カウンセラーのセルフケアと自己点検

 

(この記事は2017年1月の「臨床心理学」17-1掲載の小論に加筆修正したものです)

 

「カウンセラーのセルフケアと自己点検をどう進めるか?」

 

(大妻女子大学/成城カウンセリングオフィス)福島哲夫

 

① 基本的な考え方—すべて臨床の中で−

 

まず、基本的な大前提として、栄養と睡眠と適度な運動のバランスを日々心がけているということを確認してから、本稿をお読みいただきたい。そして、さらに男女の区別なく「ある程度の家事を手がけている」ということも大切にしたい。栄養・睡眠・運動は、例えば寿司職人が深刻な手荒れや腰痛を抱えていてはいけないのと等価である。そしてさらに寿司職人のたとえで言えば、しっかりとした師匠についてきちんと修業をしながらでないと、誇りをもって寿司を握れるようにならないのと同様、カウンセラー(以下Co)も、きちんとトレーニングを受け続けたということを前提として、セルフケアと自己点検の議論が成立する。これらの中で「家事参加」は多少奇異に思われるかもしれない。しかし、日々の家事の一切をパートナーや親族に任せてしまっているCoは、その基本的な「日常性」をリスペクトしていないということになるからである。

 

上記のような基本的なセルフケアを実践していても、さらにCoはその臨床活動の中で自信喪失や無力感・孤立感などをはじめとする困難に突き当たることがしばしばある。けれどもCoは自身の心理的困難や機能不全は盲点になりやすいとされている(Barnett, J.E. & Sarnel, D. , 2000)。それゆえCoが困難への対処法を身に付けることは、理論的学習や介入技法の習得と同様に重要であると考えられる(Guy,1987)

 

けれども筆者は、Coの困難への対処法に代表される「セルフケア」と「自己点検」は、基本的には「全て臨床活動の中でされるべき」と考えている。ケアは面接の中でクライエント(以下Cl)との適切なふれあいや協働の中で起こるはずであるし、自己点検は臨床現場におけるCo自身の振る舞いを振り返る中で十分になされる。そして、スーパーヴィジョン(以下SV)や教育分析、さらに職場内での相互研鑽という専門職としての訓練が、訓練であると同時にケアと自己点検にもなるというのがカウンセラー業務の特殊性でもあり、魅力でもある。

 

何よりも「成長の喜びが最上のケアになる」という原則を確認したい。そしてそのためにも少なくとも資格取得後10年程度は、SVとケースカンファレンスは欠かせないし、その後に教育分析を受けることを前提として、本稿を書き進めたい。このような形で訓練とケアを同時に受け、それと並行してClが少しでも良い兆候を見せたり、前向きに取り組むようになった時にCoは無上の喜びを感じ、さらに自身の成長を感じられる瞬間が最上のセルフケアであり、自己点検である。

 

このようなセルフケアと自己点検を怠らなければ、Clとの共依存やバーンアウトに陥ったりせずに、日々健やかな臨床活動ができる。

 

 

 

② 具体的な場面+解決方法

 

 横田・岩壁(2015)は、2010年に日本の臨床心理士を対象におこなった郵送調査の結果より、心理臨床家の臨床における困難は私生活における困難とはあまり関連がなく、業務における個人的な葛藤や孤立感が大きく関連していることを明らかにしている。そしてさらにその対処法として、困難を感じても対人的資源を用いていない場合が多いことが示唆されたとし、業務上の葛藤や孤立感を体験しているものへの支援方法を考えていくことが必要であると結論付けている。

 

セルフケアが必要な場面−「突然責められる」「泣きっ面に蜂現象」

 

 すでに30歳前後の頃から、夜遅くまでのカウンセリングにさほど疲れをおぼえない私を、同僚たちは「特異体質」とか「Clのエネルギーを吸い取っているのでは」などとささやいていた。そして、30代半ばに訪れたプライベートな危機的状況でも、職場では平気な顔をしてカウンセリングに励み、状況が一段落してから同僚に報告したところ「全然わからなかった」と驚かれたこともある。

 

 これらはすべて「Clと深いところでゆっくりと触れ合いながら、一緒に取り組む」という臨床的な欲求から生じた「臨床活動そのものの中でのセルフケア」だったと思う。

 

 けれども事はそう簡単ではなかった。40歳を過ぎた頃から、より困難な事例を担当するようになって、Clから責められるような場面もちらほらと出て来た。「ぶっ殺してやる!」と言い放った男性Cl。こちらに落ち度があったとは考えにくいのに急に私を責め始めた女性Cl。さらに「弁護士と相談しています」というメッセージを残して中断していった女性のケース(この方は、その後再開の申し込みがあったが)。

 

 このような時には、日々の生活が一気に暗転し、しばらくは心のほとんどがその事で占められる。そして、誰にも言えない。さらにこういう時に限って、別の職場や家庭でも全く関係のない問題や深いところでは関連があるとしか思えないような問題が勃発する。私が「泣きっ面に蜂現象」と呼び親しんでいる状況である。こんな時には「もう少しでうつ病になるんじゃないか」とすら思った事もある。そして、その事自体も誰にも言えない。

 

 けれどもやはり,これらのストレスの解消方法 は「カウンセリングセッションのなかでそのストレスに触れる・扱うこと」だった。たとえば、上記のようなClの怒りに対しては、ひたすらそれ を浴び続けるだけだったり、心のなかで拒絶したり反論反撃するのではなく、きちんと言葉にしてClとともに向き合う必要がある。その具体的な手法に関して詳しくは、髙岡・糟谷・福島(2013)にて分析考察したが、Clの怒りや依存、その他の転移的感情に関しては、可能な範囲でしっかりと向き合い、話し合い、その後のカウンセリングの課題とすることで、お互いの納得感や成長やケ アにつながる。

 

それは1990年代から欧米で盛ん に研究されているtherapeutic alliance rapture(作業同盟の亀裂)に関する研究からも同様のことが言える(たとえばSafran & Muran, 1996)。これらの研究からも作業同盟や治療関係がギクシャ クした時に、うまく修復できると治療効果が上がることが実証されているが、この時、同時にCo も癒されていることは経験から言って疑いない。

 

このように臨床における困難の最善の解決方法は「ひたすら臨床をすること」だ。どうせ趣味やレジャーに自分を向けてみても、楽しめはしない。ひたすら臨床をし、そして考えて考える。それのみが解決で、成長につながる。

 

あるいはもうひとつは日常生活に献身する事だ。たとえば、トイレ掃除をしてトイレの神様に献身するのもいい。おいしいご飯を炊いてお米の神様(かまどの神様?)に感謝するのもいいかもしれない。この際、私に限って言えばあまり超越的な神様は助けにならない。せめて仏教の「全ては縁(関係性)で成り立っている」という「縁起観」や「始まりも終わりもなく刹那滅(生じては滅し滅しては生じる)する」という世界観の方が助けになる。

 

 

 

自己点検が必要な場面−Co自身の課題やトラウマ、躁状態、うつ状態

 

 Coももちろん人間なので、自身の課題やトラウマを抱えている。そして時に躁状態やうつ状態になることもある。これらに関しては、常日頃の自己点検が欠かせない。そして、その出発点となるのは、やはり臨床活動だ。複数のClがいつもと違った動きをしていたら、その原因はこちらにある可能性が高い。セッション内で自分でも少し変だと思われる発言をしていたら、やはり自分が普段と違うと考えた方がいい。そしてその次に大切なのがSVと教育分析である。①にも書いたように自身の成長を感じられる事が何よりのケアとなるという原理は、この領域特有のものであるし、ストレスに意味が見いだされれば、それはすでにストレスではなくなる。

 

 

 

③ 考えられる困難と課題

 

それでも辛かったら、SVか同僚か薬を

 

 けれども、上記のような対応は、やはり私の特異体質ゆえかもしれない。同年代つまり臨床経験30年前後の臨床心理士に聞いてみると、すでに体を壊した事のある人や、現在うつ状態の人もいる。よく聴くとやはり仕事のストレスを溜め込みすぎていたようだ。そして私のような特異体質以外に、ストレスを感じながらも持ちこたえている同年代に二つのタイプがある。一つは、同僚とのおしゃべりで発散しているタイプである。毎日、臨床の仕事が終わった後に、お菓子を食べながらひとしきりおしゃべりをしながら1時間ほど同僚と過ごしてから帰る事で、とても解放されていると言う。これは同僚に恵まれないとできないが、それさえ叶うならとても有効なやり方だと思う。

 

 もう一つのタイプは、睡眠薬や抗うつ薬を(時々)服用しているというタイプである。こちらは、Clに服薬をお勧めする事がある我々としてはとても理にかなった方法でもあるし、薬の効果と副作用についても実体験できるいい方法だ。私も国際学会のための出張の際や帰国後には、睡眠導入剤を服用しているが、副作用や反跳性不眠(リバウンド:服薬をやめた時に不眠になること)なども体験できて、その辛さも含めてとても学ぶ事が多い。

 

 

 

自分の不安と個人主義志向に合った職場を

 

 不安が高く同僚や上司たちと一緒に仕事を進めていきたいタイプと、個人主義志向が強く、できるだけ一人で仕事を進めていきたいと思っている人の両方のタイプがこの業界にはいて、そのそれぞれにふさわしい職場がある。前者は、やはりチームワークの求められる職場で、さらにそれがうまく機能しているところが理想であるし、後者の傾向が高い人はできるだけ少人数の、例えば個人もしくは共同開業がふさわしい。

 

 

 

自身の弱さを生かす勇気

 

 では、私たちを折れなくするために必要なのは勇気なのだろうか。そうかも知れない。けれども我々心理臨床家の勇気は、一般の勇気とは少し違うと思っている。それは「自分の弱さを使う勇気」「弱さを使って勝負する勇気」と言うと少し分かりやすくなるもしれない。それは私たちのコンプレックスや弱点を「敏感な感覚器」として使ったり、弱点を通じてClの痛みを理解したり、さらには弱さから逃げない姿勢をClに見せる事によって、Clと通じたりClのモデルになったりするのである。そして、そうすることを通じて、私たちの弱さは、その弱さのままで強みに変わる。

 

 

 

毒あるいはネガティブなエネルギー

 

 いや、臨床家の折れない心の元は「毒」かもしれない。私を含めて私の周りの心が折れない臨床家の共通点は「毒舌家」だという点につきる。しかも、それは決して「悪口や誹謗中傷」ではなくて「真実をついた毒舌」である。そして、反対にストレスを貯めてしまっている臨床家の共通点は、この毒が少し足りないという点かもしれない。この毒はClに直接向かうものでもないし、Clについて毒舌的な陰口を言う訳でもない。けれども、ある意味「毒」を吐くのがClのそもそもの営為だと考えると、そのClの毒を、Coの毒で中和するようなところがあるのかもしれない。私に限って言えば、Clに会わないお盆や正月は、自身の毒が中和されずに自分を駆け巡って、ややうつ状態になる。

 

 そういえば、ある有名な精神科医は「私の原動力は怒りです」とおっしゃっている。つまり子を虐げる親、そしてそれをうまくケアできていない現在の日本のシステムに対する怒りを原動力としているというのである。これもある種の強さにつながる「毒」と言っていいのかもしれない。

 

 

 

魂の鍛錬と上昇

 

 もう少し踏み込んだ議論をしよう。ユング派のヒルマン,J.は「魂という視座」という形で世界やものの見方の中に「魂」という視点を取り込む事の有用性を主張した。たしかに私たちの仕事であるカウンセリングや心理臨床は、この魂という視点を持つ事でのみ説明可能な瞬間や領域がある。それは単なる欲求や動機付けという言葉では説明しきれない、理性を超えた何らかの志向性に近い。そして、魂という視座を持った時に初めて、私たちがなぜ心理臨床家になったのか、心理臨床家を目指しているのかがおぼろげながらに分かってくるのではないだろうか。そしてそれらを理解したうえで「魂を洗練・鍛錬していく」必要がある。そういう視点に立つと、Clから投げかけられた無理難題も理不尽な責め言葉も、「魂の鍛錬」として有用と思えるのではないだろうか。

 

 

 

私たちは何を求め、何を奉仕しているのか

 

 緩和ケアや終末期臨床に携わっている同僚たちは、「このような尊い場面に立ち会わせていただく幸せ」を感じると言う。さらには被害者支援に取り組んでいる同僚は「Clがズタズタにされた尊厳を、少しずつ取り戻していく場面に立ち会う尊さ」を口にする。私たちはこのように、単なる「社会適応」や「効率性」ではなく、「尊厳」や「尊さ」を求め、それに向かって地道に取り組む「日常性」を信奉しているのではないだろうか。最終的にはこの辺りを明確にすることで、真のセルフケアは成立すると考えている。

 

 

 

文献

 

Barnett, J.E. & Sarnel, D. (June, 2000). No time for self-care? 42 Online. The online journal of Psychologists in Independent Practice, a division of the American Psychological Association. Available at http://www.division42.org/

 

Guy (1987).The Personal Life of the Psychotherapist. John Wiley & Sons: New York

 

Safran, J. D., & Muran, C. (1996). The resolution of tuptures in the therapeutic alliance. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 64, 447-458.

 

髙岡昂太、糟谷寛子、福島哲夫(2013) 怒りを表出したクライエントへの治療的対応に関するプロセス研究—課題分析を応用した合議制質的研究法による実践的対応モデルの生成—臨床心理学. 第13巻第3 号391-400.

 

横田悠木・岩壁茂(2015)心理臨床家の実践をめぐる困難に関する調査研究. 日本心理臨床学会第34回秋季大会発表論文集.322

 

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