書評『やっと言えた』齋藤美衣著(医学書院)

新年早々、すごい本を読んでしまった。

まだ、今年になって読んだ本は2冊目なのに、もう「これは今年のベストワンだ!」と決めた。

 

この本は、複雑性PTSDのクライエントさんから紹介していただき、そのままお借りして読んだ。

 

本書の著者は精神分析セラピーを3年以上にわたって受けた、複雑性PTSDの40代後半の女性。フィクションを含んだものとなっているが、基本的には実話だと言っていいだろう。

 

セラピストは30代男性。かなり正統的な精神分析家らしい。著者はこのセラピストと週2~3回、寝椅子を使ったセラピーを受け続けている(4年目となる?現在も継続中とのこと)。

 

これまで精神分析もユング派のセラピーもセラピスト側からの報告や論文、手記はかなり読んできたが、クライエント側からのここまでリアルな手記は初めて読んだ。

 

これは、近年注目されがちなトラウマセラピーの本ではない。

旧来の、いわば技法なしの、セラピストがその生身を提供して、長い長い時間と費用をかけて、取り組んでいくタイプの心理療法だ。

 

精神分析ならではの、初期には全く手ごたえを感じられず、ひたすら苦しくなるばかりのセラピー。そこから来る希死念慮、そして実際の自殺企図から措置入院。

 

しかし、これは精神分析のせいではなく複雑性PTSDのセラピーであれば、避けがたい経過でもある。

しかも、それがセラピストとの関係性の中で生じてくるのは、精神分析の特徴ともいえる。

 

そして以前から不特定男性とのセックスの行動履歴があったクライエントは、次第にセラピストと「性交」したいと強く願うようになり、それをセラピストに繰り返し伝える。不特定男性とは「セックス」を繰り返してきたが、セラピストとは「セックス」ではなく「性交」を望んだのだ。

 

この要望に対してセラピストがどのように対応したかは、ここには書かない。

それはネタバレでもあるし、本書で描かれた経過なしに結末だけ書くのは本書への冒涜に近いとも思うからだ。

 

そして、クライエントはしだいにそれまで自分自身に対してさえも隠していた本質的な傷つきに到達していく。

まずは流産にまつわる傷つき、そして次に9歳のころの性被害。

 

そしてそれらを通じて、クライエントは「支配ー被支配」というこれまでの唯一の関係性から「性交」という別の関係性に開かれて行く。

 

それは本当の意味での「交流」であり、「支配―被支配」という関係ではない。

 

この「性交」という言葉に象徴されるような、セラピストとクライエントとの心のふれあいと交流(と言葉で言うとあまりにも薄っぺらいものになってしまうが)によって、クライエントは、「愛されたい自分」に気付き、寂しさを感じるようになり、そして「自分で自分を分かってあげる」ようになる。

 

こうしてやっと、長い長いセラピーの成果が少しずつ見え始める。。。

 

評者自身の実施しているセラピーはここまで濃厚なものではない。

そして、統合的にいろいろな技法も取り入れるので、様相はだいぶ違う。

 

けれども、本質的に流れているものは似ていると言っていいだろう。

 

短期的にすぐにお役に立てるセラピーも、このような本格的な(このようにしか進まない)長期的なセラピーも、ニーズに合わせてより上手にできるようになりたいという願望は捨てがたい。

 

本書の中のセラピストはどのように思いながらこのセラピーを進めて行ったかはわからない。

けれども、評者の私は、「もう少しスムーズに、もう少し苦しみを少なく、もう少し早く何とかできないか」とついつい思ってしまう。

 

でも、そうならないケースがあるのも事実で、しかも「急いだら」元も子もなくなるケースもある。

 

そんな人間の限界と奥深さを改めて身にしみて感じさせられる本だった。

 

 

 

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