぜになって自分を責める気持ちも湧いてきて、素直になれなくなっています。相手を責めながら本当は自分を責めている(「こんな自分だから嫌われてるんだ」「こんな自分だからバカにされている」「自分は結局はいいように利用されているだけなんだ」等々)ことがほとんどです。
ここで、自分を責める気持ちにストップをかけて自分を大切にする行動を取れれば、それは結果として相手のことも最低限大切にする行動につながります。
「と」・・・問い詰めない
これはわかりやすいでしょう。
喧嘩の時にはどうしても相手を問い詰めたくなります。けれどもそれは単に攻撃していることになります。さらにその問い詰めに相手がうまく答えてくれないと余計に腹が立つ、かといって反対にうまく答えたら「本当に口ばっかりなんだから」とまた腹が立つと、ダブルバインド的に「どうなっても余計に腹が立つ」、相手からすれば「どうやっても余計に怒られる」ということになります。
これでは成り立つはずの対話も成り立たなくなります。
「て」・・・敵視しない(相手を敵だと思わない)
これは、当然のことではあるのですが、喧嘩の最中には案外難しいことかもしれません。喧嘩の最中には「相手は私を嫌っている」とか「この人は本当は悪い奴だ」と思い込んでいるものです。心理学的にはsplittingと呼ばれる心の中で分裂が起こっている状態とも言えます。
あるいは、最近臨床現場以外でもよく見聞きするようになった「解離」が起こっていてのことかもしれません。
これが起こらないようにするには、かなりの努力が必要ですが、「あ、また相手を敵視しちゃってるな」とその都度意識することが、取り組みの始まりです。
相手を敵視してしまうと、本当には思っていない酷いことや、普段の気持ちとは正反対の「嫌い!」という言葉を吐いてしまいがちです。
そうすると相手もそれに応戦する形で酷いことを言ってくるか、喧嘩が終わって仲直りした後でも、ひどい言葉によって傷ついた部分が残っていたり、ひどい言葉そのものは記憶に残っていて、その後も悪影響を及ぼしてくるということになりかねません。
いかがでしょうか?
上記の秘訣は心理学的に言えば「自分自身と相手との両方に対して適切な心理的な距離を確保する」ということです。つまりは「親密性の課題」「親密な関係の中での適切な距離」の課題です。
この適切な心理的距離は、健全な幼少期~青年期を過ごしてくれば自然に身につくものなのですが、不適切養育やいじめられ経験・被虐待経験などにより、これを学ぶ機会が阻害された場合は、意図的に学ぶ必要があります。
これを読んで「自分たちは、喧嘩の時ももっと健康的で大人な喧嘩をしている」と感じられた方は、素晴らしいです。
けれども、多少でも思い当たるところのある人は、ぜひ頑張ってこの4か条を守れるようにしてみてください。
そうすれば、それまでよりも二人の関係がぐっとよくなり、対話が成立しやすく、建設的な関係になれるはずです。
そして、そのような建設的な喧嘩と対話が経験できたら、ぜひともそれを継続させる努力をしてください。
では、実際の建設的な喧嘩と対話でのコミュニケーションは、どのようにすればいいのでしょうか?
これは、また近いうち続編として書きたいと思います。
以上
2022年
5月
15日
日
心理療法統合ハンドブック序文
まず何よりも「とうとう出ました!」と言いたい。
https://img.honto.jp/item/1/133/180/30889812_1.webp
本書は、我が国初の統合的心理療法の総合的ハンドブックである。これまで、日本語によるこのような書籍はなかった。
かなり以前から「統合的心理療法を学ぶのにこの一冊と言ったらどの本ですか?」という質問を受け続けてきたが、そのたびにパッとは答えられなかった。そんな私だったが、これからは迷わずこの一冊を胸を張ってお薦めできることとなった。
本書は、日本心理療法統合学会監修として、この学会の主だったメンバーを中心にして執筆された。
本学会は2019年にできた新しい学会ではあるが、その前身は2005年からの「心理療法統合を考える会」(関東地方)、そして2010年からの「関西折衷的心理療法研究会」(関西地方)として、さらに2014年からは2つの研究会の交流会である「東西の会」を年1回開きながら、研究と実践そして対話を重ねてきた。
また、国際学会「Society for Exploration of Psychotherapy Integration(心理療法統合を探究する学会:通称SEPI)への参加や発表を積極的に行ってきた。2020年には、本学会の理事の一人である岩壁茂が、このSEPIの理事長としての重責を果たしている。
この主だったメンバー達は、たまたまさまざまな学派の出身者であり、元々は認知行動療法や力動的心理療法、分析心理学(ユング派)や人間性アプローチ、家族療法、ブリーフセラピー等々の専門家であった。このようなメンバーが学会の第I期理事となり、仲良く議論しながら学会運営を進めている。
上記の研究会や国際学会での対話を通じて実感し続けていることは、「心理療法統合を目指す臨床家は、謙虚で調和志向な人が多い」ということである。
とかく「統合」という言葉は、かなり野心的で自我肥大した印象を与えるかもしれない。
けれども私たちの使う「統合」は本書を一読すればわかる通り、とても謙虚な「クライエントの役にできるだけ立ちたい」という思いに貫かれている。「折衷」という言葉を使うこともあるが、これも「妥協」の意味ではなく「積極的に一定の見識の下で、より良いものを組み合わせて使い分ける」という意味である。
本書も上記と同様の姿勢から企画・執筆された。
本書の第Ⅰ部は「心理療法への統合的アプローチとは」と題して、心理療法統合の多様なあり方と考え方について縦横に論じたものとなっている。
そして、第Ⅱ部は「確立された統合的心理療法」として、すでに有効性が検証された確立した最新の統合的心理療法を6つ紹介し、日本における実践例も紹介している。
第Ⅲ部では「心理療法の多様なアスペクトの統合」として「研究と実践の統合」、「倫理・社会正義・政治と臨床実践との統合」というより大きな広がりを持った視点を紹介した。
さらに第Ⅳ部では「トレーニング」として、統合的心理療法を実践する臨床家を育てるためのトレーニングはどのようなものであるべきかについて、その実践例とともに紹介されている。
また、章と章の間の随所に「トピックス」として、各章においては十分に解説できなかった心理療法統合において重要な最新の項目を数ページで記述・解説するコーナーを設けた。
多様性を重んじる本書の立場から、文体や論の進め方は各執筆者にかなりお任せし、編者の杉原・福島は企画と構成、更に内容的なチェックと読みやすい文章にすることに注力した。
結果的に本書はどの章やトピックスを読んでも、そこに人間の多様性に根ざした多元主義的な視点と、「違い」に対する寛容な態度が伝わると思う。
そして「違い」に対して寛容でありながら、その違いを過度にアピールするのではなく「共通点」や「類似性」にも開かれているという、心理療法統合を志向する我々の基本姿勢も本書のいたるところに溢れていると感じていただけたなら幸いである。
心理療法統合とは特定の学派に依拠するものでも、単一の学派の存在を否定するものでもない。そして、多様な個性と課題をもったクライエントにできるだけ効果的にアプローチしようとするものである。あるいは、そのような姿勢そのものやそのようなアプローチを探求するプロセスや営みそのものを指す言葉だといえる。
このような姿勢は、まさに21世紀の世界が夢見る共生と融和を目指した価値観を体現しているともいえると同時に、一方で分断と非寛容が進みつつある現実へのささやかではあるが、確信的な抵抗ともいえる。
そしてこの様な、多様性を認めながら共通点も見出して繋がっていくというあり方は、日々、自らの態度を自省してこそ継続できるものだと思っている。間違っても「統合的なあり方だけが唯一正しい」と主張するような自己矛盾に陥らないようにしなければならない。
それは本書の第II部で紹介している確立された統合的心理療法に関しても同様で、「統合的〇〇療法だけがいつでも最強だ」といった自己矛盾の罠に、本書の読者諸氏も陥らないようにしていただきたい。
現実は常に複雑で多様だ。
そして現在の心理療法の世界は400種類を超える心理療法が並存するまさに熱帯の森のような多様性を持っている。その中で「何でもあり」の混沌ではなく、「より効果が高いかどうか」「クライエントのお役に立てるかどうか」というある意味で厳しい生存競争を内包した、豊かで風通しのいい森を夢見て、本書の編集作業を進めてきた。ぜひ、この多様な森の世界をご堪能いただき、実践に生かしていただけたなら幸いである。
日本心理療法統合学会 理事長
福島哲夫
2022年
5月
05日
木
開業心理療法のサバイバルモデルーコロナ禍からWithコロナ、afterコロナまでー
福島哲夫(成城カウンセリングオフィス/大妻女子大学)
1.はじめに
筆者は私立大学の教員として勤務するかたわら、2014年から東京都世田谷で「成城カウンセリングオフィス」を開業し、運営と臨床実践、そして臨床研究を続けている。それより以前は1988年頃より、精神科医の鍋田恭孝先生の開設された「青山心理臨床教育センター」(東京渋谷)で約25年間非常勤カウンセラーを務めていた。年齢でいえば「青山心理」は30歳少し前から、「成城」は50歳少し過ぎからである。給与体系はどちらも完全歩合制であったが、30代後半は、主にその収入のみで生計を立てていた。
成城カウンセリングオフィスは2022年5月現在私以外に18名のカウンセラー(以下Co)が所属し、それぞれのライフスタイルに合わせて週5日~週1日ケースの時間に合わせて勤務している。育休中のスタッフや子育て中のためにオンライン対応のみのスタッフもおり、大学院修了直後から事務バイト兼Coを務めているスタッフもいる。
私自身は24歳で山王教育研究所でのトレーニングを受け始め、その後、並行して他の臨床現場を経験した。実務に携われば携わるほど、開業スタイルの臨床こそが効果・やり甲斐・収益の3点から、心理臨床の醍醐味であると確信し続けてきた。もちろんどの領域も尊いものであるので、優劣をつけるつもりは全くない。けれども、来談者の動機づけを最も強く感じながら、来談者を常に心からリスペクトして協働できるという点で最高の現場であり、さらに医師を含む他職種とも対等に建設的な形で連携でき、来談者の変容の現場に立ち会う尊さを実感できるという点、そして腕と工夫次第で十分な収入を得られるという点からも、この業態がもっともっと盛んになってほしいと心から願っている。
ちなみにこの業態をすでに「パイの奪い合い」と称するベテランもいるが、それは全く当たらない。なぜなら無名資格やいわゆる「野の医者」(東畑,2000)に通っている人々の多さは、ネット広告からもうかがい知れるところではある。そういった野の医者たちが引き受けているクライエントたちを、少しでもこちらに呼ぶことができればまだまだ需要はあると言える。ちなみに卑近な例では、筆者のオフィスと50メートル圏内にある医療機関付属のカウンセリングセンターとは、客層において全くかぶっていないことからも実感できるところである。
また、筆者はいわゆる「兼業開業」であるが、専業開業して、そこからの収益だけで十分に生活が成り立っている中堅の心理士(例えば、西野入篤氏の「浦和南カウンセリングオフィス」など)も、少数ではあるがおられる例を見ると、この業態の未来は決して暗くないと感じている。
本稿においては、コロナ禍やウィズコロナの直近の状況を踏まえた「開業サバイバル」について私見を詳らかにしたいが、それはこの30年の経験の中で感じ続けてきていたことと大きな違いは無い。むしろ、今回のコロナ禍でこれまでのサバイバル術がより鮮明に確認されたと言っていいと感じている。
2.開業臨床で生き残るために
端的に言って以下の3点が重要である。
1)従来の(伝統的な)臨床よりも「温かく積極的」「必要に応じて柔軟な」臨床
2)中断しない臨床力
3)集客のためのホームページの工夫
4) 結果的な安売り・多忙化競争に巻き込まれないために、セミナー開催やオンライン相談をメイン事業にはしない。
1)は、他所のカウンセリングを経験して(あるいは中断して)来られるクライエント(以下Cl)から、痛感することである。つまり「前のカウンセリングでは、傾聴はしてくれたけれど、それだけだった」と。傾聴と共感だけでは不十分であることは、近年の国際的な研究からもうなずけるところである。
たとえばGulum,Soygut,&Safran(2016)では、中断したケースと、中断しなかったケースの内容を比較した結果、中断しなかったケースではtherapistのpositive行動の頻度が違っていた。しかも4回目の後のキャンセルが、それ以前やそれ以降のキャンセルよりも、もっとも中断を予測するとしている。つまり、私たちは5回目までのセッションで何とか肯定的な関りと作業同盟の構築を目指すべきなのである。そして、それが2)の中断しない臨床力そのものでもある。
柔軟性に関しては、たとえば時間枠や頻度に関しても、よほど病態水準の重いClでない限りは、ある程度の柔軟性を持たせた方が、中断しにくくお役に立ちやすい。
2)については、中断に関するもう一つの研究を紹介すると、Swift & Greenberg (2014)によるメタ分析研究がある。彼らは、587の研究をメタ分析した結果、12の障害カテゴリーのうち、depressionと PTSDのセラピーにおいて、統合的な心理療法は有意に中断率が低かったとしている。
そして、さらに統合的なアプローチが他のすべてのアプローチと比較して12の障害のうち11カテゴリーにおいて同等か低い中断率であることが、安定的に示されたとした。ここで言う統合的なアプローチとは、簡単に言えば「認知と感情と行動のそれぞれを、必要に応じて扱うセラピー」と言っていいだろう。
言うまでもないが、セラピーの予期せぬ中断は、何よりもClの損失になる。そしてClのその後のセラピーへのアプローチを妨げる可能性が高いという意味で、この業態への損失も計り知れない。漫然と継続することだけがいいとは思わないが、セラピストの予期しない形での早期の中断は、やはり最小限にする必要がある。
3)は、集客の問題である。これは主宰者の知名度や社会的地位、著書の数などは無視できると言っていい。言い方を換えれば、これらのいわゆる「ネームバリュー」は無くても十分に集客できるということである。筆者の経験では、著書や雑誌、TV番組を見てきたというClは、数は少なく継続率も低い。つまり、そういう人たちは「ちょっと興味本位」なのである。反対に、「カウンセリング」や「心理療法」というキーワードで、近隣を検索し、ホームページにたどり着いて「多少待ってもいいから」とセラピーを希望してこられる人は、継続と変容が大いに期待できるClである場合が多い。
しかも、ホームページは手作りの親しみの持てるものがいい。専門業者に依頼した高級感たっぷりのものである必要はないし、間違っても同業者を意識しすぎた専門性の高いものであってはならない。むしろセラピストを身近に感じられるような紹介文を載せた、手作り感のあふれるホームページが、検索順位と来談率を上げるということが経験的に明らかである(西野入氏との個人的コミュニケーションによる)。
ちなみに筆者のオフィスのホームページは、手作りで年間1万円強のプロバイダー料、西野入氏のそれは無料のホームページである。このような手作り感満載のホームページに、セラピストの人柄が伝わるような自己紹介や、ブログを書くのが効果的である。反対にホームページに運営側の自己愛が少しでも漏れ出ていると、消費者は敏感に感じ取り警戒される。
もちろん近隣クリニックからのリファーが増えると望ましいが、これは多少主宰者の知名度や地位が関係してくると思われるので、必須ではないと言いたい。
けれども、自然発生的に連携の必要が生じて、「カウンセリング開始報告書」や「紹介状」をきっかけに、こちらの実力が伝わるようなことがあれば、近隣のクリニックが「困ったケース」や「カウンセリングが効果的と思われるケース」を紹介してくるということも十分に期待できる。良心的な精神科クリニックであればあるほど、「薬物療法だけでは不十分な(あるいは進展しない)ケース」に困っていて、患者さんのためにさらにできることがあるならしたいと思っているのである。
4)は議論の分かれるところかもしれない。
「withコロナなのだからオンライン・カウンセリングと、可能ならオンライン・ワークショップを基本にすべき」という意見が主流であろう。けれども、筆者のオフィスでは2020年の3,4,5月の新規ケースの減少を経て、6月からの毎週の新規申し込みが続き、7月後半からの感染再拡大を迎えても面談希望は絶えなかった。対面カウンセリングを望む人は多く、それはCoたちも同様である。
セミナーやワークショップは、対面であってもオンラインであってもカウンセリングの来談にはあまりつながらないまま、業務量のみが増えるということが、経験上明らかである。
3.コロナ禍を通じての教訓―オンラインのメリットデメリット、対面面接の復活
筆者のオフィスでも、新型コロナウィルス感染症の拡大が報じられた2020年3月には、約7割のケースをオンラインに移行し、2割はご本人の希望で休止、残り1割の近隣で在宅ワークをしている(つまり感染の可能性が極めて低い)Clのみ、対面で継続した。私自身も徒歩で通勤し、マスク着用、手指の消毒、常時窓を開けての換気、ドアノブや家具のその都度の消毒などを励行した。スタッフの中には別の曜日に医療機関に勤務している者もいたが、上記の厳重な対策の上で勤務を続けてもらった。
新規申し込みは3月から5月までの3カ月間は、自然に途絶えた。唯一の例外は通称「コロナ離婚」と呼ばれる、在宅ワークの中でこれまでの夫婦関係の歪みが頂点に達したご夫婦の夫婦カウンセリングの5ケースのみであった。
この間の技術的な問題は皆無だった。Zoom有料アカウントはすでに数年前に取得しており、複数の最新のノートパソコン、子機のある電話等、オフィスで臨床研究やその一環としてのオンラインインタビューなども実施してきた経験が、そのまま生かされる形となった。唯一の落とし穴は、うっかり長時間同じ姿勢でオンラインカウンセリングをすると、腰痛におそわれるということだけだった。
こうやって3カ月をややおとなしく過ごした後、緊急事態宣言が解除された後の6月からは、また順調にほぼ毎週新規の申し込みが入り続けている。
上記のコロナ対応を通じて、そしてこれまでの経験をふまえて、カウンセリング形態の違いによるメリットデメリットをまとめると以下のようになる。
実施形態 |
メリット |
デメリット |
特記事項 |
対面のみ |
ノンバーバル・コミュニケーションが豊か、空気感や沈黙を共有できる |
感染リスクと通う時間と労力などのコスト |
Clが通うというコストとリスクの一方で、通うことによる「気分の切り替え」効果も。 |
初回からオンラインで一貫 |
低コストとアクセシビリティ |
セラピストの疲労と危機介入がしにくいための安全感の少なさ |
健康度の高いCl向き。遠隔地や外国にいるClには最適。 |
対面&オンライン混合 |
Clやその家族の体調不良に対応しやすい。危機介入のしやすさと低コストの両立 |
セラピーとしての一貫性が損なわれる可能性 |
|
また、オンラインやインターネット、スマホアプリなどを使ったメンタルヘルス活動は欧米ではtelepsychotherapyやe-mental healthと呼ばれているが、その際の注意事項が、以下のようにまとめられている。
質の高いe-mental healthのためのセラピスト側の条件(Deale et al.,2020)
1)Clの抵抗感を認識する
2)脆弱性の強いClに注意を払う
3)セラピーの進行状況に注意して、セラピーを個別調整(tailor)する
4)セラピスト自身の自助のための個人指導(者)を確保しておく
5)過度な負担を避ける
6)継続的な研修機会を確保しておく
7)仲間同士の相互指導(peer intervision)とスーパービジョンを確保しておく
8)危機管理のためのマニュアルを備えておく
9) 自己調整の方法を意識しておく
またビデオ遠隔心理療法(いわゆるZoomやSkypeを使ったオンラインカウンセリング:CVT)の有効性は、多くの研究で裏付けられている(レビューはFletcherら、2018年およびNorwoodら、2018年を参照)。認知処理療法(CPT)や長時間暴露(PE)を含むPTSDに対する効果的な心理療法は、ビデオ遠隔心理療法を介して行う場合も、対面で行う場合と同様に効果があるとしている(例:Aciernoら、2016、2017;Morlandら、2014)。
研究ではCVTの有効性が明確に支持されているが、バーチャルケアへの急速な変化には、遠隔心理療法が心理療法プロセスに与える潜在的な影響に関する正当な懸念が伴うとされている。例えば、提供者(Co)は、患者と提供者が異なる場所にいると、作業同盟が希薄に感じられたり、危機的な状況に対応できなくなるという懸念を表明している(Gershkovich et al., 2016)。
Jenkins-Guarnieriら(2015)は、CVTや電話による遠隔心理療法と対面療法を比較した15の研究(無作為化試験9件、非無作為化試験6件)で、患者のケアに対する認識を検討した。全体的にこのレビューでは、遠隔心理療法と対面療法の間には、作業同盟や患者満足度にほとんど差がないことがわかった。
患者への遠隔医療の導⼊ (Lozano et al., 2015 ⻘⽊俊太郎他訳からの抜粋を筆者が改編)
• いつものように,思いやりのある挨拶と導⼊。
• 技術的な問題が起こったとしても,慌てている様子を見せない。
• 必要に応じて⼤げさな表現やジェスチャーを⽤いるようにし、Clがこちらの⾝振り⼿振りを⾒ることができるように,カメラから適度に離れた場所に座ることを検討。
• 要約,リフレクション,観察を頻繁に使⽤して,Clにあなたが話を聞いていることを再認識してもらう。
• 対⾯での⽀援よりも治療中に⾏われていること(例:リラクゼーションの理論的根
拠,エクスポージャー)について相互理解するために⼝頭で確認を多く⾏うようにする。
• 臨床家は,Clが認識する以上に,ラポール形成が良好ではないと報告しがち。
• 何より,遠隔医療に関連する避けられない技術的・臨床的な課題に対して,忍耐とユ
ーモアをもつこと。
これらは、すべて筆者の感じてきたことと同じだ。ビデオ遠隔心理療法の経験を積めば積むほど、疲労は少なく、対面と同じようなセッションを持てることが増えているのを実感する。ただし、感情爆発やその結果としてのセッション中断、Clが沈黙がちの時に通信状況があまりよくない時などは、対応が難しいという現実は変わらない。
そして、ずっとオンラインでやっていたClに対面でお会いした時の、何とも言えない安心感や「直接会うのは初めてなのに、なぜか懐かしい感じがする」という感触を無視することはやはりできない。
いずれにしても、開業心理療法のサバイバルとしては、「Clのメリットを最大化する」というものであることに間違いはないので、今後もオンラインと対面とを混ぜながらやっていく必要があることは疑いようがないだろう。
4.今後の課題
筆者としては、以下の2点を考えている。
1)所属Coの収入保障
これまで筆者のオフィスでは、女性Coの妊娠出産に伴う業務の引継ぎと再開を大いに支援してきた。また、その一環としてコロナ前から育休中Coの在宅による受付業務やオンラインカウンセリングを業務委託してきた。けれども、今後は男女両方のCoの育休中の最低収入保障等もできたら素晴らしいと考えている。
2)eHealth intervention の開発と普及
Webやスマートフォン上のアプリを使ったメンタルヘルスツールであるeHealth interventionの補助的有効性が確かめられている(Bennett, C. B. et al,2020)。筆者も性格相性診断のアプリ開発などを手掛けて公開しているが、今後はさらにメンタルヘルスや「心の成長と成熟」を促進するようなアプリ開発を考えたい。
▶文献
Bennett, C. B., Ruggero, C. J., Sever, A. C., & Yanouri, L. (2020). eHealth to redress psychotherapy access barriers both new and old: A review of reviews and meta-analyses. Journal of Psychotherapy Integration, 30(2), 188-207.
Gulum, I. V., Soygut, G., & Safran, J. D. (2018). A comparison of pre-dropout and temporary rupture sessions in psychotherapy. Psychotherapy Research. Vol. 28, No.5-6, 685–701
Lozano, B. E., Birks, A. H., Kloezeman, K., Cha, N., Morland, L. A., & Tuerk, P. W. (2015). Therapeutic alliance in clinical videoconferencing: Optimizing the communication context. In Clinical Videoconferencing in Telehealth (pp. 221-251). in COVID-19 Tips: ⻘⽊俊太郎他訳 遠隔医療で成⼈クライエントとのラポール形成Juliet Kroll, Ruben Martinez, and Ilana Seager van Dyk UCLA Pediatric Psychology Consultation Liaison Service https://www.researchgate.net/publication/340414789_COVID-19_Tips_Building_Rapport_with_Adults_via_Telehealth
西野入篤(2020)カウンセリングを行う開業機関へのサポート.浦和南カウンセリングオフィスホームページ
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(2020年7月29日閲覧取得)
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Brucks, M.S.,Levav,J.(2022).Virtual communication curbs creative idea generation. nature research
2022年
4月
29日
金
カウンセラー・セラピストは誰に悩みを聞いてもらうの?
福島哲夫
〇セルフケアそれとも相互扶助?
私もよくクライエントさんたちに聞かれます。
「先生は、こういう話を聴き続けて落ち込んだりしないのですか?」と。
そんな時私は、
「元々暗い話が好きなんですよ!」と答えたり、
「こういう話でこそ、深く触れ合える気がして、つらくはならないんですよ。。」と答えています。それは、とても正直なところなのです。
以前私は(福島,2017)「(カウンセラーの)「セルフケア」と「自己点検」は,基本的に
は「すべて臨床活動(訓練も含む)のなかでされるべき」と書いたりしてきました。つまりカウンセラーの臨床的なストレスは、十分な内省を経たのちに「クライエントと共有する」ことで、ストレスではなく前向きな取り組みとして解消されると考えてきました。
たとえばクライエントさんから「なんか、カウンセリングの効果がいまいち感じられないんです」とか「最近、ここに何しに来てるのかなと思います」と言われると、正直かなりショックだったり、グサッと来たりするものです。
それに対して「確かにこのところカウンセリングの成果が今一つ上がっていないかもしれませんね。それを一緒に考えていきましょう。」とクライエントに伝えることで、こちらの臨床的ストレスはクライエントの取り組みを促進する触媒となり、もはやストレスとは感じられなくなります。
以上のような考えは今でも全く変わりませんが、これに加える形で最近痛感しているのはやはり仲間の存在の大切です。今年になって私のオフィスに勤務し始めたカウンセラーが「前の職場では、心理士同士の会話がほとんどなかったけれど、ここでは雑談もケースの話もできて、とても支えられている」と言ってくれています。さらに別のスタッフは、私のスーパービジョン(SV)のセッション中にとても沈んだ様子だったので、ヴァイザーとしての私は、セッション中と最後にその抑うつ感への共感と労い、ゆっくりすることへの勧めをしてスーパービジョンを終えました。
すると、数時間後にとても元気な様子が感じられたので訊いてみると「SVの後、別のスタッフとくだらない雑談をしていたら、うつ抜けしました!」と教えてくれました。
〇密な空間の大切さ
実は、私のカウンセリングオフィスのスタッフルームは、2DKのマンションのキッチンスペースでとても狭いのです。面接室は隣に1つ借り増しして3部屋あるのですが、スタッフルームはそのままです。このスペースで私がデスクトップパソコンに向かっていると、スタッフはカウンセリングの合間に次々と様々な話をしてくれます。
それは時に私の業務の停滞を招くのですが、ふと「私の師匠たちはこんなことはしてなかったな」と複雑な思いに駆られる時があります。そして、「もっと収益が上がったら、広いスタッフルームと個別の部屋を持ちたいな」と夢想したりも。そしてとうとう5年前に廊下の反対側にもう一部屋借り増しした際には、念願かなってその部屋に私専用のデスクとパソコンを用意したのです。
けれども、それは今現在に至るまでめったなことがない限り使用されていません。
そこで作業しても何もいいことがないのです。
元々集中の持続しない「集中困難型ADHD」の私なので、誰も話しかけてこなくても、執筆は5分で行き詰まり、立ち歩く必要があるです。
これを先のヴァイジーさんや新入りスタッフのさんの話と合わせて考えれば、やっぱり私たち心理士は「密な空間での雑談」を必須としているのではないでしょうか?
というわけで、私たち成城カウンセリングオフィスのカウンセラーたちはこのコロナ禍の下では窓を開けながら、それでも密な会話をし、健康を保てています。(幸いオフィスでの感染者は発生していません)。
〇先行研究では
ちなみにカウンセリングや心理療法のプロセスと結果には、カウンセラーの個人的な経験も重要とされていますが、そういったカウンセラーの個人的な経験とそのカウンセラーが実施するカウンセリングの質との関係については、ほとんど知られていません。
代表的な研究に以下のようなものがあります。
国際的な大規模サンプル(N 4=828)のカウンセラーたちの自己報告(Orlinsky & Rønnestad, 2004, 2005)を分析した結果、カウンセラーの生活の質を反映した2つの因子Personal Satisfactions(個人的満足感)とPersonal Burdens(生活負担感)とが抽出され、それらの2つの因子とDevelopment of Psychotherapists Common Core Questionnaire(Orlinsky et al, 1999)のQuality of Personal Life scalesを用いて調査した研究です。
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上記の質問紙に加えて患者とセラピストの両方によって評価された同盟レベルと成長の予測因子(Working Alliance Inventory(Havikら、1995年)を使用して)を使って大規模な(227人の患者と70人のセラピスト)通常の外来心理療法において調査された。
Thの個人的な生活負担スケールは、患者の評価による作業同盟の進展に強く、負の関連を示していたが、セラピスト評価による作業同盟とは無関係であった。逆に、セラピストの個人的生活満足度は、明らかに、そして肯定的にセラピスト評価の同盟の発展と関連していたが、患者の評価とは無関係であった。
この結果は、作業同盟(ワーキングアライアンス)がセラピストの生活の質に影響されることを示唆しているが、患者やセラピストによって評価された場合には、それぞれ異なる方法で影響を受けていることを示唆している。患者はセラピストの私生活における苦痛の経験を特に敏感に感じているようであり、それはおそらくセラピストのセッション中の行動を通して伝えられていると思われるが、一方で、セラピスト自身の同盟の質の判断は、個人的な幸福感によってポジティブに左右されていた。
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つまり、カウンセラーの個人生活上のネガティブな出来事は、クライエントにすぐに見破られるけれど、反対にポジティブな幸福感は特には伝わらないという結果です。日本では、そして私のクライエントさんたちは、どうでしょうか?
ちなみに私は家庭では「少しネガティブ」な時くらいの方が、評判がいいです。家庭で幸福感が高い時にはポジティブになりすぎて、少し共感力を失っているみたいです。さらに、大学内では「楽観的な前のめり学部長」として通っています。まあ、組織のリーダーとしては楽観的なくらいがいいのではと自分では思っているのですが。。。
いずれにしても、カウンセラーのセルフケアはとても大切だという事に変わりはないようです。
○文献
福島哲夫(2017) カウンセラーのセルフケアと自己点検をどう進めるか?臨床心理学第 17
巻第 1 号
Helene A. Nissen-Lie,Odd E. Havik(2013)The Contribution of the Quality of Therapists’
Personal Lives to the Development of the Working Alliance. Journal of Counseling Psychology Vol. 60, No. 4, 483–49