心理療法統合とはー小さな統合と大きな統合

(本稿は「心と社会」第180号(2020年6月発行)に寄稿した原稿を改稿して掲載するものです。)

 

たとえばこんな時

 たとえば、相談相手や患者さんからこんな相談を持ちかけられたらどう応答するだろうか?「昔のショックな出来事が今でも時々思い出されて、とても辛いんです。そして、また再びそんなことが起こるんじゃないかと思うと、怖くなってしまって、うまく行動できないんです。」と。この際の「行動」とは、例えば恋愛や友人関係でも仕事上の行動でも、あるいは年少者であれば学校に行くという行動でもいいだろう。「そんなことは忘れて頑張りなさい!」というのは、この際、論外としよう。そして、まずは共感的に傾聴するとしても、その後、どうするだろうか?

 実は、カウンセラーや臨床心理士(公認心理師)、心理療法家と言われる人たちも、日々この迷いの中にいる。いや、むしろこのような場面で迷わずに同じ一つの対応を取り続けるカウンセラーがいたら、それは要注意である。

 この際、話を単純化するために相談相手(クライエント)の重症度は度外視することとしよう。そして、たとえば「原因はともかく、現在必要な行動について、少しずつできるようにしていきましょう」(行動療法)とするか、「また起こるんじゃないかという考え方を変えていきましょう」(認知療法)とするか、さらには「そのショッキングな出来事が引き起こされた背景にある対人(家族)関係や、それが再現されているのかもしれない『今ここでの関係性』に注目していきましょう」(精神分析療法)とするか、はたまた「その時の状況を詳しく思い出して、イメージの中でその場面に行ってみましょう」(トラウマセラピーの曝露療法)、「その時の傷ついた感情に触れていきましょう」(感情焦点化療法)等々、様々な対応法がある。

 これらは少し単純化させると行動にはたらきかけるか、認知(物事のとらえ方)にはたらきかけるか、さらに傷ついた感情にはたらきかけるかの違いである。これらはクライエントの重症度とは別に、介入の適切性として考えられるべき重要ポイントだと言っていいだろう。ちなみに本稿で解説する統合的心理療法は、必要に応じてこの3つ全てにはたらきかけようというものである。

 けれども、従来の○○療法と呼ばれる心理療法は、どれか一つにひたすら重点的に焦点を当てるということが多い。しかし実際のクライエントは、ほとんどの場合、認知・行動・感情の全てにおいて苦しんでおり、これらのうちのどれかだけに焦点を当て続けるのは、ごくわずかな例外を除いて、不十分だと言える。

 

 

400を超える心理療法の種類と効果比較研究のむずかしさ

 現在、心理療法の種類は世界で400を超えるといわれている。その中にはもちろんあの有名な精神分析療法やゲシュタルト療法、そして近年盛んになった認知行動療法も含まれる。日本生まれの心理療法としては、森田療法と内観療法が有名である。

 では、これら数多ある心理療法の中でどれが一番有効なのだろうか?この点に関しては、近年の数々の効果研究で、「技法や学派による大きな違いは無い」と結論付けられている。けれども、身体医学と違って精神医学や心理療法は、簡単に測定できない要素がたくさんありすぎて、効果比較研究が難しいというのも事実である。効果比較研究の典型はRCT(randomized controlled trial)と呼ばれるものであるが、心理療法の効果研究に果たしてこのRCTが最適と言えるかどうかに関しては、議論のあるところでもある。なぜならば、この方法ではいかにカウンセラーたちがマニュアルに忠実に従った介入をしようとも、個々のカウンセラーの持つ雰囲気や語り口、あるいは対象者との関係の作り方などによる効果の違いが、異なった介入技法によるセラピー間の治療効果の違いに含まれてしまったり、反対に技法の違いを打ち消してしまう可能性を否定できないからである。

 たとえば、心理療法ではなく、うつ病に関する薬物療法の研究においてすら、Mckay(2006)は、抗うつ剤を処方した精神科医Aと偽薬(プラシーボ)を処方した精神科医Bを比較した場合、精神科医Bの患者たちの方が改善効果が高い場合があることを、統計的な有意性を伴って示している1)。つまり、個々の医師の「腕の違い」が、抗うつ薬と偽薬の効果の違いを上回ることがあるという驚愕の(けれども、想像すれば納得の)結果である。

 

できるだけ効果的な心理療法を実施するための統合的心理療法

 では、できるだけ効果的な心理療法を実施するためにはどうしたらいいのだろうか?

筆者が35年ほど前に実践現場に出てから、一貫して感じ続けていることは「いくつかの技法を、相談者に合わせて調整して最適化し、適応するのがもっとも効果的なのではないか」ということである。そう思うに至った背景には「人間の心は、何らかの単一理論が全ての人に通用するほど単純ではない」という感触がある。そう感じながら臨床を続けていて行きついたのが「統合的心理療法」や「心理療法統合」の姿勢である。

 心理療法統合とは、特定の学派に依拠するのでも単一の学派の存在を否定するものでもない。多様な個性と課題をもったクライエントにできるだけ効果的にアプローチしようとする姿勢そのもの、あるいはそのような探求のプロセスを指す言葉だと言える。さらには、特定の統合的アプローチを確立したり、それを忠実に習得しようとするのではなく、まさに「探求し続ける」という行為を指すものである。

 このような姿勢は、身体医学では当然のことかもしれない。けれども、前述したように技法間の効果比較が難しい心理療法には、こういった発想も姿勢も育ちにくく、まだまだ一般的とは言えないのが現状である。

また、折衷ではなくてなぜ統合なのかという疑問を持たれる方も多いだろう。実際に「統合は不可能なので折衷しかない」という専門家もいる。しかし、折衷という言葉はどうしても「どっちつかず」や「寄せ集め」というニュアンスをぬぐい切れないので、筆者としては統合という言葉を選択したい。

 

中断・失敗の少ないセラピー

心理療法にとって、「予期せぬ中断」が、失敗の典型とされている。したがって、技法ごとの効果を直接比較することが難しい心理療法に関しては、この「予期せぬ中断」の発生率を比較するという間接的な手法がとられることがある。これに関しては、以下のようなメタ分析研究がある。Swift & Greenberg (2014)は、587の研究をメタ分析した結果、12の障害カテゴリーのうち、depression(うつ)と PTSD(心的外傷性ストレス後障害)のセラピーにおいて、統合的な心理療法は有意に中断率が低かったとしている。そして、さらに統合的なアプローチが他のすべてのアプローチと比較して12の障害のうち11カテゴリーにおいて同等か低い中断率であることが、安定的に示されたとした2)

この分析結果は、筆者の経験的感触とも一致している。筆者自身が統合的心理療法を目指すようになってから、相談室の隣の部屋の別のやり方のセラピストたちよりも、グッと中断が少ないことに気づいた。それは、長年受け付け事務をやってくれていた人の証言からも確かめられていた。また、スーパーヴィジョンを統合的にやるようになって、事情があって別のヴァイザーから移ってきたヴァイジーも中断がぐっと減ったと報告してくれた。

 

心理療法統合の基本的な考え方

Norcross&Newman(1992)は心理療法の整理統合の試みを概観し、その方法には以下の4種類があることを示している3)

①理論的統合(2つ以上のアプローチの要素を合成し、新たな理論的枠組みを与えようとするもの)。

②技法的折衷(背景にある理論に関係なく、有効な技法を適用するもの)

③共通因子の抽出(異なる治療理論の概念や技法の本質を明らかにし、心理療法理論を構築するもの)

④システミックな統合(個人療法と家族・集団療法の統合)。

また、近年になってNorcross(2005)4番目の方法としてはassimilative integration(同化統合:特定の心理療法のシステムに別の技法や考え方を取り入れるというもの)を挙げている4)

これらに加えて、筆者としては

⑤経過とともに介入技法を変えていくserial integrationを大切にしている。

 

大きな統合と小さな統合

 筆者は心理療法統合には、大きな統合と小さな統合とがあると考えている。それはたとえて言えば、建築におけるサグラダファミリア教会のように、異なった時代の異なった様式を全て一つの教会として建築しようとし、さらに現在も未完成であるのに似ている。

 

 

これは心理療法においては、以下にあげるような、完成度と効果の高い統合的アプローチである。それが感情焦点化療法(EFT: emotion focused therapy)、スキーマ療法、弁証法的行動療法(DBT: dialectical behavior therapy)、加速化体験力動療法(AEDP: accelerated experiential dynamic psychotherapy)である。

感情焦点化療法(EFT : Greenberg et al., 1993)では,傷ついたり溜め込んだ感情に焦点化していくために、「空の椅子」や「二つの椅子」の技法を使いながら,セラピストがリードしつつクライエントのこれまで封印されてきた感情にまで触れていく5)。また、スキーマ療法(Young et al,2003)では、問題となっているスキーマとモードを特定し、主にモードワークと呼ばれる体験的セラピーを通じて、問題となっているモードやスキーマを「治療的再養育」(limited-reparenting)する6。一方、弁証法的行動療法(DBT : Linehan, 1993)では,承認(Validation)やはげまし(Cheerleading)によってクライエントの 問題行動を「これまでの経緯からすれば妥当なもの」と認めつつ、新しい行動を応援するという形をとる7)。さらに精神力動的な短期力動療法から発展した加速化体験力動療法(AEDP : Fosha, 2000)では、セラピー の場の安全性を確保するためにクライエントを積極的に肯定すること(affirmation)を重視しながら、トラウマティックな感情に対して「そこに私(セラピスト)といっしょに留まれますか」と伝えて、十分に触れていくことで変容を促進する8)

これらすべてが、それぞれの出身学派に新しい技法を融合し(たとえばEFTなら人間性心理学的なカウンセリングとゲシュタルトセラピーの椅子の技法)、新しい統合的アプローチとして成功し、さらに発展を続けている。

 一方、小さな統合とは、冒頭で述べたような認知と行動と感情に、その都度その都度で触れていく介入法である。これは、身の回りでたとえれば、キッチンの引き出しの中にみられる、食器(とくにカトラリー類)にたとえられる。

 

我が家のキッチンの引き出しにも、ナイフ、フォーク、スプーン。伝統的な和塗りの箸、爪楊枝、竹串や和菓子楊枝、さらには中華のスプーン(レンゲ)まである。これらが、日々の料理に従って、最適な物が選択されつつ駆使されるわけだ。これは、もう単なる和洋折衷ではなくて統合と呼ぶにふさわしい。

 この食器類のように、日々の臨床活動の中で、最もふさわしい技法を、しっかりとしたアセスメントに基づいて最適化して使用するのが、小さな統合の理想である。

 

 

 

文献

1)Mckay,K.M.,Imel,Z.E.& Wampold,B.E.(2006) Psychiatrist effects in the psychopharmacological treatment of depression. Journal of Affective Disorder,92,287-290.

2)Swift, J. K., & Greenberg, R. P. (2014). A Treatment by Disorder Meta-Analysis of Dropout From Psychotherapy. Journal of Psychotherapy Integration. Vol. 24, No. 3, 193–207

3)Norcross,J.C.Newman,C.F.(1992). Psychotherapy Integration: Setting the context. In:Norcross,J.C.&Goldfried,M.R.(Eds.) Handbook of Psychotherapy Integration. New York: Basic Books.

4)Norcross,J.C.& Goldfried,M.R.(Eds.) (2005). Handbook of Psychotherapy Integration. 2nd Ed.New York: Oxford University Press.

5)Greenberg,L.S., Rice,L.N. & Elliott,R.K.1993Facilitating Emotional Change : The Moment-by-Moment Process. New York : Guilford Press.[岩壁茂 訳](2006)感情に働きかける 面接技法心理療法の統合的アプローチ.誠信書房.

6)Young,J.E.  Klosko,J.S.  Weishaar,M.E. (2003) : Schema Therapy:A Practitioner’s Guide Guilford Press 伊藤絵美監訳:スキーマ療法―パーソナリティの問題に対する統合的認知行動療法アプローチ.金剛出版,2007

7)Linehan,M.M.(1993). Skills Training Manual for Treating Borderline Personality Disorder. New York: Guilford Press.(小野和哉 監訳 (2007)弁証法的行動療法実践マニュアル―境界性パーソナリティ障害への新しいアプローチ.金剛出版)

8)Fosha D2000The Transforming Power of Affect : A Model of Accelerated Change. New York : Basic Books. (岩壁 茂,花川ゆう子,福島哲夫,沢宮容子,妙木浩之監訳 :人を育む愛着と感情の力―AEDPによる感情変容の理論と実践.福村出版,2017

 

 

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