AEDPの創始者ダイアナ・フォーシャと  (2010年イタリア・フィレンツェにて)

  EFT(感情焦点化療法)の創始者レスリー・グリーンバーグ先生と


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2021年

9月

02日

親面接のコツ

1.はじめに 

教育相談や青少年相談においては、子どもや青少年本人へのカウンセリングと並行して親への面接を継続的に実施する場合が多いでしょう。また、スクールカウンセリングにおいても、この親面接は重要な業務と言えるでしょう。

けれども、ほとんどの心理士(師)は、この親面接のトレーニングを受けてきていません。

 

大学院の学内実習施設では、大学院生は子どもを担当することが多く、親面接は中堅・ベテランの相談員や教員が担当することになります。もちろん、きちんとした大学院では大人のカウンセリングは担当できますが、親としての立場で来談するクライエントを担当する事はほとんどないでしょう。

 

大学院を修了して、クリニックや病院に就職すると、親面接は医師が担当する場合が多く、教育相談や青少年相談の現場においては、やはり中堅やベテランが親担当になります。

 

では、その中堅・ベテラン、あるいは医師は、親面接をどのように身につけてきたのでしょうか?

 

それは、「見よう見まねと経験」です。

幸運な現場であれば「先輩から指導してもらえた」という人もいるかもしれませんが、親面接を始めて担当する頃には、すでに中堅になっている場合が多く、「指導してもらえる立場から指導する側になってしまっている」場合が多いと考えられます。

 

もっとも困難なのは、スクールカウンセラーです。

大学院を出たばかり、あるいは修了後数年でスクールカウンセラーになったとすると、誰の指導も受けずに、誰とも相談せずに着任早々親面接をしなければいけなくなります。

 

しかも、それは「我が子がクラス内でいじめられている」という訴えであったり、教員への不満やクレームであったりという、極めて慎重な対応と、時に機敏な対処を求められる内容であることもしばしばです。

「いじめの問題でスクールカウンセラーの所に話しに行ったのに、ただ聴いてくれるだけだった」というような訴えをご父母向けの講演会その他の折に、複数聞かされています。

 

2.親面接の難しさ(1)

上記のように、ほとんどの心理士(師)がこれといったトレーニングを受けずにやっている親面接ですが、実は心理面接の中でも難しい業務のトップクラスに位置づけられると言っていいと思います。

 

その難しさは新人スクールカウンセラーだからとか、若手相談員だからという心理士(師)側の要因だけでなく、業務そのものの難しさが大きいと言っていいと思います。

 

以下に、その難しさの要因をあげてみます。

 

(1)主訴が多岐にわたること・・・主に我が子のことであるが、不登校・いじめ・教師や学校側の問題、場合によっては家族の問題や親本人の虐待が疑われる場合もあり、共感的傾聴だけでは全く問題が解決しない場合が多い。

 

(2)親自身には内省的姿勢がない場合が多い・・・「自分が変わる」必要を全く感じていないか、反対に自分を責めすぎているか、あるいは親自身も発達の偏りがある場合が多い。

 

(3)日常の親の姿と違った様子で現れることも多い・・・相談場面での語りの内容や態度が、日常や我が子に対するものとかけ離れていて、家での実態がつかみにくい場合が多い。

 

(4)親を取り巻く関係者に要注意人物がいる場合が多い・・・親の親、ママ友、地域の有力者など、多大な影響力を持ち、なおかつその影響力が健全な形で機能していないことが多い。

 

3.親面接のコツ~アセスメントに基づいた介入目標

では、このようにとても難しい業務である親面接をうまく進めるコツはなんでしょうか?

 

それは、やはりアセスメントです。

 

・状況と問題のアセスメント

・ニーズのアセスメント

・親機能と特性のアセスメント

 

と言っていいと思います。

 

この中で最初の「状況と問題のアセスメント」は細かくなりすぎるので、ここでは省略するとして、この状況と問題のアセスメントを踏まえてなされる「ニーズと親機能・親の特性のアセスメント」とそれに基づいた、介入目標について解説しましょう。

 

(1)多職種連携を含めた現実的な問題対応が必要な場合

・・・問題が虐待やいじめ、学級崩壊などの、即時対応を求められる性質のものである場合。

 

(2)親をサポートチームの一員として協働する場合

・・・子どもの先天的な障害や発達障害、身体問題などがあり、親・教師・カウンセラーが連携して、子どもを理解して支えるチームの一員となっていただくための支援。

 

(3)親に我が子の状態を理解してもらうための関わり

・・・不登校・引きこもり・チックなどの身体現象・心身症や起立性調節障害などの身体の問題、さらには発達の偏りなど、まずは親に我が子の状態を理解してもらうための主に心理教育的な関わりが中心となる。親の健康度と信頼関係に応じて、子ども面接やプレイセラピーでの様子を慎重に伝えることも含まれる。「お子さんはすごく頑張っている様子ですよ」「不安が高まっている様子です」など、こちらの印象や見立てを伝えるのが良い。

 

(4)親自身の不安や衝動性を下げるための関わり

・・・子どもの問題の背景に、親自身の不安の高さや衝動性が明らかに存在する場合には、慎重かつ共感的にそれを伝えて、「一緒に取り組んでいきましょう」という作業同盟を結ぶ。この同盟が結ばれたなら、そのための自律訓練法やマインドフルネス瞑想、衝動コントロールのさまざまなスキルを提供することを躊躇わないことが大切。

具体的には親自身のADHD、ASD、軽度抑うつ(気分変調症)等がこれに相当する場合が多いが、そのような病名ではなく、ご本人の「困り感」に共感的に焦点を当てることが大切。

 

(5)親自身のメンタルヘルス問題と精神病理的な問題への対応

・・・親自身のPTSDやうつ病、双極性障害、パーソナリティ障害、統合失調症等の問題が想定される場合も少なくない。このような場合にはできるだけ早期に把握しながらも、まずは共感的にサポートすることを第一とし、本人の困り感や必要性に応じて、本格的な心理療法や医療に繋げることも視野に入れながら関わる。けれども、教育相談や青少年相談の主な目的は、子の健全な育ちを促進することであるので、親の子どもへの関わりが不安定にならないようにすることを第一の目的とする。その意味で、医療や心理療法に繋がったらそれで終結とせずに、サポートを続ける方が望ましい場合も多い。

 

4.親面接の難しさ(2)ー子ども担当とのやり取りと協働

親面接を一度でも経験すると痛感するのは、子ども担当とのやり取りと協働の難しさである。これは自分一人で親面接も子ども担当もする場合は、「親担当としての自分」と「子ども担当としての自分」の葛藤として体験されるかもしれません。

 

いずれにしても基本的にその事例の親子関係の問題が、親担当者と子ども担当者との間にも転移されると考えるのがいいでしょう。

その意味で、私は「親担当、子担当の間には、時として代理戦争が起こる」とよく言っています。

 

場合によっては、子担当者が不安と依存を強めて、親担当者に縋りつくような事もあれば、その反対に、反抗的な子供のようになって親担当者と敵対する場合もあります。

 

その一方で、親担当者が過干渉な親のようになって、事例全体をコントロールしようとする場合もありますし、無責任で回避的な親のようになることすらあり得ます。

 

これらが、その心理士(師)にいつも同じように起こっているなら、それは、その心理士(師)固有の問題ですが、そうでないならケースの影響によって(つまり逆転移や投影同一化によって)生じていると考えるべきでしょう。

 

ここで言う投影同一化とは、精神分析の概念として近年注目されているものです。

クライエントが無意識のうちに抱えている怒りや虚無感などをセラピストに投影し、セラピストはその投影内容に同一化させられてしまうという巻き込み現象を指します。

 

この投影同一化をセラピストたちがしっかりと意識化しないと、セラピストチームは仲違いしてしまうだけでなく、クライエントやその親に対して、直接的にネガティブな感情をぶつけてしまいかねません。

 

情報伝達と情報共有について

上記のような逆転移や投影同一化が絡んで、時に悩ましいのがこの情報伝達と情報共有です。

これは、下の「公認心理師必携テキスト」の16章3節の図を参考にしてください。

 

つまり、非行傾向や過剰適応身体表現性障害や神経症から摂食障害までは、あまり親担当者と子担当者が情報共有しすぎない、関係者会議をやりすぎないことが大切ですが、それ以外、発達障害や円の反対側の精神病圏、嗜癖・依存症などの問題なら、場合によっては一人の担当者が親面接も子面接もやるというのが、効率的で効果的だったりもします。

 

5.おわりに

ここまで書いてきたように、やはり、事例に応じて複線的な対応を用意しておくべきであり、それを成功させるためには、何よりもアセスメントが大切だということがわかっていただけると思います。 

 

 おすすめ図書

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心理相談と子育て支援に役立つ 親面接入門. 心理相談と子育て支援に役立つ 親面接入門. 吉田 弘道 著

 

こころに寄り添うということー子どもと家族の成長を支える心理臨床

2021年

5月

05日

心のソーシャルディスタンスー夫婦関係調整シート付

2020年から2021年の新型コロナウィルス感染症を予防するために「ソーシャルディスタンス」(あるいはソーシャルディスタンシング)という言葉が流行りました。人と人とが適正な距離を取ることによって感染を防ぐ、つまり、近づきすぎて「密」になるのを避けようという言葉です。

 

けれども、適正な距離を取るべきなのは、何も身体だけではありません。

 

実は心理学の世界では、母子関係に代表される「自他未分化な状態」から次第に「分離個体化」して、心理的に自立したあり方になるという過程が、大人になるための必須のプロセスとして大切にされてきました。

 

このように心理学的に自立した個人は、適度に甘え合い・支え合いながらも「相手との適正な心の距離を保っている」という心のソーシャルディスタンスを守れている個人であると言えます。

けれども、この「心のソーシャルディスタンス」は、このコロナ禍の外出自粛で失われている場合をしばしば目にします。

 

それは、夫婦や親子、そして恋人や親しい友人の間において特に問題となっています。

2020年の前半は特にこの問題で、オフィスにおいでになるカップルが急増しました。そう、その代表的なものがいわゆる「コロナ離婚危機」です。

 

プライバシー保護のために、一般的な共通部分だけを書かせていただきますと、どのカップルも、「相手は〇〇してくれて当然のはず」という思い込みや過度の期待が問題の根本にありました。暗黙の期待と言ってもいいものです。

 

カップルカウンセリングや個別カウンセリングを通して、それぞれの求めていることを探っていくと、「家事」「子育て」「外出」「他の人との付き合い方」などに集約されるということがわかってきました。つまりこれらの領域に関して、普段からあったお互いの期待のズレがひたすら拡大しているのが、「コロナ離婚危機」でした。

 

これは、ご夫婦に限らず、恋人、親しい友人の関係でも同様でした。もちろん、恋人や友人の関係では、家事や子育ては問題にならないのですが、「〇〇してくれて当然」とか「〇〇はしないで欲しいのに(でも、言えないor溜め込んで激しく爆発してしまう)」ということが問題となることに変わりはありませんでした。

 

そこで、多くのカップルには、下の表のような「3つのお願い表」を書いていただきました。

書き直せるように鉛筆と消しゴムを用意して、「是非やってほしいこと」(つまりすぐにでも実行してほしいこと)、「出来たらやってほしいこと」(近い将来やってほしいこと)、「遠い将来やってほしいこと」の3種類をお互いに話し合いながら記入していっていただくというものです。

 

3つのお願い表

 

   さん

  さん

お子さん(たち)

遠い将来やって欲しいこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出来たらやって欲しいこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

是非やって欲しいこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メモ

 

 

 

 

 この表を、カウンセラーの私も見ながら、時々あまりにも無理のあることが書かれていたり、お互いの量や難易度に差がありすぎた場合には、調整役として介入します。

 

多くのカップルが、遠い将来の目標であるべきことを、一足飛びにすぐにやってほしいこととしていたり、是非やってほしいことに到底無理な要求を書いたりする傾向があります。

 

お子さんがいて、そのことの関係についても悩んでおられる場合には、一番右の欄に、カップルで相談して記入してもらいます。

 

お子さんのことは問題になっていなくて、しかも、お願いが混乱している場合には、カウンセラーからのコメントがすでに書かれている下のような表を呈示して、話し合ってもらいます。

 

 3つのお願い表(コメント付き)

 

 夫さんから妻さんへ

妻さんから夫さんへ

カウンセラーから

遠い将来やって欲しいこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

癒しあい、ねぎらいあえる関係を作ってください。

出来たらやって欲しいこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一足飛びに大きな目標を達成しようとせずに、スモール・ステップを心掛けてください。

是非やって欲しいこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たとえば

    お互いに多彩なうなずき、あいづちで15分程度話を聴く。

    少しでもできるようになったことはすかさず褒める。

    「ありがとう」、「ごめんなさい」、「嬉しい」、「助かる」、「オッケー」を常用する。

メモ

 

 

 

 この作業をするだけで、お互いに対する暗黙の期待が視覚化され、「○○してくれて当然!」という自他未分化な欲求から、「○○してもらえるととっても幸せ」という自立した大人同士の支え合いになっていけるのです。

 

事実、このワークシートを、話し合い書き直ししながら記入して何回か検討を重ねることで、コロナ離婚を避けることができただけでなく、それまでよりもよりよい関係を築いていかれたカップルもたくさんいらっしゃいます。

(もちろん、これだけでは解決しないカップル、これを書きながら相手の理不尽な要求に気づいて、離婚の意思を固めた方もいらっしゃいます)

 

どうぞ、皆さんも活用してみてください。

 

 

2021年

4月

27日

カウンセリングのオーダーメイドとテーラーメイド

カウンセリングや心理療法は、もちろんニーズとご注文に合わせて、最適なものを提供すべきです。けれども、実はこれはこの業界ではあまり普通のことではありません。多くの専門家は、自分の得意とする心理療法を提供することに熱心で、利用者が本当はどんなカウンセリングを求めているのかに関しては、少し無頓着な傾向があります。それは、「自分の専門性を極めたい」という気持ちや「習ってきたことを忠実に守るのが倫理的だ」という考えからだと思うのですが、その一方で利用者のニーズに関しては優先順位が下がっている印象を否めません。

 

これは利用者の視点に立てば、とても残念なことです。

そして、これを放置するべきでないことは、多くの人が賛成してくださるでしょう。

 

ただ、ここには、カウンセリングの特殊性があってのことだとは思いますので、以下、ていねいに解説したいと思います。(お急ぎの方は、飛ばして最後をお読みいただければと思います)

 

ちょっと身辺雑記的なところから始めますが、少し前に私は生まれて初めてスーツをオーダーしました。まさにオーダーメイドです。

これにはいろいろな背景があって、私がある日「スーツが足りない気がしてきたから、新しいのを買おうかな」と言ったら、妻が「そうだよ!あなたも学部長になったんだからちょっとはいいスーツを作るべきだよ」と言ったのが始まりでした。

 

「そんなこと言ったって、スーツは年に10回くらいしか着ないし、スーツで勝負してる仕事じゃないし」とか「臨床、研究、教育の全てでスーツは必要ない」という私の御託を意に介さない妻にデパートに連れて行かれました。

 

そのデパート内にある高級ブランドショップに入ったら、これまた最高級の笑顔で、なんとシャンパンのサービス付きで生地選び、採寸と進んでいきました。シャンパン1杯につきこちらの財布の紐は1㎝づつ緩んでいく感じがしました(全長何㎝だったのかは今となっては不明です)。

 

そして、感じました。「自分のオーダーよりも、専門家のアドバイスの方が信頼できるかもしれない」「裾や袖の長さやデザインも、自分の好みではなく、専門家が選んでくれた方が自分の身体にも合っていて、流行にも惑わされずに長く着れるのかも」と。

 

これはまさにオーダーメイドではなくて、テーラーメイドだ!

 

そう思ったのでした。

 

そう言えば思い出しました。

もう10年以上前にちょっと有名なソムリエがいるワインレストランに、初めて(というか結局その後も含めて2回しか行っていません)行ったときに、次々に私の好みのワインが、しかもだんだんと重いものになって出てくるのに驚いて、ソムリエに聞いてみました。すると「お客さまのお話のなさり方、振る舞いからだいたいわかるんです」ということでした。

 

たしかに、はじめに少しだけワインの好みをお伝えして、最初のテイスティングに感想は述べました。けれどもそれだけで、私自身よりも詳しく私の好みを理解されてしまったみたいです。

 

そして、私は決めました。

「テーラーメイドのスーツを作る仕立て屋さん、客の好みを客自身よりもわかるソムリエのようなカウンセラーになる!」と。

 

そうです。

私たちカウンセラー/セラピストは、お客さんの志向と適合性をお客さん以上に理解して、サービスを提供しなくてはいけないのです。

そもそもカウンセリングや心理療法に正確で詳しい情報をお持ちのお客さんはめったにいないのですから。

 

ですので、お客さんの要望をしっかりと尊重した上で、そのオーダーにそのまま応じるのではなく、さらに「テーラーメイド」して提供するべきなのだと考えています。

 

最近増えてきている例でお話ししますと、「トラウマティックな体験や傷つき」にカウンセリング初期から触れていきたいというご要望を持ちながら、実は睡眠時間も対人関係もとても乱れているような場合があります。そのような方にはまずは生活リズムなどの生活の基盤を整えたり、躁鬱の波をあえて広げるような活動を抑えたり、カウンセラーとの安心できる関係を育む必要があったりする場合もあります。

 

反対に、ご本人はあまり望まないけれども、まずは日々の生活に大きな影を落としている過去のトラウマ体験に触れて行かざるをえないこともあります。

 

どちらの場合も十分に説明して、納得していただいてから取り組むようにしているのですが、いずれにしてもある程度の時間をかけてじっくりとやって行かないとうまくいきません。

「数回で良くしてほしい」とか「1回で」というお客さんもいて、流石にそのご要望には「オーダーメイド」としても「テーラメイド」としてもお答えできないこともあります。

 

こういった諸々の事情を踏まえて、当オフィスではお客様からもできるだけ率直なご要望と、ご意見、そして時には反論を期待しています。

最近、私を含んだスタッフが、クライエントさんからネガティブなコメントをいただいた時に「言っていただいてありがとうございます。もっとあったら遠慮なく言ってください」と返すことが増えています。

 

そういった、ネガティブなコメントは、そうそう頻繁にいただけるものではないので、少し痛いのですが、喜んで受け止め、そのカウンセリングにも、オフィス運営にも生かしていくつもりです。

2021年

2月

16日

【重要提言】主治医の指示についてー過剰反応は職域を狭めるだけでなく、利用者の利益を損なうー

この2年近くの間、新たに誕生した公認心理師たちの「主治医の指示」に関する過剰反応を見聞きしてきました。そして、とうとうクライエントさんから、この過剰反応に対する疑念を聞かされましたので、重要提言としてお伝えします。(長文になりますので、お急ぎの方は最後の「まとめ」だけでもお読みください)

 

過剰反応の内容は以下です。(以下、プライバシーに配慮して、本件に関係しない細部を多少変更して記載いたします。)

 

「ある思春期のクライエントさんが、病状の変化とともに主治医を変更し、それを以前から通っている適応指導教室(的な公的な施設)に伝えたところ施設側から『主治医に、こちらが用意する指示書を記入してもらって提出してほしい。その提出までは、施設利用を控えてほしい』と伝えられたとのことだった。それを主治医に口頭で伝えたところ「施設利用は全く問題ない」という返答だったにもかかわらず、指示書そのものの用紙が適応指導教室側からなかなか発行されず、施設を利用できない期間が不当に長引き、苦痛を味わった。その後、指示書が発行され、主治医はそれに即座にサインし、現在クライエントさんはその施設のグループ活動の主要メンバーとしてリーダシップも発揮し信頼を集めている。クライエントさんは途中で何度も抗議したにもかかわらず、それは聞き入れられなかったが、これ以上問題にしても自分のメリットにならないと思い不問にしている。」

 

という事例です。

 

上記の事例以外にも、かなり多くの心理臨床現場で「医療にかかっている方は、初来談時に紹介状をお持ちください」と表明しています。

また、最近その傾向が増加していると感じます。

 

さらに教育相談やスクールカウンセリングの現場では、チェックボックス付きの文書を主治医に送って返送していただく形にしているところが増えているとも聞きます。

以下のような形でしょうか?

 

☐カウンセリング開始を認める。

☐カウンセリング開始を認めない。

 

もちろん、心ある精神科医や心療内科医、小児科医が、精神病圏のクライエントさん以外に関して、上記のチェックボックスの「認めない」にチェックをつけることはとてもまれであるとは思います。

しかし、これらの対応は、本当に利用者・要支援者の利益につながっているでしょうか?

 

少し、原点に立ち戻ってみましょう。

 

公認心理師法第42条の2には以下のような規定があります。

公 認 心 理 師 は 、 そ の 業 務 を 行 う に 当 た っ て 心 理 に 関 す る 支 援 を 要 す る 者 に 当 該 支 援 に 係 る 主 治 の 医 師 が あ る と き は 、 そ の 指 示 を 受 け な け れ ば な ら な い 。

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000121345.pdf

 

上記の事例のような対応やその下に書いた傾向は、この法文を受ける形で、強まっていると考えられます。

 

私は、これらの対応は公認心理師法第42条の法文を「主治医による事前の了承や指示を受けなければならない」と拡大解釈している結果だと考えています。

もちろん同一機関内(とくに医療機関)では、主治医の事前の指示を得ずに心理的な支援を始めるという事は考えにくいでしょう。

けれども、他機関の心理師も事前の指示が必要なのでしょうか?

 

私は、違うと考えています。

たしかに、心理相談機関の自衛策としては、「初来談時には紹介状を持ってきてください」というのは正当性のある表明だと思います。けれども、利用者さんから考えたらどうでしょうか?

正直かなりハードルが高いと感じます。

 

紹介状を書いてもらうにはお金もかかりますし、「実は、よそのカウンセリング機関に行きたいんですけど」とはなかなか言い出しにくいのではないでしょうか?

ましてや、「ちょっとカウンセリングを試してみたいんだけれど」という軽い気持ちでは、紹介状をお願いするリスクを取る気になれなくなるのではないでしょうか?

 

この場合のリスクとは、「主治医の機嫌を損なうのではないか?」「見捨てられるのではないか?」「忙しい診療時間中にそんなことを言い出していいものか?」などのリスクです。

 

なので、私や成城カウンセリングオフィスではあえて初回の申し込みがあった方に「医療にかかっている場合は、医師の紹介状をお持ちください」とは、お伝えしていません。

 

カウンセリングを継続するとなった時に「カウンセリング開始報告書」を、クライエントさんの同意を得て作成し、そこに「アセスメントと問題理解」「カウンセリングの目的と手法」等とともに「今後ともよろしくご指示をお願いいたします」と書いてお送りしています。

 

公認心理師法ができてからもこのような「カウンセリング開始報告書」をオフィスとして20通以上は書いていますが、連絡を取り合うことはあっても、異論や特別な指示を受け取ったことは一度もありません。

 

このような経験がありますので、公認心理師法の法文の趣旨は「主治医の指示や方針と異なる見解を振り回さないように」ということだと理解しています。

 

改めて「公認心理師必携テキスト」(学研メディカル秀潤社)の巻末にも掲載した文科省・厚労省の「公認心理師への主治医の指示に関する運用基準」の「公認心理師法第42条第2項に係る主治の医師の指示に関する運用基準」(厚生労働省,平成30年1月30日)を見てみたいと思います。

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000192943.pdf

 

まず、この運用基準の趣旨が書かれています。

 

「本運用基準は、公認心理師が法第2条各号に定める行為(以下「支援行為」という。) を行うに当たり、心理に関する支援を要する者(以下「要支援者」という。)に、法第 42 条第2項の心理に関する支援に係る主治の医師(以下単に「主治の医師」という。)がある場合に、その指示を受ける義務を規定する法第 42 条第2項の運用について、公認心理師の専門性や自立性を損なうことのないようにすることで、公認心理師の業務が円滑に行 われるようにする観点から定めるものである。」

 

次に、基本的な考え方が書かれています。

 

「公認心理師の意図によるものかどうかにかかわらず、当該公認心理師が要支援者に対して、主治の医師の治療方針とは異なる支援行為を行うこと等によって、結果として要支援者の状態に効果的な改善が図られない可能性があること、その治療方針と公認心理師の支援行為の内容との齟齬を避けるために設けられた規定である。」

 

ここまでですでに「公認心理師の専門性と自立性」が尊重され、その上で「医師の治療方針と公認心理師の支援行為の内容との齟齬を避ける」という基本的な精神が述べられています。

 

また

 

「主治の医師からの指示は、医師の掌る医療及び保健指導の観点から行われるものであり、公認心理師は、合理的な理由がある場合を除き、主治の医師の指示を尊重するものとする。」 

 

とあります。

これはつまり、合理的な理由がある場合は、必ずしも従わないといけない訳ではないと理解できます。

 

それは以下の文章からもはっきりと読み取れます。

「公認心理師が、心理に関する知識を踏まえた専門性に基づき、主治の医師の治療方針とは異なる支援行為を行った場合、合理的な理由がある場合は、直ちに法第 42 条第2 項に違反となるものではない。」

 

「公認心理師が所属する機関の長が、要支援者に対する支援の内容について、要支援者 の主治の医師の指示と異なる見解を示した場合、それぞれの見解の意図をよく確認し、 要支援者の状態の改善に向けて、関係者が連携して支援に当たることができるよう留意することとする。 」

 

とあります。また、この中でも4の(5)「要支援者が主治の医師の関与を望まない場合」がとくに重要だと思います。

 

この場合「公認心理師は要支援者の心情に配慮しつつ、主治の医師からの指示の必要性について丁寧に説明を行うものとする」

 

となっています。

これは、その前の(2)「主治の医師からの指示を受ける方法」の後半部分の、「公認心理師が主治の医師に直接連絡を取る際は、要支援者本人(要支援者が未成年の場合はその家族等)の同意を得た上で行うものとする。」という文言と合わせて理解すれば、

 

要支援者が同意しなかった場合は、無理やり主治医に連絡を取ってはいけないということになります。


これは、常識から考えても、職業倫理的に考えても当然のことです。

ですから、「主治の医師からの指示の必要性について丁寧に説明を行う」までは、義務ですが、そこから先は要支援者の意思が大切ということになります。

 

まとめ

以上、見てきたように、公認心理師はその専門性と自立性を厚労省からも認められており、その都度その都度、医師の指示を仰いだり、事前承諾を得るという存在ではないということを理解する必要があります。そして、当然ながら主治医の方針と大きな齟齬なく支援を進めて行く必要はありますが、それでも合理的な判断がある場合は、主治医と異なる方針を持っても良いということです。

この主治医と異なる方針とは、「服薬をやめましょう」とか「あなたは入院する必要はありません」などの越権行為的な内容ではありません。

また、うつ病や統合失調症の急性期にカウンセリングの継続にこだわるなども、主治医の意思に反する合理性はないと言っていいでしょう。

 

そうではなくて「クライエントさんが主治医との相性の悪さに苦しんでいる」などの場合、セカンドオピニオンをお勧めしたり、要望に応じて別の医師を紹介するなどが、現実的と思われます。あるいは、私の経験した別の例では、主治医が紹介してきた青年期のクライエントさんが、「主治医の先生は『一人で行きなさい』と言うんですが」と母親との同席面接を求めてきた時「しばらくはお母さんと同席でいいと思いますよ」と柔軟な対応を提案したということもあります。

 

 

いずれにしても、公認心理師が自己保身のために、クライエントさんの利益を損なったり、負担を増やしてまで、過剰に主治医に忖度することは避けなければいけません。

私たちは、いまや国家資格を有する専門家としての、矜持と責任性をしっかりと引き受けなければいけないのだと思います。

2020年

8月

24日

心理療法統合とはー小さな統合と大きな統合

(本稿は「心と社会」第180号(2020年6月発行)に寄稿した原稿を改稿して掲載するものです。)

 

たとえばこんな時

 たとえば、相談相手や患者さんからこんな相談を持ちかけられたらどう応答するだろうか?「昔のショックな出来事が今でも時々思い出されて、とても辛いんです。そして、また再びそんなことが起こるんじゃないかと思うと、怖くなってしまって、うまく行動できないんです。」と。この際の「行動」とは、例えば恋愛や友人関係でも仕事上の行動でも、あるいは年少者であれば学校に行くという行動でもいいだろう。「そんなことは忘れて頑張りなさい!」というのは、この際、論外としよう。そして、まずは共感的に傾聴するとしても、その後、どうするだろうか?

 実は、カウンセラーや臨床心理士(公認心理師)、心理療法家と言われる人たちも、日々この迷いの中にいる。いや、むしろこのような場面で迷わずに同じ一つの対応を取り続けるカウンセラーがいたら、それは要注意である。

 この際、話を単純化するために相談相手(クライエント)の重症度は度外視することとしよう。そして、たとえば「原因はともかく、現在必要な行動について、少しずつできるようにしていきましょう」(行動療法)とするか、「また起こるんじゃないかという考え方を変えていきましょう」(認知療法)とするか、さらには「そのショッキングな出来事が引き起こされた背景にある対人(家族)関係や、それが再現されているのかもしれない『今ここでの関係性』に注目していきましょう」(精神分析療法)とするか、はたまた「その時の状況を詳しく思い出して、イメージの中でその場面に行ってみましょう」(トラウマセラピーの曝露療法)、「その時の傷ついた感情に触れていきましょう」(感情焦点化療法)等々、様々な対応法がある。

 これらは少し単純化させると行動にはたらきかけるか、認知(物事のとらえ方)にはたらきかけるか、さらに傷ついた感情にはたらきかけるかの違いである。これらはクライエントの重症度とは別に、介入の適切性として考えられるべき重要ポイントだと言っていいだろう。ちなみに本稿で解説する統合的心理療法は、必要に応じてこの3つ全てにはたらきかけようというものである。

 けれども、従来の○○療法と呼ばれる心理療法は、どれか一つにひたすら重点的に焦点を当てるということが多い。しかし実際のクライエントは、ほとんどの場合、認知・行動・感情の全てにおいて苦しんでおり、これらのうちのどれかだけに焦点を当て続けるのは、ごくわずかな例外を除いて、不十分だと言える。

 

 

400を超える心理療法の種類と効果比較研究のむずかしさ

 現在、心理療法の種類は世界で400を超えるといわれている。その中にはもちろんあの有名な精神分析療法やゲシュタルト療法、そして近年盛んになった認知行動療法も含まれる。日本生まれの心理療法としては、森田療法と内観療法が有名である。

 では、これら数多ある心理療法の中でどれが一番有効なのだろうか?この点に関しては、近年の数々の効果研究で、「技法や学派による大きな違いは無い」と結論付けられている。けれども、身体医学と違って精神医学や心理療法は、簡単に測定できない要素がたくさんありすぎて、効果比較研究が難しいというのも事実である。効果比較研究の典型はRCT(randomized controlled trial)と呼ばれるものであるが、心理療法の効果研究に果たしてこのRCTが最適と言えるかどうかに関しては、議論のあるところでもある。なぜならば、この方法ではいかにカウンセラーたちがマニュアルに忠実に従った介入をしようとも、個々のカウンセラーの持つ雰囲気や語り口、あるいは対象者との関係の作り方などによる効果の違いが、異なった介入技法によるセラピー間の治療効果の違いに含まれてしまったり、反対に技法の違いを打ち消してしまう可能性を否定できないからである。

 たとえば、心理療法ではなく、うつ病に関する薬物療法の研究においてすら、Mckay(2006)は、抗うつ剤を処方した精神科医Aと偽薬(プラシーボ)を処方した精神科医Bを比較した場合、精神科医Bの患者たちの方が改善効果が高い場合があることを、統計的な有意性を伴って示している1)。つまり、個々の医師の「腕の違い」が、抗うつ薬と偽薬の効果の違いを上回ることがあるという驚愕の(けれども、想像すれば納得の)結果である。

 

できるだけ効果的な心理療法を実施するための統合的心理療法

 では、できるだけ効果的な心理療法を実施するためにはどうしたらいいのだろうか?

筆者が35年ほど前に実践現場に出てから、一貫して感じ続けていることは「いくつかの技法を、相談者に合わせて調整して最適化し、適応するのがもっとも効果的なのではないか」ということである。そう思うに至った背景には「人間の心は、何らかの単一理論が全ての人に通用するほど単純ではない」という感触がある。そう感じながら臨床を続けていて行きついたのが「統合的心理療法」や「心理療法統合」の姿勢である。

 心理療法統合とは、特定の学派に依拠するのでも単一の学派の存在を否定するものでもない。多様な個性と課題をもったクライエントにできるだけ効果的にアプローチしようとする姿勢そのもの、あるいはそのような探求のプロセスを指す言葉だと言える。さらには、特定の統合的アプローチを確立したり、それを忠実に習得しようとするのではなく、まさに「探求し続ける」という行為を指すものである。

 このような姿勢は、身体医学では当然のことかもしれない。けれども、前述したように技法間の効果比較が難しい心理療法には、こういった発想も姿勢も育ちにくく、まだまだ一般的とは言えないのが現状である。

また、折衷ではなくてなぜ統合なのかという疑問を持たれる方も多いだろう。実際に「統合は不可能なので折衷しかない」という専門家もいる。しかし、折衷という言葉はどうしても「どっちつかず」や「寄せ集め」というニュアンスをぬぐい切れないので、筆者としては統合という言葉を選択したい。

 

中断・失敗の少ないセラピー

心理療法にとって、「予期せぬ中断」が、失敗の典型とされている。したがって、技法ごとの効果を直接比較することが難しい心理療法に関しては、この「予期せぬ中断」の発生率を比較するという間接的な手法がとられることがある。これに関しては、以下のようなメタ分析研究がある。Swift & Greenberg (2014)は、587の研究をメタ分析した結果、12の障害カテゴリーのうち、depression(うつ)と PTSD(心的外傷性ストレス後障害)のセラピーにおいて、統合的な心理療法は有意に中断率が低かったとしている。そして、さらに統合的なアプローチが他のすべてのアプローチと比較して12の障害のうち11カテゴリーにおいて同等か低い中断率であることが、安定的に示されたとした2)

この分析結果は、筆者の経験的感触とも一致している。筆者自身が統合的心理療法を目指すようになってから、相談室の隣の部屋の別のやり方のセラピストたちよりも、グッと中断が少ないことに気づいた。それは、長年受け付け事務をやってくれていた人の証言からも確かめられていた。また、スーパーヴィジョンを統合的にやるようになって、事情があって別のヴァイザーから移ってきたヴァイジーも中断がぐっと減ったと報告してくれた。

 

心理療法統合の基本的な考え方

Norcross&Newman(1992)は心理療法の整理統合の試みを概観し、その方法には以下の4種類があることを示している3)

①理論的統合(2つ以上のアプローチの要素を合成し、新たな理論的枠組みを与えようとするもの)。

②技法的折衷(背景にある理論に関係なく、有効な技法を適用するもの)

③共通因子の抽出(異なる治療理論の概念や技法の本質を明らかにし、心理療法理論を構築するもの)

④システミックな統合(個人療法と家族・集団療法の統合)。

また、近年になってNorcross(2005)4番目の方法としてはassimilative integration(同化統合:特定の心理療法のシステムに別の技法や考え方を取り入れるというもの)を挙げている4)

これらに加えて、筆者としては

⑤経過とともに介入技法を変えていくserial integrationを大切にしている。

 

大きな統合と小さな統合

 筆者は心理療法統合には、大きな統合と小さな統合とがあると考えている。それはたとえて言えば、建築におけるサグラダファミリア教会のように、異なった時代の異なった様式を全て一つの教会として建築しようとし、さらに現在も未完成であるのに似ている。

 

 

これは心理療法においては、以下にあげるような、完成度と効果の高い統合的アプローチである。それが感情焦点化療法(EFT: emotion focused therapy)、スキーマ療法、弁証法的行動療法(DBT: dialectical behavior therapy)、加速化体験力動療法(AEDP: accelerated experiential dynamic psychotherapy)である。

感情焦点化療法(EFT : Greenberg et al., 1993)では,傷ついたり溜め込んだ感情に焦点化していくために、「空の椅子」や「二つの椅子」の技法を使いながら,セラピストがリードしつつクライエントのこれまで封印されてきた感情にまで触れていく5)。また、スキーマ療法(Young et al,2003)では、問題となっているスキーマとモードを特定し、主にモードワークと呼ばれる体験的セラピーを通じて、問題となっているモードやスキーマを「治療的再養育」(limited-reparenting)する6。一方、弁証法的行動療法(DBT : Linehan, 1993)では,承認(Validation)やはげまし(Cheerleading)によってクライエントの 問題行動を「これまでの経緯からすれば妥当なもの」と認めつつ、新しい行動を応援するという形をとる7)。さらに精神力動的な短期力動療法から発展した加速化体験力動療法(AEDP : Fosha, 2000)では、セラピー の場の安全性を確保するためにクライエントを積極的に肯定すること(affirmation)を重視しながら、トラウマティックな感情に対して「そこに私(セラピスト)といっしょに留まれますか」と伝えて、十分に触れていくことで変容を促進する8)

これらすべてが、それぞれの出身学派に新しい技法を融合し(たとえばEFTなら人間性心理学的なカウンセリングとゲシュタルトセラピーの椅子の技法)、新しい統合的アプローチとして成功し、さらに発展を続けている。

 一方、小さな統合とは、冒頭で述べたような認知と行動と感情に、その都度その都度で触れていく介入法である。これは、身の回りでたとえれば、キッチンの引き出しの中にみられる、食器(とくにカトラリー類)にたとえられる。

 

我が家のキッチンの引き出しにも、ナイフ、フォーク、スプーン。伝統的な和塗りの箸、爪楊枝、竹串や和菓子楊枝、さらには中華のスプーン(レンゲ)まである。これらが、日々の料理に従って、最適な物が選択されつつ駆使されるわけだ。これは、もう単なる和洋折衷ではなくて統合と呼ぶにふさわしい。

 この食器類のように、日々の臨床活動の中で、最もふさわしい技法を、しっかりとしたアセスメントに基づいて最適化して使用するのが、小さな統合の理想である。

 

 

 

文献

1)Mckay,K.M.,Imel,Z.E.& Wampold,B.E.(2006) Psychiatrist effects in the psychopharmacological treatment of depression. Journal of Affective Disorder,92,287-290.

2)Swift, J. K., & Greenberg, R. P. (2014). A Treatment by Disorder Meta-Analysis of Dropout From Psychotherapy. Journal of Psychotherapy Integration. Vol. 24, No. 3, 193–207

3)Norcross,J.C.Newman,C.F.(1992). Psychotherapy Integration: Setting the context. In:Norcross,J.C.&Goldfried,M.R.(Eds.) Handbook of Psychotherapy Integration. New York: Basic Books.

4)Norcross,J.C.& Goldfried,M.R.(Eds.) (2005). Handbook of Psychotherapy Integration. 2nd Ed.New York: Oxford University Press.

5)Greenberg,L.S., Rice,L.N. & Elliott,R.K.1993Facilitating Emotional Change : The Moment-by-Moment Process. New York : Guilford Press.[岩壁茂 訳](2006)感情に働きかける 面接技法心理療法の統合的アプローチ.誠信書房.

6)Young,J.E.  Klosko,J.S.  Weishaar,M.E. (2003) : Schema Therapy:A Practitioner’s Guide Guilford Press 伊藤絵美監訳:スキーマ療法―パーソナリティの問題に対する統合的認知行動療法アプローチ.金剛出版,2007

7)Linehan,M.M.(1993). Skills Training Manual for Treating Borderline Personality Disorder. New York: Guilford Press.(小野和哉 監訳 (2007)弁証法的行動療法実践マニュアル―境界性パーソナリティ障害への新しいアプローチ.金剛出版)

8)Fosha D2000The Transforming Power of Affect : A Model of Accelerated Change. New York : Basic Books. (岩壁 茂,花川ゆう子,福島哲夫,沢宮容子,妙木浩之監訳 :人を育む愛着と感情の力―AEDPによる感情変容の理論と実践.福村出版,2017

 

 

カウンセリングの基本「今、ここで触れ合う」

 

※今回の記事は2015年の「臨床心理学特集号-カウンセリング・テクニック」(金剛出版)に掲載されたものの元原稿に加筆修正したものです。

 

-カウンセリングのベーシックテクニック6

 

[理解]触れあう=「今ここ」での関係

 

(大妻女子大学/成城カウンセリングオフィス)福島哲夫

 

Ⅰ はじめに

 

カウンセリングでクライエント(以下Cl)とセラピスト(以下Th)が触れあうということについて、わかりやすく説明するのはとても難しい。色々なレベルの触れあいがあり、さらにどのように触れあうと、Clがどのように感じるのかが予測も効果もなかなか分かりにくいことが多いからだ。

 

ここで、カウンセリングにおける出会いと触れあいを、イヌ(Th)とネコ(Cl)の出会いにたとえてみたい。街角で初めて出会ったイヌとネコを想像してみよう。あるいはもっと正確なたとえにするとしたら「一見、優しそうな表情をしたイヌの所に、元気のなさそうなネコが来て、ちょっと様子をうかがう」とした方がいいかもしれない。ネコは見るからに弱っているかもしれないし、見たところ普通だけれども目だけがおびえていて、逃げ足は速いかもしれない。あるいは意外にも喧嘩っ早いトラブルネコで、簡単には触れあわせてもらえないかもしれない。反対に一度気を許すととんでもない甘えん坊の「かまってちゃん」ネコかもしれない。 

 

一方、イヌの方は例外なく初めは一見優しそうにしているだろう。でも、実はがっちりと飼い主や組織に管理されている、まさに「○○のイヌ」かもしれない。さらには飼い主や師の教えにものすごく忠実な「忠犬」で、全ての活動は「教えを守るため」あるいは「教えの正しさを証明するため」だけにされているかもしれない。そして、ひそかに(名誉や権力)に飢えているかもしれない。反対に飼い主や世の中に強い反感を持っているかもしれない。もっと多いのは「世の中のかわいそうなネコを救うことに全身全霊を尽くしている」という、いわゆるヒロイックなお助け犬かもしれない。

 

 このようなさまざまな個性を秘めたネコに対して、別の意味で様々な個性をもったイヌが、どのようにしたらしっかりと役に立てるのだろうか。一筋縄ではいかないけれど、それでも何らかの形で、触れあって、何らかの形で働きかけないといけないだろう。触れあうことに慎重になることは何よりも大切だけれど、慎重にやりすぎて、ネコが失望して路地裏や野山に去っていっては役に立てない。そのネコが捨てネコなのか迷いネコなのか、あるいはいじめられネコなのかによっても、必要とされる対応が全く違う。

 

 以上、かなり突飛なたとえだったかもしなれいが、カウンセリングにおけるClThの出会いと触れあいを考えるときに、主訴や相談内容とは別に、様々な要因が絡んでいることをまずは意識しておきたい。そして、このような様々な要因のうちのCl側のそれは、始めから明らかな場合も多いが、Th側のそれは、Th自身にもよくわかっていないまま巧妙に覆い隠されつつ、それでも数回会ううちに、2人の関係に多大な影響をもたらし始めるのである。

 

 

 

Ⅱ 「今ここで」触れあうとは-ロジャース・精神分析・ユング・認知行動療法-

 

カウンセリングにおいてThClが心理的に触れあうとは、どういうことだろうか。ロジャース,C.R.による、「治療過程が生じる条件」としてあげられている6条件のうちの第1条件が、まさにこの触れあいに関するものである。それは「二人の人が心理的な接触をもっていること」とされている。そして、第2条件以下は、例の主要3条件とそれがClに伝っていることなどが続く。

 

しかしその一方で、精神分析においては「Clの欲求を満たしてはいけない」として、Clの触れあい欲求や不安低減欲求をある程度でも満たすような治療法を「支持的療法」として、下に見る傾向がある。でありながら、やや古い研究ではあるが、精神分析的精神療法で顕著な改善を示したのは、全て支持的な精神療法だったとの報告もある(生田、1996)

 

ユング派においては、箱庭療法を分析心理学の技法として導入したカルフ,D.の「自由で保護された空間の中での、母子一体感にも似た」という言葉からも、十分に触れあいを重んじていることがうかがえる。ユング自身の著作に当たれば、とくに『分析心理学』や『転移の心理学』の中で、ClThの無意識的な触れあいである「神秘的関与」による両者の変容が、その危険性への十分な注意喚起とともに述べられている。

 

認知行動療法(CBT)においては、触れあうことはとくに述べられていないが、「ホットな認知を扱う」として、感情を伴った認知を喚起する場合がある。おそらくこのような認知を取り扱う際には何らかの触れあいが生じているに違いないと思われるが、あまり正面から「触れあい」として取り上げられることはない。

 

 筆者の基本的な姿勢は、統合的心理療法を探るというものである。このような技法も態度もClに合わせてカスタマイズするという考え方から、この項の結論を述べてしまえば『Clに応じて、最適な形で触れあうことをめざす』ということになる。それは単にクラエントの求めに応じるわけでも、Clに同調するわけでもない。あくまでも「その個々のClに最適な」触れあいをめざすのである。

 

 そんなことがいったい可能なのだろうか。不可能である。けれども、不可能と知りつつめざすことが、不可能だからめざさないよりもはるかに質の高いものになると考えている。では、何をよりどころに最適な形を推測するのかは、この項の後半で述べることにする。

 

 

 

Ⅲ 各学派での「触れあい」方

 

 来談者中心療法における「触れあい」は、Thの「うなずき」「相づち」から始まって、Thの共感と「無条件の肯定的関心」によって、すでにある程度成立する。さらにThの純粋性に由来する「Thの自己開示」によってなされることが多い。

 

また、精神分析技法における「今ここhere and now」では、主にClがこれまでの人生で繰り返してきたパターンをThとの間でも繰り返していることを、Thへの転移を指摘することも含めて、まさにその瞬間に指摘する技法である。その意味では直面化などの解釈技法の中心となるものであるので、詳しくはこの特集の「解釈」の項に譲りたい。この解釈技法であっても、自我心理学的な精神分析における「解釈の投与」から、サリバン,H. に代表される対人関係学派やウィニコットやビオンに代表される対象関係論、さらにはKohutの自己心理学派のかなりソフトな「言葉による触れあい」と言ってもよさそうな解釈の伝え方まで、かなり幅があると言える。

 

さらに近年確立されつつある、統合的な心理療法のいくつかの中でも、触れあいは様々な言葉で重視されている。感情焦点化療法(EFT: Greenberg)では、まさに感情に焦点化していくために、「空の椅子」や「二つの椅子」の技法を使いながら、ThがリードしつつClのこれまで封印されてきた感情にまで触れていく。この際にThが共感的に肯定すること(empathic affirmations)や共感的に探索すること(empathic exploration)が重要視されている。また、精神力動的なアプローチから発展した短期力動療法の一つである加速化体験療法(AEDP: Fosha, 2000)では,面接の場の安全性を確保するために,Clを積極的に肯定すること(affirmation)を重視しながら、トラウマティックな感情に対して「そこに私(Th)といっしょに留まって!」と伝えて、十分に触れていくことで変容を促進する。さらに弁証法的行動療法(DBT: Linehan,1993)では、Validation(承認)Cheerleading(はげまし)によってClの問題行動を「これまでの経緯からすれば妥当なもの」と認めつつ、新しい行動を応援するという形で触れあっていく。

 

おそらくシステムズアプローチやその他のブリーフセラピーにおけるリフレーミングやエンパワメント(どちらも本特集の別項を参照)も、結局は触れあいながら行っているという点では触れあい技法でもある。

 

 

 

Ⅳ verbalな触れあいとnon-verbalな触れあい

 

-「アイコンタクト」「うなずき」「相づち」「沈黙」「声のトーン」「笑い」-

 

 これまで論じた理論や概念を抜きにしても、ThClが会った瞬間から、すでに視線で触れあいが始まり、Clが話し始めれば「うなずき」「相づち」の形で触れあいが進んでいく。さらに沈黙にどう対応するか、声の大きさや話すスピードによっても、触れあっているかどうかの差は截然とする。そしてそれらがうまく進んでいった後に自然な「微笑み」や「笑い」にまで到達できれば、かなり触れあえているかもしれない。これらは全て基本的にはClのスタイルに合わせるべきである。アイコンタクトは「じっと見つめてくるClには、こちらもじっと見つめて」いく。反対に目を逸らしがちなClには、Thも見つめすぎないように」することが大切である。そして「ヒソヒソ話」には「ヒソヒソ話」で応じることで、静かだが劇的な触れあいが生じることもある。

 

もちろん、描画や箱庭による触れあいや、時によっては筆談も、例外的には動作療法のような身体的な触れあいもある。いずれにしてもnon-verbalな触れあいは、とてもインパクトも影響力も大きいのにThの側は、定型化して慣れっこになっていたり無神経になっていたりする場合がある。時々、自分の面接を録音・録画して、自己チェックや仲間同士のチェックを受けるとこのような歪みが修正できる可能性があるので、お勧めする。

 

 

 

Ⅴ 添った触れあいとズラした触れあい

 

 とくにnon-verbalな触れあいは、触れあっていればいいというものではないし、「Clにぴったり添った触れあいができていればいい」ということでもない。例えば、いつもとても明るく元気よく話すClにこちらも合わせて、明るく元気よく話し続けて「先生、能天気なんですね」と言われたことがある。反対に、Clに合わせて暗く沈黙がちに対応していて「そんな暗い顔しないでください」と言われてしまったこともある。どちらの例も、このように言われること自体は悪くないし、こう言い合える関係があるということは、関係作りに成功していると言える。しかし、このように言えずに不満を募らせていって、関係が修復不能にまでなる場合もある。

 

 声のトーン、話す速度、目線、沈黙、笑い等々のすべてに関して、Clのそれに合わせつつも「合わせ過ぎない」という「意図的なずらし」も必要なのである。速くて大きなしゃべり方には、それとかけ離れない程度のゆっくりめの中くらいの声で応じる。表面的な語りには、それよりもやや深めた内容で返すなどの意図的なズラシである。同様に、あまりにも沈んだ沈黙がちのClには、それよりもやや明るめの声で、少しThの方が言葉を多めにする場合も必要だと思う。笑いに関しては、ここで短く論じるのはとても難しいが、基本的にはClの笑いについていくべきであるが、「ごまかし」でない笑いが自然に起こるようなセッションは、これこそまさに触れあいの極意と言えるだろう。

 

 

 

Ⅵ 触れあうこと、それはパンドラの箱を開けるのに似たリスクを含む

 

 ここまで述べてきたが、「触れあい」がリスクをはらんだものだということを強調しておかなくてはいけない。自己開示も「今ここで」の解釈・直面化も、non-verbalなものも、すべて下手にやったらClを傷つけたり、セラピー関係を修復不能なまでに損なうことがありうる。

 

けれども、この「触れあうこと」なしには本当の変化が生じることが難しいケースが多いのも事実である。ある女性専門職のClは、30回近いセッションを経た後にThの対応のズレに対して、Thの促しに応じてかなり厳しいTh批判を繰り広げ、その後に初めてThへの信頼感がもて、自己愛人格傾向が弱まって行った。これも、通常ならば「何もしない」はずの所で、Thがあえて触れあっていったからこそ起こった怒りであり、厳しい批判であった。

 

 このように、触れあうことはそれまでClが固く閉ざしていた心の中の「パンドラの箱」を開けることにつながり、そこには激しい怒りや深い悲しみ、雪女のような触れるものすべてを凍てつかせる恨みが秘められているかもしれない。しかし、これを開けなければ変容が訪れないなら、慎重に意図的に開いていくしかないのである。

 

 

 

Ⅶ どのようなClにどのように触れあって行くのか

 

 では、本項の本題ともいうべき「どのようなClにどのように触れあっていけばいいのか」について、簡単に解説したい。福島(20062011)においては、Clの内省力と変化への動機づけを簡単な質問でアセスメントして、それに応じて大まかに4種類の態度と技法を調整すべきであるとした。 

 

ここにごく簡単にまとめれば、内省力と動機づけのともに高いClには、受身的中立的な態度で、まさにこれまでの教科書にあるような来談者中心的あるいは精神分析的な触れあいから、洞察を促すような態度がよい。しかし、動機づけが高くとも内省力の乏しいClには、Thがリードしつつ触れあいつつ、心理教育を中心とした関わりが必要である。さらに内省力が高くとも変化への動機づけが低い場合には、Thは積極的に感情面に触れたり、Th自身の感情をある程度開示したり、「肯定的介入」でClと触れあったりしないと変化が生じない。最後に動機づけと内省力のともに低い場合には、触れあい自体が難しいが、Thの肯定的な触れあいや、時にはTh自身の失敗談や挫折体験をすら含んだ「体験の自己開示」が有効な場合もある。本特集の別項「ミラクルクエスチョン」や「リフレーミング」が特に有効なのも、この領域のClである。(2.参照)

 福島先生治療理論2 修正版

福島の統合モデルでは、これら以外にClのスピリチュアルな次元にも、響きあう領域で深めていくということも含まれている(3.参照)が、詳しくは上記の論文や著書を参照していただきたい。

 

福島先生治療理論3 

 

 

Ⅷ 今後の展開

 

筆者は、ここ数年、これまで述べてきたような「触れあい」に関して、シンプルに「ClThの心理的距離」という視点からとらえられないかを試みている。2つのスケールを、カウンセリング・ロールプレイや試行カウンセリング、さらにはカウンセリング実験の評定軸として用いて、ある程度の有効性が確認できている(樽澤・福島2015)。少なくともTh側がこのようなスケールを頭に入れて、「今ここで」の関係性への感覚を研ぎ澄ますことが何より重要と思われる。

  さらにMallinckrodt,B. et al.(2014)によって試みられているような、理想的な「治療的距離」とClのアタッチメント・スタイルとの関連を探ることによって、Clごとに異なる理想的な触れあいを提供する際の指標となるのではないかと考えている。Mallinckrodt,B. et al.によれば、治療前に回避的なアタッチメント・スタイルを示したClThの関わりを「近すぎる」ものとして知覚し、反対に治療前に不安を感じていたClThの関わりを「遠すぎる」と知覚していたという。さらに、治療の進展によって回避的だったClThに対して関わりをもつようになり、反対に治療前に不安の高かったClは、期待に反して治療後も自律性が高まっていなかったとしている。

 

 この研究はまだまだ試論の段階であり、Clのアタッチメント・スタイルや治療的距離をどのように測定するかという方法上の問題もあるが、「個々のClに最適な触れあいを探る」という点では、可能性に満ちた研究だと言える。

 

 いずれにしても、触れあい方に唯一正しい定式化された解はない。何らかの指標を持ちながら、その瞬間瞬間に最適なものを選び取っていくしかない。その意味で、「探究する姿勢」が欠かせないということを強調して、この項を終わりたい。

 

 

 

文献

 

Bion,W.R.(1970). Attention and Interpretation. Tavistock, London. Maresfield Reprints, London, 1984

 

Fosha, D. (2000). Transforming power of affect: A model of accelerated change. New York: Basic Books.

 

福島哲夫(2006)心理臨床学の基礎としての折衷・統合的心理療法-基本的態度の微調整と技法選択に関する試論-.大妻女子大学人間関係学部紀要,84961

 

福島哲夫(2011) 心理療法の3次元統合モデルの提唱より少ない抵抗と、より大きな効果を求めて

 

本サイコセラピー学会雑誌 第12巻第1 51-59

 

Greenberg LS, Rice LN, & Elliott R1993):Facilitating Emotional Change : The Moment-by-Moment Process. New York: The Guilford Press. 岩壁茂(訳)(2006):感情に働きかける面接技法-心理療法の統合的アプローチ- 誠信書房

 

生田憲正(1996)精神分析および精神分析的精神療法の実証研究(その1)-メニンガー財団精神療法研究プロジェクト-精神分析研究 第40巻、1-9.

 

カルフ,D.(1999)カルフ箱庭療法[新版](山中康裕監訳) 誠信書房

 

Mallinckrodt,B. ,Choi,G.,& Daly,K.D.(2014) Pilot test of measure to assess therapeutic distance and association with client attachment and corrective experience in therapy. Psychotherapy Research,

 

Linehan MM1993):Skills training manual for treating borderlines personality disorder. New York: Guilford Press.

 

樽澤百合・福島哲夫(2015)カウンセリング場面における聴き手の頷き量が話し手に与える影響に関する実験研究-知覚された共感性、快感情、心理的距離に注目して-.日本心理臨床学会第34回秋季大会発表論文集.

 

2021年

9月

02日

親面接のコツ

1.はじめに 

教育相談や青少年相談においては、子どもや青少年本人へのカウンセリングと並行して親への面接を継続的に実施する場合が多いでしょう。また、スクールカウンセリングにおいても、この親面接は重要な業務と言えるでしょう。

けれども、ほとんどの心理士(師)は、この親面接のトレーニングを受けてきていません。

 

大学院の学内実習施設では、大学院生は子どもを担当することが多く、親面接は中堅・ベテランの相談員や教員が担当することになります。もちろん、きちんとした大学院では大人のカウンセリングは担当できますが、親としての立場で来談するクライエントを担当する事はほとんどないでしょう。

 

大学院を修了して、クリニックや病院に就職すると、親面接は医師が担当する場合が多く、教育相談や青少年相談の現場においては、やはり中堅やベテランが親担当になります。

 

では、その中堅・ベテラン、あるいは医師は、親面接をどのように身につけてきたのでしょうか?

 

それは、「見よう見まねと経験」です。

幸運な現場であれば「先輩から指導してもらえた」という人もいるかもしれませんが、親面接を始めて担当する頃には、すでに中堅になっている場合が多く、「指導してもらえる立場から指導する側になってしまっている」場合が多いと考えられます。

 

もっとも困難なのは、スクールカウンセラーです。

大学院を出たばかり、あるいは修了後数年でスクールカウンセラーになったとすると、誰の指導も受けずに、誰とも相談せずに着任早々親面接をしなければいけなくなります。

 

しかも、それは「我が子がクラス内でいじめられている」という訴えであったり、教員への不満やクレームであったりという、極めて慎重な対応と、時に機敏な対処を求められる内容であることもしばしばです。

「いじめの問題でスクールカウンセラーの所に話しに行ったのに、ただ聴いてくれるだけだった」というような訴えをご父母向けの講演会その他の折に、複数聞かされています。

 

2.親面接の難しさ(1)

上記のように、ほとんどの心理士(師)がこれといったトレーニングを受けずにやっている親面接ですが、実は心理面接の中でも難しい業務のトップクラスに位置づけられると言っていいと思います。

 

その難しさは新人スクールカウンセラーだからとか、若手相談員だからという心理士(師)側の要因だけでなく、業務そのものの難しさが大きいと言っていいと思います。

 

以下に、その難しさの要因をあげてみます。

 

(1)主訴が多岐にわたること・・・主に我が子のことであるが、不登校・いじめ・教師や学校側の問題、場合によっては家族の問題や親本人の虐待が疑われる場合もあり、共感的傾聴だけでは全く問題が解決しない場合が多い。

 

(2)親自身には内省的姿勢がない場合が多い・・・「自分が変わる」必要を全く感じていないか、反対に自分を責めすぎているか、あるいは親自身も発達の偏りがある場合が多い。

 

(3)日常の親の姿と違った様子で現れることも多い・・・相談場面での語りの内容や態度が、日常や我が子に対するものとかけ離れていて、家での実態がつかみにくい場合が多い。

 

(4)親を取り巻く関係者に要注意人物がいる場合が多い・・・親の親、ママ友、地域の有力者など、多大な影響力を持ち、なおかつその影響力が健全な形で機能していないことが多い。

 

3.親面接のコツ~アセスメントに基づいた介入目標

では、このようにとても難しい業務である親面接をうまく進めるコツはなんでしょうか?

 

それは、やはりアセスメントです。

 

・状況と問題のアセスメント

・ニーズのアセスメント

・親機能と特性のアセスメント

 

と言っていいと思います。

 

この中で最初の「状況と問題のアセスメント」は細かくなりすぎるので、ここでは省略するとして、この状況と問題のアセスメントを踏まえてなされる「ニーズと親機能・親の特性のアセスメント」とそれに基づいた、介入目標について解説しましょう。

 

(1)多職種連携を含めた現実的な問題対応が必要な場合

・・・問題が虐待やいじめ、学級崩壊などの、即時対応を求められる性質のものである場合。

 

(2)親をサポートチームの一員として協働する場合

・・・子どもの先天的な障害や発達障害、身体問題などがあり、親・教師・カウンセラーが連携して、子どもを理解して支えるチームの一員となっていただくための支援。

 

(3)親に我が子の状態を理解してもらうための関わり

・・・不登校・引きこもり・チックなどの身体現象・心身症や起立性調節障害などの身体の問題、さらには発達の偏りなど、まずは親に我が子の状態を理解してもらうための主に心理教育的な関わりが中心となる。親の健康度と信頼関係に応じて、子ども面接やプレイセラピーでの様子を慎重に伝えることも含まれる。「お子さんはすごく頑張っている様子ですよ」「不安が高まっている様子です」など、こちらの印象や見立てを伝えるのが良い。

 

(4)親自身の不安や衝動性を下げるための関わり

・・・子どもの問題の背景に、親自身の不安の高さや衝動性が明らかに存在する場合には、慎重かつ共感的にそれを伝えて、「一緒に取り組んでいきましょう」という作業同盟を結ぶ。この同盟が結ばれたなら、そのための自律訓練法やマインドフルネス瞑想、衝動コントロールのさまざまなスキルを提供することを躊躇わないことが大切。

具体的には親自身のADHD、ASD、軽度抑うつ(気分変調症)等がこれに相当する場合が多いが、そのような病名ではなく、ご本人の「困り感」に共感的に焦点を当てることが大切。

 

(5)親自身のメンタルヘルス問題と精神病理的な問題への対応

・・・親自身のPTSDやうつ病、双極性障害、パーソナリティ障害、統合失調症等の問題が想定される場合も少なくない。このような場合にはできるだけ早期に把握しながらも、まずは共感的にサポートすることを第一とし、本人の困り感や必要性に応じて、本格的な心理療法や医療に繋げることも視野に入れながら関わる。けれども、教育相談や青少年相談の主な目的は、子の健全な育ちを促進することであるので、親の子どもへの関わりが不安定にならないようにすることを第一の目的とする。その意味で、医療や心理療法に繋がったらそれで終結とせずに、サポートを続ける方が望ましい場合も多い。

 

4.親面接の難しさ(2)ー子ども担当とのやり取りと協働

親面接を一度でも経験すると痛感するのは、子ども担当とのやり取りと協働の難しさである。これは自分一人で親面接も子ども担当もする場合は、「親担当としての自分」と「子ども担当としての自分」の葛藤として体験されるかもしれません。

 

いずれにしても基本的にその事例の親子関係の問題が、親担当者と子ども担当者との間にも転移されると考えるのがいいでしょう。

その意味で、私は「親担当、子担当の間には、時として代理戦争が起こる」とよく言っています。

 

場合によっては、子担当者が不安と依存を強めて、親担当者に縋りつくような事もあれば、その反対に、反抗的な子供のようになって親担当者と敵対する場合もあります。

 

その一方で、親担当者が過干渉な親のようになって、事例全体をコントロールしようとする場合もありますし、無責任で回避的な親のようになることすらあり得ます。

 

これらが、その心理士(師)にいつも同じように起こっているなら、それは、その心理士(師)固有の問題ですが、そうでないならケースの影響によって(つまり逆転移や投影同一化によって)生じていると考えるべきでしょう。

 

ここで言う投影同一化とは、精神分析の概念として近年注目されているものです。

クライエントが無意識のうちに抱えている怒りや虚無感などをセラピストに投影し、セラピストはその投影内容に同一化させられてしまうという巻き込み現象を指します。

 

この投影同一化をセラピストたちがしっかりと意識化しないと、セラピストチームは仲違いしてしまうだけでなく、クライエントやその親に対して、直接的にネガティブな感情をぶつけてしまいかねません。

 

情報伝達と情報共有について

上記のような逆転移や投影同一化が絡んで、時に悩ましいのがこの情報伝達と情報共有です。

これは、下の「公認心理師必携テキスト」の16章3節の図を参考にしてください。

 

つまり、非行傾向や過剰適応身体表現性障害や神経症から摂食障害までは、あまり親担当者と子担当者が情報共有しすぎない、関係者会議をやりすぎないことが大切ですが、それ以外、発達障害や円の反対側の精神病圏、嗜癖・依存症などの問題なら、場合によっては一人の担当者が親面接も子面接もやるというのが、効率的で効果的だったりもします。

 

5.おわりに

ここまで書いてきたように、やはり、事例に応じて複線的な対応を用意しておくべきであり、それを成功させるためには、何よりもアセスメントが大切だということがわかっていただけると思います。 

 

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こころに寄り添うということー子どもと家族の成長を支える心理臨床

2021年

5月

05日

心のソーシャルディスタンスー夫婦関係調整シート付

2020年から2021年の新型コロナウィルス感染症を予防するために「ソーシャルディスタンス」(あるいはソーシャルディスタンシング)という言葉が流行りました。人と人とが適正な距離を取ることによって感染を防ぐ、つまり、近づきすぎて「密」になるのを避けようという言葉です。

 

けれども、適正な距離を取るべきなのは、何も身体だけではありません。

 

実は心理学の世界では、母子関係に代表される「自他未分化な状態」から次第に「分離個体化」して、心理的に自立したあり方になるという過程が、大人になるための必須のプロセスとして大切にされてきました。

 

このように心理学的に自立した個人は、適度に甘え合い・支え合いながらも「相手との適正な心の距離を保っている」という心のソーシャルディスタンスを守れている個人であると言えます。

けれども、この「心のソーシャルディスタンス」は、このコロナ禍の外出自粛で失われている場合をしばしば目にします。

 

それは、夫婦や親子、そして恋人や親しい友人の間において特に問題となっています。

2020年の前半は特にこの問題で、オフィスにおいでになるカップルが急増しました。そう、その代表的なものがいわゆる「コロナ離婚危機」です。

 

プライバシー保護のために、一般的な共通部分だけを書かせていただきますと、どのカップルも、「相手は〇〇してくれて当然のはず」という思い込みや過度の期待が問題の根本にありました。暗黙の期待と言ってもいいものです。

 

カップルカウンセリングや個別カウンセリングを通して、それぞれの求めていることを探っていくと、「家事」「子育て」「外出」「他の人との付き合い方」などに集約されるということがわかってきました。つまりこれらの領域に関して、普段からあったお互いの期待のズレがひたすら拡大しているのが、「コロナ離婚危機」でした。

 

これは、ご夫婦に限らず、恋人、親しい友人の関係でも同様でした。もちろん、恋人や友人の関係では、家事や子育ては問題にならないのですが、「〇〇してくれて当然」とか「〇〇はしないで欲しいのに(でも、言えないor溜め込んで激しく爆発してしまう)」ということが問題となることに変わりはありませんでした。

 

そこで、多くのカップルには、下の表のような「3つのお願い表」を書いていただきました。

書き直せるように鉛筆と消しゴムを用意して、「是非やってほしいこと」(つまりすぐにでも実行してほしいこと)、「出来たらやってほしいこと」(近い将来やってほしいこと)、「遠い将来やってほしいこと」の3種類をお互いに話し合いながら記入していっていただくというものです。

 

3つのお願い表

 

   さん

  さん

お子さん(たち)

遠い将来やって欲しいこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出来たらやって欲しいこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

是非やって欲しいこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メモ

 

 

 

 

 この表を、カウンセラーの私も見ながら、時々あまりにも無理のあることが書かれていたり、お互いの量や難易度に差がありすぎた場合には、調整役として介入します。

 

多くのカップルが、遠い将来の目標であるべきことを、一足飛びにすぐにやってほしいこととしていたり、是非やってほしいことに到底無理な要求を書いたりする傾向があります。

 

お子さんがいて、そのことの関係についても悩んでおられる場合には、一番右の欄に、カップルで相談して記入してもらいます。

 

お子さんのことは問題になっていなくて、しかも、お願いが混乱している場合には、カウンセラーからのコメントがすでに書かれている下のような表を呈示して、話し合ってもらいます。

 

 3つのお願い表(コメント付き)

 

 夫さんから妻さんへ

妻さんから夫さんへ

カウンセラーから

遠い将来やって欲しいこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

癒しあい、ねぎらいあえる関係を作ってください。

出来たらやって欲しいこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一足飛びに大きな目標を達成しようとせずに、スモール・ステップを心掛けてください。

是非やって欲しいこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たとえば

    お互いに多彩なうなずき、あいづちで15分程度話を聴く。

    少しでもできるようになったことはすかさず褒める。

    「ありがとう」、「ごめんなさい」、「嬉しい」、「助かる」、「オッケー」を常用する。

メモ

 

 

 

 この作業をするだけで、お互いに対する暗黙の期待が視覚化され、「○○してくれて当然!」という自他未分化な欲求から、「○○してもらえるととっても幸せ」という自立した大人同士の支え合いになっていけるのです。

 

事実、このワークシートを、話し合い書き直ししながら記入して何回か検討を重ねることで、コロナ離婚を避けることができただけでなく、それまでよりもよりよい関係を築いていかれたカップルもたくさんいらっしゃいます。

(もちろん、これだけでは解決しないカップル、これを書きながら相手の理不尽な要求に気づいて、離婚の意思を固めた方もいらっしゃいます)

 

どうぞ、皆さんも活用してみてください。

 

 

2021年

4月

27日

カウンセリングのオーダーメイドとテーラーメイド

カウンセリングや心理療法は、もちろんニーズとご注文に合わせて、最適なものを提供すべきです。けれども、実はこれはこの業界ではあまり普通のことではありません。多くの専門家は、自分の得意とする心理療法を提供することに熱心で、利用者が本当はどんなカウンセリングを求めているのかに関しては、少し無頓着な傾向があります。それは、「自分の専門性を極めたい」という気持ちや「習ってきたことを忠実に守るのが倫理的だ」という考えからだと思うのですが、その一方で利用者のニーズに関しては優先順位が下がっている印象を否めません。

 

これは利用者の視点に立てば、とても残念なことです。

そして、これを放置するべきでないことは、多くの人が賛成してくださるでしょう。

 

ただ、ここには、カウンセリングの特殊性があってのことだとは思いますので、以下、ていねいに解説したいと思います。(お急ぎの方は、飛ばして最後をお読みいただければと思います)

 

ちょっと身辺雑記的なところから始めますが、少し前に私は生まれて初めてスーツをオーダーしました。まさにオーダーメイドです。

これにはいろいろな背景があって、私がある日「スーツが足りない気がしてきたから、新しいのを買おうかな」と言ったら、妻が「そうだよ!あなたも学部長になったんだからちょっとはいいスーツを作るべきだよ」と言ったのが始まりでした。

 

「そんなこと言ったって、スーツは年に10回くらいしか着ないし、スーツで勝負してる仕事じゃないし」とか「臨床、研究、教育の全てでスーツは必要ない」という私の御託を意に介さない妻にデパートに連れて行かれました。

 

そのデパート内にある高級ブランドショップに入ったら、これまた最高級の笑顔で、なんとシャンパンのサービス付きで生地選び、採寸と進んでいきました。シャンパン1杯につきこちらの財布の紐は1㎝づつ緩んでいく感じがしました(全長何㎝だったのかは今となっては不明です)。

 

そして、感じました。「自分のオーダーよりも、専門家のアドバイスの方が信頼できるかもしれない」「裾や袖の長さやデザインも、自分の好みではなく、専門家が選んでくれた方が自分の身体にも合っていて、流行にも惑わされずに長く着れるのかも」と。

 

これはまさにオーダーメイドではなくて、テーラーメイドだ!

 

そう思ったのでした。

 

そう言えば思い出しました。

もう10年以上前にちょっと有名なソムリエがいるワインレストランに、初めて(というか結局その後も含めて2回しか行っていません)行ったときに、次々に私の好みのワインが、しかもだんだんと重いものになって出てくるのに驚いて、ソムリエに聞いてみました。すると「お客さまのお話のなさり方、振る舞いからだいたいわかるんです」ということでした。

 

たしかに、はじめに少しだけワインの好みをお伝えして、最初のテイスティングに感想は述べました。けれどもそれだけで、私自身よりも詳しく私の好みを理解されてしまったみたいです。

 

そして、私は決めました。

「テーラーメイドのスーツを作る仕立て屋さん、客の好みを客自身よりもわかるソムリエのようなカウンセラーになる!」と。

 

そうです。

私たちカウンセラー/セラピストは、お客さんの志向と適合性をお客さん以上に理解して、サービスを提供しなくてはいけないのです。

そもそもカウンセリングや心理療法に正確で詳しい情報をお持ちのお客さんはめったにいないのですから。

 

ですので、お客さんの要望をしっかりと尊重した上で、そのオーダーにそのまま応じるのではなく、さらに「テーラーメイド」して提供するべきなのだと考えています。

 

最近増えてきている例でお話ししますと、「トラウマティックな体験や傷つき」にカウンセリング初期から触れていきたいというご要望を持ちながら、実は睡眠時間も対人関係もとても乱れているような場合があります。そのような方にはまずは生活リズムなどの生活の基盤を整えたり、躁鬱の波をあえて広げるような活動を抑えたり、カウンセラーとの安心できる関係を育む必要があったりする場合もあります。

 

反対に、ご本人はあまり望まないけれども、まずは日々の生活に大きな影を落としている過去のトラウマ体験に触れて行かざるをえないこともあります。

 

どちらの場合も十分に説明して、納得していただいてから取り組むようにしているのですが、いずれにしてもある程度の時間をかけてじっくりとやって行かないとうまくいきません。

「数回で良くしてほしい」とか「1回で」というお客さんもいて、流石にそのご要望には「オーダーメイド」としても「テーラメイド」としてもお答えできないこともあります。

 

こういった諸々の事情を踏まえて、当オフィスではお客様からもできるだけ率直なご要望と、ご意見、そして時には反論を期待しています。

最近、私を含んだスタッフが、クライエントさんからネガティブなコメントをいただいた時に「言っていただいてありがとうございます。もっとあったら遠慮なく言ってください」と返すことが増えています。

 

そういった、ネガティブなコメントは、そうそう頻繁にいただけるものではないので、少し痛いのですが、喜んで受け止め、そのカウンセリングにも、オフィス運営にも生かしていくつもりです。

2021年

2月

16日

【重要提言】主治医の指示についてー過剰反応は職域を狭めるだけでなく、利用者の利益を損なうー

この2年近くの間、新たに誕生した公認心理師たちの「主治医の指示」に関する過剰反応を見聞きしてきました。そして、とうとうクライエントさんから、この過剰反応に対する疑念を聞かされましたので、重要提言としてお伝えします。(長文になりますので、お急ぎの方は最後の「まとめ」だけでもお読みください)

 

過剰反応の内容は以下です。(以下、プライバシーに配慮して、本件に関係しない細部を多少変更して記載いたします。)

 

「ある思春期のクライエントさんが、病状の変化とともに主治医を変更し、それを以前から通っている適応指導教室(的な公的な施設)に伝えたところ施設側から『主治医に、こちらが用意する指示書を記入してもらって提出してほしい。その提出までは、施設利用を控えてほしい』と伝えられたとのことだった。それを主治医に口頭で伝えたところ「施設利用は全く問題ない」という返答だったにもかかわらず、指示書そのものの用紙が適応指導教室側からなかなか発行されず、施設を利用できない期間が不当に長引き、苦痛を味わった。その後、指示書が発行され、主治医はそれに即座にサインし、現在クライエントさんはその施設のグループ活動の主要メンバーとしてリーダシップも発揮し信頼を集めている。クライエントさんは途中で何度も抗議したにもかかわらず、それは聞き入れられなかったが、これ以上問題にしても自分のメリットにならないと思い不問にしている。」

 

という事例です。

 

上記の事例以外にも、かなり多くの心理臨床現場で「医療にかかっている方は、初来談時に紹介状をお持ちください」と表明しています。

また、最近その傾向が増加していると感じます。

 

さらに教育相談やスクールカウンセリングの現場では、チェックボックス付きの文書を主治医に送って返送していただく形にしているところが増えているとも聞きます。

以下のような形でしょうか?

 

☐カウンセリング開始を認める。

☐カウンセリング開始を認めない。

 

もちろん、心ある精神科医や心療内科医、小児科医が、精神病圏のクライエントさん以外に関して、上記のチェックボックスの「認めない」にチェックをつけることはとてもまれであるとは思います。

しかし、これらの対応は、本当に利用者・要支援者の利益につながっているでしょうか?

 

少し、原点に立ち戻ってみましょう。

 

公認心理師法第42条の2には以下のような規定があります。

公 認 心 理 師 は 、 そ の 業 務 を 行 う に 当 た っ て 心 理 に 関 す る 支 援 を 要 す る 者 に 当 該 支 援 に 係 る 主 治 の 医 師 が あ る と き は 、 そ の 指 示 を 受 け な け れ ば な ら な い 。

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000121345.pdf

 

上記の事例のような対応やその下に書いた傾向は、この法文を受ける形で、強まっていると考えられます。

 

私は、これらの対応は公認心理師法第42条の法文を「主治医による事前の了承や指示を受けなければならない」と拡大解釈している結果だと考えています。

もちろん同一機関内(とくに医療機関)では、主治医の事前の指示を得ずに心理的な支援を始めるという事は考えにくいでしょう。

けれども、他機関の心理師も事前の指示が必要なのでしょうか?

 

私は、違うと考えています。

たしかに、心理相談機関の自衛策としては、「初来談時には紹介状を持ってきてください」というのは正当性のある表明だと思います。けれども、利用者さんから考えたらどうでしょうか?

正直かなりハードルが高いと感じます。

 

紹介状を書いてもらうにはお金もかかりますし、「実は、よそのカウンセリング機関に行きたいんですけど」とはなかなか言い出しにくいのではないでしょうか?

ましてや、「ちょっとカウンセリングを試してみたいんだけれど」という軽い気持ちでは、紹介状をお願いするリスクを取る気になれなくなるのではないでしょうか?

 

この場合のリスクとは、「主治医の機嫌を損なうのではないか?」「見捨てられるのではないか?」「忙しい診療時間中にそんなことを言い出していいものか?」などのリスクです。

 

なので、私や成城カウンセリングオフィスではあえて初回の申し込みがあった方に「医療にかかっている場合は、医師の紹介状をお持ちください」とは、お伝えしていません。

 

カウンセリングを継続するとなった時に「カウンセリング開始報告書」を、クライエントさんの同意を得て作成し、そこに「アセスメントと問題理解」「カウンセリングの目的と手法」等とともに「今後ともよろしくご指示をお願いいたします」と書いてお送りしています。

 

公認心理師法ができてからもこのような「カウンセリング開始報告書」をオフィスとして20通以上は書いていますが、連絡を取り合うことはあっても、異論や特別な指示を受け取ったことは一度もありません。

 

このような経験がありますので、公認心理師法の法文の趣旨は「主治医の指示や方針と異なる見解を振り回さないように」ということだと理解しています。

 

改めて「公認心理師必携テキスト」(学研メディカル秀潤社)の巻末にも掲載した文科省・厚労省の「公認心理師への主治医の指示に関する運用基準」の「公認心理師法第42条第2項に係る主治の医師の指示に関する運用基準」(厚生労働省,平成30年1月30日)を見てみたいと思います。

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000192943.pdf

 

まず、この運用基準の趣旨が書かれています。

 

「本運用基準は、公認心理師が法第2条各号に定める行為(以下「支援行為」という。) を行うに当たり、心理に関する支援を要する者(以下「要支援者」という。)に、法第 42 条第2項の心理に関する支援に係る主治の医師(以下単に「主治の医師」という。)がある場合に、その指示を受ける義務を規定する法第 42 条第2項の運用について、公認心理師の専門性や自立性を損なうことのないようにすることで、公認心理師の業務が円滑に行 われるようにする観点から定めるものである。」

 

次に、基本的な考え方が書かれています。

 

「公認心理師の意図によるものかどうかにかかわらず、当該公認心理師が要支援者に対して、主治の医師の治療方針とは異なる支援行為を行うこと等によって、結果として要支援者の状態に効果的な改善が図られない可能性があること、その治療方針と公認心理師の支援行為の内容との齟齬を避けるために設けられた規定である。」

 

ここまでですでに「公認心理師の専門性と自立性」が尊重され、その上で「医師の治療方針と公認心理師の支援行為の内容との齟齬を避ける」という基本的な精神が述べられています。

 

また

 

「主治の医師からの指示は、医師の掌る医療及び保健指導の観点から行われるものであり、公認心理師は、合理的な理由がある場合を除き、主治の医師の指示を尊重するものとする。」 

 

とあります。

これはつまり、合理的な理由がある場合は、必ずしも従わないといけない訳ではないと理解できます。

 

それは以下の文章からもはっきりと読み取れます。

「公認心理師が、心理に関する知識を踏まえた専門性に基づき、主治の医師の治療方針とは異なる支援行為を行った場合、合理的な理由がある場合は、直ちに法第 42 条第2 項に違反となるものではない。」

 

「公認心理師が所属する機関の長が、要支援者に対する支援の内容について、要支援者 の主治の医師の指示と異なる見解を示した場合、それぞれの見解の意図をよく確認し、 要支援者の状態の改善に向けて、関係者が連携して支援に当たることができるよう留意することとする。 」

 

とあります。また、この中でも4の(5)「要支援者が主治の医師の関与を望まない場合」がとくに重要だと思います。

 

この場合「公認心理師は要支援者の心情に配慮しつつ、主治の医師からの指示の必要性について丁寧に説明を行うものとする」

 

となっています。

これは、その前の(2)「主治の医師からの指示を受ける方法」の後半部分の、「公認心理師が主治の医師に直接連絡を取る際は、要支援者本人(要支援者が未成年の場合はその家族等)の同意を得た上で行うものとする。」という文言と合わせて理解すれば、

 

要支援者が同意しなかった場合は、無理やり主治医に連絡を取ってはいけないということになります。


これは、常識から考えても、職業倫理的に考えても当然のことです。

ですから、「主治の医師からの指示の必要性について丁寧に説明を行う」までは、義務ですが、そこから先は要支援者の意思が大切ということになります。

 

まとめ

以上、見てきたように、公認心理師はその専門性と自立性を厚労省からも認められており、その都度その都度、医師の指示を仰いだり、事前承諾を得るという存在ではないということを理解する必要があります。そして、当然ながら主治医の方針と大きな齟齬なく支援を進めて行く必要はありますが、それでも合理的な判断がある場合は、主治医と異なる方針を持っても良いということです。

この主治医と異なる方針とは、「服薬をやめましょう」とか「あなたは入院する必要はありません」などの越権行為的な内容ではありません。

また、うつ病や統合失調症の急性期にカウンセリングの継続にこだわるなども、主治医の意思に反する合理性はないと言っていいでしょう。

 

そうではなくて「クライエントさんが主治医との相性の悪さに苦しんでいる」などの場合、セカンドオピニオンをお勧めしたり、要望に応じて別の医師を紹介するなどが、現実的と思われます。あるいは、私の経験した別の例では、主治医が紹介してきた青年期のクライエントさんが、「主治医の先生は『一人で行きなさい』と言うんですが」と母親との同席面接を求めてきた時「しばらくはお母さんと同席でいいと思いますよ」と柔軟な対応を提案したということもあります。

 

 

いずれにしても、公認心理師が自己保身のために、クライエントさんの利益を損なったり、負担を増やしてまで、過剰に主治医に忖度することは避けなければいけません。

私たちは、いまや国家資格を有する専門家としての、矜持と責任性をしっかりと引き受けなければいけないのだと思います。

2020年

8月

24日

心理療法統合とはー小さな統合と大きな統合

(本稿は「心と社会」第180号(2020年6月発行)に寄稿した原稿を改稿して掲載するものです。)

 

たとえばこんな時

 たとえば、相談相手や患者さんからこんな相談を持ちかけられたらどう応答するだろうか?「昔のショックな出来事が今でも時々思い出されて、とても辛いんです。そして、また再びそんなことが起こるんじゃないかと思うと、怖くなってしまって、うまく行動できないんです。」と。この際の「行動」とは、例えば恋愛や友人関係でも仕事上の行動でも、あるいは年少者であれば学校に行くという行動でもいいだろう。「そんなことは忘れて頑張りなさい!」というのは、この際、論外としよう。そして、まずは共感的に傾聴するとしても、その後、どうするだろうか?

 実は、カウンセラーや臨床心理士(公認心理師)、心理療法家と言われる人たちも、日々この迷いの中にいる。いや、むしろこのような場面で迷わずに同じ一つの対応を取り続けるカウンセラーがいたら、それは要注意である。

 この際、話を単純化するために相談相手(クライエント)の重症度は度外視することとしよう。そして、たとえば「原因はともかく、現在必要な行動について、少しずつできるようにしていきましょう」(行動療法)とするか、「また起こるんじゃないかという考え方を変えていきましょう」(認知療法)とするか、さらには「そのショッキングな出来事が引き起こされた背景にある対人(家族)関係や、それが再現されているのかもしれない『今ここでの関係性』に注目していきましょう」(精神分析療法)とするか、はたまた「その時の状況を詳しく思い出して、イメージの中でその場面に行ってみましょう」(トラウマセラピーの曝露療法)、「その時の傷ついた感情に触れていきましょう」(感情焦点化療法)等々、様々な対応法がある。

 これらは少し単純化させると行動にはたらきかけるか、認知(物事のとらえ方)にはたらきかけるか、さらに傷ついた感情にはたらきかけるかの違いである。これらはクライエントの重症度とは別に、介入の適切性として考えられるべき重要ポイントだと言っていいだろう。ちなみに本稿で解説する統合的心理療法は、必要に応じてこの3つ全てにはたらきかけようというものである。

 けれども、従来の○○療法と呼ばれる心理療法は、どれか一つにひたすら重点的に焦点を当てるということが多い。しかし実際のクライエントは、ほとんどの場合、認知・行動・感情の全てにおいて苦しんでおり、これらのうちのどれかだけに焦点を当て続けるのは、ごくわずかな例外を除いて、不十分だと言える。

 

 

400を超える心理療法の種類と効果比較研究のむずかしさ

 現在、心理療法の種類は世界で400を超えるといわれている。その中にはもちろんあの有名な精神分析療法やゲシュタルト療法、そして近年盛んになった認知行動療法も含まれる。日本生まれの心理療法としては、森田療法と内観療法が有名である。

 では、これら数多ある心理療法の中でどれが一番有効なのだろうか?この点に関しては、近年の数々の効果研究で、「技法や学派による大きな違いは無い」と結論付けられている。けれども、身体医学と違って精神医学や心理療法は、簡単に測定できない要素がたくさんありすぎて、効果比較研究が難しいというのも事実である。効果比較研究の典型はRCT(randomized controlled trial)と呼ばれるものであるが、心理療法の効果研究に果たしてこのRCTが最適と言えるかどうかに関しては、議論のあるところでもある。なぜならば、この方法ではいかにカウンセラーたちがマニュアルに忠実に従った介入をしようとも、個々のカウンセラーの持つ雰囲気や語り口、あるいは対象者との関係の作り方などによる効果の違いが、異なった介入技法によるセラピー間の治療効果の違いに含まれてしまったり、反対に技法の違いを打ち消してしまう可能性を否定できないからである。

 たとえば、心理療法ではなく、うつ病に関する薬物療法の研究においてすら、Mckay(2006)は、抗うつ剤を処方した精神科医Aと偽薬(プラシーボ)を処方した精神科医Bを比較した場合、精神科医Bの患者たちの方が改善効果が高い場合があることを、統計的な有意性を伴って示している1)。つまり、個々の医師の「腕の違い」が、抗うつ薬と偽薬の効果の違いを上回ることがあるという驚愕の(けれども、想像すれば納得の)結果である。

 

できるだけ効果的な心理療法を実施するための統合的心理療法

 では、できるだけ効果的な心理療法を実施するためにはどうしたらいいのだろうか?

筆者が35年ほど前に実践現場に出てから、一貫して感じ続けていることは「いくつかの技法を、相談者に合わせて調整して最適化し、適応するのがもっとも効果的なのではないか」ということである。そう思うに至った背景には「人間の心は、何らかの単一理論が全ての人に通用するほど単純ではない」という感触がある。そう感じながら臨床を続けていて行きついたのが「統合的心理療法」や「心理療法統合」の姿勢である。

 心理療法統合とは、特定の学派に依拠するのでも単一の学派の存在を否定するものでもない。多様な個性と課題をもったクライエントにできるだけ効果的にアプローチしようとする姿勢そのもの、あるいはそのような探求のプロセスを指す言葉だと言える。さらには、特定の統合的アプローチを確立したり、それを忠実に習得しようとするのではなく、まさに「探求し続ける」という行為を指すものである。

 このような姿勢は、身体医学では当然のことかもしれない。けれども、前述したように技法間の効果比較が難しい心理療法には、こういった発想も姿勢も育ちにくく、まだまだ一般的とは言えないのが現状である。

また、折衷ではなくてなぜ統合なのかという疑問を持たれる方も多いだろう。実際に「統合は不可能なので折衷しかない」という専門家もいる。しかし、折衷という言葉はどうしても「どっちつかず」や「寄せ集め」というニュアンスをぬぐい切れないので、筆者としては統合という言葉を選択したい。

 

中断・失敗の少ないセラピー

心理療法にとって、「予期せぬ中断」が、失敗の典型とされている。したがって、技法ごとの効果を直接比較することが難しい心理療法に関しては、この「予期せぬ中断」の発生率を比較するという間接的な手法がとられることがある。これに関しては、以下のようなメタ分析研究がある。Swift & Greenberg (2014)は、587の研究をメタ分析した結果、12の障害カテゴリーのうち、depression(うつ)と PTSD(心的外傷性ストレス後障害)のセラピーにおいて、統合的な心理療法は有意に中断率が低かったとしている。そして、さらに統合的なアプローチが他のすべてのアプローチと比較して12の障害のうち11カテゴリーにおいて同等か低い中断率であることが、安定的に示されたとした2)

この分析結果は、筆者の経験的感触とも一致している。筆者自身が統合的心理療法を目指すようになってから、相談室の隣の部屋の別のやり方のセラピストたちよりも、グッと中断が少ないことに気づいた。それは、長年受け付け事務をやってくれていた人の証言からも確かめられていた。また、スーパーヴィジョンを統合的にやるようになって、事情があって別のヴァイザーから移ってきたヴァイジーも中断がぐっと減ったと報告してくれた。

 

心理療法統合の基本的な考え方

Norcross&Newman(1992)は心理療法の整理統合の試みを概観し、その方法には以下の4種類があることを示している3)

①理論的統合(2つ以上のアプローチの要素を合成し、新たな理論的枠組みを与えようとするもの)。

②技法的折衷(背景にある理論に関係なく、有効な技法を適用するもの)

③共通因子の抽出(異なる治療理論の概念や技法の本質を明らかにし、心理療法理論を構築するもの)

④システミックな統合(個人療法と家族・集団療法の統合)。

また、近年になってNorcross(2005)4番目の方法としてはassimilative integration(同化統合:特定の心理療法のシステムに別の技法や考え方を取り入れるというもの)を挙げている4)

これらに加えて、筆者としては

⑤経過とともに介入技法を変えていくserial integrationを大切にしている。

 

大きな統合と小さな統合

 筆者は心理療法統合には、大きな統合と小さな統合とがあると考えている。それはたとえて言えば、建築におけるサグラダファミリア教会のように、異なった時代の異なった様式を全て一つの教会として建築しようとし、さらに現在も未完成であるのに似ている。

 

 

これは心理療法においては、以下にあげるような、完成度と効果の高い統合的アプローチである。それが感情焦点化療法(EFT: emotion focused therapy)、スキーマ療法、弁証法的行動療法(DBT: dialectical behavior therapy)、加速化体験力動療法(AEDP: accelerated experiential dynamic psychotherapy)である。

感情焦点化療法(EFT : Greenberg et al., 1993)では,傷ついたり溜め込んだ感情に焦点化していくために、「空の椅子」や「二つの椅子」の技法を使いながら,セラピストがリードしつつクライエントのこれまで封印されてきた感情にまで触れていく5)。また、スキーマ療法(Young et al,2003)では、問題となっているスキーマとモードを特定し、主にモードワークと呼ばれる体験的セラピーを通じて、問題となっているモードやスキーマを「治療的再養育」(limited-reparenting)する6。一方、弁証法的行動療法(DBT : Linehan, 1993)では,承認(Validation)やはげまし(Cheerleading)によってクライエントの 問題行動を「これまでの経緯からすれば妥当なもの」と認めつつ、新しい行動を応援するという形をとる7)。さらに精神力動的な短期力動療法から発展した加速化体験力動療法(AEDP : Fosha, 2000)では、セラピー の場の安全性を確保するためにクライエントを積極的に肯定すること(affirmation)を重視しながら、トラウマティックな感情に対して「そこに私(セラピスト)といっしょに留まれますか」と伝えて、十分に触れていくことで変容を促進する8)

これらすべてが、それぞれの出身学派に新しい技法を融合し(たとえばEFTなら人間性心理学的なカウンセリングとゲシュタルトセラピーの椅子の技法)、新しい統合的アプローチとして成功し、さらに発展を続けている。

 一方、小さな統合とは、冒頭で述べたような認知と行動と感情に、その都度その都度で触れていく介入法である。これは、身の回りでたとえれば、キッチンの引き出しの中にみられる、食器(とくにカトラリー類)にたとえられる。

 

我が家のキッチンの引き出しにも、ナイフ、フォーク、スプーン。伝統的な和塗りの箸、爪楊枝、竹串や和菓子楊枝、さらには中華のスプーン(レンゲ)まである。これらが、日々の料理に従って、最適な物が選択されつつ駆使されるわけだ。これは、もう単なる和洋折衷ではなくて統合と呼ぶにふさわしい。

 この食器類のように、日々の臨床活動の中で、最もふさわしい技法を、しっかりとしたアセスメントに基づいて最適化して使用するのが、小さな統合の理想である。

 

 

 

文献

1)Mckay,K.M.,Imel,Z.E.& Wampold,B.E.(2006) Psychiatrist effects in the psychopharmacological treatment of depression. Journal of Affective Disorder,92,287-290.

2)Swift, J. K., & Greenberg, R. P. (2014). A Treatment by Disorder Meta-Analysis of Dropout From Psychotherapy. Journal of Psychotherapy Integration. Vol. 24, No. 3, 193–207

3)Norcross,J.C.Newman,C.F.(1992). Psychotherapy Integration: Setting the context. In:Norcross,J.C.&Goldfried,M.R.(Eds.) Handbook of Psychotherapy Integration. New York: Basic Books.

4)Norcross,J.C.& Goldfried,M.R.(Eds.) (2005). Handbook of Psychotherapy Integration. 2nd Ed.New York: Oxford University Press.

5)Greenberg,L.S., Rice,L.N. & Elliott,R.K.1993Facilitating Emotional Change : The Moment-by-Moment Process. New York : Guilford Press.[岩壁茂 訳](2006)感情に働きかける 面接技法心理療法の統合的アプローチ.誠信書房.

6)Young,J.E.  Klosko,J.S.  Weishaar,M.E. (2003) : Schema Therapy:A Practitioner’s Guide Guilford Press 伊藤絵美監訳:スキーマ療法―パーソナリティの問題に対する統合的認知行動療法アプローチ.金剛出版,2007

7)Linehan,M.M.(1993). Skills Training Manual for Treating Borderline Personality Disorder. New York: Guilford Press.(小野和哉 監訳 (2007)弁証法的行動療法実践マニュアル―境界性パーソナリティ障害への新しいアプローチ.金剛出版)

8)Fosha D2000The Transforming Power of Affect : A Model of Accelerated Change. New York : Basic Books. (岩壁 茂,花川ゆう子,福島哲夫,沢宮容子,妙木浩之監訳 :人を育む愛着と感情の力―AEDPによる感情変容の理論と実践.福村出版,2017

 

 

2021年

9月

02日

親面接のコツ

1.はじめに 

教育相談や青少年相談においては、子どもや青少年本人へのカウンセリングと並行して親への面接を継続的に実施する場合が多いでしょう。また、スクールカウンセリングにおいても、この親面接は重要な業務と言えるでしょう。

けれども、ほとんどの心理士(師)は、この親面接のトレーニングを受けてきていません。

 

大学院の学内実習施設では、大学院生は子どもを担当することが多く、親面接は中堅・ベテランの相談員や教員が担当することになります。もちろん、きちんとした大学院では大人のカウンセリングは担当できますが、親としての立場で来談するクライエントを担当する事はほとんどないでしょう。

 

大学院を修了して、クリニックや病院に就職すると、親面接は医師が担当する場合が多く、教育相談や青少年相談の現場においては、やはり中堅やベテランが親担当になります。

 

では、その中堅・ベテラン、あるいは医師は、親面接をどのように身につけてきたのでしょうか?

 

それは、「見よう見まねと経験」です。

幸運な現場であれば「先輩から指導してもらえた」という人もいるかもしれませんが、親面接を始めて担当する頃には、すでに中堅になっている場合が多く、「指導してもらえる立場から指導する側になってしまっている」場合が多いと考えられます。

 

もっとも困難なのは、スクールカウンセラーです。

大学院を出たばかり、あるいは修了後数年でスクールカウンセラーになったとすると、誰の指導も受けずに、誰とも相談せずに着任早々親面接をしなければいけなくなります。

 

しかも、それは「我が子がクラス内でいじめられている」という訴えであったり、教員への不満やクレームであったりという、極めて慎重な対応と、時に機敏な対処を求められる内容であることもしばしばです。

「いじめの問題でスクールカウンセラーの所に話しに行ったのに、ただ聴いてくれるだけだった」というような訴えをご父母向けの講演会その他の折に、複数聞かされています。

 

2.親面接の難しさ(1)

上記のように、ほとんどの心理士(師)がこれといったトレーニングを受けずにやっている親面接ですが、実は心理面接の中でも難しい業務のトップクラスに位置づけられると言っていいと思います。

 

その難しさは新人スクールカウンセラーだからとか、若手相談員だからという心理士(師)側の要因だけでなく、業務そのものの難しさが大きいと言っていいと思います。

 

以下に、その難しさの要因をあげてみます。

 

(1)主訴が多岐にわたること・・・主に我が子のことであるが、不登校・いじめ・教師や学校側の問題、場合によっては家族の問題や親本人の虐待が疑われる場合もあり、共感的傾聴だけでは全く問題が解決しない場合が多い。

 

(2)親自身には内省的姿勢がない場合が多い・・・「自分が変わる」必要を全く感じていないか、反対に自分を責めすぎているか、あるいは親自身も発達の偏りがある場合が多い。

 

(3)日常の親の姿と違った様子で現れることも多い・・・相談場面での語りの内容や態度が、日常や我が子に対するものとかけ離れていて、家での実態がつかみにくい場合が多い。

 

(4)親を取り巻く関係者に要注意人物がいる場合が多い・・・親の親、ママ友、地域の有力者など、多大な影響力を持ち、なおかつその影響力が健全な形で機能していないことが多い。

 

3.親面接のコツ~アセスメントに基づいた介入目標

では、このようにとても難しい業務である親面接をうまく進めるコツはなんでしょうか?

 

それは、やはりアセスメントです。

 

・状況と問題のアセスメント

・ニーズのアセスメント

・親機能と特性のアセスメント

 

と言っていいと思います。

 

この中で最初の「状況と問題のアセスメント」は細かくなりすぎるので、ここでは省略するとして、この状況と問題のアセスメントを踏まえてなされる「ニーズと親機能・親の特性のアセスメント」とそれに基づいた、介入目標について解説しましょう。

 

(1)多職種連携を含めた現実的な問題対応が必要な場合

・・・問題が虐待やいじめ、学級崩壊などの、即時対応を求められる性質のものである場合。

 

(2)親をサポートチームの一員として協働する場合

・・・子どもの先天的な障害や発達障害、身体問題などがあり、親・教師・カウンセラーが連携して、子どもを理解して支えるチームの一員となっていただくための支援。

 

(3)親に我が子の状態を理解してもらうための関わり

・・・不登校・引きこもり・チックなどの身体現象・心身症や起立性調節障害などの身体の問題、さらには発達の偏りなど、まずは親に我が子の状態を理解してもらうための主に心理教育的な関わりが中心となる。親の健康度と信頼関係に応じて、子ども面接やプレイセラピーでの様子を慎重に伝えることも含まれる。「お子さんはすごく頑張っている様子ですよ」「不安が高まっている様子です」など、こちらの印象や見立てを伝えるのが良い。

 

(4)親自身の不安や衝動性を下げるための関わり

・・・子どもの問題の背景に、親自身の不安の高さや衝動性が明らかに存在する場合には、慎重かつ共感的にそれを伝えて、「一緒に取り組んでいきましょう」という作業同盟を結ぶ。この同盟が結ばれたなら、そのための自律訓練法やマインドフルネス瞑想、衝動コントロールのさまざまなスキルを提供することを躊躇わないことが大切。

具体的には親自身のADHD、ASD、軽度抑うつ(気分変調症)等がこれに相当する場合が多いが、そのような病名ではなく、ご本人の「困り感」に共感的に焦点を当てることが大切。

 

(5)親自身のメンタルヘルス問題と精神病理的な問題への対応

・・・親自身のPTSDやうつ病、双極性障害、パーソナリティ障害、統合失調症等の問題が想定される場合も少なくない。このような場合にはできるだけ早期に把握しながらも、まずは共感的にサポートすることを第一とし、本人の困り感や必要性に応じて、本格的な心理療法や医療に繋げることも視野に入れながら関わる。けれども、教育相談や青少年相談の主な目的は、子の健全な育ちを促進することであるので、親の子どもへの関わりが不安定にならないようにすることを第一の目的とする。その意味で、医療や心理療法に繋がったらそれで終結とせずに、サポートを続ける方が望ましい場合も多い。

 

4.親面接の難しさ(2)ー子ども担当とのやり取りと協働

親面接を一度でも経験すると痛感するのは、子ども担当とのやり取りと協働の難しさである。これは自分一人で親面接も子ども担当もする場合は、「親担当としての自分」と「子ども担当としての自分」の葛藤として体験されるかもしれません。

 

いずれにしても基本的にその事例の親子関係の問題が、親担当者と子ども担当者との間にも転移されると考えるのがいいでしょう。

その意味で、私は「親担当、子担当の間には、時として代理戦争が起こる」とよく言っています。

 

場合によっては、子担当者が不安と依存を強めて、親担当者に縋りつくような事もあれば、その反対に、反抗的な子供のようになって親担当者と敵対する場合もあります。

 

その一方で、親担当者が過干渉な親のようになって、事例全体をコントロールしようとする場合もありますし、無責任で回避的な親のようになることすらあり得ます。

 

これらが、その心理士(師)にいつも同じように起こっているなら、それは、その心理士(師)固有の問題ですが、そうでないならケースの影響によって(つまり逆転移や投影同一化によって)生じていると考えるべきでしょう。

 

ここで言う投影同一化とは、精神分析の概念として近年注目されているものです。

クライエントが無意識のうちに抱えている怒りや虚無感などをセラピストに投影し、セラピストはその投影内容に同一化させられてしまうという巻き込み現象を指します。

 

この投影同一化をセラピストたちがしっかりと意識化しないと、セラピストチームは仲違いしてしまうだけでなく、クライエントやその親に対して、直接的にネガティブな感情をぶつけてしまいかねません。

 

情報伝達と情報共有について

上記のような逆転移や投影同一化が絡んで、時に悩ましいのがこの情報伝達と情報共有です。

これは、下の「公認心理師必携テキスト」の16章3節の図を参考にしてください。

 

つまり、非行傾向や過剰適応身体表現性障害や神経症から摂食障害までは、あまり親担当者と子担当者が情報共有しすぎない、関係者会議をやりすぎないことが大切ですが、それ以外、発達障害や円の反対側の精神病圏、嗜癖・依存症などの問題なら、場合によっては一人の担当者が親面接も子面接もやるというのが、効率的で効果的だったりもします。

 

5.おわりに

ここまで書いてきたように、やはり、事例に応じて複線的な対応を用意しておくべきであり、それを成功させるためには、何よりもアセスメントが大切だということがわかっていただけると思います。 

 

 おすすめ図書

心理相談と子育て支援に役立つ 親面接入門 - 福村出版株式会社

https://www.fukumura.co.jp › smp › book
心理相談と子育て支援に役立つ 親面接入門. 心理相談と子育て支援に役立つ 親面接入門. 吉田 弘道 著

 

こころに寄り添うということー子どもと家族の成長を支える心理臨床

2021年

5月

05日

心のソーシャルディスタンスー夫婦関係調整シート付

2020年から2021年の新型コロナウィルス感染症を予防するために「ソーシャルディスタンス」(あるいはソーシャルディスタンシング)という言葉が流行りました。人と人とが適正な距離を取ることによって感染を防ぐ、つまり、近づきすぎて「密」になるのを避けようという言葉です。

 

けれども、適正な距離を取るべきなのは、何も身体だけではありません。

 

実は心理学の世界では、母子関係に代表される「自他未分化な状態」から次第に「分離個体化」して、心理的に自立したあり方になるという過程が、大人になるための必須のプロセスとして大切にされてきました。

 

このように心理学的に自立した個人は、適度に甘え合い・支え合いながらも「相手との適正な心の距離を保っている」という心のソーシャルディスタンスを守れている個人であると言えます。

けれども、この「心のソーシャルディスタンス」は、このコロナ禍の外出自粛で失われている場合をしばしば目にします。

 

それは、夫婦や親子、そして恋人や親しい友人の間において特に問題となっています。

2020年の前半は特にこの問題で、オフィスにおいでになるカップルが急増しました。そう、その代表的なものがいわゆる「コロナ離婚危機」です。

 

プライバシー保護のために、一般的な共通部分だけを書かせていただきますと、どのカップルも、「相手は〇〇してくれて当然のはず」という思い込みや過度の期待が問題の根本にありました。暗黙の期待と言ってもいいものです。

 

カップルカウンセリングや個別カウンセリングを通して、それぞれの求めていることを探っていくと、「家事」「子育て」「外出」「他の人との付き合い方」などに集約されるということがわかってきました。つまりこれらの領域に関して、普段からあったお互いの期待のズレがひたすら拡大しているのが、「コロナ離婚危機」でした。

 

これは、ご夫婦に限らず、恋人、親しい友人の関係でも同様でした。もちろん、恋人や友人の関係では、家事や子育ては問題にならないのですが、「〇〇してくれて当然」とか「〇〇はしないで欲しいのに(でも、言えないor溜め込んで激しく爆発してしまう)」ということが問題となることに変わりはありませんでした。

 

そこで、多くのカップルには、下の表のような「3つのお願い表」を書いていただきました。

書き直せるように鉛筆と消しゴムを用意して、「是非やってほしいこと」(つまりすぐにでも実行してほしいこと)、「出来たらやってほしいこと」(近い将来やってほしいこと)、「遠い将来やってほしいこと」の3種類をお互いに話し合いながら記入していっていただくというものです。

 

3つのお願い表

 

   さん

  さん

お子さん(たち)

遠い将来やって欲しいこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出来たらやって欲しいこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

是非やって欲しいこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メモ

 

 

 

 

 この表を、カウンセラーの私も見ながら、時々あまりにも無理のあることが書かれていたり、お互いの量や難易度に差がありすぎた場合には、調整役として介入します。

 

多くのカップルが、遠い将来の目標であるべきことを、一足飛びにすぐにやってほしいこととしていたり、是非やってほしいことに到底無理な要求を書いたりする傾向があります。

 

お子さんがいて、そのことの関係についても悩んでおられる場合には、一番右の欄に、カップルで相談して記入してもらいます。

 

お子さんのことは問題になっていなくて、しかも、お願いが混乱している場合には、カウンセラーからのコメントがすでに書かれている下のような表を呈示して、話し合ってもらいます。

 

 3つのお願い表(コメント付き)

 

 夫さんから妻さんへ

妻さんから夫さんへ

カウンセラーから

遠い将来やって欲しいこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

癒しあい、ねぎらいあえる関係を作ってください。

出来たらやって欲しいこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一足飛びに大きな目標を達成しようとせずに、スモール・ステップを心掛けてください。

是非やって欲しいこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たとえば

    お互いに多彩なうなずき、あいづちで15分程度話を聴く。

    少しでもできるようになったことはすかさず褒める。

    「ありがとう」、「ごめんなさい」、「嬉しい」、「助かる」、「オッケー」を常用する。

メモ

 

 

 

 この作業をするだけで、お互いに対する暗黙の期待が視覚化され、「○○してくれて当然!」という自他未分化な欲求から、「○○してもらえるととっても幸せ」という自立した大人同士の支え合いになっていけるのです。

 

事実、このワークシートを、話し合い書き直ししながら記入して何回か検討を重ねることで、コロナ離婚を避けることができただけでなく、それまでよりもよりよい関係を築いていかれたカップルもたくさんいらっしゃいます。

(もちろん、これだけでは解決しないカップル、これを書きながら相手の理不尽な要求に気づいて、離婚の意思を固めた方もいらっしゃいます)

 

どうぞ、皆さんも活用してみてください。

 

 

2021年

4月

27日

カウンセリングのオーダーメイドとテーラーメイド

カウンセリングや心理療法は、もちろんニーズとご注文に合わせて、最適なものを提供すべきです。けれども、実はこれはこの業界ではあまり普通のことではありません。多くの専門家は、自分の得意とする心理療法を提供することに熱心で、利用者が本当はどんなカウンセリングを求めているのかに関しては、少し無頓着な傾向があります。それは、「自分の専門性を極めたい」という気持ちや「習ってきたことを忠実に守るのが倫理的だ」という考えからだと思うのですが、その一方で利用者のニーズに関しては優先順位が下がっている印象を否めません。

 

これは利用者の視点に立てば、とても残念なことです。

そして、これを放置するべきでないことは、多くの人が賛成してくださるでしょう。

 

ただ、ここには、カウンセリングの特殊性があってのことだとは思いますので、以下、ていねいに解説したいと思います。(お急ぎの方は、飛ばして最後をお読みいただければと思います)

 

ちょっと身辺雑記的なところから始めますが、少し前に私は生まれて初めてスーツをオーダーしました。まさにオーダーメイドです。

これにはいろいろな背景があって、私がある日「スーツが足りない気がしてきたから、新しいのを買おうかな」と言ったら、妻が「そうだよ!あなたも学部長になったんだからちょっとはいいスーツを作るべきだよ」と言ったのが始まりでした。

 

「そんなこと言ったって、スーツは年に10回くらいしか着ないし、スーツで勝負してる仕事じゃないし」とか「臨床、研究、教育の全てでスーツは必要ない」という私の御託を意に介さない妻にデパートに連れて行かれました。

 

そのデパート内にある高級ブランドショップに入ったら、これまた最高級の笑顔で、なんとシャンパンのサービス付きで生地選び、採寸と進んでいきました。シャンパン1杯につきこちらの財布の紐は1㎝づつ緩んでいく感じがしました(全長何㎝だったのかは今となっては不明です)。

 

そして、感じました。「自分のオーダーよりも、専門家のアドバイスの方が信頼できるかもしれない」「裾や袖の長さやデザインも、自分の好みではなく、専門家が選んでくれた方が自分の身体にも合っていて、流行にも惑わされずに長く着れるのかも」と。

 

これはまさにオーダーメイドではなくて、テーラーメイドだ!

 

そう思ったのでした。

 

そう言えば思い出しました。

もう10年以上前にちょっと有名なソムリエがいるワインレストランに、初めて(というか結局その後も含めて2回しか行っていません)行ったときに、次々に私の好みのワインが、しかもだんだんと重いものになって出てくるのに驚いて、ソムリエに聞いてみました。すると「お客さまのお話のなさり方、振る舞いからだいたいわかるんです」ということでした。

 

たしかに、はじめに少しだけワインの好みをお伝えして、最初のテイスティングに感想は述べました。けれどもそれだけで、私自身よりも詳しく私の好みを理解されてしまったみたいです。

 

そして、私は決めました。

「テーラーメイドのスーツを作る仕立て屋さん、客の好みを客自身よりもわかるソムリエのようなカウンセラーになる!」と。

 

そうです。

私たちカウンセラー/セラピストは、お客さんの志向と適合性をお客さん以上に理解して、サービスを提供しなくてはいけないのです。

そもそもカウンセリングや心理療法に正確で詳しい情報をお持ちのお客さんはめったにいないのですから。

 

ですので、お客さんの要望をしっかりと尊重した上で、そのオーダーにそのまま応じるのではなく、さらに「テーラーメイド」して提供するべきなのだと考えています。

 

最近増えてきている例でお話ししますと、「トラウマティックな体験や傷つき」にカウンセリング初期から触れていきたいというご要望を持ちながら、実は睡眠時間も対人関係もとても乱れているような場合があります。そのような方にはまずは生活リズムなどの生活の基盤を整えたり、躁鬱の波をあえて広げるような活動を抑えたり、カウンセラーとの安心できる関係を育む必要があったりする場合もあります。

 

反対に、ご本人はあまり望まないけれども、まずは日々の生活に大きな影を落としている過去のトラウマ体験に触れて行かざるをえないこともあります。

 

どちらの場合も十分に説明して、納得していただいてから取り組むようにしているのですが、いずれにしてもある程度の時間をかけてじっくりとやって行かないとうまくいきません。

「数回で良くしてほしい」とか「1回で」というお客さんもいて、流石にそのご要望には「オーダーメイド」としても「テーラメイド」としてもお答えできないこともあります。

 

こういった諸々の事情を踏まえて、当オフィスではお客様からもできるだけ率直なご要望と、ご意見、そして時には反論を期待しています。

最近、私を含んだスタッフが、クライエントさんからネガティブなコメントをいただいた時に「言っていただいてありがとうございます。もっとあったら遠慮なく言ってください」と返すことが増えています。

 

そういった、ネガティブなコメントは、そうそう頻繁にいただけるものではないので、少し痛いのですが、喜んで受け止め、そのカウンセリングにも、オフィス運営にも生かしていくつもりです。

2021年

2月

16日

【重要提言】主治医の指示についてー過剰反応は職域を狭めるだけでなく、利用者の利益を損なうー

この2年近くの間、新たに誕生した公認心理師たちの「主治医の指示」に関する過剰反応を見聞きしてきました。そして、とうとうクライエントさんから、この過剰反応に対する疑念を聞かされましたので、重要提言としてお伝えします。(長文になりますので、お急ぎの方は最後の「まとめ」だけでもお読みください)

 

過剰反応の内容は以下です。(以下、プライバシーに配慮して、本件に関係しない細部を多少変更して記載いたします。)

 

「ある思春期のクライエントさんが、病状の変化とともに主治医を変更し、それを以前から通っている適応指導教室(的な公的な施設)に伝えたところ施設側から『主治医に、こちらが用意する指示書を記入してもらって提出してほしい。その提出までは、施設利用を控えてほしい』と伝えられたとのことだった。それを主治医に口頭で伝えたところ「施設利用は全く問題ない」という返答だったにもかかわらず、指示書そのものの用紙が適応指導教室側からなかなか発行されず、施設を利用できない期間が不当に長引き、苦痛を味わった。その後、指示書が発行され、主治医はそれに即座にサインし、現在クライエントさんはその施設のグループ活動の主要メンバーとしてリーダシップも発揮し信頼を集めている。クライエントさんは途中で何度も抗議したにもかかわらず、それは聞き入れられなかったが、これ以上問題にしても自分のメリットにならないと思い不問にしている。」

 

という事例です。

 

上記の事例以外にも、かなり多くの心理臨床現場で「医療にかかっている方は、初来談時に紹介状をお持ちください」と表明しています。

また、最近その傾向が増加していると感じます。

 

さらに教育相談やスクールカウンセリングの現場では、チェックボックス付きの文書を主治医に送って返送していただく形にしているところが増えているとも聞きます。

以下のような形でしょうか?

 

☐カウンセリング開始を認める。

☐カウンセリング開始を認めない。

 

もちろん、心ある精神科医や心療内科医、小児科医が、精神病圏のクライエントさん以外に関して、上記のチェックボックスの「認めない」にチェックをつけることはとてもまれであるとは思います。

しかし、これらの対応は、本当に利用者・要支援者の利益につながっているでしょうか?

 

少し、原点に立ち戻ってみましょう。

 

公認心理師法第42条の2には以下のような規定があります。

公 認 心 理 師 は 、 そ の 業 務 を 行 う に 当 た っ て 心 理 に 関 す る 支 援 を 要 す る 者 に 当 該 支 援 に 係 る 主 治 の 医 師 が あ る と き は 、 そ の 指 示 を 受 け な け れ ば な ら な い 。

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000121345.pdf

 

上記の事例のような対応やその下に書いた傾向は、この法文を受ける形で、強まっていると考えられます。

 

私は、これらの対応は公認心理師法第42条の法文を「主治医による事前の了承や指示を受けなければならない」と拡大解釈している結果だと考えています。

もちろん同一機関内(とくに医療機関)では、主治医の事前の指示を得ずに心理的な支援を始めるという事は考えにくいでしょう。

けれども、他機関の心理師も事前の指示が必要なのでしょうか?

 

私は、違うと考えています。

たしかに、心理相談機関の自衛策としては、「初来談時には紹介状を持ってきてください」というのは正当性のある表明だと思います。けれども、利用者さんから考えたらどうでしょうか?

正直かなりハードルが高いと感じます。

 

紹介状を書いてもらうにはお金もかかりますし、「実は、よそのカウンセリング機関に行きたいんですけど」とはなかなか言い出しにくいのではないでしょうか?

ましてや、「ちょっとカウンセリングを試してみたいんだけれど」という軽い気持ちでは、紹介状をお願いするリスクを取る気になれなくなるのではないでしょうか?

 

この場合のリスクとは、「主治医の機嫌を損なうのではないか?」「見捨てられるのではないか?」「忙しい診療時間中にそんなことを言い出していいものか?」などのリスクです。

 

なので、私や成城カウンセリングオフィスではあえて初回の申し込みがあった方に「医療にかかっている場合は、医師の紹介状をお持ちください」とは、お伝えしていません。

 

カウンセリングを継続するとなった時に「カウンセリング開始報告書」を、クライエントさんの同意を得て作成し、そこに「アセスメントと問題理解」「カウンセリングの目的と手法」等とともに「今後ともよろしくご指示をお願いいたします」と書いてお送りしています。

 

公認心理師法ができてからもこのような「カウンセリング開始報告書」をオフィスとして20通以上は書いていますが、連絡を取り合うことはあっても、異論や特別な指示を受け取ったことは一度もありません。

 

このような経験がありますので、公認心理師法の法文の趣旨は「主治医の指示や方針と異なる見解を振り回さないように」ということだと理解しています。

 

改めて「公認心理師必携テキスト」(学研メディカル秀潤社)の巻末にも掲載した文科省・厚労省の「公認心理師への主治医の指示に関する運用基準」の「公認心理師法第42条第2項に係る主治の医師の指示に関する運用基準」(厚生労働省,平成30年1月30日)を見てみたいと思います。

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000192943.pdf

 

まず、この運用基準の趣旨が書かれています。

 

「本運用基準は、公認心理師が法第2条各号に定める行為(以下「支援行為」という。) を行うに当たり、心理に関する支援を要する者(以下「要支援者」という。)に、法第 42 条第2項の心理に関する支援に係る主治の医師(以下単に「主治の医師」という。)がある場合に、その指示を受ける義務を規定する法第 42 条第2項の運用について、公認心理師の専門性や自立性を損なうことのないようにすることで、公認心理師の業務が円滑に行 われるようにする観点から定めるものである。」

 

次に、基本的な考え方が書かれています。

 

「公認心理師の意図によるものかどうかにかかわらず、当該公認心理師が要支援者に対して、主治の医師の治療方針とは異なる支援行為を行うこと等によって、結果として要支援者の状態に効果的な改善が図られない可能性があること、その治療方針と公認心理師の支援行為の内容との齟齬を避けるために設けられた規定である。」

 

ここまでですでに「公認心理師の専門性と自立性」が尊重され、その上で「医師の治療方針と公認心理師の支援行為の内容との齟齬を避ける」という基本的な精神が述べられています。

 

また

 

「主治の医師からの指示は、医師の掌る医療及び保健指導の観点から行われるものであり、公認心理師は、合理的な理由がある場合を除き、主治の医師の指示を尊重するものとする。」 

 

とあります。

これはつまり、合理的な理由がある場合は、必ずしも従わないといけない訳ではないと理解できます。

 

それは以下の文章からもはっきりと読み取れます。

「公認心理師が、心理に関する知識を踏まえた専門性に基づき、主治の医師の治療方針とは異なる支援行為を行った場合、合理的な理由がある場合は、直ちに法第 42 条第2 項に違反となるものではない。」

 

「公認心理師が所属する機関の長が、要支援者に対する支援の内容について、要支援者 の主治の医師の指示と異なる見解を示した場合、それぞれの見解の意図をよく確認し、 要支援者の状態の改善に向けて、関係者が連携して支援に当たることができるよう留意することとする。 」

 

とあります。また、この中でも4の(5)「要支援者が主治の医師の関与を望まない場合」がとくに重要だと思います。

 

この場合「公認心理師は要支援者の心情に配慮しつつ、主治の医師からの指示の必要性について丁寧に説明を行うものとする」

 

となっています。

これは、その前の(2)「主治の医師からの指示を受ける方法」の後半部分の、「公認心理師が主治の医師に直接連絡を取る際は、要支援者本人(要支援者が未成年の場合はその家族等)の同意を得た上で行うものとする。」という文言と合わせて理解すれば、

 

要支援者が同意しなかった場合は、無理やり主治医に連絡を取ってはいけないということになります。


これは、常識から考えても、職業倫理的に考えても当然のことです。

ですから、「主治の医師からの指示の必要性について丁寧に説明を行う」までは、義務ですが、そこから先は要支援者の意思が大切ということになります。

 

まとめ

以上、見てきたように、公認心理師はその専門性と自立性を厚労省からも認められており、その都度その都度、医師の指示を仰いだり、事前承諾を得るという存在ではないということを理解する必要があります。そして、当然ながら主治医の方針と大きな齟齬なく支援を進めて行く必要はありますが、それでも合理的な判断がある場合は、主治医と異なる方針を持っても良いということです。

この主治医と異なる方針とは、「服薬をやめましょう」とか「あなたは入院する必要はありません」などの越権行為的な内容ではありません。

また、うつ病や統合失調症の急性期にカウンセリングの継続にこだわるなども、主治医の意思に反する合理性はないと言っていいでしょう。

 

そうではなくて「クライエントさんが主治医との相性の悪さに苦しんでいる」などの場合、セカンドオピニオンをお勧めしたり、要望に応じて別の医師を紹介するなどが、現実的と思われます。あるいは、私の経験した別の例では、主治医が紹介してきた青年期のクライエントさんが、「主治医の先生は『一人で行きなさい』と言うんですが」と母親との同席面接を求めてきた時「しばらくはお母さんと同席でいいと思いますよ」と柔軟な対応を提案したということもあります。

 

 

いずれにしても、公認心理師が自己保身のために、クライエントさんの利益を損なったり、負担を増やしてまで、過剰に主治医に忖度することは避けなければいけません。

私たちは、いまや国家資格を有する専門家としての、矜持と責任性をしっかりと引き受けなければいけないのだと思います。

2020年

8月

24日

心理療法統合とはー小さな統合と大きな統合

(本稿は「心と社会」第180号(2020年6月発行)に寄稿した原稿を改稿して掲載するものです。)

 

たとえばこんな時

 たとえば、相談相手や患者さんからこんな相談を持ちかけられたらどう応答するだろうか?「昔のショックな出来事が今でも時々思い出されて、とても辛いんです。そして、また再びそんなことが起こるんじゃないかと思うと、怖くなってしまって、うまく行動できないんです。」と。この際の「行動」とは、例えば恋愛や友人関係でも仕事上の行動でも、あるいは年少者であれば学校に行くという行動でもいいだろう。「そんなことは忘れて頑張りなさい!」というのは、この際、論外としよう。そして、まずは共感的に傾聴するとしても、その後、どうするだろうか?

 実は、カウンセラーや臨床心理士(公認心理師)、心理療法家と言われる人たちも、日々この迷いの中にいる。いや、むしろこのような場面で迷わずに同じ一つの対応を取り続けるカウンセラーがいたら、それは要注意である。

 この際、話を単純化するために相談相手(クライエント)の重症度は度外視することとしよう。そして、たとえば「原因はともかく、現在必要な行動について、少しずつできるようにしていきましょう」(行動療法)とするか、「また起こるんじゃないかという考え方を変えていきましょう」(認知療法)とするか、さらには「そのショッキングな出来事が引き起こされた背景にある対人(家族)関係や、それが再現されているのかもしれない『今ここでの関係性』に注目していきましょう」(精神分析療法)とするか、はたまた「その時の状況を詳しく思い出して、イメージの中でその場面に行ってみましょう」(トラウマセラピーの曝露療法)、「その時の傷ついた感情に触れていきましょう」(感情焦点化療法)等々、様々な対応法がある。

 これらは少し単純化させると行動にはたらきかけるか、認知(物事のとらえ方)にはたらきかけるか、さらに傷ついた感情にはたらきかけるかの違いである。これらはクライエントの重症度とは別に、介入の適切性として考えられるべき重要ポイントだと言っていいだろう。ちなみに本稿で解説する統合的心理療法は、必要に応じてこの3つ全てにはたらきかけようというものである。

 けれども、従来の○○療法と呼ばれる心理療法は、どれか一つにひたすら重点的に焦点を当てるということが多い。しかし実際のクライエントは、ほとんどの場合、認知・行動・感情の全てにおいて苦しんでおり、これらのうちのどれかだけに焦点を当て続けるのは、ごくわずかな例外を除いて、不十分だと言える。

 

 

400を超える心理療法の種類と効果比較研究のむずかしさ

 現在、心理療法の種類は世界で400を超えるといわれている。その中にはもちろんあの有名な精神分析療法やゲシュタルト療法、そして近年盛んになった認知行動療法も含まれる。日本生まれの心理療法としては、森田療法と内観療法が有名である。

 では、これら数多ある心理療法の中でどれが一番有効なのだろうか?この点に関しては、近年の数々の効果研究で、「技法や学派による大きな違いは無い」と結論付けられている。けれども、身体医学と違って精神医学や心理療法は、簡単に測定できない要素がたくさんありすぎて、効果比較研究が難しいというのも事実である。効果比較研究の典型はRCT(randomized controlled trial)と呼ばれるものであるが、心理療法の効果研究に果たしてこのRCTが最適と言えるかどうかに関しては、議論のあるところでもある。なぜならば、この方法ではいかにカウンセラーたちがマニュアルに忠実に従った介入をしようとも、個々のカウンセラーの持つ雰囲気や語り口、あるいは対象者との関係の作り方などによる効果の違いが、異なった介入技法によるセラピー間の治療効果の違いに含まれてしまったり、反対に技法の違いを打ち消してしまう可能性を否定できないからである。

 たとえば、心理療法ではなく、うつ病に関する薬物療法の研究においてすら、Mckay(2006)は、抗うつ剤を処方した精神科医Aと偽薬(プラシーボ)を処方した精神科医Bを比較した場合、精神科医Bの患者たちの方が改善効果が高い場合があることを、統計的な有意性を伴って示している1)。つまり、個々の医師の「腕の違い」が、抗うつ薬と偽薬の効果の違いを上回ることがあるという驚愕の(けれども、想像すれば納得の)結果である。

 

できるだけ効果的な心理療法を実施するための統合的心理療法

 では、できるだけ効果的な心理療法を実施するためにはどうしたらいいのだろうか?

筆者が35年ほど前に実践現場に出てから、一貫して感じ続けていることは「いくつかの技法を、相談者に合わせて調整して最適化し、適応するのがもっとも効果的なのではないか」ということである。そう思うに至った背景には「人間の心は、何らかの単一理論が全ての人に通用するほど単純ではない」という感触がある。そう感じながら臨床を続けていて行きついたのが「統合的心理療法」や「心理療法統合」の姿勢である。

 心理療法統合とは、特定の学派に依拠するのでも単一の学派の存在を否定するものでもない。多様な個性と課題をもったクライエントにできるだけ効果的にアプローチしようとする姿勢そのもの、あるいはそのような探求のプロセスを指す言葉だと言える。さらには、特定の統合的アプローチを確立したり、それを忠実に習得しようとするのではなく、まさに「探求し続ける」という行為を指すものである。

 このような姿勢は、身体医学では当然のことかもしれない。けれども、前述したように技法間の効果比較が難しい心理療法には、こういった発想も姿勢も育ちにくく、まだまだ一般的とは言えないのが現状である。

また、折衷ではなくてなぜ統合なのかという疑問を持たれる方も多いだろう。実際に「統合は不可能なので折衷しかない」という専門家もいる。しかし、折衷という言葉はどうしても「どっちつかず」や「寄せ集め」というニュアンスをぬぐい切れないので、筆者としては統合という言葉を選択したい。

 

中断・失敗の少ないセラピー

心理療法にとって、「予期せぬ中断」が、失敗の典型とされている。したがって、技法ごとの効果を直接比較することが難しい心理療法に関しては、この「予期せぬ中断」の発生率を比較するという間接的な手法がとられることがある。これに関しては、以下のようなメタ分析研究がある。Swift & Greenberg (2014)は、587の研究をメタ分析した結果、12の障害カテゴリーのうち、depression(うつ)と PTSD(心的外傷性ストレス後障害)のセラピーにおいて、統合的な心理療法は有意に中断率が低かったとしている。そして、さらに統合的なアプローチが他のすべてのアプローチと比較して12の障害のうち11カテゴリーにおいて同等か低い中断率であることが、安定的に示されたとした2)

この分析結果は、筆者の経験的感触とも一致している。筆者自身が統合的心理療法を目指すようになってから、相談室の隣の部屋の別のやり方のセラピストたちよりも、グッと中断が少ないことに気づいた。それは、長年受け付け事務をやってくれていた人の証言からも確かめられていた。また、スーパーヴィジョンを統合的にやるようになって、事情があって別のヴァイザーから移ってきたヴァイジーも中断がぐっと減ったと報告してくれた。

 

心理療法統合の基本的な考え方

Norcross&Newman(1992)は心理療法の整理統合の試みを概観し、その方法には以下の4種類があることを示している3)

①理論的統合(2つ以上のアプローチの要素を合成し、新たな理論的枠組みを与えようとするもの)。

②技法的折衷(背景にある理論に関係なく、有効な技法を適用するもの)

③共通因子の抽出(異なる治療理論の概念や技法の本質を明らかにし、心理療法理論を構築するもの)

④システミックな統合(個人療法と家族・集団療法の統合)。

また、近年になってNorcross(2005)4番目の方法としてはassimilative integration(同化統合:特定の心理療法のシステムに別の技法や考え方を取り入れるというもの)を挙げている4)

これらに加えて、筆者としては

⑤経過とともに介入技法を変えていくserial integrationを大切にしている。

 

大きな統合と小さな統合

 筆者は心理療法統合には、大きな統合と小さな統合とがあると考えている。それはたとえて言えば、建築におけるサグラダファミリア教会のように、異なった時代の異なった様式を全て一つの教会として建築しようとし、さらに現在も未完成であるのに似ている。

 

 

これは心理療法においては、以下にあげるような、完成度と効果の高い統合的アプローチである。それが感情焦点化療法(EFT: emotion focused therapy)、スキーマ療法、弁証法的行動療法(DBT: dialectical behavior therapy)、加速化体験力動療法(AEDP: accelerated experiential dynamic psychotherapy)である。

感情焦点化療法(EFT : Greenberg et al., 1993)では,傷ついたり溜め込んだ感情に焦点化していくために、「空の椅子」や「二つの椅子」の技法を使いながら,セラピストがリードしつつクライエントのこれまで封印されてきた感情にまで触れていく5)。また、スキーマ療法(Young et al,2003)では、問題となっているスキーマとモードを特定し、主にモードワークと呼ばれる体験的セラピーを通じて、問題となっているモードやスキーマを「治療的再養育」(limited-reparenting)する6。一方、弁証法的行動療法(DBT : Linehan, 1993)では,承認(Validation)やはげまし(Cheerleading)によってクライエントの 問題行動を「これまでの経緯からすれば妥当なもの」と認めつつ、新しい行動を応援するという形をとる7)。さらに精神力動的な短期力動療法から発展した加速化体験力動療法(AEDP : Fosha, 2000)では、セラピー の場の安全性を確保するためにクライエントを積極的に肯定すること(affirmation)を重視しながら、トラウマティックな感情に対して「そこに私(セラピスト)といっしょに留まれますか」と伝えて、十分に触れていくことで変容を促進する8)

これらすべてが、それぞれの出身学派に新しい技法を融合し(たとえばEFTなら人間性心理学的なカウンセリングとゲシュタルトセラピーの椅子の技法)、新しい統合的アプローチとして成功し、さらに発展を続けている。

 一方、小さな統合とは、冒頭で述べたような認知と行動と感情に、その都度その都度で触れていく介入法である。これは、身の回りでたとえれば、キッチンの引き出しの中にみられる、食器(とくにカトラリー類)にたとえられる。

 

我が家のキッチンの引き出しにも、ナイフ、フォーク、スプーン。伝統的な和塗りの箸、爪楊枝、竹串や和菓子楊枝、さらには中華のスプーン(レンゲ)まである。これらが、日々の料理に従って、最適な物が選択されつつ駆使されるわけだ。これは、もう単なる和洋折衷ではなくて統合と呼ぶにふさわしい。

 この食器類のように、日々の臨床活動の中で、最もふさわしい技法を、しっかりとしたアセスメントに基づいて最適化して使用するのが、小さな統合の理想である。

 

 

 

文献

1)Mckay,K.M.,Imel,Z.E.& Wampold,B.E.(2006) Psychiatrist effects in the psychopharmacological treatment of depression. Journal of Affective Disorder,92,287-290.

2)Swift, J. K., & Greenberg, R. P. (2014). A Treatment by Disorder Meta-Analysis of Dropout From Psychotherapy. Journal of Psychotherapy Integration. Vol. 24, No. 3, 193–207

3)Norcross,J.C.Newman,C.F.(1992). Psychotherapy Integration: Setting the context. In:Norcross,J.C.&Goldfried,M.R.(Eds.) Handbook of Psychotherapy Integration. New York: Basic Books.

4)Norcross,J.C.& Goldfried,M.R.(Eds.) (2005). Handbook of Psychotherapy Integration. 2nd Ed.New York: Oxford University Press.

5)Greenberg,L.S., Rice,L.N. & Elliott,R.K.1993Facilitating Emotional Change : The Moment-by-Moment Process. New York : Guilford Press.[岩壁茂 訳](2006)感情に働きかける 面接技法心理療法の統合的アプローチ.誠信書房.

6)Young,J.E.  Klosko,J.S.  Weishaar,M.E. (2003) : Schema Therapy:A Practitioner’s Guide Guilford Press 伊藤絵美監訳:スキーマ療法―パーソナリティの問題に対する統合的認知行動療法アプローチ.金剛出版,2007

7)Linehan,M.M.(1993). Skills Training Manual for Treating Borderline Personality Disorder. New York: Guilford Press.(小野和哉 監訳 (2007)弁証法的行動療法実践マニュアル―境界性パーソナリティ障害への新しいアプローチ.金剛出版)

8)Fosha D2000The Transforming Power of Affect : A Model of Accelerated Change. New York : Basic Books. (岩壁 茂,花川ゆう子,福島哲夫,沢宮容子,妙木浩之監訳 :人を育む愛着と感情の力―AEDPによる感情変容の理論と実践.福村出版,2017

 

 

2021年

9月

02日

親面接のコツ

1.はじめに 

教育相談や青少年相談においては、子どもや青少年本人へのカウンセリングと並行して親への面接を継続的に実施する場合が多いでしょう。また、スクールカウンセリングにおいても、この親面接は重要な業務と言えるでしょう。

けれども、ほとんどの心理士(師)は、この親面接のトレーニングを受けてきていません。

 

大学院の学内実習施設では、大学院生は子どもを担当することが多く、親面接は中堅・ベテランの相談員や教員が担当することになります。もちろん、きちんとした大学院では大人のカウンセリングは担当できますが、親としての立場で来談するクライエントを担当する事はほとんどないでしょう。

 

大学院を修了して、クリニックや病院に就職すると、親面接は医師が担当する場合が多く、教育相談や青少年相談の現場においては、やはり中堅やベテランが親担当になります。

 

では、その中堅・ベテラン、あるいは医師は、親面接をどのように身につけてきたのでしょうか?

 

それは、「見よう見まねと経験」です。

幸運な現場であれば「先輩から指導してもらえた」という人もいるかもしれませんが、親面接を始めて担当する頃には、すでに中堅になっている場合が多く、「指導してもらえる立場から指導する側になってしまっている」場合が多いと考えられます。

 

もっとも困難なのは、スクールカウンセラーです。

大学院を出たばかり、あるいは修了後数年でスクールカウンセラーになったとすると、誰の指導も受けずに、誰とも相談せずに着任早々親面接をしなければいけなくなります。

 

しかも、それは「我が子がクラス内でいじめられている」という訴えであったり、教員への不満やクレームであったりという、極めて慎重な対応と、時に機敏な対処を求められる内容であることもしばしばです。

「いじめの問題でスクールカウンセラーの所に話しに行ったのに、ただ聴いてくれるだけだった」というような訴えをご父母向けの講演会その他の折に、複数聞かされています。

 

2.親面接の難しさ(1)

上記のように、ほとんどの心理士(師)がこれといったトレーニングを受けずにやっている親面接ですが、実は心理面接の中でも難しい業務のトップクラスに位置づけられると言っていいと思います。

 

その難しさは新人スクールカウンセラーだからとか、若手相談員だからという心理士(師)側の要因だけでなく、業務そのものの難しさが大きいと言っていいと思います。

 

以下に、その難しさの要因をあげてみます。

 

(1)主訴が多岐にわたること・・・主に我が子のことであるが、不登校・いじめ・教師や学校側の問題、場合によっては家族の問題や親本人の虐待が疑われる場合もあり、共感的傾聴だけでは全く問題が解決しない場合が多い。

 

(2)親自身には内省的姿勢がない場合が多い・・・「自分が変わる」必要を全く感じていないか、反対に自分を責めすぎているか、あるいは親自身も発達の偏りがある場合が多い。

 

(3)日常の親の姿と違った様子で現れることも多い・・・相談場面での語りの内容や態度が、日常や我が子に対するものとかけ離れていて、家での実態がつかみにくい場合が多い。

 

(4)親を取り巻く関係者に要注意人物がいる場合が多い・・・親の親、ママ友、地域の有力者など、多大な影響力を持ち、なおかつその影響力が健全な形で機能していないことが多い。

 

3.親面接のコツ~アセスメントに基づいた介入目標

では、このようにとても難しい業務である親面接をうまく進めるコツはなんでしょうか?

 

それは、やはりアセスメントです。

 

・状況と問題のアセスメント

・ニーズのアセスメント

・親機能と特性のアセスメント

 

と言っていいと思います。

 

この中で最初の「状況と問題のアセスメント」は細かくなりすぎるので、ここでは省略するとして、この状況と問題のアセスメントを踏まえてなされる「ニーズと親機能・親の特性のアセスメント」とそれに基づいた、介入目標について解説しましょう。

 

(1)多職種連携を含めた現実的な問題対応が必要な場合

・・・問題が虐待やいじめ、学級崩壊などの、即時対応を求められる性質のものである場合。

 

(2)親をサポートチームの一員として協働する場合

・・・子どもの先天的な障害や発達障害、身体問題などがあり、親・教師・カウンセラーが連携して、子どもを理解して支えるチームの一員となっていただくための支援。

 

(3)親に我が子の状態を理解してもらうための関わり

・・・不登校・引きこもり・チックなどの身体現象・心身症や起立性調節障害などの身体の問題、さらには発達の偏りなど、まずは親に我が子の状態を理解してもらうための主に心理教育的な関わりが中心となる。親の健康度と信頼関係に応じて、子ども面接やプレイセラピーでの様子を慎重に伝えることも含まれる。「お子さんはすごく頑張っている様子ですよ」「不安が高まっている様子です」など、こちらの印象や見立てを伝えるのが良い。

 

(4)親自身の不安や衝動性を下げるための関わり

・・・子どもの問題の背景に、親自身の不安の高さや衝動性が明らかに存在する場合には、慎重かつ共感的にそれを伝えて、「一緒に取り組んでいきましょう」という作業同盟を結ぶ。この同盟が結ばれたなら、そのための自律訓練法やマインドフルネス瞑想、衝動コントロールのさまざまなスキルを提供することを躊躇わないことが大切。

具体的には親自身のADHD、ASD、軽度抑うつ(気分変調症)等がこれに相当する場合が多いが、そのような病名ではなく、ご本人の「困り感」に共感的に焦点を当てることが大切。

 

(5)親自身のメンタルヘルス問題と精神病理的な問題への対応

・・・親自身のPTSDやうつ病、双極性障害、パーソナリティ障害、統合失調症等の問題が想定される場合も少なくない。このような場合にはできるだけ早期に把握しながらも、まずは共感的にサポートすることを第一とし、本人の困り感や必要性に応じて、本格的な心理療法や医療に繋げることも視野に入れながら関わる。けれども、教育相談や青少年相談の主な目的は、子の健全な育ちを促進することであるので、親の子どもへの関わりが不安定にならないようにすることを第一の目的とする。その意味で、医療や心理療法に繋がったらそれで終結とせずに、サポートを続ける方が望ましい場合も多い。

 

4.親面接の難しさ(2)ー子ども担当とのやり取りと協働

親面接を一度でも経験すると痛感するのは、子ども担当とのやり取りと協働の難しさである。これは自分一人で親面接も子ども担当もする場合は、「親担当としての自分」と「子ども担当としての自分」の葛藤として体験されるかもしれません。

 

いずれにしても基本的にその事例の親子関係の問題が、親担当者と子ども担当者との間にも転移されると考えるのがいいでしょう。

その意味で、私は「親担当、子担当の間には、時として代理戦争が起こる」とよく言っています。

 

場合によっては、子担当者が不安と依存を強めて、親担当者に縋りつくような事もあれば、その反対に、反抗的な子供のようになって親担当者と敵対する場合もあります。

 

その一方で、親担当者が過干渉な親のようになって、事例全体をコントロールしようとする場合もありますし、無責任で回避的な親のようになることすらあり得ます。

 

これらが、その心理士(師)にいつも同じように起こっているなら、それは、その心理士(師)固有の問題ですが、そうでないならケースの影響によって(つまり逆転移や投影同一化によって)生じていると考えるべきでしょう。

 

ここで言う投影同一化とは、精神分析の概念として近年注目されているものです。

クライエントが無意識のうちに抱えている怒りや虚無感などをセラピストに投影し、セラピストはその投影内容に同一化させられてしまうという巻き込み現象を指します。

 

この投影同一化をセラピストたちがしっかりと意識化しないと、セラピストチームは仲違いしてしまうだけでなく、クライエントやその親に対して、直接的にネガティブな感情をぶつけてしまいかねません。

 

情報伝達と情報共有について

上記のような逆転移や投影同一化が絡んで、時に悩ましいのがこの情報伝達と情報共有です。

これは、下の「公認心理師必携テキスト」の16章3節の図を参考にしてください。